もくの日暮らし

東京の片隅に住む、難治性うつ病持ち子なし専業主婦の何気ない日々を綴ります。

年の瀬と祖母

あっという間に年の瀬ですね。

朝8:00、窓から差し込む光が弱々しい。

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そんな時期に、新潟の介護施設に入居している母方の祖母が水を飲めなくなり、医師の見立てではあと1週間ほどが山、という報せがクリスマスに届きました。

 

認知症介護施設に入居している母方の祖母。

昨年の9月にも危ない状態になり、新潟に会いに行きました。

祖母に会いに新潟へ① - もくの日暮らし

祖母に会いに新潟へ② - もくの日暮らし

それから1年。90歳の誕生日も無事に迎え、暑い暑い夏も乗り切ってくれて、ホッとしていたのですが…。

 

そういった事情で、年末年始の広島実家帰省、愛媛の父方の祖母に会いに行くのを急遽取り止め、新潟へ向かうことになりました。

父方の祖母も高齢で、伯父も病状がよろしくないのでとても心配ですが、こればかりは致し方ありません。

 

夫婦2人分の喪服一式も持って行くので、かなりの大荷物になりそう。久々にキャリーケースの出番です(捨てなくてよかった)。

滞在期間が確定していないので、とりあえず1週間分の荷物を持っていきます。ちなみに、叔母の家にお世話になる予定です。

衣類は身につけているもの以外に、トレーナー2枚、スカート1枚、下着靴下類2組。

忘れちゃいけないメイク用品とスキンケア類。

そして、一番大事な。こればかりは替えがきかないので多めに持っていきます。

 

お互い生きているうちに、もう一度会えたらよいのですが…。

私の乳がん治療がひと段落して体も幾分か回復してきた時で、「よかった」という言葉を使うのは少し変かもしれませんが、動けるのでよかったとは思います。

勝手に、ばあちゃん待っててくれたのかなあ?なんて、ちらりと思ったり思わなかったり。

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毎年ハロウィンに着るこの着物も、祖母から譲り受けたもの。

うつ病発症後のくるしい時期に着物に目覚め、その時に贈ってくれました。うれしくてありがたくて、着ると護られているみたいだと思いました。

譲り受けた着物達は、橙 × 緑、そして黒色の配色が多く、デザインも質感もハッキリしたものが多かったです。

祖母はきっと大胆な辛口コーデが好きな人で、オシャレに格好良く着こなしていたんじゃないかな?

近くにいたら、着物談義したり着物でおでかけしたりできたかしら。

 

もし、生きているうちに会えたら、祖母の好きな歌を歌って聴かせたいと思います。最後まで耳は聞こえると言われていますし…。新潟にたどり着く前にサビのところを覚えよう。

 

 

もしかしたら、この記事が2025年の投稿納めになるやもしれません。

 

2025年は乳がんに終始した怒涛の一年でした。

また、治療の最中、愛犬のフー子との別れもありました。

 

近年大変な年ばかりなので、来年は心穏やかな一年になるとうれしいなあ。

ちょっとブレイクしたいです。

 

それでは、本年も当ブログを訪れていただき誠にありがとうございました。

皆さま、健康第一で心健やかに新しい良いお年をお迎えください。

 

 

コスメの見直しと入れ替え2025冬

昨日は冬至でしたね。

一年で一番長い夜のお供は、ゆずの香りのボディークリームでした。

これから冬は深まってゆくのに、日は長くなっていくのですね。不思議です。

 

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先日、コスメの見直しと入れ替えを行いました。

 

手放したものたち。

(後でリップを1本復活させました)

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アイシャドウパレット3点、リップ2本、マスカラ1本。

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アイブロウパウダー1点。

合計7点手放しました。

手放した理由は、使用期限が切れたからです。

 

各使用期限はこちら↓

・アイシャドウ:パウダータイプで約1年、クリーム・リキッドタイプで約半年。

・アイブロウパウダー:約1〜2年。ペンシルタイプで約1年。

・マスカラ:約3ヶ月〜半年。

・リップ:約半年〜1年。ティントやグロスも同様。

・アイライナー:リキッドタイプが約3ヶ月〜半年、ペンシルタイプは約1年。

・チーク:パウダータイプが約1年、クリーム・リキッドタイプが約半年。

・ファンデーション系:リキッド・クリームタイプが約半年〜1年。パウダータイプで約1〜2年。

化粧品の使用期限は大体半年から1年くらいみたいですね。直接肌に触れるもの、水っぽいものは雑菌が増えやすいので使用期限が短いそう。

 

