紀州有田で田舎暮らし

気ままな家庭園芸&和気あいあいの青春クラブ活動が田舎暮らしを支えてくれています

2026年 お正月

お正月の3日間は、長男家族・長女家族・次女家族が入れ替わり立ち替わり来てくれて賑わいだ。

今年のお正月は忌中のため、ご仏壇に一人一人が手を合わせただけで、恒例の神事は取りやめた。

 

・・・「おせち」・・・

おせちには、いつもどおり雑煮やお酒も用意した

 

品数が多く、しかも一目ではわからないものも多かったので、「お品書き」を見ながらピックアップしてみた。



次女が、「キャラクターのおせち」を持ってきた



娘婿がお寿司とオードブルを持って来てくれた



マグロの刺身も持って来てくれた。ペーパーで保護されていたので開けてビックリ。

5切れも入っていたので、思わず言った。

「こんなに たくさん! 高かったやろ?(清貧がモットーの我が家。すぐに値段のことが頭に浮かんだ)」

笑いながら、『1パック2切れを頼んだのに、たくさん入れられてしもた』と全く気にもしていなかった。オーナー一族だけに、売上協力するのが当然という顔をしていた。我が家とは住む世界が違う。

 

・・・孫達・・・

長男が孫達4人を買い物に連れて行ったと聞いた。いろんな物を買ってもらって帰ってきた。

買ってもらった「ねるねる」や「アイス」、内孫2人と外孫2人、仲良く話をしながら夢中になっていた!

こういう遊びは静かでいい。

 

大学生・高校生の内孫2人と外孫4人が階段に集合。写真撮るんやろか?

 

風船遊び 外孫 4人

 

孫達の大半の遊びは鬼ごっこ。家の中を走り回っていた。騒々しいほどの賑わいだった。時には、ターゲットを絞り高校生の孫や大人たちにイタズラをしかけたりしてきた。見たかった「ニューイヤーズ駅伝・箱根駅伝」、少ししか見られなかった。

孫達は椅子に座ることもなく、何時間も動きっぱなしだった。遊びを考える知恵、動き回ったり走り回ったりするスタミナ、驚き羨ましく思いながら見守るばかりだった。

 

・・・・・・

ふと目にとまった。座敷の障子が破れている!

孫達に事情聴取した。

「誰が破ったん?」

間髪入れず、『ハイ、ハイ、ハイ』と3人から手が挙がった。

「3人が一緒に破ったん?」

遊んでいる途中、はずみで1人の手があたり破れたのをみて、他の2人も面白がってその穴に手を突っ込んだとわかった。

「破った時は、何て言うの?」

3人が、口々に『ごめんなさい!』

一件落着した。

 

・・・・・・

走り回ったりイタズラしたりする孫達から守ろうと、ビニールカバーをつけ安全な場所に置いてあった「花」は、無事だった!



遊んだ風船が放置されていた。昔だったら、風船、大事に持って帰ったんやけどなあ・・・ 捨てる気になれず、とりあえず集めておいた。

使い捨てにされた「可哀そうな風船!」

 

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子や孫が集い賑わったお正月の3か日。総勢16名。

歳老いると、ついつい、あと何回こうしたお正月を過ごせるのだろうかとの思いがよぎってしまう。

・・・・・・・

どうぞ 今年もよろしくお願い申し上げます!

お餅つき&おせち&ご近所配り

・・・お餅つき・・・

長男家族と我が夫婦7人で年末恒例のお餅つきをした。主役は長男家族。

今までは6升のお餅をついていたが、アパート暮らしで家にいない孫もいるし、加えてモチ米も高くなったしで、今年からは「伸し餅をやめとこう」と2升だけにした。

蒸すセイロも1つ、お餅つきも1回で済んだ。

 

できたての柔らかいお餅は、熱々を千切りながら「きな粉」や「砂糖・醤油」につけて頂いた。孫達は雑煮用やお供え用のお餅を丸めるどころか、ひたすら食べ続けていた。

お正月の雑煮用餅

 

義母が亡くなって間もないので、お正月は神棚や台所や車などへのお供えを取りやめ、仏壇用の重ね餅だけを用意した。残りは、「伸し餅」にした。



・・・おせち・・・

昨年同様、ジャパネットの「おせち」を頼んであった。




娘達が好きやからと、家内が大豆や大根や高野豆腐などが入った煮物を作っていた。

 

