世紀の犯罪
優秀な青年達が落ちた闇

超人になりたいと思ったことはありますか?
知力、体力、精神力――
全てを兼ねそろえた、誰にも負けない究極の超人。
漫画やアニメの世界ならそんな人間も大勢いるが、残念ながら現実では超人など存在しない。
この事件が起きたのは1924年のアメリカ。
裕福な家庭で育ち頭も良かった19歳の2人の青年は、互いに影響を与え合い会話を交わすことで、ある思想に取り憑かれてしまった。
「僕達は人間を超越した存在。最強の超人なのだ」
それを証明するため、2人はなんと――完全犯罪を成し遂げようとしたのである。
1924年5月22日。
アメリカ、イリノイ州 シカゴ。
この日とある一家の父親宛てに、不審な手紙が届いた。
『お前の息子を預かっている者だ。帰して欲しければ1万ドルを用意しろ』
手紙を持つ父親の手が震える。
なぜなら昨夜も謎の男から、「息子を預かっている」という脅迫電話がかかってきていたのだ。
誘拐されたのはこの家の息子、ボビー・フランクスという14歳の少年だった。
身代金1万ドル――。
当時のアメリカでは平均年収が約1300ドルであり、1万ドルはかなりの大金だった。
フランクス家は裕福で資産もあったため、犯人は予めその点についても調査していたのだろう。
もちろん警察にも相談したと思われる。
しかし父親が慌ててお金を集めていたのとおよそ同時刻、シカゴ郊外にある自然保護地域では大事件が起こっていた。
排水口から遺体が発見されたのである。
遺体は身元を分からなくさせるためか、顔に酸をかけられていた。
体格からして少年のようだが、惨いことに下半身にも酸がかけられていた。
警察は「もしやこの子が誘拐された少年ではないか」と考え、家族に遺体の確認をお願いした。
そうしてこの誘拐事件は、家族にとって最悪の結末となってしまったのだ。
悲しみに暮れる家族の傍で、警察はとある疑念を抱いていた。
これは本当に身代金目的の誘拐だったのだろうか?
もしもそうならば、どうして少年を手にかける必要があったのか?
「ご主人。この眼鏡が現場に落ちていたのですが、息子さんの物でしょうか?」
警察が差し出したのは、ブランド物の高級な眼鏡だった。
しかしフランクス家の父親は、「そんな眼鏡は知らない」という。
ならばこの眼鏡は、犯人の手がかりに繋がるかもしれない。
そう踏んだ警察は徹底的に調べ上げ、1つの眼鏡から犯人に辿り着くことができたのである。
逮捕されたのは2人の男。
ネイサン・レオポルド19歳と、リチャード・ローブ18歳。
2人とも裕福な家の息子で、頭も良く、顔立ちもハンサムで将来有望なはずの若者だった。
◆ネイサンとリチャード
ネイサン・フロイデンタール・レオポルド・ジュニア。
1904年11月19日、アメリカ・イリノイ州シカゴの生まれ。
ドイツ系ユダヤ人の家庭に生まれたネイサンは幼い頃から優秀で、生後4ヵ月で最初の言葉を喋ったと言われている。
家は大変裕福だった。
父親は先代から海運会社を継いでおり、アルミ缶や紙箱の製造で財を成した実業家だったのだ。
ネイサンの優秀さは本物で、15歳でシカゴ大学に入学。
米国の鳥類学雑誌に2つの論文を発表、アマチュア鳥類学者としても名声を博したという。
事件が起こる少し前、ネイサンはシカゴ大学で法律の勉強をしていた。
周囲の誰もが「彼は将来多大なる成功をおさめるだろう」と確信していた。
リチャード・アルバート・ローブ。
1905年6月11日、アメリカ・イリノイ州シカゴの生まれ。
リチャードの家庭もまた裕福で、シアーズ・ローバック・アンド・カンパニーの副社長である彼の父は、推定1,000万ドルの財産を持っていたという。
ちなみにシアーズ・ローバック・アンド・カンパニーは、大手百貨店やデパートの カタログ販売をしていた会社である。
4人兄弟の三男だったリチャードは、14 歳でユニバーシティ・ハイスクールを卒業。それからシカゴ大学に入学し、早くから頭角を現していた。
しかし大学生活は、リチャードにとってそれほど良いものではなかった。
当然ながら周囲の生徒は自分より年上で、優秀だったリチャードも、その中に入ってしまえば「平凡」と呼べる成績しか残せなかったからだ。
