辺獄インフェルノ

世界の怖い事件をまとめています

🌍 世界の片隅で起きた、真実の記録。
遠い国の出来事のようでいて、今を生きる僕たちにも通じる――
このブログでは、実際に起きた事件や人間のドラマを
静かに、丁寧に語り継いでいきます。

ネイサン・レオポルド&リチャード・ローブ

世紀の犯罪

優秀な青年達が落ちた闇

 

 

 超人になりたいと思ったことはありますか?

 知力、体力、精神力――

 全てを兼ねそろえた、誰にも負けない究極の超人。

 漫画やアニメの世界ならそんな人間も大勢いるが、残念ながら現実では超人など存在しない。

 この事件が起きたのは1924年のアメリカ。

 裕福な家庭で育ち頭も良かった19歳の2人の青年は、互いに影響を与え合い会話を交わすことで、ある思想に取り憑かれてしまった。

「僕達は人間を超越した存在。最強の超人なのだ」

 それを証明するため、2人はなんと――完全犯罪を成し遂げようとしたのである。

 

 

 

 

 1924年5月22日。

 アメリカ、イリノイ州 シカゴ。

 この日とある一家の父親宛てに、不審な手紙が届いた。

 

『お前の息子を預かっている者だ。帰して欲しければ1万ドルを用意しろ』

 

 手紙を持つ父親の手が震える。

 なぜなら昨夜も謎の男から、「息子を預かっている」という脅迫電話がかかってきていたのだ。

 誘拐されたのはこの家の息子、ボビー・フランクスという14歳の少年だった。

 身代金1万ドル――。

 当時のアメリカでは平均年収が約1300ドルであり、1万ドルはかなりの大金だった。

 フランクス家は裕福で資産もあったため、犯人は予めその点についても調査していたのだろう。

 もちろん警察にも相談したと思われる。

 

 しかし父親が慌ててお金を集めていたのとおよそ同時刻、シカゴ郊外にある自然保護地域では大事件が起こっていた。

 排水口から遺体が発見されたのである。

 遺体は身元を分からなくさせるためか、顔に酸をかけられていた。

 体格からして少年のようだが、惨いことに下半身にも酸がかけられていた。

 警察は「もしやこの子が誘拐された少年ではないか」と考え、家族に遺体の確認をお願いした。

 そうしてこの誘拐事件は、家族にとって最悪の結末となってしまったのだ。

 悲しみに暮れる家族の傍で、警察はとある疑念を抱いていた。

 

 これは本当に身代金目的の誘拐だったのだろうか?

 もしもそうならば、どうして少年を手にかける必要があったのか?

 

「ご主人。この眼鏡が現場に落ちていたのですが、息子さんの物でしょうか?」

 

 警察が差し出したのは、ブランド物の高級な眼鏡だった。

 しかしフランクス家の父親は、「そんな眼鏡は知らない」という。

 ならばこの眼鏡は、犯人の手がかりに繋がるかもしれない。

 そう踏んだ警察は徹底的に調べ上げ、1つの眼鏡から犯人に辿り着くことができたのである。

 逮捕されたのは2人の男。

 ネイサン・レオポルド19歳と、リチャード・ローブ18歳。

 2人とも裕福な家の息子で、頭も良く、顔立ちもハンサムで将来有望なはずの若者だった。

 

 

◆ネイサンとリチャード

 ネイサン・フロイデンタール・レオポルド・ジュニア。

 1904年11月19日、アメリカ・イリノイ州シカゴの生まれ。

 ドイツ系ユダヤ人の家庭に生まれたネイサンは幼い頃から優秀で、生後4ヵ月で最初の言葉を喋ったと言われている。

 家は大変裕福だった。

 父親は先代から海運会社を継いでおり、アルミ缶や紙箱の製造で財を成した実業家だったのだ。

 ネイサンの優秀さは本物で、15歳でシカゴ大学に入学。

 米国の鳥類学雑誌に2つの論文を発表、アマチュア鳥類学者としても名声を博したという。

 事件が起こる少し前、ネイサンはシカゴ大学で法律の勉強をしていた。

 周囲の誰もが「彼は将来多大なる成功をおさめるだろう」と確信していた。

 

 リチャード・アルバート・ローブ。

 1905年6月11日、アメリカ・イリノイ州シカゴの生まれ。

 リチャードの家庭もまた裕福で、シアーズ・ローバック・アンド・カンパニーの副社長である彼の父は、推定1,000万ドルの財産を持っていたという。

 ちなみにシアーズ・ローバック・アンド・カンパニーは、大手百貨店やデパートの カタログ販売をしていた会社である。

 4人兄弟の三男だったリチャードは、14 歳でユニバーシティ・ハイスクールを卒業。それからシカゴ大学に入学し、早くから頭角を現していた。

 しかし大学生活は、リチャードにとってそれほど良いものではなかった。

 当然ながら周囲の生徒は自分より年上で、優秀だったリチャードも、その中に入ってしまえば「平凡」と呼べる成績しか残せなかったからだ。

 2年生の終わり頃にミシガン大学へ転校したが、リチャードは勉強よりもトランプ遊びや小説を読むことを好むようになっていた。

 ミシガン大学を卒業した1923年の秋、リチャードは故郷のシカゴへと戻った。そこでネイサンと出会い、2人の友情が始まったのである。

 

 人間嫌いで他人とつるむことを嫌っていたネイサンだが、なぜかリチャードには惹かれるものがあったのか、彼らはすぐに親友となった。

 リチャードという人間を知れば知るほど強い興味を持つようになり、ネイサンのその感情はやがて、リチャードに対する絶対的な信頼へと変わっていった。

 リチャードは誰もが認める美形だったため、外見に強くこだわっていたネイサンは そんな彼に憧れの気持ちを抱いたのかもしれない。

 リチャードはしばしば車を盗んだり店の窓を割ったりと、無意味な罪を犯していたが、ネイサンにとってそれは小さなことであり、リチャードの傍を離れる理由とはならなかった。

 またリチャードは 危険なゲームに対してお金を賭けることを好んでいた。

 ギリギリの勝負を行なうことで、リチャードは形容しがたい高揚感を覚えていたという。

 一部ではこの2人が同性愛的な関係だったと報じているものもあるが、実際のところは分からない。

 ただ2人が同性愛の関係にあったという証拠はないものの、彼らの交際や行動には異性愛者としては不自然な点があったとされている。

 

 

◆超人思想

 ネイサンとリチャードは互いを理解できる唯一無二の親友のようになり、多くの行動を共にしていた。

 家庭環境も生い立ちも似ているお坊ちゃまの2人だが、やはり人間である以上「悩み」というものはあった。

 リチャードは家庭教師と乳母を兼任していた女性に、幼い頃からかなり厳しい教育をされていた。

 蓄積されたストレスにより、リチャードは勉強よりも推理小説やクライム系ミステリにハマっていたのである。

 そうした物語に没頭するうち、リチャードは「自分も完全犯罪ができるのでは」と思い始めてしまった。

 

 一方でネイサンは、ニーチェの超人思想に強い興味を抱いていた。

 ニーチェの超人思想とは簡単にいうと、「人間が自分自身を超越し、自分を神や理想として創造することができるとする哲学的信念」のこと。

 ニーチェは従来の道徳や宗教的価値観に対して批判的であり、それらを自己の成長や進歩を妨げるものだと見なしていた。

「超人」はそのような束縛から解放され、自分自身の価値観を創造し、自由に行動することができるとされているのだ。

 ニーチェの超人思想は20世紀になると、一部の犯罪者に「犯罪を正当化する理論」としてしばしば悪用されることがあった。

 しかしニーチェ自身は超人思想を「人間性の向上を目指すための哲学的手段」として提示しており、当然ながら犯罪行為を正当化させようと思って執筆したわけではない。

 

 ともあれ超人に対して並々ならぬ憧れを抱いていたネイサンは、リチャードと接しているうちに、リチャードこそが超人なのかもしれないと思い込むようになっていった。

 

 ――超人ならばきっと、完全犯罪もできるはず。

 

 そうしてリチャードが提案した「子供を誘拐し手にかける」という計画に対して、ネイサンは一切反対せずに頷いたのである。

 

 

 

◆崩れて行く計画

「1万ドルの身代金を手に入れる」。

 リチャードとネイサンはその方法を、かなりの時間を使って話し合った。

 そうして議論の末、これなら絶対確実だと考える計画を思いついたのである。

 それは、誘拐した子供の父親に、ミシガン湖の西を南へ走る列車の中から身代金の入ったバッグを投げさせるというものだった。

 2人は高架下に停めた車の中でそれを待ち、身代金が投げ落とされたらすぐにバッグを拾って逃げるという算段である。

 

 早速2人はターゲットをどの子にするか話し合った。

 当初は女の子にしようかと話していたが、リチャードの弟にしようと変更、しかしやっぱり弟の友達にしようということになり、決行日に車でターゲットを探したが見つからず、最終的に偶然道を歩いていたリチャードの従兄弟である14歳のボビー・フランクスに決定してしまった。

 ボビーもまた裕福な家庭の子であったため、簡単に身代金を入手できると思ったのである。それは、1924年5月21日の午後のことだった。

 

「やあボブ、家まで送るから車に乗りなよ」

 

 リチャードが声をかけたが、当初ボビーはそれを断ったという。自分の足で歩いて帰れるから、と。

 しかしリチャードは続けて、「兄にプレゼントしたいから、キミが持っているテニスラケットについて聞きたいんだ」などと言って、ボビーに近付いて行った。

 そうしてボビーを強引に車に乗せ、ドアを閉めたのである。

 運転席にネイサン、後部座席にリチャード、そして助手席にボビー。

 当初は笑いを交えつつ、和やかな会話をしながら車を走らせていた。

 

 しかししばらくすると突然リチャードが後ろからボビーの口を塞ぎ、ボビーの頭にノミを振り下ろしたのである。

 それはボビーの後頭部に当たったが、リチャードは更にもう一度ノミを振り下ろした。

 ボビーは体を捻って両腕を上げ、懸命に身を守ろうとしていた。

 しかし更に2回攻撃され、ノミがボビーの額に刺さってしまう。

 それでもボビーは必死に抵抗したが、出血が多くなるとその動きは止まってしまった。

 リチャードはボビーの体を引っ張って後部座席に移動させ、念のためにと口に布切れを押し込んだ。

 完全に動かなくなったボビーを乗せたまま、車はそこから40キロ離れたインディアナ州ハモンドのウルフ湖近くまで走って行った。

 そうして湖の北にある排水溝へと、ボビーを遺棄したのである。

 遺体が誰であるか分からないようにするため、顔と下半身に酸をかけて。

 