昨年はエビフライと鶏肉のから揚げや数の子なども用意していたが、家内やヤングママと相談し今年からやめることになっていた。

今日、そのことを知った孫達3人が連名で、『おじいちゃんのから揚げが食べたい。作って』と書いたメモがテーブルの上に置かれてあった。別棟まで行き、孫達に「から揚げだったら、ママかパパに言って作ってもらったら」と。孫達が口を揃えて言った。『家のとは味が違う。おじいちゃんのが食べたいんよ』と。

そこまで言われれば作るしかなかった。そこで言った。「手伝ってくれる? そしたら作る」と。

今日、3人が手伝ってくれて「から揚げ」を作った。



・・・ご近所さんへ「大根の麹漬け」・・・

毎年、お正月前には、お世話になったご近所さんに「大根の麹漬け」を届けている。今年も無事に11軒に届けてきた

家内が漬けてくれた「大根の麹漬け」の他に、「さつま芋(紅はるか・シルクスイート)、玉レタス(一部のご近所さん)、富有柿(一部のご近所さん)」なども軽トラに積み込み、家内も同乗し一緒に配って回った。

 

「大根の麹漬け」は配る数日前に、味見してあった。漬込み後、約3週間経った「大根の麹漬け」。

真っ黄色に染めないのが我が家流。味も、甘味料・砂糖を標準分量の2割に抑えているので甘くはなく、思っていた通りの味わいに仕上がった。

 

・・・いつも訪問してくれているブロガーの皆様へ・・・

 

どうぞ良いお年をお迎え下さい!

来年もよろしくお願い申し上げます

 

(義母が12月に亡くなりましたので、新年のご挨拶は割愛させて頂きます)

白菜の漬込み:84kg & 焼肉カルビ

例年より約1か月も遅れて気になっていた白菜の漬物づくり。昨日は風もなくポカポカ陽気で漬物仕込みには絶好の天気だった。

年が明ければ、こんな穏やかな日に巡り合えるかどうかはわからない。術後は激しい運動をしたり、お腹に力を入れたり、重い物を持ったりはご法度。でも術後1か月が経ったし、少しぐらいは体に負荷をかけても良かろうと、家内に手伝ってもらって「白菜の漬物作り」に取りかかった。

 

≪作業手順≫

  • 白菜の根元を包丁で切った
  • 一輪車で運び、1か所に集めた
  • 1個1個、虫食いした葉っぱなど不要な葉っぱを廃棄し、幼虫などが入っていないかなどもチェックした後、包丁で切れ目を入れ、半分に裂いた
  • 水洗い場所まで運び、ジャブジャブした後、振って水切りした
  • 運び、約2時間、天日干した
  • 簡易物置に運び、漬物容器に入れたビニール袋に準備した「粗塩3%」・「昆布」を振りかけながら漬け込んだ
  • 中ブタをしビニール袋を閉め、重しを載せ完了

 

天日干しする容器が限られるので、2回に分けて天日干しした。

≪天日干し中:49kg分≫

 

最も大きな漬物容器2つに35kgずつ漬け込み、少し小さな容器に14kgを漬け込んだ。

漬込みにあたって、大きな容器に何kgぐらい漬込めるのか記憶がなかったので手間取った。とりあえず30kg分の白菜と粗塩を用意して漬け込み、容器に余裕があったので5kg分の白菜と粗塩を追加して35kgを漬け込んだ。

 

朝8時半から作業を開始し、コンテナなど洗ったり片付けたりして作業終了した時は太陽が沈み薄暗くなっていた。朝から薄暗くなるまで丸1日作業したのは、今年初めてのようだった気がする。しかも病み上がり。途中、リタイヤすることもなく頑張り切れた自分に驚いている。

 

作業が終わると、さすがに腰が真っすぐに伸びなかった。家内も同様だった。シャワー後、家内と足腰マッサージや背骨伸ばしを施術し合うと、2人とも腰がシャンと伸びるようになった。

 

今朝、トイレの便座に座ろうとすると、太腿裏に痛みが走った。他の箇所ならまだしも、太腿の裏だけが筋肉痛とは・・・ どんな作業が太腿裏に負担をかけたのかが思い当たらない。太腿裏を鍛えた証と思うと痛みも気にならなくなった。