2年生の終わり頃にミシガン大学へ転校したが、リチャードは勉強よりもトランプ遊びや小説を読むことを好むようになっていた。
ミシガン大学を卒業した1923年の秋、リチャードは故郷のシカゴへと戻った。そこでネイサンと出会い、2人の友情が始まったのである。
人間嫌いで他人とつるむことを嫌っていたネイサンだが、なぜかリチャードには惹かれるものがあったのか、彼らはすぐに親友となった。
リチャードという人間を知れば知るほど強い興味を持つようになり、ネイサンのその感情はやがて、リチャードに対する絶対的な信頼へと変わっていった。
リチャードは誰もが認める美形だったため、外見に強くこだわっていたネイサンは そんな彼に憧れの気持ちを抱いたのかもしれない。
リチャードはしばしば車を盗んだり店の窓を割ったりと、無意味な罪を犯していたが、ネイサンにとってそれは小さなことであり、リチャードの傍を離れる理由とはならなかった。
またリチャードは 危険なゲームに対してお金を賭けることを好んでいた。
ギリギリの勝負を行なうことで、リチャードは形容しがたい高揚感を覚えていたという。
一部ではこの2人が同性愛的な関係だったと報じているものもあるが、実際のところは分からない。
ただ2人が同性愛の関係にあったという証拠はないものの、彼らの交際や行動には異性愛者としては不自然な点があったとされている。
◆超人思想
ネイサンとリチャードは互いを理解できる唯一無二の親友のようになり、多くの行動を共にしていた。
家庭環境も生い立ちも似ているお坊ちゃまの2人だが、やはり人間である以上「悩み」というものはあった。
リチャードは家庭教師と乳母を兼任していた女性に、幼い頃からかなり厳しい教育をされていた。
蓄積されたストレスにより、リチャードは勉強よりも推理小説やクライム系ミステリにハマっていたのである。
そうした物語に没頭するうち、リチャードは「自分も完全犯罪ができるのでは」と思い始めてしまった。
一方でネイサンは、ニーチェの超人思想に強い興味を抱いていた。
ニーチェの超人思想とは簡単にいうと、「人間が自分自身を超越し、自分を神や理想として創造することができるとする哲学的信念」のこと。
ニーチェは従来の道徳や宗教的価値観に対して批判的であり、それらを自己の成長や進歩を妨げるものだと見なしていた。
「超人」はそのような束縛から解放され、自分自身の価値観を創造し、自由に行動することができるとされているのだ。
ニーチェの超人思想は20世紀になると、一部の犯罪者に「犯罪を正当化する理論」としてしばしば悪用されることがあった。
しかしニーチェ自身は超人思想を「人間性の向上を目指すための哲学的手段」として提示しており、当然ながら犯罪行為を正当化させようと思って執筆したわけではない。
ともあれ超人に対して並々ならぬ憧れを抱いていたネイサンは、リチャードと接しているうちに、リチャードこそが超人なのかもしれないと思い込むようになっていった。
――超人ならばきっと、完全犯罪もできるはず。
そうしてリチャードが提案した「子供を誘拐し手にかける」という計画に対して、ネイサンは一切反対せずに頷いたのである。
◆崩れて行く計画
「1万ドルの身代金を手に入れる」。
リチャードとネイサンはその方法を、かなりの時間を使って話し合った。
そうして議論の末、これなら絶対確実だと考える計画を思いついたのである。
それは、誘拐した子供の父親に、ミシガン湖の西を南へ走る列車の中から身代金の入ったバッグを投げさせるというものだった。
2人は高架下に停めた車の中でそれを待ち、身代金が投げ落とされたらすぐにバッグを拾って逃げるという算段である。
早速2人はターゲットをどの子にするか話し合った。
当初は女の子にしようかと話していたが、リチャードの弟にしようと変更、しかしやっぱり弟の友達にしようということになり、決行日に車でターゲットを探したが見つからず、最終的に偶然道を歩いていたリチャードの従兄弟である14歳のボビー・フランクスに決定してしまった。
ボビーもまた裕福な家庭の子であったため、簡単に身代金を入手できると思ったのである。それは、1924年5月21日の午後のことだった。
「やあボブ、家まで送るから車に乗りなよ」
