詩編 143:5
私は過ぎ去った日々を思い起こし、
あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、
御手の業に思いを巡らします。
(聖書協会共同訳)
神学校を卒業して赴任した教会は三重県の鳥羽教会です。礼拝出席者数が20名弱の小さな教会でした。神学校を卒業したばかりですから、毎週毎週の説教準備で精一杯でした。2,3年した頃でしょうか、見知らぬ方が礼拝においでになりました。礼拝後お話ししてみる時、その方はベテル聖書研究会の委員長をしておられる大柴俊和という方で、「よく勉強なさっていますね」と説教の感想を言っていただいたことは忘れられません。励まされることはうれしいです。
鳥羽教会は日本基督教団中部教区三重地区に共に属している教会です。同じ三重地区に尾鷲教会があります。鳥羽からはかなり南にある教会です。ある時、尾鷲教会の牧師を訪ねたことがあります。遠いので一泊で出かけました。その教会の牧師は小寺徹牧師です。年齢は私と同年代でした。彼と話し合う中で、私は信仰における「敬虔」の大切さを教えられました。アンドリュー・マーレーという人の本を紹介され、何冊も読みました。敬虔とは、謙遜に神さまの御心に従うことを志すことと言えるでしょうか。尾鷲教会はホーリネスの群れという教会グループに属している教会でした。ホーリネスとあるように聖なる信仰者になることを明確な目標にしている教会でした。
彼には小さな子どもがいました。その子どもが父親である彼にまとわりつくのです。大好きなお父さんの肩に上ろうとしたり、肩に座って父親の頭をなでたり、親との触れあいを求める姿に驚きました。私にも似た年齢の子どもがいましたが、私の子は、まとわりつくことはありませんでした。親に対する親密度が違うのです。かなりショックでしたが、一つの気づきを与えられました。鳥羽に帰ってから、子どもと過ごす時間を作り、子どもに親しみを覚えてもらえるような父親になろうと努力をしました。
私の父は、仕事が忙しく、朝早く家を出て、帰りは遅かったです。日曜になるとゴルフに出かけていました。私自身、父親との親しい交わりはなかったので、子どもとどう接していいのか分からなかったのですが、小寺牧師親子の姿を見て、私なりに努力をしました。
小寺牧師との出会いにより、敬虔な信仰者になること、子どもと親密な関係を築くことの二つのことを教えられました。この出会いは私の思いを越えた神さまの導きであったと信じます。