 シカゴに戻った2人はボビーの家に電話をかけ、電話に出た母親に対し「息子を誘拐した」と告げた。

「明日身代金についての詳しいメモを送る」と言って電話を切り、タイプライターで作成した身代金のメモをポストに投函したのち、2人はトランプをして過ごしたという。

 

 しかし、2人は気付いていなかった。

 遺棄現場で、ネイサンの胸ポケットから彼の眼鏡が落ちていたということを。

 

 完全犯罪など計画して出来るものではない。

 眼鏡を落としたのに気付いてなかったことも、随分と初歩的なミスである。

 記事を見ていると、ネイサンは少し軽率な部分が多いと感じた。

 リチャードが沈黙していたのに比べて、ネイサンは周囲に事件について自分の考えを語ったりしていたそうなのだ。

 

 

◆逮捕と裁判、そして…

 現場に落ちていた眼鏡は非常に珍しいものであり、町でも3人にしか売れていなかった。そのうちの1人が、ネイサン・レオポルドだったのである。

 警察がネイサンの部屋を調べると、身代金メモの作成に使われたものと同じ型のタイプライターを発見。更にはフランクス家に届いた手紙と同じ便箋も出てきたのである。

 もはや言い逃れはできない状態だった。

 同じく取り調べを受けることとなったリチャード・ローブだが、数々の証拠を見せられるとすぐに自供を始めた。

 しかし、罪を犯したことは認めるが、ボビーを手にかけたのはネイサンだと主張。

 一方でネイサンは、リチャード主導の犯行であると主張した。

 つまり2人は、お互いに罪をなすり付け合ったのである。

 この事件は国民の怒りを買い、裁判にかけられた2人には死刑判決がくだされるかと思われた。

 しかし2人の親たちが雇った敏腕弁護士により、終身刑に減刑されたのだった。

 

 逮捕から12年後の1936年1月28日。

 リチャード・ローブは囚人仲間に襲われ、30歳で刑務所内で亡くなった。

 ネイサン・レオポルドは1958年に仮釈放され、のちに非行少年を救済する財団を設立。結婚して普通の生活を送ったが、1971年8月30日に心臓発作で亡くなった。66歳だった。

 

 

 ★

 

 

 超人の証明を行なうため、無関係なボビーを手にかけたリチャードとネイサン。

 本事件は様々な映画や小説のモデルにもなっており、巨匠アルフレッド・ヒッチコックの「ロープ」や、トム・ケイリン監督の「恍惚」などが有名である。日本でも舞台化されている。

 被害者であるボビーは、本当に偶然そこを歩いていただけだった。

 超人や完全犯罪について熱く語り合うだけなら至って無害だったのに、一体何がそこまで彼らを突き動かしたのだろうか。

 

ルドルフ          

 

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ディーナ・シュロッサー

戦慄の現場

娘の腕を落とした母

 

 

 突然ですが、想像してみてください。

 あなたはまだ言葉も喋れない赤ん坊です。

 穏やかな天気の午後、お父さんは仕事に行っているため、お母さんと2人きりです。

 お母さんがあなたを抱きあげ、微笑みかけます。

 しかし、もしもその手にナイフが握られていたとしたら――

 この事件が起きたのは2004年のアメリカ。

 ごく普通の一般家庭に誕生した、女の子の可愛い赤ちゃん。

 家族の愛に包まれながらすくすくと育っていく、生後10カ月の女の子。

 しかし赤ちゃんを産んだ母親は、ある日突然暴走してしまった。

「神が、……神が私に、そうしろと言ったんです」

 これまでそんな予兆など全く見せていなかった母親はなんと、突然我が子の腕を切り落としたのである。

 

 

 

 2004年11月22日。

 アメリカ、テキサス州プラノの町。

 まだ明るい時間帯――911オペレーターの元に、とある家の女性から一本の通報が入った。

 女性はとても焦っており、電話の向こうでは何か音楽が流れているのが聞こえてくる。

 女性の言葉を要約すると、とにかくその家で何かが起こり、生後10カ月の赤ん坊に命の危機が迫っているということらしい。

 ただちに警察と救急が現場の家へ向かうと、そこには世にも恐ろしい光景が広がっていた。

 エルヴィス・プレスリーがカバーしたことでも有名なゴスペルソング、「He Touches Me」という明るい賛美歌が流れる部屋。

 その部屋には、この家に住む35歳の女性ディーナ・シュロッサーがいた。

 

「奥さん、これは一体……?」

 

 911に通報をしたのは、この家を担当しているケースワーカーの女性だった。

 そのケースワーカーと、ディーナの子供である2人の娘は、怯えた様子で部屋の隅に立ちすくんでいる。

 無理もない。警察官も思わず息を飲んだことだろう。

 この家の母親ディーナの様子は、明らかに異様だった。

 ディーナは椅子に座っており、うつろな表情で音楽に合わせ賛美歌を口ずさんでいる。

 しかしその服は真っ赤に染まり、手にはナイフが握られていたのだった。

 

 

◆ディーナという女性

 ディーナ・シュロッサー。

 1969年アメリカ、ニューヨーク州生まれ。

 ディーナはごく普通の女の子としてこの世に誕生し育っていたが、8歳の時に水頭症と診断された。

 水頭症とは簡単に説明すると、頭の中にある脳脊髄液という液体の量が増えて、脳が膨らんでしまう病気である。そのため頭が大きくなってしまうことがあるのだ。

 なのでディーナは13歳になるまでに、「シャント」と呼ばれる、脳から余分な液体を排出するための装置を埋め込まれることとなった。

 シャントが埋め込まれたのは、脳、心臓、腹部など。

 そのための手術を8回も受けたのだが、ディーナ自身は勉強に励み、ニューヨーク州のカトリック系私立大学を卒業後は、心理学の学士号も取得している。

 また大学在学中に知り合った男性ジョン・シュロッサーとも結婚することとなり、2人はニューヨークからテキサス州へと移り住んだのだった。

 

 ジョンは奥さんには家にいてほしいタイプだったのか、ディーナが外へ働きに出ることを許してくれなかった。

 それでも夫婦仲は悪いということはなく、結婚して間もなくディーナは待望の赤ちゃんを妊娠したのだった。

 長女、次女と出産し、2004年の1月には三女マーガレットが誕生。

 しかしどういう訳かマーガレットを出産した翌日、ディーナは自ら命を絶とうとしたところを発見され、処置を施された上で精神病院へ入院することとなった。

 そこでディーナは双極性障害と診断を受けている。

 双極性障害とは、簡単に言えば気分の浮き沈みが激しい病気のことである。

 人は悲しいことがあったり嬉しいことがあったりすると、その感情に合わせて少しずつ気分が変わっていくものだが、双極性障害の人は気分の波がとても大きく、短時間で悲しみから嬉しさに変わったり、逆に嬉しさから怒りに変わったりする。

 また気分の波が大きくなると、とても興奮して行動が制御できなくなることもある。

この状態を「マニア」と呼ぶのだが、マニアのときには眠れなくなったり、買い物やギャンブルなどが止まらなくなったり、危険な行動をとってしまうこともあるという。

 ちなみに殆どの場合は治療を続けることで波が抑えられるようになり、普通の生活を送ることができるようになるのだ。

 

 しかしこのように気分の浮き沈みが激しいとなると、夫のジョンがいない間、ディーナ1人で3人もの子供のお世話をするのは難しい。

 テキサス州の児童保護サービスが「なるべく家の中がディーナと子供達だけにならないように」と命令を出したため、ジョンの妹がしばらくディーナの家で一緒に住むことになったのだった。

 

 

◆前日と当日

 三女マーガレットはまだ言葉も喋れない赤ちゃんだが、母ディーナはなぜか、マーガレットの結婚相手を心に決めていた。

 それは、ディーナが通っていた教会の牧師であるドイル・デビッドソンという男性だった。

 

 事件が起こる1週間前。

 教会から帰る時、ディーナはドイルに「赤ちゃんをもらってほしい」と頼んだという。

 牧師のドイルの元へ行くことで、神の元に近付けると思っていたのか。ディーナは「赤ちゃんを神に捧げたい」とも言っていた。

 事件前日には夫のジョンにも、「マーガレットをドイルに嫁がせたい」と真剣に相談をしていた。

 娘を神の元へ。

 ディーナのそんな思いが、事件を起こしてしまったのだ。

 

 2004年11月22日。

 夫のジョンが仕事へ出かけている間、家の中にディーナと子供達しかいないという状況ができてしまった。

 この時にはもう、ジョンの妹は一緒に暮らしていなかった。テキサス児童保護サービスが調査をした結果、ディーナは子供たちにとって危険な存在ではないと判断したためである。

 そうしてディーナの歪んだ思いが、生後10カ月のマーガレットに向いてしまったのである。

 

 ディーナはナイフを取り出し、幼く柔らかいマーガレットの腕に狙いを定めた。

 泣き叫ぶマーガレットの腕に何度もナイフをふるい、最終的に腕は完全に落とされてしまった。

 ディーナは呆然としながらジョンに電話をかけ、マーガレットにしたことを告白。

 ジョンは妻の告白にまさかと思いながらも職場からケースワーカーに電話し、家の様子を見てもらうよう頼んだ。

 そうしてケースワーカーの女性がディーナの家を訪ね、ベビーベッドの上で動かなくなったマーガレットと、呆然と佇むディーナを発見。ディーナから事情を聞き、警察に通報したのである。

 

 警察が踏み込んだ時、ディーナは血塗れの状態でナイフを握ったまま椅子に座り、賛美歌を口ずさんでいた。

 のちの調べによるとディーナは、「少年がライオンに襲われた」というテレビのニュースを見て、それを来るべき黙示録の兆候として解釈したのだそうだ。

 そうして「神が赤ちゃんの腕を、次に自分の腕を捧げるよう命じたのを聞いた」と証言した。

 ディーナの心の病は深刻なものであり、我が子マーガレットを天国に送るために必要なことだったと信じていた――と報じられている。

 マーガレットはすぐさま病院へ運ばれたが、スタッフの懸命な処置も空しく息を引き取った。

 またマーガレットの2人の姉、長女と次女には一切危害は加えられていなかった。

 

 家族は、事件前から彼女の精神的な問題に対して懸念を抱いていた。

 報道によると、事件の1週間前にも家族はディーナに精神病院へ入院するよう説得したが、ディーナは自宅での治療を選んだのだそうだ。

 長期に渡ってディーナの家を訪ねていたケースワーカーも、この一家に暴力の兆候はまったくなく、子供たちはいつも健康で幸せで、きちんと世話をされていましたと証言している。