 

・・・・・・・

『ご飯はあるが、夕食の用意ができていない』という家内の声を聞いたので、「スーパーに行って何か買って来る」と。

海鮮丼・海鮮チラシ・握り寿司・バッテラなど食べたい順に聞いていたが、年末の夕食時ということもあってか、家内から言われた品は売切れていた。

思案しながら店内を歩き回り、肉売り場で「これや!」と直感。1パックしか残っていなかった。100g550円の焼肉用カルビだった。

320g余り入っていた。思っていた通り、肉は柔らかくて美味しかった。自分は約200g、家内は約120gを平らげた。お腹が空いていたので、ご飯もモリモリすすんだ。

1日中の作業でぐったりしていた体だったが、元気を取り戻してくれた気がした。

 

 

 

鼠径ヘルニアの手術

7月の「前立腺」に続き、11月下旬に「鼠経ヘルニア」の手術をした。鼠経ヘルニアの兆候は数年前からあったが、最近大きくなってきたように感じたので手術してもらった。

 

後期高齢者のこの歳になるまで、検査入院は何回かあったが病気やケガで入院したのは今年の7月が初めてだった。前立腺手術では内視鏡とレーザーを使った手術だったが、今回の鼠経ヘルニア手術は腹腔鏡による手術で、お臍と両脇、3か所に小さな穴を開け、そこから内視鏡などの器具を使っての2か所の手術だった。

かつて草刈り機のチップが飛んで脚に入った時、局部麻酔して取り出してもらったことはあるが、全身麻酔でお腹にメスが入るのは初めてのことだった。

 

午前中の手術だったので、夕食は食べてもOKだったが術後の痛みで食べる気がしなかったのでパスした。翌日には痛みも和らいだので、すすめられていた院内散歩も始めた。テレビは見る気がしなかったが、スマホはニュースをみたりと重宝した。

 

5日間入院し、12/1に退院した。退院日の朝食はキャンセルし、院内にあるレストランに行って「ブラックコーヒーのモーニング」を頼んだ。美味しかった。生き返った気がした。

退院日、7月の退院時と同様、娘が「家内が乗る軽のワゴンRじゃなく、クッションが良くて体に影響の少ないアルファードの方がいい」と家内を乗せ迎えに来てくれた。その気遣いが嬉しかった。有難かった。

 

病室:以前、他の病院で検査入院したときは大部屋だった。いろんな病状の患者さんがおられ、病気のことに関する話がいろいろ聞こえてきて気になったし、夜は咳やイビキが聞こえてきてぐっすりと眠れなかった。そんなことがあったので、7月の入院時同様、トイレ付個室にしてもらった。家内が面会に来てくれた時は気兼ねなく話ができた。トイレだけでなく洗面もついていたので、いつでも気軽に利用できた。入院代が高くなったが、幸い、医療保険に入っていたので多くが賄えた。

 

病棟からは和歌山城も見えた。夜にはライトアップしていた。お城の右隣の茶色いビルはダイワロイネットホテル。左手前で鉄塔修理しているのは、NHK和歌山支局の屋上。

 

手術で入れた2か所のメッシュが定着するのに約1か月ぐらいはかかるとのこと。それまでは重い物を持ったり激しい運動をしたり腹圧がかかるようなことは避けなければならない。自分は高齢者で復元力も衰えているだろうし、しかも2か所の手術だったので2か月ぐらいは用心しようと思っている。

先日、青春クラブの会長と会計などを代行してくれている事務局2人に、鼠経ヘルニア手術をしたことや復帰が遅くなることを伝え、快く了承してもらった。

 

・・・食・・・

病院食は口に合わず食欲もなかった。食べて元気をつけなきゃと・・・

「かつや」のロースカツ定食:セール期間中だったので630円だった。



義母の49日法要の打合せを終えた帰路、「はま寿司」に寄ったら日曜日の夕食時で行列ができていたので、近くにあった「ガスト」に入った。何年振りかのガスト、注文も会計も画面タッチに変わっていた。頼んだ料理は、ロボットが運んできてくれた。

