クリスマスを前にルカ福音書を読みます。天使ガブリエルがマリアにあなたは身ごもって子を産むと書かれています。マリアは「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えます。
今月説教奉仕する予定があり、この場面を説教する予定にしています。今回思いめぐらす中で気がついたことがあります。この「お言葉どおり、この身に成りますように」との言葉は、マリアだけでなく、私たちもまた語るべき言葉だと気づきました。つまり私たちが神の約束を聞く時、この言葉を私たちも告白してよいし、告白するのがよいと思います。
その昔神は、アブラハムに語りました。
創世記 12:1~2
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。
アブラハムはこの神の約束を信じ、神が示す地に向かって旅立ちました。アブラハムは、「お言葉どおり、この身に成りますように」とは言いませんでしたが、言ったも同然だと思います。
神はモーセにも声をかけます。エジプトにおけるイスラエル民の苦しみを見たこと、イスラエルの民をエジプトにおける奴隷状態から解放すること、イスラエルの民を乳と蜜の流れる地に連れて行くとモーセに語りかけました。モーセに向かって「行きなさい」と告げます。
モーセは自分は何者でしょうといって、神の命令に抵抗しますが、最終的にはイスラエルの民を救い出すという神の約束の実現のために行動します。モーセも「お言葉どおり、この身に成りますように」とは言いませんでしたが、彼を通して、神の救いの約束は実現しました。
私たちも神の約束を聞いて、「お言葉どおり、この身に成りますように」と積極的に告白してよいのではないか、いや告白して、神の約束の実現を信じて信仰に生きるべきであると思わされました。
ヨハネ 3:16
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
イエスを信じる私は告白します。「お言葉どおり、この身に成りますように」。
エフェソ 1:4~5
天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。
「お言葉どおり、この身に成りますように」。私たちもこの告白をするように招かれているのではないでしょうか。