 また近隣住民もインタビューを受けた時、「ディーナは愛情深く、気配りのできる母親だった」と答えている。

 ディーナの家族や周囲の人々は、ディーナを支援するために最善を尽くしたと考えられているが、事件は回避できなかったのだ。

 

 

◆裁判とその後

 事件直後に逮捕されたディーナだが、裁判の結果心神喪失により理由で無罪とされ、北テキサス州立病院に収容された。

 夫のジョン・シュロッサーは、後に離婚を申請。

 離婚調停の一環として、ディーナは元夫と娘との接触を禁じられることとなった。

 当然ながら長女と次女の2人は、父親が引き取ることとなった。

 

 逮捕から4年後の2008年11月6日。

 週1回の外来治療を受けることを条件に、ディーナの退院が決定した。

 薬の服用や精神科医との面談はまだまだ必要で、もちろん監視がいない中、2人きりでの子供との接触も禁止されている状態である。

 

 この後の出来事が、少し意見が分かれるかもしれない。

 退院したディーナは外来治療を続けていたが、その必要ももう無いと判断された2010年、地元のウォルマートで働き始めた。

 しかし利用客が従業員の中にディーナがいるのを見つけ、SNSを通してその件を広めたため、市民の多くの声がウォルマートに集まり結果的にディーナは解雇となったのである。

 ディーナの場合は恐ろしい事件を起こしたという事実は変わらないが、お金目的や我が子が憎いという理由ではなく、その犯行の裏側には精神的な病があった。

 もちろんそれでも犯罪は犯罪、身近な場所にそういう人間にいてほしくないという気持ちも分かる。

 皆さんはどう思うだろうか。

 

 

 ★

 

 

 精神的な病と神への強い信仰から、我が子を手にかけてしまったディーナ・シュロッサー。

 入院を拒否した本人が家での治療を望んでいたこと、調査の結果問題なしと判断されたこと。

 近隣住民もディーナを優しい母だと思っていたにも関わらず、事件は起きてしまった。

 このような事件を未然に防ぐためには 精神的な問題を抱えている人に早期に適切なケアを提供することが重要であり、家族や友人が異変を察知した場合には、無視せずに相談に乗ることも大切だ。

 必要に応じてサポート団体を利用することもできるし、社会的な孤立やストレスの軽減など、社会全体で心の健康を支援する環境を整えることも必要なのだなと思う。

 

ルドルフ          

 

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ストリップサーチいたずら電話事件

最悪の3時間半

いたずら電話の犠牲になった少女

 

 

 警察から捜査の協力を仰がれたら、あなたはどうしますか?

「あなたの会社の○○さんに、窃盗の容疑がかかっています。我々が到着する前に、○○さんの服を脱がして、盗まれたお金がないか確認してください」

 この事件が発覚したのは2004年のアメリカ。

 週末の忙しいファストフード店。

 警察からかかってきた一本の電話が、この店の従業員たちの運命を操り始める。

「お宅の店の女性従業員に お金を盗まれたという被害者がいるんです。

 忙しいところ申し訳ないが、その従業員の服を脱がして身体検査をしてください」

 慌てて警察の指示に従う従業員。

 訳も分からず制服を脱がされる少女。

 エスカレートしてゆく警察の指示――。

 下着さえも脱がされ裸にされた少女は次々とくだされる命令に従わされ、なんと男性器まで口に含まされてしまう。

 少女にとって最悪の3時間半が過ぎた後に判明した事実、それは――

 警察を名乗るその電話が、一般人によるイタズラだったということ。

 

 

 

 2004年4月9日。

 アメリカ、ケンタッキー州 マウントワシントン。

 超有名な人気ファストフード店、マクドナルド

 夜――その店のメンテナンスを担当している男性トーマス・シムズが、夕飯のデザートを食べようと店に立ち寄った。

 すると店の店長補佐をしている女性従業員ドナ・サマーズがやってきて、トーマスにおかしなお願いごとをした。

 

「うちの従業員のルイーズに窃盗の容疑がかかってて……。見張ってなきゃいけないんだけど、店が忙しいから私の代わりにルイーズを見ててくれないかしら?」

 

 不思議に思いながらトーマスが店の事務所に行くと、裸にされ、店のエプロンを着けただけの若い従業員・ルイーズがいた。

 トーマスはルイーズの憔悴しきった顔を見て息を飲み、ドナから渡された受話器を恐る恐る手に取る。

 

「……トーマスかい? 警察が到着するまで、悪いが彼女を見張っててくれ。まずは彼女のエプロンを取って、盗まれた金がないか確認してほしい」

 

 

◆容疑者となった少女

 4月9日、正午過ぎ。

 この事件は、マクドナルド・マウントワシントン店にかかってきた一本の電話から始まった。

 

「はいもしもし」

「もしもし、責任者はいるか」

「本日店長は休みです。私は店長補佐のドナ・サマーズという者ですが、どちら様でしょうか?」

「私はスコット巡査だ。実はお宅の店の従業員から『金を盗まれた』という届け出がありましてね。若い女性従業員で、華奢な体型で黒髪の白人女性なんだが……」

「え? もしかしてルイーズのことかしら……」

「そう、ルイーズだ。彼女に窃盗の容疑がかかっている。……ちなみにこの電話は君の店の店長にも繋がっていて、同時に会話を聞いている」

 

 店長補佐のドナは焦っていた。

 ルイーズ・オグボーン――まだ10代の少女である。

 まさかルイーズがそんなことをするとは思えないが、従業員が客の金を盗んだなどと知られたら大変なことになってしまう。

 今日は店長が不在の日。責任は自分がとらなければならない。

 

「ど、どうすれば?」

「いいかい、身体検査のためだけに警察を派遣するわけにはいかない。だから君自身がルイーズの身体検査をしてくれ。捜査に協力してくれるね?」

 

 ドナは通話をつなげた状態でルイーズを事務所に呼び、警察から言われたことをそのまま彼女に告げた。

 身に覚えのないルイーズは当然抗議したが、警察を名乗る男に言いくるめられ、しぶしぶ服を脱いでゆく。

 この時は、もう一人の店長補佐である女性キム・ドッケリーも立ち会っていた。

 下着まで脱いだルイーズの服は後に警察も調べるということで、店から離れた駐車場の、ドナの車に保管するよう指示が出される。

 店のエプロンを借りたルイーズはそれだけを身に着け、これからどうなるのか黙って待つことしかできなかった。

 

 事務所の外の雰囲気が慌ただしくなる。

 3人もスタッフがいない状態で店が混雑し始め、従業員たちがてんてこまいになっているようだ。

 キムもドナも店の業務に戻らなければならなくなった。

 電話の向こうの警察にそれを告げると、警察はこう言った。

 

「それなら、きみの信頼できる人間を今すぐ呼んで、引き続きルイーズを見張らせなさい」

 

 この指示を聞いたドナは、あろうことか自分の婚約者である男性ウォルター・ニックスに連絡を取り、店に来るよう頼んだのだった。

 

 

 ◆エスカレートする命令

 ルイーズの見張り役に呼ばれたのは、ドナの婚約者ウォルター・ニックスだった。

 ウォルターは困惑したがドナにお願いされ、更に電話で警察を名乗る男にも捜査の協力を請われることにより、ルイーズの見張りを引き受けてしまう。

 そうして事務所には、全裸にエプロン1枚の女の子と、店とは何の関係もない男性が残されたのだった。

 

 スコット巡査と名乗った男が、電話でウォルターに指示を出す。

「ルイーズのエプロンを取って、身体検査をしてほしい」

 普通に考えて 若い女性の裸を見るなど抵抗がある。

 しかしスコットから言葉巧みに誘導されたウォルターは、その指示に従ってルイーズにエプロンを取らせた。

 

 またスコット巡査はルイーズに電話を替わるよう言い、ルイーズ自身にも色々なことを言った。

「犯行的な態度だともっと酷い刑罰を受けることになる」とか、

「私も本当はこんなことしたくない・申し訳ない」とか。

 厳しい言葉と優しい言葉を巧みに織り交ぜて、ルイーズ自身もマインドコントロールしたのである。

 

 全裸になったルイーズを前にしたウォルターに、次々と指示が繰り出される。

 その場で何度もジャンプさせて、金を隠していないか確認しろ。

 机に座らせて脚を広げさせ、性器に金を隠していないか確認しろ。

 命令を聞かない彼女を四つん這いにして、尻を叩け。

 

 そして――

 

 ウォルターの膝の上に跨って、彼にキスをしろ。

 彼の性器を咥えてフェラチオをしろ。

 

 なぜこんな理解不能な命令にまで、2人が従ってしまったのか?

 これまでの命令は胸糞ながらも、まだ「捜査のため」っぽいことを言っていたのだが、キスやオーラルセックスをするなど捜査とは何の関係もないことである。

 

 この事件を基にした「コンプライアンス・服従の心理」という映画がある。

 映画は事件をかなり忠実に再現しているのだが、唐突にオーラルセックスをしていると思われるシーンに飛ぶため、この命令を2人がどう聞き入れたのか、そこの部分は描かれていない。

 このシーンの後でウォルターがドナに「もう帰りたい」と言って事務所を出て行くのだが、実際のウォルターも流石におかしいと思ったのか、もうこの場にはいたくないとスコット巡査に申し出たという。

 ちなみにドナが事務所に入ってくると、その瞬間にルイーズはエプロンをかけられ、事務所内で性的行為が行なわれていた痕跡を隠すよう指示も出されていた。

 

 そうして店を出たウォルターは友人に電話をかけ、「とんでもないことをしてしまった」と言った。

 

 

◆発覚

 ウォルターが帰ってしまったため、スコット巡査は「違う見張りを立てろ」とドナに指示をした。

 店は夕食の時間に差し掛かり、ますます慌ただしくなってきている。

 ただでさえルイーズというスタッフがいない中レジも厨房も大忙しで、とても代わりの見張りなど立てられない。

 ドナが困っていると、そこに店のメンテナンスを担当している男性、トーマス・シムズが夕飯のデザートを食べにやってきた。

 

「やあドナ、今日も忙しそうだね」

「ああトーマス……! いいところに来てくれたわ。お願いがあるの」

 

 ドナからいきさつを聞いて見張りを頼まれたトーマスは、狭い事務所でエプロンだけを身に着けたルイーズを見て驚愕した。

 そして未だ繋がっていたスコット巡査との電話に出ると、スコット巡査はまたしてもドナが出て行った後で、ルイーズのエプロンを取るように指示をした。

 