料理を取ると、ロボットが反転し戻って行った。



朝食では、美味しくて栄養価の高そうな「特濃牛乳」を常温に温めて頂いた。自分が種まきして育てた「玉レタス」はサンドイッチに。食べ放題の早生みかん・富有柿はこの時期の定番。

・・・・・・・

家内に任せっぱなしの家庭園芸や漬物づくり。すでに大根の麹漬けは75kgを漬け込んでくれた。

ただ、白菜の漬物づくりや梅・柿・庭木の剪定など、いろんな作業が残っている。白菜を数10kgも収穫し運び漬け込んだり、剪定でノコギリやチェーンソーを使ったり、脚立に乗って踏ん張ったり、木に登ったりの作業が必要。家内から体のことを労わるようにと日々言われているので、もしかしたら今季は作業放棄することになるかも知れない。

農家と違ってお遊びみたいな家庭園芸、「作業を放棄しても、どうーってことない。体の方が大事」と開き直るしかない。

お湯の有難さ

・・・お湯が出ない・・・

お風呂に入っている家内から、「お湯が出なくなった。見てきて」と大きな声がした。

屋内にあるボイラースイッチをみるとONになっていた。燃料切れの可能性かもとスイッチをOFFにし、屋外にあるボイラーの灯油燃料計を見に行った。

半分近くの燃料が入っていたのでボイラースイッチをONにした。するとお湯が出始めたが、すぐに異常を示すランプが点滅したので、あわててOFFにした。原因がわかり正常に作動するまではボイラーは使わないことにした。

 

翌日、いつもの水道屋さんに電話した。旦那はすでに仕事ででかけて留守だったが、奥さんがトラブル状況を尋ねてくれたので説明した。旦那がお昼に帰ってくるので、電話してくれることになっていた。

 

ところが、奥さんがすぐに我が家の状況を旦那に伝えたらしく、電話して30分後に仕事場に行っていた旦那が我が家に来てくれた。「〇〇さんからと聞いたので、とりあえず状況を確認しなきゃと飛んできた」と。親の代からお世話になっている水道屋さんだけに、格別に配慮してくれたのだと思った。

 

原因を調べてくれた。ボイラーの基盤を取り換えれば異常はなくなるとのことだった。問い合わせてもらったが古いボイラーだったのでメーカーに部品がなかった。お湯が出なければ、洗面所や台所だけならまだしも、お風呂は困る。すぐに新品に交換してもらうよう手配をお願いした。

 

・・・ボイラー交換・・・

その日は別の仕事場で作業中とわかっていたので、もしかしたら数日間はお湯なしで過ごすしかないと思っていたが、その日の午後、「製品の手配ができたので」と別の仕事場にいた息子まで連れてきて2人で新品に交換してくれた。

助かった。有難かった。お礼の気持ちで、「さつま芋」と「富有柿」を渡した。

 

・・・取り換えたボイラー・・・

屋内のボイラースイッチ

 

屋外のボイラー

 

これで心置きなくお風呂に入れる!

幼少の頃は薪でお風呂をわかしていた。当時は真冬の冷たい時期でも、台所も洗面もお湯ではなく水だった。ただ井戸水だったので、水道とは違って15度ぐらいあったので辛抱できたのかもしれない。

今は、ボイラーでいつでもどこでもお湯が使える便利さを享受できる代わりに、機器が故障すれば直るまでお手上げになる。

水道もお湯も生活には不可欠となった今、水回りもお湯もすぐにかけつけ対処してくれる水道屋さんがいる有難さを痛感した。

義母が旅立った

80歳まで元気にお花屋さんをしていた義母が、90歳でご浄土へ旅だった。最後となった2年間の入院生活では、家内と妹達の3人交代で毎日面会に行き、元気づけ、見守ってくれた。義母も心置きなく旅だったに違いない。

 

家族葬の段取りは初めてだったので、葬儀屋さんとの打ち合わせでは、迷いながら判断することも多かった。夜、自宅に帰ってきてからも、手抜かりはないか、あーした方がいい・こうした方がいいとかがいろいろ浮かんできて、義母と一緒に住んでいた喪主の次女に電話したりもした。夜もほとんど眠れなかった。

 

息子や娘たちも、いろんなことに気づいてくれてカバーしてくれた。

葬儀屋さんは、義母がお花屋さんを元気にやっていたとき、花を注文してくれたりで懇意な間柄だったこともあって、家内と妹達が葬儀屋さんに「祭壇の花、菊はいらない。母が好きだった赤系統のお花で洋花に」と注文してあった。

