映画『ワーキングマン』感想・考察|ジェイソン・ステイサムが描く「静かな怒り」と労働者の暴力
こんにちは。 2025年1月2日公開のステイサム最新作『ワーキングマン』は、 これまでの彼のアクション映画とは少し温度の違う一本です。
派手なスーツも、政府の極秘任務もない。 あるのは、現場で汗を流す“普通の労働者”として生きる男と、 それでも消えない過去の暴力だけ。
目次
あらすじ
主人公はレヴォン・ケイド(ジェイソン・ステイサム)。 彼は過去を語らず、現在も多くを望まない、建設現場で働く一労働者だ。
毎朝同じ時間に起き、仲間と現場に向かい、黙々と肉体労働をこなす。 その姿は、ステイサム映画でよくある“最強の男”とは真逆に見える。
しかし、職場の人間が犯罪組織に巻き込まれたことで状況は一変する。 警察も制度も役に立たない現実の中で、 レヴォンは封印していた過去の「技術」と「覚悟」を再び呼び起こす。
彼はヒーローになろうとしない。 ただ「自分の仕事を終わらせる」ために動き始める。
キャスト・役名
- レヴォン・ケイド:ジェイソン・ステイサム
- 監督:デヴィッド・エアー
デヴィッド・エアー監督らしく、 善悪を単純化せず、暴力の重さをしっかり映像に残す演出が特徴的です。
感想|「働く男」の怒りが一番怖い
『ワーキングマン』のアクションは、 スピードや派手さよりも重さが前に出ています。
レヴォンは多くを語りません。 相手を威嚇もしないし、説得もしない。 ただ、必要なことを最短距離で終わらせる。
その暴力は爽快というより、どこか疲れている。 まるで「これしか方法がない」と理解した上で、 自分に言い聞かせるように拳を振るっているように見えます。
これまでのステイサム作品では、 強さ=快感として描かれることが多かった。 しかし本作では、強さは義務であり、責任です。
そこが、この映画をただのアクションから一段引き上げています。
考察|なぜ「ワーキングマン」なのか
タイトルの「ワーキングマン」は、 単に肉体労働者という意味ではありません。
レヴォンは、
- 家族のために働く
- 仲間のために動く
- 誰かの尻拭いを引き受ける
こうした「目立たない仕事」を引き受け続ける存在です。
彼の暴力は、私怨でも復讐でもない。 仕事の延長線上にある行為として描かれます。
デヴィッド・エアー監督がよく描くテーマ、 「国家や制度に見捨てられた現場の人間」が、 ここでも明確に打ち出されています。
『ワーキングマン』は、 「正義とは何か」ではなく、 「誰が後始末をするのか」を問い続ける映画です。
まとめ
『ワーキングマン』は、 ジェイソン・ステイサムのキャリアの中でも、 特に「静かな一本」です。
だがその静けさの中に、 働くこと、守ること、怒ることの重さが詰まっている。
派手なアクションを期待すると肩透かしかもしれません。 しかし、年齢を重ねたステイサムの説得力を味わうには、 非常に見応えのある作品です。