 しかしトーマスは、この指示に従わなかった。

 事務所を出て、「こんなのはおかしい」とドナに言ったのだ。

 そこでようやくドナは少し冷静さを取り戻したのか、別の電話で店長に電話をかけた。

 ――すると電話に出た店長は、「スコット巡査など知らない」と言い、「自分はこれまで寝ていた」と言う。

 

 スコット巡査と電話で繋がっていたはずの店長。

 裸にされたルイーズ。

 身体検査、狭い事務所、店に来ない警察――裸にされたルイーズ。

 ドナが再びスコット巡査との電話に出ると、電話は切れてしまった。

 

 ドナは顔面蒼白。

 裸のままぶるぶると震えるルイーズにはすぐに毛布がかけられ、ドナは何度もルイーズに謝罪をした。

 その時点でルイーズが事務所に監禁されてから、3時間半が経過していた

 

 

◆イタズラ電話の犯人

 ストリップサーチ・イタズラ電話詐欺事件。

 警察が調べたところ、何と同じような事件がアメリカの様々な州で、約10年に渡り70件以上も起きていたことが判明した。

 多くの場合狙われたのは、小さな田舎町のファストフードレストランだった。

 いずれも内容は「警察への協力行為」という名目で店長らを誘導し、女性店員を裸にして身体検査をさせたり、その他異常な行為をするよう仕向けるというものだった。

 

 ルイーズの件で通報を受けた警察は、店にかかってきた詐欺電話が「フロリダのスーパーマーケットにある公衆電話」からかけられてきたものであることを突き止めた。

 また使われていたテレフォンカードのシリアルナンバーを突き止め、それが購入された店と購入した時間から、店舗内の防犯カメラをチェック。

 その時間カメラに映っていたのは、民間刑務所・収容所運営会社の刑務官の制服を着た男だった。

 男の名前は、デビッド・R・スチュアート。

 家庭を持ち、5人の子供がいる父親だった。

 スチュアートの部屋からは何百冊もの警察関係の雑誌や、警察のコスチューム、ピストルやケース等も押収された。

 

 なぜこんな事件を起こしたのか。

 その理由として推察されているのは、スチュアートは警官になりたかった男で、警察官になっている自分を想像しながら電話をかけていたのではないかということだ。

 

 一度は逮捕されたスチュアートだが、なんとこの男が裁かれることはなかった。

 検察と弁護側双方が、スチュアートの犯罪への関与を示す直接的な証拠がなく、法的判断ができないと主張したためだった。

 購入したテレフォンカードも殆どが破棄されており、悔しいが、とにかく決定的な証拠となるものが見つからなかったのだ。

 かくしてスチュアートは自由の身となったわけだが、この件以降ストリップサーチのイタズラ電話は無くなった。

 

 ちなみにスチュアートの命令にしたがったドナの婚約者・ウォルターは、性的暴行の容疑で逮捕され、懲役5年の判決を受けている。

 事務所内のカメラに記録された一部始終を見たドナは、ウォルターとの婚約を解消。

 ドナは勤務していたマクドナルドを解雇され、ルイーズに対する監禁罪やその他の軽犯罪で、1年間の執行猶予を受けた。

 

 被害者であるルイーズは事件以降、性的暴行のトラウマから鬱になってしまい、事件から3年後――勤務していたマクドナルドに対して賠償を求める裁判を起こした。

 紆余曲折あって、最終的にマクドナルドがルイーズに110万ドルを支払うことで和解となった。

 

 

 ★

 

 

 人間の心理を利用した、悪質なイタズラ電話詐欺事件。

 冷静になればおかしいなと思えることでも、人間は特定の環境下や立場などに置かれている時、フラットな考えが持てなくなってしまうこともある。

 犯人の男は、人々が自分の手のひらで踊っているというのが楽しかったのだろう。

 被害者の少女は大学で医学の道を歩みたいという夢も諦め、自分が汚れているという思い込みから友人も作れなくなってしまったという。

 人の命こそ奪われなかったが、犯人の罪は非常に重い。

 それだけに、有罪にできなかったことが悔やまれる事件である。

 

ルドルフ          

 

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ダニエル&マヌエラ・ルーダ夫妻

地獄のマッチング

サタンを愛した悪魔的夫婦

 

 

 あなたは悪魔の存在を信じますか?

 人々をたぶらかし、神への信仰を奪い、暗黒の地獄へと引きずり込む者。

「エクソシスト」や「エミリー・ローズ」、「ザ・ライト」など……悪魔との戦いを題材とした映画は多く、キリスト教圏の人達にとって、悪魔がどれだけ恐れられているかがよく分かる。

 しかし中には、そんな悪魔を信仰し忠義を誓った者達もいた。

 この事件が起きたのは2001年のドイツ。

 とある男女が出会い、愛し合い結婚し、共に犯罪に手を染めた。

 その凄惨な犯行は世間を驚かせ、一体この2人にどんな判決が下るのか? ――人々は息を飲んで裁判の様子を見守った。

 しかし当の2人は全く反省の色を見せず、なんと裁きの場である法廷で――

 熱い口付けを交わしたのだった。

 

 

 2001年7月9日。

 ドイツ、ルトライン=ヴェストファーレン州 ウィッテンの町。

 この日とあるアパートに踏み込んだ警察は、恐ろしく凄惨な事件現場を目にして息を飲んだ。

 悪魔的でゴシックな雰囲気が漂う部屋の中には、数々の異様な物があった。

 頭蓋骨を模した沢山のオブジェ、吊るされた女性のポスター、人間1人が入れる大きさの棺桶。

 そして、そんなゾッとする現場に放置されていた男性の遺体

 遺体は、見ただけでは誰なのか分からないくらいに傷付けられており、胸には五芒星のマークが刻まれていた。

 また現場には1枚の紙が落ちており、そこには16人の人間の名前が書かれていた。

 とにかく異様な現場であり、警察はただちに犯人の捜索に乗り出した。

 

 容疑者は、このアパートの住人である若い夫婦――

 ダニエル・ルーダと、マヌエラ・ルーダ。

 この2人は日ごろからゴシックなファッションに身を包み、ダニエルに至っては反逆主義者のグループに関わった過去のある男だった。

 

 逮捕された2人は男性を殺害した件で起訴されるのだが、裁判でも異様な発言を繰り返していた。

「男を殺したのは認めるが、それは自分達がやったことではない。サタンの声に従っただけ」

 そうして2人はカメラに見せつけるように、微笑みながらキスをしたのだった。

 

 

◆ダニエルとマヌエラ

 ダニエル・ルーダ。

 1975年ドイツ、ルトライン=ヴェストファーレン州 ヘルテンの生まれ。

 ダニエルは周囲から「元気で愛想の良い少年」と思われていたが、10代の頃から常に 「自分は周りと違う」という思いを抱きながら生きていたという。

 いつも何となく仲間から疎外されているような気がしていたのだが、それは自分が他と違って優れているためだと思っていたのだ。

 20歳を越えると過激な運動に参加し、1998年の総選挙では、国民民主党の選挙運動を手伝っていたという。

 しかし選挙の結果は惨敗。幻滅したダニエルは続いてゴシックカルチャーに傾倒し始め、悪魔的で不気味なグッズを集めてはヘビーメタルを聴き、しばらくの期間「ブラッドサッキングフリークス」というメタルバンドで演奏をしながら自動車部品のセールスマンとして働いていた。

 しかしそれだけでは満足できなかったダニエルは23歳の時に悪魔主義を受け入れ、サタンを崇拝するようになった。

「俺は、サタンに選ばれた地獄の使者だ」

 そう確信したダニエルは、愛読していたメタルバンドの雑誌にこんな投稿をした。

 

 俺は漆黒の吸血鬼。

 あらゆるものを憎み、人生に別れを告げた闇の王女を探している。

 

 日本でも一昔前までは趣味の雑誌で実際の住所を載せ、文通相手やサークルメンバーの募集ができる読者コーナーがあった。

 恐らくダニエルが投稿したのもその手のコーナーだったと思われる。

 そうしてその投稿に反応したのが、ダニエルより3つ年下の女性――マヌエラだった。

 

 マヌエラ・ルーダ、1978年生まれ。

 マヌエラは普通の家庭で育った普通の女の子で、成績も優秀だった。

 しかし13歳の時に他人とケンカになり、どういう訳か攻撃方法として「相手を噛む」という行動に出る。それが原因で精神科医に診てもらうことになったというから、相当な噛み方をしたと思われる。

 14歳になると「私は悪魔に会った」と周囲に主張し、過激なヘアスタイルやファッションに身を包むようになった。

 とはいえそれは自分なりのファッションというだけで、別段おかしなことではない。

 

 16歳になるとマヌエラは学校を中退してロンドンへ行き、北ロンドンのイズリントンにあるゴシック系のナイトクラブで働き始めた。

 同時にロンドンのゴスカルチャーに魅了され、特にブラックメタルや悪魔主義、吸血鬼に感ずるサブカルチャーに傾倒するようになった。

 マヌエラは、その手の趣向を持つ人々の吸血パーティーに参加し、参加者同士で互いの血を舐めたりしながらますます危険な思想を募らせていった。

 墓で眠ったり、悪魔的なタトゥーをしたり、ファッションもますます派手になっていくマヌエラ。

 更に彼女は、自分の犬歯を2本抜いて、動物のような鋭く尖った歯を装着した。それはさながら本物の吸血鬼のようだった。

 

 2000年10月。

 マヌエラはサタンに魂を捧げ、サタンの言葉を法として受け入れることを誓った。

 そうして愛読していたメタル雑誌に載っていた、ダニエルの「闇の王女を探している」というメッセージを目にしてしまったのだ。

 

 マヌエラはすぐさまダニエルに連絡を取り、2人は出会ったその日に意気投合。

 最高のパートナーと出会ったことで互いに影響を与え合い、ますますその悪魔的な思考はエスカレートしていったのである。

 2人はメタルバンドのライブに行ったり、墓場でデートをして一緒に眠ったりと、着実に絆を深めて行った。

 同棲するために借りた部屋のリビングには、イミテーションスカルで作った祭壇を置き、マヌエラ専用の就寝用棺桶も用意した。

 壁にはインテリアとして拷問器具を飾り、照明も墓地にあるようなライトを設置し、部屋はまるでダンジョンのようになっていた。

 

 ただこのようにファッションやインテリアを楽しんだり、ひっそりと墓場を歩きながらお喋りやデートをするだけならば、別段危険人物とは呼ばれなかっただろうと精神科医は語っている。

 このような趣味を持っていても多くの場合、年齢を重ねると共に落ち着いていくことが殆どだからだそうだ。

 しかしダニエルとマヌエラは、それだけでは終わらなかった。

 

 出会ってから約1年後、2001年6月6日。

 2人はサタンからの啓示を受け、悪魔の数字とされる「666」にちなんだ6月6日に結婚し、最後の6を完成させるため、翌月7月6日に「ある計画」を実行しようと決めたのである。

 2人の計画それは、サタンに人間の生贄を捧げるということ。

 

 

◆選ばれた生贄

 2001年7月6日。

 2人が結婚してからきっちり1ヵ月後、決行の日が来てしまった。

 生贄として選ばれたのは、ダニエルの職場の同僚男性。33歳のフランク・ハッカートだった。

 なぜフランクが選ばれたのか?