葬儀中にお坊さんが読経してくれている時、いろんなことが思い浮かんできた。義父がなくなってからは、元気づけようと一緒にアチコチへ旅行に連れて行った時に喜んでくれた時の義母の顔が浮かんできた。定年後、運転手兼運搬係としてお花の仕入れに同行したとき、素人の自分にどっちの花がいいとか相談され戸惑いながらも決めたことなども思い浮かんだ。

 

悲しみに包まれる中、雰囲気を和ませてくれたのは幼少の孫たち4人だった。

棺に入れようと、折り紙でいろんなものを作ってくれた。

 

また火葬場へ向かうバスでは、遠足気分で盛り上がっていた。



無事に葬儀と初七日が終わった後は、ホッとしたのか気が抜けたようになってしまった。身内の最年長者だけに、気を取り直し、いろんなことに協力しなきゃと思っている。

お母さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。

長男家族と漬物づくりetc≪日曜日の1日≫

今、自分は重い物を持ったりできないので長男のお嫁さんに手伝いをしてもらった。いろんなことをして慌ただしかったので写真を撮ることを忘れていた。

 

・・・大根の塩漬け(麹漬けの準備)≪家内とヤングママ≫・・・

家内とヤングママが畑に出て、大根30kgを収穫し、葉っぱを切り落とし、水洗いし、漬物容器に塩漬けし、重しを載せて完了。水上がりしてくる1週間後には、「麹漬け」にとりかかれる。

 

・・・大根の麹漬け≪家内とヤングママ≫・・・

1週間前に家内が塩漬けした大根30kgが水上がりしていた。家内とヤングママが、塩漬けした大根を取り出し、漬物用のビニール袋を入れた容器に、麹の素と調味料を使って「麹漬け」した。重しを載せて完了。

「甘いのが嫌い」「真っ黄色に染まったのも嫌い」なので、「麹の素」と「粗塩」は標準分量だが、着色料・甘味料・砂糖はいつものとおり標準分量の2割程度で漬け込んだ。

3週間以上経てば、「大根の麹漬け」が出来上がる。

 

・・・大根の切り漬け≪長男≫・・・

長男が、『この前もらった「大根の切り漬け」が美味しかった。家族も好き』というので、「簡単に作れる。1日で食べられる。簡単やから自分で作ったら」と言った。

自分がアドバイスして作ることに

長男が畑から大根と葉っぱを持ってきて水洗いし、葉っぱの先1/3は捨て残りの葉っぱを3~4mmぐらいに刻み、大根は千切りにし、昆布を適当な大きさに切り、ボールで粗塩を入れながら混ぜ合わせ、つまみながら味見し、ほどよい塩加減にした。

締め付ける容器に入れて完了。



・・・さつま芋のフライ≪中学生の孫・小学生の孫・自分の3人≫・・・

自分が倉庫から細くて小さな芋を持ってきた。

小学生の孫がタワシで芋を洗い、中学生の孫は包丁で短冊に切り、自分は油で素揚げし、小学生の孫が食塩をパラパラと振って塩気をなじませて完了。殆どは、孫達が自宅に持ち帰った。

我が家に残ったのは少しだけ。それも家内が殆どを平らげてしまった。



・・・ミニ焼き芋≪自分≫・・・

皆に食べてもらおうと、ミニサイズの芋を焼いた。

 

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ポカポカ陽気の過ごしやすかった昨日は、家族でワイワイの賑わいだ1日となった

高野山のお土産

・・・笹巻あんぷ・・・

高野山に行ってきた娘が、お土産を買ってきてくれた。「笹巻あんぷ」という「餡子」を「生麩」で包んだ高野山の精進料理だった。高野山には何回も行ったことがあるが、初めて知ったお土産だった。

生麩や餡子を使っているからか、消費期限は数日だったが冷凍すると3カ月保存できるようだった。

 

一見、「ちまき」みたいだった。

 

笹を開けると、鶯色したお饅頭だった。

 