リチャードが声をかけたが、当初ボビーはそれを断ったという。自分の足で歩いて帰れるから、と。
しかしリチャードは続けて、「兄にプレゼントしたいから、キミが持っているテニスラケットについて聞きたいんだ」などと言って、ボビーに近付いて行った。
そうしてボビーを強引に車に乗せ、ドアを閉めたのである。
運転席にネイサン、後部座席にリチャード、そして助手席にボビー。
当初は笑いを交えつつ、和やかな会話をしながら車を走らせていた。
しかししばらくすると突然リチャードが後ろからボビーの口を塞ぎ、ボビーの頭にノミを振り下ろしたのである。
それはボビーの後頭部に当たったが、リチャードは更にもう一度ノミを振り下ろした。
ボビーは体を捻って両腕を上げ、懸命に身を守ろうとしていた。
しかし更に2回攻撃され、ノミがボビーの額に刺さってしまう。
それでもボビーは必死に抵抗したが、出血が多くなるとその動きは止まってしまった。
リチャードはボビーの体を引っ張って後部座席に移動させ、念のためにと口に布切れを押し込んだ。
完全に動かなくなったボビーを乗せたまま、車はそこから40キロ離れたインディアナ州ハモンドのウルフ湖近くまで走って行った。
そうして湖の北にある排水溝へと、ボビーを遺棄したのである。
遺体が誰であるか分からないようにするため、顔と下半身に酸をかけて。
シカゴに戻った2人はボビーの家に電話をかけ、電話に出た母親に対し「息子を誘拐した」と告げた。
「明日身代金についての詳しいメモを送る」と言って電話を切り、タイプライターで作成した身代金のメモをポストに投函したのち、2人はトランプをして過ごしたという。
しかし、2人は気付いていなかった。
遺棄現場で、ネイサンの胸ポケットから彼の眼鏡が落ちていたということを。
完全犯罪など計画して出来るものではない。
眼鏡を落としたのに気付いてなかったことも、随分と初歩的なミスである。
記事を見ていると、ネイサンは少し軽率な部分が多いと感じた。
リチャードが沈黙していたのに比べて、ネイサンは周囲に事件について自分の考えを語ったりしていたそうなのだ。
◆逮捕と裁判、そして…
現場に落ちていた眼鏡は非常に珍しいものであり、町でも3人にしか売れていなかった。そのうちの1人が、ネイサン・レオポルドだったのである。
警察がネイサンの部屋を調べると、身代金メモの作成に使われたものと同じ型のタイプライターを発見。更にはフランクス家に届いた手紙と同じ便箋も出てきたのである。
もはや言い逃れはできない状態だった。
同じく取り調べを受けることとなったリチャード・ローブだが、数々の証拠を見せられるとすぐに自供を始めた。
しかし、罪を犯したことは認めるが、ボビーを手にかけたのはネイサンだと主張。
一方でネイサンは、リチャード主導の犯行であると主張した。
つまり2人は、お互いに罪をなすり付け合ったのである。
この事件は国民の怒りを買い、裁判にかけられた2人には死刑判決がくだされるかと思われた。
しかし2人の親たちが雇った敏腕弁護士により、終身刑に減刑されたのだった。
逮捕から12年後の1936年1月28日。
リチャード・ローブは囚人仲間に襲われ、30歳で刑務所内で亡くなった。
ネイサン・レオポルドは1958年に仮釈放され、のちに非行少年を救済する財団を設立。結婚して普通の生活を送ったが、1971年8月30日に心臓発作で亡くなった。66歳だった。
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超人の証明を行なうため、無関係なボビーを手にかけたリチャードとネイサン。
本事件は様々な映画や小説のモデルにもなっており、巨匠アルフレッド・ヒッチコックの「ロープ」や、トム・ケイリン監督の「恍惚」などが有名である。日本でも舞台化されている。
被害者であるボビーは、本当に偶然そこを歩いていただけだった。
超人や完全犯罪について熱く語り合うだけなら至って無害だったのに、一体何がそこまで彼らを突き動かしたのだろうか。
ルドルフ

本事件を動画で見たい方はこちら
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