【好きな色はなんですか?】白と黒、昨日と明日。相反するものが、世界に存在する面白さ(森岡督行さん)

【好きな色はなんですか?】白と黒、昨日と明日。相反するものが、世界に存在する面白さ(森岡督行さん)

ライター 瀬谷薫子

料理家が身につける白いエプロン、写真家が着る黒い服。日々身にまとう色には仕事柄があらわれるように思います。

自分を鼓舞する日につける赤い口紅、歳を重ねてから好きになったピンク。色は、ただ彩るものである以上に背中を押してくれることがあります。

好きな色はなんですか? 色から、大切にしていることの話を聞きました。

森岡 督行

森岡書店代表・文筆家。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一周』(文春文庫)などがある。写真集や美術書をはじめとする書物を通し、読者と作品のあいだに体験や対話が立ち上がる場を創出してきた。その活動は、写真、建築を含むアート全般への深い造詣を背景に、多様な領域へと広がりを見せている。


ーーー好きな色はなんですか?

「考えていたんですが、やはり白ではないかと思いました。

一昨年著書を文庫で出す機会をいただいた時に、本の背表紙の色を選べることになりまして、いろいろと思い浮かべた中で、私は確かに、白を選びました。

自分の本が文庫になるというのはやはり大きな出来事で、20年、30年と書店の書棚に残る可能性もあります。その色を白に決めたということは、やはり自分が白を好きだと言っていいことではないかと思ったんです」

自分を客観的に見ている方。それが「森岡書店」を営む森岡さんの印象です。

本や作品、人が生み出すものを扱う仕事柄でしょうか。自身の行動や発した言葉を、第三者のように外側から見ている。だからこそ森岡さんはより的確に、自分の心情を捉えているように感じます。


「白磁の器や、白いタイルに、琺瑯のお皿。考えてみれば折に触れて自分で買っているものも、白い色が多いです。

陶芸家・河井寛次郎の言葉に『物買ってくる、自分買ってくる』というものがあります。身銭を切って買ったものは、自分自身だと。その観点からも、自分は白が好きだと言っていいのだと思います」

「昨年、思想家である岡倉天心の茶の本をリサーチする機会をいただいて、その中に共感する一節を見つけました。

『何物かを表わさずにおくところに、見る者はその考えを完成する機会を与えられる。かようにして大傑作は人の心を強くひきつけてついには人が実際にその作品の一部分となるように思われる。』

自分なりに解釈すると、傑作は、見る人がその一部分となることでできあがるもの。つまり芸術とはそれ単体では不完全であって、見る人の解釈が加わることで、はじめて完全なものになるという意味だと捉えました。

余白という言葉があるように、白という色も、見る人によって自由な解釈が加えられる不完全さがあります。だから私は白が好きなのではないかと、教えられた経験でした」

物事の見え方は一つではない。自分自身にもまた、さまざまな姿があると言います。ある時は書店の代表であり、またある時は文章を書く人。そして最近は、写真を撮る「新しい自分が出現した」と。その経緯を話し始めました。


「一昨年の夏、インドの建築家であるビジョイ・ジェインさんとお話した時、ヒンディー語には "カル” という言葉があると聞きました。それは、昨日と明日を表す言葉。過去と未来、一見相反する時間に同じ言葉が当てられていることに惹かれました。

その後お客さまにその話をしたら、日本語でも "先日" は、先という言葉が過去のことを表し、 "後日" は、後という言葉が未来を表しているという指摘を受けて。私たちにも、相反する時の感覚がすでにインストールされているのではないかと思うようになりました」

「同じ頃、銀座に関する原稿を書くために調べ物をしていて、ちょうど100年前の1925年に、ライカが初めて発売されたことを知りました。1925年といえば、百貨店の銀座松屋が誕生したのもその年。100年前に生まれたカメラで、今も残る100年前の建物を撮影したらどうなるだろうと。好奇心が芽生えて、体が動きました。

実際にライカを手に入れて、銀座松屋を撮ったとき。はじめは、カメラも被写体も100年前のものなのに、自分だけが今の生き物だと感じました。

けれど考えてみれば、目も耳も、自分の体の構造は100年前となんら変わらない。次第にシャッターを切りながら、自分が100年前にタイムスリップしている気になったのです」


関東大震災の後、復興の光を灯すシンボルのように建てられた銀座松屋に人々が抱いた喜びや希望。写真を撮りながら、不思議とその時の感情が見えた気がしたと、森岡さんは静かに語りました。

「写真はしばらく続けてみるつもりです。今年、撮りたいのは桂離宮にある障子。白いものですね。1926年の11月に能楽研究者の野上豊一郎が、その障子に映る自分の影がとても綺麗だったと話していたという記録が残っていて。その影を、今度は1926年製のライカで撮りたいと思っています。

当たり前ですが、白いものには黒い影が映りますよね。白と黒、昨日と明日、一瞬と永遠。一見相反するものが、矛盾せず共存しているという概念に、私は興味があるのだと思います」

何かに興味を見出し、仮説を立てる。考えながら、行動に移す。一冊の本だけを売る本屋があったらどうだろう。森岡さんが書店を開いたのも、その無二な好奇心から生まれたものだったのかもしれません。

なぜ、本が好きなのですか? けれど問いかけてみたシンプルな問いに対しては、暫くの沈黙がありました。


「なぜだろう。例えば本は世界の窓であって、それを通じて奥に広がる世界を知ることができるから、とか、言いようはいくらでもあると思います。でも、ただそれだけなら映画やデジタルメディアでもいい。なぜ本でなければいけないのか。言葉にすることが難しいですね。

私、本屋を28年やってきたんですよ。長い。その間、一度もやめようと思ったことはありませんでした。本屋として28年居られたということは、やはり本が好きだと言っていい。その証明になっていると思うんです」

理由があるから歩いてきたのではない。歩いてきたことが理由なのだと。そう話しているようにも見えました。

「未来のことを考えるのが苦手なんです。一年先に決まっている予定はあっても、実際の自分は、直近3日くらいまでのことしか具体的に考えられていない。いつも目の前にあることで精一杯です。

昨日と今日と明日。見ている範囲といったら、そのぐらいですね。昨日と今日と明日を生きる人。それって、ちょっとおもしろいかもしれないな。昨日、今日、明日。そうか、私自身も "カル” なんですね」

放った言葉を外から眺め、自分を確かめるように。そのフレーズを何度も繰り返していました。

「先のことはわかりません。でも今改めて思うと、ビジョイ・ジェインさんとの出会いが写真を撮ることにつながったように、これまでの人生、人に出会うことで何かに気づき、それがまた何かにつながってきたことは確かです。

だから未来とは自分だけでなく、人との出会いから作られていくものなのだと思います。当たり前のことかもしれませんが、それを今、深く感じています。

私には影響されやすいところがあります。人にも、本や作品にも、昔から出合ったものに感化されて生きてきました。でも、それがなんだか良いなと思うんですよ。

柳のようにしなやかに、自分を刷新していく力を持ち続けていたいです」

人生とは一冊の本のようで、人と出会い、何かに気づくことで、空白のページに物語が綴られていく。 ”刷新”と言う言葉には、ひとつ書き終え、また新たに白いページを捲るような、すがすがしい響きがありました。


話を聞いたのは、昨年の終わり。ふいに森岡さんは「今年も一年長かったですね」と言いました。

本当はあっという間でした。でもいつもそう言ってしまうから、あえて時間は長い、ゆっくりだと、暫く言ってみようかと。そうすることで、何が起こるだろうかと思っているんです」

静かな表情の中に見えた好奇心。また、新しいページが捲られていく予感がしました。

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