 ――理由は、彼の人柄にあった。

 フランクはユーモアがあり友達も多く、いつも人を笑わせている優しくて明るい人物だった

 ビートルズが大好きで礼儀正しく、誰からも愛されていたフランク。

 そんな楽しい性格のフランクをサタンに捧げれば、サタンも喜ぶと思ったそうだ。何とも腹立たしい理由である。

 

 当日。

 2人はパーティーを開くと言ってフランクを自宅に招待し、彼が来たところで後ろからハンマーを振り下ろした

 そうして倒れたフランクの体に、ダニエルは正確に66回ナイフをふるった。

 フランクの呼吸が止まったのを確認すると、ダニエルとマヌエラは彼の血を飲み、遺体の隣で夫婦の契りを交わし、フランクの胸に五芒星を刻んだ

 そうすることで地獄の門を通り、サタンの傍へ行ける資格を得られると思ったのだそうだ。

 

 ……しかし全てが終わっても、現実は何も変わらなかった。

 サタンは現れないし、自分達の体にも特別な変化は一切ない。

 2人は変わらない現実にパニックになり、部屋をそのままにして逃げ出したのである。

 なお2人は本気でそう思い込んでいたようで、フランクを手にかける前、マヌエラは自身の母親に対して別れの手紙を送っていた。

『私はこの世の者ではなくなる。肉体から魂を解放しなければならない。』

 そんな内容が綴られた手紙を読んだ母親は 娘が自ら命を絶つのではと不安になり、警察に通報。

そうして警察が夫婦の部屋に踏み込んでフランクの遺体を発見し、ただちに2人は指名手配となったのだった

 ちなみに現場から見つかった、16人の名前が書かれたメモ。

 そこに羅列されていた人物名は、今後2人が次の生贄として候補に挙げていた人達だった。

 

 

◆法廷にて

 事件発生から3日後の7月12日。

 ダニエルとマヌエラは車で逃亡中、立ち寄ったガソリンスタンドで逮捕された。

 そして裁判は、異様な空気に包まれることとなった。

 相変わらずの悪魔的ファッションで現れた2人は、裁判中も呻き声を出したりガムを噛んだり、笑ったり、目をギョロギョロさせたり、中指を立てたり、手で悪魔のシンボルを作ったりと、非常に無礼な態度を取っていた。

 またフランクのご遺族に対して、大声で笑ったりもした。

 

「ねえ、私は光に弱いの。だから部屋を暗くしてよ」

 

 マヌエラは法廷の照明を落とすよう注文したが当然それは却下され、代わりにサングラスをかける許可を得た。

 

 また2人はフランクを手にかけたことは認めたが、「殺害はしていない」と主張した。

 つまり何が言いたいのかと言うと、「自分達はサタンの命令に従っただけで、これは 殺人ではない」ということだ。全くもって意味不明である。

 

 一切の反省を見せず、終始無礼な態度で法廷を侮辱していたダニエルとマヌエラ。

 フランクの遺族は終身刑を希望していたが、2人にくだされた判決は、到底遺族が納得できるものではなかった。

 精神鑑定の結果、2人とも自己愛性パーソナリティー障害を患っており、正気ではなかったとして、「有罪判決は受けたものの刑務所の精神科への入院」となったのである。

 判事いわく、「これは悪魔主義の事件ではなく、判断力を失くした2人の人物による犯罪であり、彼らは怪物ではなく人間なのだから助けが必要」とのこと。

 

 こうしてダニエルは15年、マヌエラは13年の入院が決定した。

 

 また裁判所は「2人の結婚が愛に基づいたものではない」として、今後一切会ってはならないという命令を出した。

 ダニエルとマヌエラもそれを認め、引き離される前にカメラの前で最後のキスを交わしたのだった。

 

 

◆事件の余波

 13年間の服役と精神科への入院が決定したマヌエラは、その後積極的に治療を受けたため仮釈放が認められた。

 マヌエラはダニエルとは離婚して一切の連絡を取らず、仮釈放されてからも治療を続けつつ新しい人生を歩き始めていた。

 一方ダニエルは、まだ社会に戻されていなかった。

 それどころか2016年に、またしても起訴されることとなったのだ。

 罪状は、マヌエラに対する暗殺計画

 

 遡ること6年前の2010年――

 なんとダニエルは、マヌエラが自分を置いて仮釈放となったことに腹を立て、人を雇ってマヌエラを殺そうと企んだのだ。

 ヒットマンとして選ばれたのは、広告を通じて知り合い連絡先を交換した女性だった。

 この辺りがよく分からないのだが、例えばダニエルの元に同じゴシック趣味の女性から手紙が届いたりして、文通し親しくなったのだろうか?

 とにかくダニエルの計画は、その女性をマヌエラのいる精神科のキッチンで働かせ、隙を見てマヌエラを襲わせるというものだった。

 しかし計画を持ち掛けられた女性が警察に行って相談したため、ダニエルは告発されたのである。

 

 紆余曲折あったが判決は無罪となり、2017年に仮釈放となった。

 その後の2人が、それぞれどこにいるかは分からない。

 

 

 ★

 

 

 ゴシックカルチャーに傾倒した結果、何の罪もないフランクの命を奪ったダニエルとマヌエラ。

 仮釈放後のマヌエラは悪魔的な趣味から一切距離を置き、普通に暮らしているそうだ。

 しかし衝撃的な事件だったため影響を受けた者も出て、詳細は不明だが2人の女性がマヌエラを真似ようとしたらしく、それに対してマヌエラは遺憾に思ったという。

 本事件のターニングポイントは、2人が出会ってしまったことだろうか。

 それとも、2人が出会わなかったとしても同じような事件が起きていただろうか。

 ほんの少しの偶然で事件が起こってしまったのなら、非常に残念なことである。

 

ルドルフ          

 

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ハラルド&フランク・アレクサンダー親子

神の予言者

息子に従う異常な家族

 

 

 今夜あなたは、最悪の洗脳事件を知ることになる。

 狂信的な父親による、一家洗脳から始まった凄惨な事件。

 両親、息子、姉と2人の妹――彼らは一見するとどこにでもいる幸せそうな家族だった。

 この事件が発覚したのは1970年のスペイン。

 アレクサンダー一家の長男、フランク・アレクサンダー。

 彼が生まれた瞬間から、家族の運命は全て変わってしまった。

 父親は家族にこう言った

「我が子フランクは神の予言者だ。お前たちは生涯、体も心も彼に捧げて生きて行け」

 

 

 

 1970年12月22日。

 スペイン領カナリア諸島、テネリフェ島。

 美しい海に囲まれたこの島には、自宅で診療所を開いているウォルター・トレンクラーという医師がいた。

 この日、ウォルターの元に2人の男性が訪ねてきた。

 2人は親子で、父親はハラルド・アレクサンダー

 息子は、当時16歳だったフランク。

 2人とも服は泥まみれで酷く汚れているものの、その顔はどこか晴れやかである。

 そうしてハラルドがウォルターに、「娘を呼んでほしい」と頼んできた。

 娘というのは、ウォルターの家で家事手伝いの仕事をしていた、当時15歳のサビーネ・アレクサンダーのことである。

 ウォルターがサビーネをテラスに呼ぶと、やってきた娘に対して父ハラルドが言った。

 

「サビーネ。たった今、お前のお母さんと姉妹を……この手で天国へ送ってきたよ」

 

 ハラルドはその場にウォルターがいるにもかかわらず、さも当然のようにそう言った。

 息子フランクも娘のサビーネも取り乱した様子もなく、そんな父親を見つめている。

 ギョッとしたのはウォルターである。

 この手で天国へ送った――それはつまり、家族を手にかけてきたということなのか? よくよく見れば、ハラルドとフランクの服に付着しているのは泥ではなかった。

 それは、乾いて茶色に変色した「人間の血液」だったのである。

 更に驚いたのは、父からそんなことを聞かされた娘サビーネの反応だった。

「凄いですお父さん。いよいよ時がきて、必要なことをされたのですね」

 ――これは只事ではない、父親娘も普通ではない。

 呆然とするウォルターの視線に気付いたハラルドが、彼を見て優しく言った。

「ああ先生……聞かれてましたか。……そうなんです。私とフランクはたった今、妻と娘たちをこの手で殺してきたんですよ」

 ウォルターは恐怖と混乱の中、3人に「ここで待っているように」と言ってから家の中へ入り、すぐさま通報を行なった。

 この最悪の洗脳事件は、こうして発覚したのである。

 

 

◆アレクサンダー家

 ハラルド・アレクサンダーと妻のダグマーは、結婚後ドイツのドレスデンで暮らしていた。

 夫婦は「ローバー・ソサエティー」という新興宗教の信者だった。

 その宗教の教えは、信者以外は全てが悪というもの。歴史はあるが信徒の数は少なく、それだけに独特な選民思想があったのかもしれない。

 団体のリーダーは、自分こそが予言者であり地上の神であると豪語していた。

 そのリーダーであるゲオルグ・リールが亡くなった時、熱心な信徒で彼の最期も看取ったというハラルドが、次の指導者としての資質を受け継いだと主張した。

 

 やがて夫婦の間には女の子が生まれ、マリーナと名付けられた。

 翌年の1954年には男の子が生まれ、フランクと名付けられた。

 このフランクの誕生が、のちの一家の運命を大きく変えることとなる。

 父ハラルドは、「息子フランクこそが神の予言者だ」と確信したのである。

 もちろん妻のダグマーもそれに従った。

 フランク誕生の翌年には、双子の姉妹であるサビーネとペトラが生まれ、こうしてアレクサンダー一家の6人家族としての生活が始まった。

 