実は私、これまで使用期限はあまり意識したことがなく、年単位で使用することもしばしば。

しかし、アイシャドウなどがなかなか減らないこともあり、この度使用期限を区切りとして入れ替えを行いました。

 

新しくお迎えした子達。

じっくりリサーチを重ねて選びました。

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ETVOSのアイパレット。

色はステディベージュ。思ったより発色がよかったです。

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ETVOSのリップ。

ロージーフィグという色にしました。青みピンクが可愛いです。

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アイブロウはKATE。

ちなみに私は、顔タイプエレガント、パーソナルカラーブルベ夏です(プロ診断)。

 

というわけで今回の化粧品入れ替えは、

3 in 7 out

でした。

 

入れ替え後のフルメンバーはこちら。

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使用しているメイク道具はこちらです。化粧筆たちは十数年一緒にいますが、今が一番活躍しています。

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最近、美容系YouTuberさんの動画を見ることが増えて、美容熱が高まっております。

お化粧って愉しい…。

実は私、ほんの数年前まではすっぴんで街をうろうろする人間でした。専業主婦なので化粧をする必要性がないのもありますが、単純に化粧にあまり興味がなかったのです(それはそれで楽でした)。正直、ファンデーションの下に下地を塗ることも、ここ数年で知りました。

それが今や「美容熱」という単語を使うまでに…!好きこそ物の上手なれですね。

 

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それでは、本日もお読みいただきありがとうございました!良い1日をお過ごしください♪

 

切符

今週のお題「買ってよかった2025」

 

さて、お題の今年買ってよかったものは…、

 

切符。

 

もう少し平たく言うと、という名の体験を買って良かったです。

 

乳がん告知後だったかな?ストレスで爆発しそうになって、家を飛び出すように行った弾丸旅行。

横須賀を経て、静岡へ。

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富士山に会いに行きました。

乳がん治療を終えて生き残って、登るぞー!と心に炎を灯し、富士山パワーをいただきました。
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そして、長期の乳がん治療を見据え、治療が始まる前に96歳の祖母に会いに愛媛へ。お互い次に無事に生きて会えるかわからないと思ったので、会いに行けてよかったです。
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1泊2日の短い旅でした。松山空港にて、みきゃん発見。
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特急列車、新幹線、ローカル線、飛行機。

今や、スマホでピッとするだけで、簡単に改札を通れる時代。

特急列車も新幹線も飛行機もスマホがあれば、予約できてチケットも発行できちゃう。

非常に便利でいい時代です。

特に飛行機のチケット発行は煩雑で手間だったので、シンプルになって助かります。空港に着いたら、お土産購入、荷物が規定の大きさ・重さに収まるかどうか、搭乗口どこだっけ?トイレ済まさなきゃ!、などなど。何かと気忙しいですからね。

特急列車や新幹線も、駅の窓口の長蛇の列に並ばなくていいのは、大変ありがたい…。乗り換えも切符を複数持たなくていいし、カバンの中で紛失したり、曲げちゃったりする心配もないです。

ただ、愛媛でローカル線に乗った時に久しぶりに紙の切符を触ったら、なんとも言えないワクワク感と郷愁と愛おしさが込み上げました。紙の切符が持つロマンですね。

 

最後に、切符とは少し話がそれますが、スマホのおかげであの重たい時刻表を持ち歩かなくてよくなったのは、身軽に旅をしたい今の私にとっては本当にありがたいです…!

あれはあれで趣があり、脳みそのいい体操にもなりましたが、いかんせん重た過ぎるし嵩張るしで、ただでさえ重い荷物を抱えているので困りものでした。

 

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というわけで、2025年に買ってよかったものは切符でございました!

