今回は西武のレッドアローに手を加えていて感じたことから。これに限らずカニ2423とかデキ100タイプのショーティ化とか、車両の改造や切り継ぎはこれまでにいくつかやってきました。
ですがそのたびに感じるのは「自分の腕の無さ」というか「不器用さ」です。
これでも最初に車両工作を始めた頃に比べれば少しはましになったかもしれませんが、専門誌なんかに出てくる作例を見るとどうしても自己嫌悪ばかりを感じさせられます。

最初は良い道具を揃えればどうにかなるかと考え、ピンセットを始めリュータやらドリルやらをいくつか買ってみたりもしました。
確かに一定の効果は感じましたが腕の無さをカバーできる程でもなく、むしろ腕そのものの悪さが際立った感じもします。
経験だけは重ねたせいか、キットの素組みはそれほど怖がらずにやる様にはなりました(笑)
更にパンタの載せ替えとか、動力の調整辺りならそれでもそこそこ行くのですが切削や切り継ぎが絡んだ工作なんかになると全くからっきしです。
たとえば「まっすぐに切断する」とか「削りすぎないようにしつつなめらかになるまで表面仕上げをする」といった基本的なところで失敗しているのが大きいようです。
それと工作全般にあたって何かと性急になりがちな事も関係あるのでしょう。
そんな訳で勢いアイデア勝負みたいなものが多くなるわけですが(汗)

別に専門誌に載せようとしている訳ではないのですが、市販の車両と並べた時のこれらの加工車両の見ずぼらしさが気になるのです。
旧製品と現行製品を並べた時と違って仕上げの粗さそのものが目立ってしまうだけに性質が悪い。
比較する相手が市販の完成品であると言う事はどうしても不利なのですが、現実には完成品と並べる機会がはるかに多いのですから自己嫌悪は避けられない宿命であるとも言えます。
ところがそれでいて、工作そのものが嫌いになったかと言うと案外そうでもないのです。
最初のころは「うまくできなければ嫌気がさすのではないか」という不安を持ちながら工作をしていたのですが、出来が悪くても不思議と嫌気がさす所まではいかないのです。
むしろ無心に工作している間に何か癒されると言うか、ほっとする感じになる時があります。
仕上がりとは別のところで「何かを作る為に手を動かしている事」それ自体に自分をほっとさせる何かを感じるのです。これは自分でも結構意外な事でした。
これは「仕事ではない趣味の工作」ならではの事ではないかと言う気もします。ノルマに追われていたらこういう感覚が得られるかどうか疑わしいですし、嫌気ももっと早くさしていると思えます。
結局、こうやって愚痴を並べてはいても手を動かす事はやめられそうにありません。
全く性懲りもないですが、ごくわずかでも腕が上がっている事に期待をかけつつこれからも小工作は続けて行く事になりそうです。
光山鉄道管理局
HPです。
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