 その生活は、全てがフランクを中心に回っていた。

 フランクは生まれた瞬間から相当に甘やかされて育ち、母や姉妹たちは何かとフランクの身の回りの世話に走らされた。

 何しろフランクの言葉は、全てが神の言葉なのである。

 これに従うのは当然のことであり、フランクはもはや法律をも超える力を持っているのだ――と、ハラルドは信じ切っていた。

 生まれた時からそうだったため、姉妹たちは特に疑問を持つことなく父親の言いつけを守っていた。

 

 周囲が全員自分の言うことを聞き、神の予言者として崇められる。

 物心つく前からそのような生活を送っていた平凡な子供がどうなるか、皆さんも簡単に想像できるだろう。

 当然ながらフランクは気まぐれに家族を振り回し、常にあれこれと指示を出して、自分の生活における全ての欲求を満たすようになった。

 両親の意向によって、息子は究極のワガママ坊やになってしまったわけだが、幼い頃はまだマシだった。

 問題は、フランクが思春期に入った頃……。

 つまりは普通に精通を迎え、幼い頃は無かった「男としての欲求」を覚え始めた頃からだ。

 

 ある日フランクは、父親にこう言った。

「母さんと、セックスすることにした」

 

 

◆異常な家族愛

 母親と男女の関係を結ぶという、普通ではありえないフランクの申し出。

 なぜそんな考えに至ったのかというと、彼らが信仰していた宗教の「信徒以外の人間は悪だ」という教えにあった。

 身近な一般女性と関係を持てば、自分の体や魂が汚れてしまう。なので同じ信徒である母親となら交わっても許されるということだ。めちゃくちゃすぎる。

 

 息子からこのようなことを言われた父ハラルドは、当然のこととしてそれを許可した。もちろん、母のダグマーもだ。

 これを皮切りに、フランクの欲求の処理には母が付き合うこととなり、やがてはフランクの姉であるマリーナも父の勧めで奉仕をするようになった。

 家族間でのそれは日常的に行なわれ、なんと父ハラルドまでもが息子と一緒になって、マリーナに手を出していたのである。

 母も姉もそれが正しいのだと信じており、嫌がることなく受け入れていたという。

 

 フランクの妹である双子のサビーネとペトラは、父からこう教えられていた。

「私達がしていることは神様への奉仕なんだ。至って正常で、普通のことなんだよ」

 双子ももちろんそれを信じ、受け入れていた。

 ちなみにこのような奉仕をしていたのは母と姉だったと記している記事が多く、双子の妹たちが巻き込まれていた可能性は低い。

 

 双子のサビーネとペトラは、家の中で日常的に行なわれている家族の行為を「普通のこと」として学校で喋っていた。

 当然他の家の子達は驚き、噂が広がり、やがて地元警察の耳にも入ることとなる。

 警察はアレクサンダー家で児童虐待が行なわれているのではと睨むようになった。

 

 

◆起きてしまった惨劇

 幾度かの取り調べを受けた父ハラルドは、警察の手の届かない場所へ移住する必要があると感じ、家族と共にスペイン領カナリア諸島を目指した。

 こうして一家はテネリフェ島のサンタ・クルスに移住しアパートを借りたのだが、小さな島に引っ越してきたこの家族を、隣人たちは不思議に思っていた。

 家族は近所付き合いをする様子がなく、部屋からは毎日オルガンの演奏と賛美歌の歌声、そして大声での祈りの言葉が聞こえてくる。

 いったいこの家族は何者なんだと訝しむ人もいたが、特にトラブルを起こすこともなく、一家は島での暮らしに溶け込んでいった。

 仕事も得ていて、ハラルドは波止場で働き、娘たちは家事手伝いとして色々な場所で働いていた。

 

 1970年12月22日。

 ここでシーンは冒頭に戻る。

 医師ウォルターの元で働いていたサビーネの元にハラルドとフランクがやってきて、「たった今、母ダグマーと姉のマリーナ、そして双子の片方であるペトラを手にかけてきた」と言ったのだ。

 サビーネは父ハラルドの手を取り、それは素晴らしいことだと喜んでいるふしさえあった。

 

 ウォルターの通報を受けて現場に駆け付けた警察は、室内のあまりの惨状に嘔吐する者もいたという。

 家具を含め部屋中のありとあらゆる物が壊され、床から壁から天井まで血で真っ赤に染まっている。

 リビングには、マリーナとペトラの変わり果てた姿があった。2人とも心臓と陰部が切り取られ、それらはなんと壁に釘で打ち付けられていた。

 寝室には母ダグマーの遺体。壁にはリビングと同じように、ダグマーの心臓と陰部が打ち付けられていた。

 明らかに異常な光景だった。

 

 当然ながらハラルドとフランクは逮捕。

 2人は落ち着いた様子で警察にこう語った。

 

 フランクがいつものように自分の部屋に母を呼びつけると、母がいつもとは違う、まるで汚れたものを見るような目付きをした。

 神の予言者である自分に対する無礼ということで、フランクは硬いハンガーを手に取り、それでダグマーの頭部を何度も殴打した。

 母ダグマーの後は、家にいたマリーナとペトラにも同じことをした。

 フランクが狂気に走っている間、父ハラルドはずっとオルガンを弾きながら賛美歌を歌っていた。

 3人が完全に動かなくなった後――

 フランクはハラルドに「3人の不浄な部分を取り除く」と言い、ハラルドもそれを手伝った。

 

 ……ここまでがフランクの供述であり、この後にハラルドが話し始めた。

 

 妻と娘の体は汚れていた。

 不浄な部分を取り除くというこの行ないは、我が家では「聖なる時」と呼んでいた。

 女達は皆、この時のために準備はできていたのだ。天国へ行く唯一の方法だ。

 だから私は賛美歌で女達を天へと送った。

 

 ……全くもって理解不能な話である。

 とにかく分かったのは、宗教的な教義のもとで女性3人を手にかけたこと。

 働きに出ていたサビーネだけが運良く助かったこと。

 そしてこの父親と息子が、正常ではないだろうということ。

 

 

◆事件のその後

 1972年3月26日。

 逮捕されたハラルドとフランクは、公判中も様子がおかしかった。

 フランクはいつも機嫌が悪そうで、しかめっ面をしたり目を剥いて睨み付けたりと、表情で感情を表しているように見える。

 一方で父のハラルドは終始ぼんやりしており、まるで他人事のようだったという。

 2人はいかなる質問にも答えなかった。

 結局は精神異常ということで、2人ともマドリードの精神病院に収容されることとなった。

 サビーネは家族と一緒の病院に入りたいと当局に懇願したが この訴えは聞き入れられず、修道院に送られた。

 

 しかし、1990年。

 ハラルドとフランクは仮釈放を利用して姿をくらませた。一説では国外へ逃亡したとも言われている。

 国際捜査に逮捕状の発行もしたが、結局2人は見つからなかった。

 

 

 ★

 

 

 自分達の信じる教義と歪んだ思い込みにより、家族の女性達を服従させていたハラルドとフランク。

 元はと言えば夫婦が信仰していた教団が始まりなのだが、フランクの犯行内容はあまりにも惨く、父と子の罪の意識が一切ない様子からも実に不気味に思えてしまう。

 カルト一家と称されたアレクサンダー家。

 その後の彼らの洗脳は溶けていたのか、逃亡先でどんな生活を送っていたのか。

 非常に気になるところである。

 

ルドルフ          

 

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ゴードン・ノースコット

戦慄の実話

養鶏場に消えた少年達

 

 

「チェンジリング」という映画をご存じだろうか?

 行方不明になった息子を探す母の元に、ある日「息子さんが見つかった」という報せが入る。

 感動の再会かと思いきや、母の元に帰ってきた息子は全くの別人であった。

 クリント・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演。2008年の映画である。

 この事件が起きたのは1928年のアメリカ。

 映画「チェンジリング」の基となったこの事件は、当時アメリカ中を恐怖に震え上がらせた。

 通称、ゴードン・ノースコット事件。

 青年ゴードンが営んでいた養鶏場には、ある秘密が隠されていた。

「この子は私の息子じゃありません。お願いですから本当の息子の捜索を続けて下さい!」

「奥さん、気をしっかり持ってください。彼は確かにあなたの息子さんですよ」

 警察は母親の言葉を信じず、これ以上の捜査をしようとしない。

 そうしている間にも女性の本当の息子は、青年ゴードンに囚われていたのである。

 

 

 

 1928年3月10日。

 アメリカ、ロサンゼルス。

 この日の夕方、シングルマザーで一人息子と暮らしていたクリスティン・コリンズが仕事から帰宅すると、家にいるはずの9歳の息子ウォルターがいなくなっていた。

 名前を呼びながら家の中を探すが、ウォルターの姿はどこにもない。

 不安になったクリスティンは近所を探し回ったがやはり見つからず、警察に通報。しかし警察は、「今すぐの捜索は無理だ」という。

 子供がいなくなってもすぐに帰ってくる場合があるので、いなくなってから24時間が経たないと捜査をしないというのだ。

 

 結局この日から2週間が経ってもウォルター発見には至らず、突如として起こった少年失踪事件はロサンゼルス中をざわつかせた。

 非難の声は警察に集中することとなり、警察はウォルターを発見できないこと、そのため市民から無能だと罵られることに苛立ちを覚えていた。

 

 一方、ロサンゼルスから640キロほど離れたカリフォルニア州――。

 ロスでウォルター行方不明事件が起こる、約1ヵ月前。

 カリフォルニア、ラ・プエンテの町で、溝の中からメキシコ人少年の遺体が発見された。

 遺体は、頭部が切断された状態だった。

 他にもこの町では少年が行方不明になる事件が起きており、子供のいる住民は皆不安の中で生活していた。

 

 そうしてウォルターが行方不明になった約2ヵ月後、5月16日。

 カリフォルニアでは12歳の少年ルイス・ウィンスローと、その弟で10歳のネルソンが行方不明になった。

 しかし今回は、「兄弟が若い男と一緒に歩いていた」という目撃証言が出てきたのだ。

 その若い男というのが一連の事件の犯人、カリフォルニアのリヴァーサイドで養鶏場を経営している、21歳のゴードン・スチュアート・ノースコットだった。

 しかし手がかりが「若い男」というだけでは、警察はなかなかノースコットまで辿り着くことができなかった。

 

 

◆取り換えられた我が子

 ウォルターが行方不明となってから5カ月が経過した。

 この間もクリスティンはあちこちを駆け回って息子を探し、教会を始め町の人達も皆クリスティンに協力してくれていたが、依然としてウォルターの行方は分からなかった。

 そんな時、とうとう警察から「ウォルターを保護した」という報せが入る。

 クリスティンは大喜びで息子を迎えに行き、5カ月ぶりに我が子と再会したのだが……

 

 ――違う、この子はウォルターじゃないわ。

 