2026年は2025年に動けなかった分、たくさん旅をしたいです。

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました♪

乳房再建手術体験記④退院まで

乳房再建手術体験記④です。ちょっと長いですが、体験記はこれでラストです。

 

①、②、③はこちらのリンクからどうぞ。

乳房再建手術体験記①手術 - もくの日暮らし

乳房再建手術体験記②手術後の一夜 - もくの日暮らし

乳房再建手術体験記③一夜明け - もくの日暮らし

 

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11/19(術後2日目)

朝、恐る恐る左足を動かしてみたところ、膝が上がりました!よかった…!やはり背中からの痛み止めが原因だったようです。

午前中、若手の医師3名に見守られながら、歩行器でトイレ付近まで歩いて帰ってこられました。

体を反るのは絶対にNGと事前に注意を受けたことと、手術後初めて体を起こすのでかなり慎重に動きました。腰を起点に体をほぼ90度くらいに曲げて歩行器につかまって歩きます。正直、前を見る余裕がないので足元を見ながらの歩行。体が傷を受けて弱っているので、びっくりするくらいゆーっくりとしか動けませんでした。この日はこれ以上はやめておこうということで、尿道カテーテルや足のポンプは外れずでした。

この日は、術後初の歯ブラシと歯磨きペーストを使っての歯磨きをしました。かなりスッキリさっぱりして気持ちがいい!(それまでは歯を磨くスポンジ?が用意されていたので、それで磨いていました)。

 

11/20(術後3日目)

尿道カテーテルと足ポンプが外れました。看護師の付き添いが必要なものの、歩行器でトイレに行けるようになりました。

この日は、術後初めて顔に化粧水をつけました。あー、お肌が生き返ります…!贅沢な気持ちです。

 

11/21(術後4日目)

首の痛みが一番辛い。逆にお腹の傷の痛みがなさすぎて、少し拍子抜け。でも、痛みが少ないのはよいことです!確かこの辺りで背中の痛み止めカテーテルを抜いたような…すでに記憶が曖昧です。

あと、胸の傷から2本、お腹の傷から2本、体液を外に排出するためのドレーンという管と袋が付いていたのですが、そのうち胸の一本が抜けました(体液を外に排出すると、治りが早いそう)。

この日、看護師の付き添いなしに行動できるようになりました。そして、術後初めての下半身シャワーをしましたが、左腕が思うように動かない中、傷を濡らさないように洗うのはかなり大変でした。お腹の傷に負荷がかからないようずっと中腰で屈んだままなので、腰の痛みがピークだったのもこの頃です。あまりの痛みに湿布を処方してもらい、腰と首周りに貼ってもらいました。

 

11/22(術後5日目)

差額ベッド代無料の部屋に移動。

術後初めて、洗面所で歯磨きができました。

胸とお腹のドレーンが一本ずつ抜け、残すはお腹のドレーン一本のみです。ちなみにドレーンは体の外に出ている管を強めに引っ張ることで抜ける仕組み。傷跡は0.5mmくらいで2〜3日で塞がります。

 

11/23(術後6日目)

明け方、隣の方の「助けてー!」「誰か来てー!」という声で目が覚め、代わりにナースコールをしました。お隣のおばあさん?、ちょっとボケているみたいで、ナースコールが押せない?様子。看護師に「また強く呼ぶようなら呼んでください」的なを言われ、なんだか責任を感じてしまいました…。

体を少し立てられるようになったので、歩くのがかなり楽に。ただ、動けるようになった分、傷が少し痛みます。ちなみに背中からの痛み止め供給が無くなってからは、退院まで朝昼晩ロキソニンを飲んでいました。

夜中、やっぱり隣の方がナースコールを押せない?状態で、「助けてー!」「誰か来てー!」と訴え、純粋にうるさいのともうダメだ責任持てないと思い、堪らなくなったので、看護師にその旨を伝えたところ、私をベッドごと別室に移動させてもらえることになりました。精神的にかなりキツかったのと眠れなかったので、よかった…。その後、看護師と相談し、退院まで別室で過ごさせてもらいました。

 

11/24(術後7日目)

休みの日でしたが、主治医が来てくれました(先生いつ休んでるのかな?)。経過は極めて順調で最速ペース。もう直立で立ってもよいとのことでした。胸に移植した組織も壊死の心配はほぼほぼ無いそうで一安心。ただ、術後1ヶ月は左腕を90°以上上げないようにとのことでした。そして、術後初めて歩行器なしで歩けました!