一口食べてみた。生麩は柏餅に近い食感で柔らかかった。餡子ともマッチしていた。美味しかった。



色とりどりの麩ももらった。



娘に店の場所を聞いた。自分が高野山に行った時に通る道筋ではなく、奥まった場所だった。道理で目につかなかったはず。

テレビで紹介されてからお客さんが殺到するようになり、今では1人当たりの販売個数を制限したり、売り切れたら販売終了したり、他の商品生産は休止したりなど、お店は「てんやわんや」しているらしい。

 

 

・・・・・・・

高野山は標高が高いので寒い。冬場はチェーン規制されるほど。これからの時期は慣れたドライバーでないと車では行けなくなる。先日も雪で真っ白になっていたのをニュースでみた。凍った道路や雪道を走れない自分だと、大阪・難波から出ている南海高野線高野山の麓の九度山駅で乗車し、ケーブルと山上バスを使うしかない。義父が眠る高野山奥の院だが、とても冬場には行く気がしない。

 

・・・手土産・・・

娘宅は阪和自動車道京奈和自動車道の高速道路を使っても約50分はかかる。小まめに届けたりはできないので、食べきれないほどの農産物を手土産に持って帰ってもらった。

家内が用意した「富有柿、白菜、玉レタス、サニーレタス・リーフレタス、葉付き大根、さつま芋(紅はるか)、かぼちゃ、早生みかん(ご近所さんからのもらい物)、骨付き鳥(香川の友人からのもらい物)」。

 

・・・孫の一言・・・

娘が帰宅してから電話をくれた。

小2の孫、毎朝、学校で自分の健康状態などを書いて先生に渡すらしい。先生からは、『児童の多くは今日も元気ですとか一言だけですが、◯◯ちゃんは、いろんなことを書いてくれるので、いつも楽しく読ませてもらっています』と。

娘が我が家に来た日のことについて、学校で書いた文章を聞いて笑った。『ママ、今日はバーバンの家に行った。ずるい。最悪』と書いたらしい。

健康は体だけでなく精神状態もある。理由と感情・精神状態まで書くなんて発想が凄いと思った。

口数が少ない孫だが、心の中では色んなことを思っていると知った。

骨付鳥

香川でお坊さんをしている学生時代の友人が、丸亀名物の骨付鳥を送ってくれた。

 

数日前、「おやどり・ひなどり、どちらがいい?」と電話で聞いてくれたので、柔らかい「ひなどり」をお願いしてあった。

 

普段、食べることのないスパイシーな味付けがされた「骨付鳥」だけに、息子・娘達3家族にも味わってもらおうと、我が家に1個だけを残して5個を持っていくことにした。

息子・娘達に連絡すると、以前にももらって分けたことがあったので、皆、そのスパイシーさを覚えていた。「ビールに合う」と大喜びしてくれた。

 

・・・・・・・

卒業以来、50数年以上も会ったことのない友。

電話では、彼の若かりし頃の風貌や人となりを思い浮かべながら、また彼が使っていた香川の方言も思い出しながら話をする。その瞬間、不思議なことに学生時代にタイムスリップする。

 

自分のことを今も忘れずに気にかけてくれて・・・

ありがとう!

体は老化、精神は未熟

若い時、年寄りになれば肉体は老化していくものの精神は成熟していくものとばかり思っていた。

後期高齢者になった今、時間的余裕もあってか、自分はどうなったのかをみつめてみたりする機会が増えてきた。

 

肉体の老化は日々痛感することばかりなのに、精神は成熟するどころか未熟さを感じる日々が今なお多く、自分にため息をつくことも少なくない。

 

そんな時、自分に言い聞かせていることがある。

「家族を含め全ての人に敬意をもって接する」 「全てのことに感謝する」 「心の中が、いつも清浄を保つようこころがける」 

たったそれだけなのに、それが難しくて続かない。

 

仏教でいう五欲煩悩を断ち切れないことはザラにある。また、怒り・憎しみ・悩み・悲しみなどの感情は自分の心を穢すだけだと頭ではわかっていても、感情をコントロールしきれないことも多い。

 

まして、人一倍、怠惰で根気のない自分。そんな『あるべき心がけ』は、いつも長続きしない。そのうち、ハッと気づいて反省したりする。それを繰り返しながら、今なお未熟なままで歳を重ねている自分がいる。

 

秋の夜長、ふと、そんなことが頭をよぎった。