 顔立ち、身長、声……どこか違和感があるのだ。

 行方不明になる前のウォルターと、5カ月後に発見されたというウォルター。

 ぱっと見た感じではウォルターに似ているとも言えなくはないのだが、再会した少年は5カ月前のウォルターよりも身長が低く、母親であるクリスティンからしてみれば 別人であることは一目瞭然だった。

(※検索すると画像が出てくるので、ぜひ見比べてみてほしい)

 

 一旦はその少年を家へ連れて帰ったクリスティンだが、やはり彼はウォルターではない。ちなみにその少年も、自分をウォルターだと言い張っていたそうだ。

 

 歯の治療記録を見てもウォルターとは違うし、学校の先生も「彼はウォルターではない」と断言した。

 クリスティンは数々の証拠と証言を持って警察に訴えたが、警察はこれにて一件落着とばかりに、全くクリスティンの話を聞いてくれない。

 それどころか「クリスティンは精神的に病んでいる」と決めつけて、精神病院へと強制的に入院させたのである。もちろんその病院には、警察の息がかかっていた。

 こうしてクリスティンの訴えは、闇へと葬られたのである。

 

 自分の主張を真っ向から否定される辛さ――しかもそれは他でもない息子の生死に関わることである。

 クリスティンの悔しさと絶望は計り知れず、どうして警察はこんなに冷たいのかと疑問に思った方もいるだろう。

 警察がこのような対応をしたのは、ウォルターを見つけられない焦りにあった。

 時間が経てば経つほど警察を非難する声は大きくなる一方で、早急にウォルターを見つけ出さなければならなかったのである。

 のちに分かったことだが、ウォルター捜索の担当をしていたジョーンズ警部は、自分をウォルターだと主張する少年を見た時に、やはり僅かな違和感を覚えたそうである。

 しかしこのままでは警察は延々叩かれ続けるし、ここでウォルターを発見したといえば、人々は自分を見直すだろう。

 自身の功名心のため、ジョーンズは少年の嘘と芝居を信じることにしたのだ。

 なので、あとで「やっぱり間違いでした」では済まされなかったのである。

 そのためにはクリスティンの主張を通すわけにいかず、早急に彼女の口を塞ぐ必要があった。

 精神病院へ入れてしまえば、これ以上クリスティンの声が町の人々に届くことはない。何とも身勝手なことである。

 

 ウォルターのふりをした少年の名前はアーサーといって、その正体は、継母との折り合いが悪く家出をした少年だった。

「ロサンゼルスに行けば映画スターに会える」と思い、自分がウォルターだと芝居をしたそうだ。

 

 そしてこの後、事態が一変する。

 ウォルター少年行方不明事件は、あまりにも残酷な事件の一角でしかなかったのだ。

 

 

◆戦慄の養鶏場

 1928年9月19日。

 クリスティンの元に、ウォルターを名乗る少年がやってきた約1ヵ月後。

 カナダで大きな動きがあった。

 一連の少年行方不明事件に関わっている重要人物として、ゴードン・ノースコットという男と、その母親が逮捕されたのである。

 ノースコットは、かつて行方不明になった兄弟と一緒に歩いているところを目撃されていた男だった。

 

 ノースコットが逮捕される少し前のこと――

 とある情報を受けた警察がノースコットの養鶏場に踏み込んだところ、カリフォルニアで発見された少年の頭部が見つかった。

 警察は、養鶏場にいた13歳の少年サンフォード・クラークを厳しく追及。

 サンフォードはノースコットの甥っ子で、元々はカナダに住んでいたが、少し前にノースコットから「養鶏場を手伝ってほしい」という口実でカリフォルニアに来ていた少年だった。

 サンフォードは酷く怯えており、たどたどしい口調ながらも警察に全てを説明した。

 この養鶏場に、何人もの少年たちが連れてこられたこと。

 彼らはノースコットに強姦され、命を奪われた子もいること。

 誘拐は、サンフォード自身も手伝わされていたこと。

 そうしてサンフォードが示した場所を警察が調べると、次々と犠牲者の遺骨が出てきたのである。

 その数は、20人はくだらないだろうと見られていた。

 

 前代未聞の大事件であり、ただちにノースコットを逮捕しなければならない。

 その時ノースコットは母親と養鶏場から逃げており、逃亡先のカナダで逮捕されたのである。

 

 警察にこれらの情報を提供したのは、なんとサンフォードの姉であった。

 サンフォードはノースコットの命令で、少年を連れ去る手伝いをさせられていた。

 少年達の多くは、ひと気のない場所で車に乗ったノースコットから声をかけられ、助手席に13歳のサンフォードがいることで警戒心を解いてしまったのだ。

 サンフォードはノースコットのしていることを理解していた。

 恐ろしくなり、カナダから遊びにきた自身の姉に全てを打ち明けたのである。

 サンフォードの姉は弟の言葉を信じ、カナダに戻ってから警察に通報したのだった。

 

 保護されたサンフォードは、ノースコットの行なったことを全て警察に話した。

 彼の話によると、連れてこられた被害者の多くは、のちに開放されていたという。

 しかし何人かは殺されてしまい、消石灰で肉を溶かされ、遺骨は養鶏場の土地や周辺の砂漠に遺棄されてしまった。

 それらの行ないには、ノースコットの母親が加担することもあった。

 またノースコットは、同じ趣味を持つ金持ちの人間に、少年の貸し出しを行なっていたという。(これに関しては証拠がないため真偽は定かではないが、サンフォードがわざわざここで嘘をつく必要はないように思える)

 

 そうして逮捕されたノースコットはウォルター・コリンズの件も白状し、同時期に精神病院に入れられていたクリスティンは無事退院となったのだった。

 

 この事件は「チェンジリング」というタイトルで映画化されており、母親クリスティンに焦点が当てられたストーリーとなっている。

 この映画を初めて観た時の僕は幼かったので、前半は「可哀相なお母さんと息子」というイメージで見ていたが、後半ノースコットが出てきてからはガラッと印象が変わって非常に恐ろしかった記憶がある。

 この映画はラスト以外の大筋は事実を再現していて、登場人物の名前も全て実際の事件の人物と同じだ。事件そのものは95年前にあったことだが、「風化させてはいけない」という監督の強い意思を感じる。

 

 

◆終わらない事件

 カナダで逮捕され、のちにロサンゼルスに送り返されたノースコットと母親のサラ、そしてサンフォード。

 サンフォード・クラークは司法取引により起訴されず、氏名を変更して少年院送致されたのち、カナダへ帰された。

 サンフォードはその後結婚して家庭を持ち、1991年に76歳で亡くなった。

 

 ノースコットの母親であるサラは、メキシコ人少年の件に加担している罪で終身刑を言い渡されたが、12年後には仮釈放となった。

 

 ゴードン・スチュアート・ノースコットは裁判でも弁護士を雇わず、でたらめな供述をして矛盾した話を繰り返し、結局事件の全貌は明らかにはならなかった。

 それでも養鶏場から動かぬ証拠が出ていたため、判決は死刑。

 1930年10月2日。ノースコットの死刑が執行されたのだが、ノースコットは執行日が近づくにつれて不安定になり、獄中で副所長に対してこれまでの罪を全て告白した。

 裁判時はヘラヘラしていたノースコットだが、最後は酷く怯え、必死に祈りを求めていたという。享年23。

 

 

 ウォルター・コリンズの行方は今も判明していない。

 養鶏場で見つかった遺骨が、ウォルターのものかどうか分からなかったからだ。

 母親のクリスティンは息子の生存を信じ、生涯我が子の帰りを待ち続けていたという。

 

 

 ★

 

 

 映画にもなったゴードン・ノースコット事件。

 事件内容の惨さもさることながら、甥に一部手伝わせていたという部分もかなり卑怯で非常に腹立たしい。

 またウォルターの件では警察が母親に行なったことも明るみになり、担当警部のジョーンズと、当時のロサンゼルス市警本部長はのちに免職されている。

 本事件は95年前の出来事ではあるが、このような事件はいつの時代にも起こりうることである。

 養鶏場があったワインビルという土地は、この事件を受けて名称を変更したそうだ。

 

ルドルフ          

 

本事件を動画で見たい方はこちら

 

 

 

 

 

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ジョー・ボール

恐怖の酒場

失踪女性と5頭のワニ達

 

 

 動物園の人気者といえばゾウさん、キリン、そしてライオン。

 水族館の愛されキャラはペンギン、シャチ、イルカくん。

 それでは爬虫類園のスターといえばケロケロ、スネイク、アリゲーター。

 全ての動物達は地球の財産で、決して犯罪の共犯者にするべきものではない。

 この事件が発覚したのは、1938年のアメリカ。

 とある男が経営していた酒場にて、ウエイトレスが失踪した。

「彼氏と駆け落ちでもしたんだろう、よくある話だよ」

 店主の男はそう言って肩を竦めたが、警察は店主を疑っていた。

 なぜなら客達の間では、こんな噂がたっていたからだ。

「きっと店主があの娘を、店で飼ってるワニに食わせたのさ」

 

 

 

 1938年9月24日。

 アメリカ、テキサス州 エルメンドルフ。

 この町の酒場ソーシャブル・インにて、驚くべき事件が起こった。

 実はここ最近町で女性の失踪事件が続いており、それについて「何か事情を知っているのでは」と思われた酒場の店主の元へ、保安官の男性2名が話を聞きにやって来たのだ。

 店主の男は明らかに挙動不審だった。

 怪しいと踏んだ保安官が更にきつく質問すると、店主は唐突にレジカウンターの方へと歩き出し、「No sale」というボタンを押してレジを開けた。

 レジの引き出しにあったのは、1丁のリボルバーだった。

「おい、何をするつもりだ」

 保安官は慌てて止めようとしたが、遅かった。

 店主の男は抜いたリボルバーを自身の頭にあて、引き金を引いたのである。

 1発の銃声が店内に響く。

 保安官の目の前で男は倒れ、絶命した。

 男の名前はジョセフ・D・ボール。通称ジョー・ボール。

 連続して起きていた女性失踪事件に関与していると思われたジョー・ボール。

 実はこの男、女性達を殺めては――遺体をワニに食わせていたのである。

 

 

◆アリゲーター・ジョー

 ジョセフ・D・ボール。

 1896年1月7日

 アメリカ、テキサス州ベア郡 エルメンドルフの生まれ。

 ジョセフはエルメンドルフでも1番裕福な家に生まれた。

 父親であるフランク・ボールは農場の売買をしたり雑貨屋を開いたりしており、かなりの商才があったと言われている。

 ジョセフは8人兄弟の次男として生まれたが、子供達の多くが父親の才能を継ぎ、のちに食料品店を出したり学校の理事になったりと皆優秀だったそうだ。

 ジョセフ・ボールも商売に関しては優秀な男だった。

 