 

11/25(術後8日目)

朝、デイルームで採血がありました。

私は普段採血は太い血管が多い右腕でやってもらうのですが、右腕はケモ(化学療法)で血管が硬くなり使えるところがなかったので、左腕で。ただ、私の左腕は血管がどれも細いらしく、最終的に左手の甲の血管で採血することになりました。ちなみに腕より手の甲の方が痛みを感じやすいので、積み重なるとやはりストレスを感じますね。

午前中、若手の医師2名が来て抜糸を行い、最後のドレーンも抜いてくれました。採血の結果も問題なかったので明日退院してよいとのこと。

 

11/26(術後9日目)

入院して11日目。退院の日。

入院中、夜の連続睡眠時間が短かったので、眠気がすごいです。家で日常生活が送れるのか結構不安でしたが、これでやっと自分の寝床で眠れます。

さて、病院から家に帰り着くまでは、バス→電車→徒歩15分で合計約1時間半の道のり。左腕は上げられない力が入らない、そしてゆーっくり少し屈みながら歩くのがやっとな状態だったので、タクシーで帰宅しました。

 

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こぼれ話。

ちなみに、退院時迎えに来てくれた夫は風邪を引いていたのですが、これがなかなか治らず。

5日目に、夫は「熱はないよ」と言っていたのですが、念の為体温を測らせてみたら38.5℃。

もく「え…、これはインフルでは…?」

夫「違うでしょ」

この日は日曜だったので次の日病院へ行かせたところ、やはりインフルエンザA型でした。夫は熱を感じにくい人間のようです。

今回は、幸い私には移りませんでしたが、手術したてで体の抵抗力も落ちているであろう時だったので、結構な恐怖体験でした。

 

これにて、乳房再建手術体験記は終わりです。

皆様もどうかインフルエンザにはお気を付けて…!

 

 

 

乳房再建手術体験記③一夜明けて

乳房再建手術体験記③です。

①、②はこちらのリンクからどうぞ。

乳房再建手術体験記①手術 - もくの日暮らし

乳房再建手術体験記②手術後の一夜 - もくの日暮らし

 

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11/18

地獄の一夜が明けました。ぐったりしているのに、脳みそは覚醒状態で眠りたいのに眠れない…!そして首が痛い…!

6:30ごろ体温・血圧測定があり、血圧が120超えでした。いつもは上が100くらいなので私にしては高い値です。

7:00ごろ主治医が来てくれました。経過は順調で、なんと今日から立ち上がってもよいとのこと。ほんまか…!?

7:30ごろ朝食。普通食です。お米が200gどーんとあったのには驚きました。おかずもあります。

さて、ごはんを食べるために体を起こさなければいけないと頭では分かってはいましたが、お腹の傷の大きさ(下腹部の腰骨から腰骨くらい)を考えると体を起こすイメージがわかず…。

そうこうしているうちに看護師が来て、「動かさないと体が固まっちゃうから!」と、心の準備を整える間もなくベッドの背を起こされたときは、「えっ?いきなり?!」「腹の傷大丈夫かっ?!」と焦りました。あんまり傷が痛まなくてよかった…。

そろりそろりと様子を見ながら両手を動かして、なんとかお吸い物の汁と豆腐を食べ牛乳を飲みました。基本的に出されたものは残さない私も、この時ばかりはこれが精一杯。食欲がイマイチなのと、尿道カテーテルや足のポンプがついており、体が思うように動かなかったのでギブアップしました。

首があまりに痛いので触ってみたところ、ぷっくりと腫れていました。そして、腫れている箇所の上の部分の皮膚感覚が鈍くなっていました。

午前中に形成外科の若手医師2名が傷の様子を見て、消毒などの処置をしてくれたので、その時に首のことも相談したところ、首も問題なく動かせているし、見た感じ緊急を要する腫れではなく、現在手立てもないとのことでした。つまり軽快するまで痛みに耐えるのみ…!

そして、体を立てるためにはウエストベルトというものが必要だと判明。お腹周りを支えるもので、腹圧がかかるのを防ぐものだそうです。私は動けないので、後ほど看護助手さんに買って来てもらうことに。1000円札を多めに持って来ておいてよかった。

というわけで、動いてよいという主治医の許可はおりているものの、今日は(ウエストベルトもないし)安静にしましょう、ということになりました。

夕方。気づいたら左膝が曲げられなくなっており、あと皮膚感覚も麻痺していて慌てて看護師に報せました。背中から常時供給されている痛み止めが原因だろうとのことで、痛み止めを止めて様子を見ることになりました。

夜。首の痛みが強かったので、ベッドを起こして座った状態で就寝しました。

 

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