保育所の担当になって三年目を迎えようとした一月終わりころ、上司より新年度の職員配置について取り掛かってみないかと勧められた。入所受付事務多忙であり経験もしたことも無いことでもあり断っいた。しかし上司は「いずれかは避けて通れない業務なので受けて欲しい。」とのことであった。
人事異動業務は、総務課の人事担当が各課長から聞き取りをしたものを参考に原案を作り、上司と協議し決定するのが通例だそうである。しかし保育所は出先機関で職員一人一人の素質や性格等を把握するのは困難で、所長から聞き取りをすれば終始が付かないくらい、様々な要望等があり参考にできならしい。当時、保育所の全職員は60数名くらいであったが、福祉課長と言えども全職員を掌握できなかった。
その中で保育事務担当者は常日頃より所長より各職員の仕事ぶりを聞かされたり、職員と接する機会も多く、全職員の顔と名前が一致することが出来た数少ない人材であった。そうは言っても全職員の仕事ぶりやすべて掌握しているわけではないが、上司によると微に入り細言いに入り知りすぎていると、かえって難しいので大まかに分かるくらいが丁度良いとも助言してもらい、気分的にずいぶん楽になった。
年度末に近く他の事務も多く移動作業ばかりに専念できないが、時間の合間を見つけては少しづつ整理していった。最初に各保育所ごとに職員の在職年数を分別することから取り掛かった。職員の異動は毎年行われているので極端に同一保育所で長期間在職している者は居ない。恒例では三年を目途に移動であるが、中には極まれに五年くらい同一保育所に在籍の場合も見受けられた。このような例は少ないがそれなりの理由がある場合に限られるので、より慎重に対応する必要があった。
ある程度移動候補者を抜粋すると、以前の在職保育所を調べ可能な限り異なる保育所に配置するよう配慮する。とは言え町内は五保育所のみなので何年かすると以前在職した保育所に配置されるのはや無得ないことである。現在まで在職したことが無い保育所に配置、過去に在職したことの保育所に配置する場合は一定の期間が開いていること等を考慮することは困難であった。
職員の年齢と保育の経験年数も考慮が必要である。ベテランから、経験の浅い者とバランスよく配置が必要である。
自宅から職場までの通勤時間も保育所ごとのバランスも必要であった。保育所は延長保育もあり早朝からや夕方遅くまでの勤務もあるため、早出・遅出など出勤当番割当の考慮が必要なためである。
職員にはそれぞれ個性もあり、責任感の強い職員・ほどほどの職員、安心して任せられる職員・そうでない職員、保育所や所長の方針に沿う保育を行う職員・革新的な考えの職員、職員間で誰とも公平な職員・トラブルばかり起こす職員、保護者との対応が上手な職員・保護者からクレームの多い職員等様々である。これらを見極め、一保育所に集中しないようバランスよく配置す必要がある。
所長の考えによっては、同じ保育大学卒・配偶者が廿日市町役場勤務者が重なるのは困ると言うのもあった。過去このような例があり支障があったことがあるのだろうか。
いずれも配慮が必要であるのだろうが、これらすべての条件を満たすのは不可能であろう。たとえ満たしたとしてもすべてが満足な人事配置など不可能であろう。
むしろ、あまり深入りせずほどほどの条件を満たせば良いのだろうと思ったのが本音である。無い知恵を出しながら、苦労した「新年度保育所は職員配置案」は上司に町長にも「原案通り」と了承してもらえるのが通常であった。
現在では変わっているかも分からないが、新年度になる三月末一週間前くらいに「新年度職員配置」に内示があった。役場職員には就業時間間際位に一人一人課長から移動対象者に内示があった。
保育所関係分は、当日三時ころ各所長に集合してもらい一斉に公表し伝えていた。移動内容を見て各所長は言い分があっても余り聞かないことにしていた。内示が出た以上、内容が気に入らなかったり言い分があっても変更することは不可能である。
公表後、所長には5時になって対象者個々に内示を行うよう指示した。人事異動は職員ににとっては大きな関心ごとで、所長がいつ保育所に帰るのか・自分は異動対象なのか落ち着かないらしい。はやくから公表すると、移動対象者は保育業務に支障が生じるので時間厳守とした。
公表が済むと職員により様々で、移動を予想し淡々とした者。中には涙が出る者。所長に泣きつく者。人事を変更するよう訴える者。千差万別である。
例えば原保育所に移動となった場合、「あんな遠くには通勤できない。何とか近くの保育所に変更して欲しい。」と言ううようなこともあったらしい。
現在では廿日市も広くなり、廿日市地区から吉和地区」への異動では分からないでもないが、狭い廿日市町の中、原保育所が遠方過ぎて通勤できないなど他の自治体の人が聞けば笑いものになりそうである。「井の中の蛙 大海を知らず。」とはこのことであろう。
当日か、翌々日位の夕刻に他の業務で残業していると保育所の職員から「話があるので遅くなっても待っていて欲しい。」と電話が入ることが良くあった。
内容は聞かなくても分かるが「他の保育所への移動内示を取りやめて欲しい。」と訴えるのが常であった。電話で「話は聞けない。」と言うことも出来るが本人にとっては一大決心で電話したことは推測できるので話を聞いていた。
話を聞くと、泣きそうになりながら様々な訴えをされる。本人からすれば重大であろうが、聞いてみれば例のごとくと言うか自分の思いを喋りまくり、それに対してそれなりの回答をして、後味の悪い別れをしたものである。
こうした天下の一大事のようなことがあった後も、何事も無かったような日々が過ぎて、年度末に同じようなことが繰り返されているのだろうか。