 1917年になるとジョセフは陸軍に入隊し、第一次世界大戦で戦った。

 翌年1918年11月11日、第一次世界大戦終戦。

 2年後1919年には名誉除隊を受け、エルメンドルフに帰郷。この時ジョセフは23歳だった。

 

 故郷に戻ったジョセフは、何か仕事を始めようと考えた。

 そうしてひらめいたのは、密造酒を売ること。

 1920年1月17日に施行された禁酒法は、ざっくり言えば「酒は飲んでもいいが購入してはならない」という法律である。

 アルコール依存やそれによる暴力などのトラブルを減らす――という目的で禁酒法が始まったのだが、酒を飲む殆どの人達にはそこまでの影響はなかったようだ。

 なぜならジョセフのようにアメリカの田舎町では、密造酒の販売をする人間がいたからである。

 もちろんジョセフの行なったことは違法だが、酒を買う客……特に富裕層の客が多かったため、それなりの利益を出していたという。

 ちなみに、大っぴらに店を構えて売っていた訳ではない。

 ジョセフは車に大きな樽を乗せて辺りを走り回り、希望する人達にこっそりとウイスキーを売っていた。

 この頃、ジョセフの元でクリフォードという黒人青年が働いていた。

 クリフォードはジョセフに言われて、主に力仕事や汚い仕事を請け負っていた。

 彼らを知る人々によると、クリフォードはジョセフに対してビクビクしながら働いていたらしい。

 実をいえば、町の人々のジョセフに対する印象はあまり良いものではなかった。

 のちの住民へのインタビューで判明したことだが、ジョセフは意地の悪い性格で、特に黒人の人達への態度はとても酷かったという。その当時子供だった人達は、ジョセフのことを怖いと思っていたそうだ。

 

 ともあれそうして密造酒の販売で稼いでいたジョセフだが、1933年に禁酒法は廃止となった。

 密造酒の価値がなくなったため、ジョセフは新たな仕事をする必要があった。

 次にひらめいたのは、酒場の経営である。

 地元エルメンドルフに開かれた酒場「ソーシャブル・イン」。

 店の奥にはベッドルームが2つ、バーカウンター、ピアノ、個室なども作り、酒場は地元の人々で毎夜賑わうようになった。

 ちなみに密造酒販売を手伝っていたクリフォードは、引き続きジョセフの酒場で働いている。

 

 店の人気を出すため、ジョセフは2つのアイディアを生み出した。

 1つ目は、美人な女性を雇うこと。

 ジョセフは客を繋ぐため、ウエイトレスやダンサーに美女たちを集めたのである。

 当時は大恐慌の真っ只中――時代の煽りを受けて、仕事をしたい女性は大勢いたのだ。

 そしてアイディアの2つ目は、店でワニを飼うこと。

 ジョセフは近場の水辺から5頭のワニを捕まえてきて、酒場の裏手に作ったコンクリート製のプールの中に放した。

 この2つのアイディアは大いに客を喜ばせ、ジョセフの酒場はますます繁盛していった。

 そうしてジョセフはワニの餌やりショーとして、客達の前で犬や猫を生きたままプールに投げ込んでいたという。これを見るのは有料だったが、客には好評だったそうだ。

 酒場の知名度が上がると共に、ジョセフは客達からこう呼ばれるようになった。

 アリゲーターマン。

 アリゲーター・ジョー。

 

 

◆女性達の失踪

 しばらくしてジョセフの周りで、数名の女性が行方不明になるという事態が起こった。

 酒場スタッフ、バーテンダー、彼の元妻など――いずれもジョセフと何等かの関係を持っていた女性達である。

 特に元妻に関しては、3度結婚して、そのうち2人が行方不明になっている。

 

 いなくなった店の女性達とジョセフの関係は、大体こんな感じだった。

 1934年頃。ジョセフは ミニー・ゴットハルトという女性スタッフと恋仲になっていた。

 ミニーはクリフォードと共に店の切り盛りを手伝っており、酔っ払い客にも物怖じせずハッキリ意見が言えるような女性だった。

 そんなミニーと付き合っている最中、ジョセフは新しく雇ったバーテンダーのドロレスとも関係を持つようになった。

 ジョセフは大酒飲みで女好き、おまけに気に入らないと女性相手でも手をあげるような男だった。

 ジョセフはドロレスに向かってボトルを投げつけ、彼女の顔に傷を作ったこともある。それでもドロレスはジョセフを慕い続けたというから、恐らくは彼女にしか分からない魅力があったのかもしれない。

 そんなドロレスを、ミニーはあまり好いていなかったようだ。

 また新人ウエイトレスのヘイゼルにもジョセフは夢中になった。

 ヘイゼルは22歳という若さで容姿も美しく、ジョセフと同年かそれ以上の年齢だったミニーやドロレスとは違う魅力に溢れていた。

 

 やがて、ミニーが行方不明になった。

 ジョセフは周囲の人に対し、「彼女は妊娠して入院中だ」と嘯いていた。

 その後、ウエイトレスのジュリアが行方不明になった。

 ジョセフは周囲の人に対し、「彼女は別の女性スタッフと口論になって店を辞めた」と言った。

 その後すぐ、2人の女性が行方不明になった。

 その夏にジョセフはドロレスと結婚し、彼女にだけは秘密を打ち明けたという。

「ミニーは、俺が手にかけて消したのだ」と。

 そしてその後まもなく、ドロレスが行方不明になった。

 ドロレスはいなくなる前、仲の良かった新人ヘイゼルに、ジョセフの悪事を漏らしていた。

 そうしてヘイゼルもまた、ある時から姿を消したのである。

 

 保安官事務所がジョセフの店で働いていた従業員のリストをまとめたところ、12人以上が行方不明になっていることが判明。

 その中にはジョセフの元妻だった2人の女性も含まれていた。

 

 ヘイゼルが行方不明になってから、客達はこんな噂を囁き合っていた。

「もしかしてジョーの奴、店のワニに彼女達を食わせたんじゃないか?」

 というのも以前、近隣住民がジョセフに苦情を言ったことがあったのだ。

「店の周辺から腐った肉のような臭いがして迷惑だ」と。

 するとジョセフはその人物に銃をつきつけ、「これはワニの餌で必要な物な物なんだ」とすごんだのだという。

 そんな荒々しい性格をしていたジョセフだったため、町の住人の中には本気でジョセフを疑っている人もいたようだ。

 

 店に通う客はあくまでも冗談ぽく、一種のネタとしてジョセフに言った。

「おい、ジョー。消えた彼女たち、お前さんのワニが食っちまったんじゃないかい?」

 ジョセフもまた 笑ってそれに返した。

「そんなわけがあるかい! 面白い冗談だなぁ」

 ――冗談でも何でもなかった。

 事実、女性達はこの時点で、5頭のワニの胃袋に収まっていたのである。

 

 

◆ジョーの最期

 1938年9月23日。

 22歳の美人ウエイトレス、ヘイゼル・ブラウンが失踪してまもなく。

 副保安官の元に、住民からこんな情報が入った。

「うちの妹の納屋をジョー・ボールが使っていたんだが、置いてあった樽から物凄い悪臭がするし、ハエもたかっている」

 副保安官はジョセフの周りで女性達が次々消えていることを知っていたため、翌日すぐに同僚と納屋へ向かった。

 しかし問題の樽は、既になくなっている。

 副保安官達はそのままジョセフの店へ行って事情聴取をしたが、ジョセフはしらを切り通した。

 再び納屋へ戻り、タレコミをした住人の妹から「確かに樽があった」という話を聞いた。

 その証言で充分と判断した副保安官は、翌日の9月24日、改めてジョセフを尋問することにしたのだった。

 

 そうして話は冒頭に戻る。

 2人の保安官に詰め寄られたジョセフは、「任意同行はするが、少しだけビールを飲んでから店を閉めてもいいか」と訊ねた。

 保安官はそれを許可。

 するとジョセフはゆっくりとビールを何口か飲み、レジカウンターへ回ってレジを開けた。

 そうしてレジの引き出しに入れていた銃を取り出し、自分の頭に向けて引き金を引いたのである。

 

 

◆判明した事実

 ジョセフが亡くなったため、事件は未解決のまま終わるかと思われた。

 しかし店の手伝いをしていた黒人青年のクリフォードが、思わぬ自供をしたのである。

「自分はジョーに言われて、女性をバラす手伝いをしていた。ミニーを手にかけた場面もこの目で見たし、証拠隠滅を手伝わされた」

 ミニーはある場所に埋められたが、ジョーはバラした女性達を、確かにワニのいるプールに投げ込んでいた。

 またクリフォードの証言によって、ヘイゼル・ブラウンの最期の様子が判明した。

 ジョセフと一度は関係を持っていたヘイゼルだが、彼女は別の男の元へ行こうとしていた。

 それを許さなかったジョセフと口論になった際、ヘイゼルは以前ドロレスから聞いていた「ミニー失踪の真相を警察に密告する」と言った。――それが理由で、ヘイゼルは命を奪われてしまったのだ。

 

 また他の女性同様、失踪したと思われた元妻のドロレスが、サンディエゴで発見された。彼女はジョセフの狂気に怯え、逃げ出していたのである。

 彼女の証言もまたジョセフの犯行を裏付けることとなった。

 ジョセフから聞いたミニーを手にかけた時の状況が、クリフォードの自供と一致していたのだ。

 のちに酒場からは、凶器と思われる斧やノコギリなどが発見された。

 

 こうして一連の事件は幕を閉じたが、犠牲となった人達の正確な人数は最後まで分からなかった。

 少なくとも5人、もしかしたら14人以上とも言われている。

 5頭のワニ達は処分されることはなく、サンディエゴの動物園に引き取られ、二度と人を食べることはなかった。

 

 

 ★

 

 

 身勝手な理由で、女性達を次々手にかけていたジョー・ボール。

 実はこの話は、長い間地元の都市伝説のような扱いをされていた。

 当時から事件に関する資料が少ない上に内容が衝撃的すぎたため、噂だけが先行して、「アリゲーター・ジョーが実在していたのかどうか」が分からなかったのだ。

 2002年――新聞編集者のマイケル・ホール氏が綿密な取材を行なったため、こうして事件の詳細が判明したというわけである。

 とはいえ、行方不明のまま消息が分からない方達も多い。

 本当に恐ろしい事件だと思う。

ルドルフ          

 

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