スタイルのある生活~早期退職シニア男子ハタさんの試行錯誤~

公務員を退職するに至る経緯からその後の生活まで

シニア男子のライフスタイル(4) ~気に入ったモノと暮らす~

古い物が好きです。

古民家、古道具、アンティーク家具、使い込まれた食器などが落ち着きます。

 

私は、緩めのミニマリストです。数は最小限ですが、気に入った物は身近に置いておきたい。

 

先日、カラーボックスを処分して、新たな家具を入れました。

十年来、リビングに置く小さな棚を探していました。日常的に必要な小物や書類を置いておくためのものです。モノを少なくして、徹底的に絞り込んでも必要という結論に至ったので、半年ほど前から本気で探していました。

 

それが、先日届きました!!

 


ミニマムな生活の利点も享受しながら、気に入った物を身近に置いて生活するのが心地いい。

山形、新潟旅行 ~幸せなシニア生活を後進に示せるか。~

先々週は沖縄に行っていましたが、今週は山形の酒田市、新潟の村上市を回ってきました。沖縄ではまだ真夏日になったりしているようですが、山形、新潟は寒かった。酒田港では強風に霰が降ってきて、「まじか?!」と思わず口走りました。

 

最近は、自分がやりたいと思ったことをすぐに始めるよう心掛けています。

ここ1カ月の間に沖縄本島、山形の酒田、新潟の村上に行きました。これから群馬の軽井沢も訪れる予定です。

 

古代インドでは、人間の一生を4つに分けて考えるそうです。

・学生期

  人ととして学ぶ期間

・家住期

  家庭を支える期間

・林住期

  林に一人住んで思索を深める時期

・遊行期

  旅に出て人生の総決算をする時期

現代の年齢に当てはめて考えると、学生期は大体20代前半まで、家住期は40代まで、林住期は60代まで、その後は遊行期と考えてもよさそうです。40代から60代にかけて自分の人生について深く考え、その後は旅に出る。

自分自身は現在61歳で人生についてあれこれ考えています。そして、そろそろ旅に出るころかなあ・・と思い、手始めに沖縄、山形、新潟、群馬に行く計画を立てました。

 

hatasan2.net

 

hatasan2.net

 

旅は楽しい。もともと私自身は旅行好きではありませんでした。でも、ここまで60年生きてきたからこそ、旅に出ることで感じられることがたくさんあります。また、道中、自分を顧みる機会もありました。有意義な時間です。

こういう時間の過ごし方は、これまでの人生のように仕事を通じて直接社会の役に立つことではありません。でも、年を重ねたシニア世代の我々が充実する人生を送っているのは後進にとってはよい影響を与えるのではないかと思います。

ともすればシニア世代は社会にぶら下がり、若者に迷惑をかけています。

でも、「そうじゃない人もいる。将来、幸せな第二の人生が待っている。」、そういうところを後進に見せることが、第二の人生に踏み出した自分のできることではないか、新潟から酒田に行く特急列車から荒れた日本海を見ながら、考えました。

 

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~理不尽な社会から逃げ出す。~

ミスをした人を執拗に追い込んだり、反論できない立場の人を度を超えて叩き続ける世の中です。

理不尽に叩かれた人は、「自分が悪いからだ。」と思い込んだり、自分より弱い立場の他人に対して同様のことをしたりします。被害者が無限に増えるし、ますます社会がギスギスしていく。

 

「社会としてこういう傾向が是正されたらいいな。」とは、もちろん思います。ただ、程度の差はあっても、社会とはそういうものかもしれません。だから、自分がこういう弱い立場に置かれたらどうするかということを考えておかねばならない。

結論を言えば、こんな立場に立たされたら、「逃げる。」とか「距離を置く。」ことだと私は思います。自分の人生において最低限必要なものは何かを考えて、それさえ確保できれば今の社会的なポジションから降りる。

 

多くの人にとって、「逃げる時に最低限必要なもの」は、

・お金

・健康

・将来のビジョン

だと思います。

でも、こういう準備ができていても「逃げる。」ことに踏み切れない人も多い。「格好悪い。」と思って、できないのかな。

だけど、理不尽な扱いを受け続けていたら、

・ストレスから散財してしまったり

・健康を害したり

・自分の人生について真剣に考えようとしたら手遅れだった

ということにもなりかねません。

 

そんなことになる前に早く理不尽な状況からは逃げ出したらいいのにって、私は切実に思います。

逃げ出すことは、決して格好悪いことではありません。自分がそういう道を選択するという決断をできるということは誇ることであっても恥ずかしがることではありません。実際に人とは違う道を選択した人は、皆さんそう感じていると思います。

 

周囲と同じ人生を歩んでいたら安心感はあります。でも、その安心感を得るには過大なコストがかかっています。特に今の社会はそういう社会のレールに乗ることに過剰な負担を求めています。人の仕事まで肩代わりしなければならなかったり、ギスギスした組織を支えなければならなかったり。

 

今自分が置かれている「安心できるけれど過剰な負担を求められる環境」からできる限り早く距離を置きませんか。

そういう決断をした人と話をする機会が無いとわからないかもしれませんが、後悔している人は少ないと思います。

国や社会、周囲の人は、いろいろなことを言うかもしれません。でも、最終的に責任を取ってはくれません。まさに本当の意味での「自己責任」です。

 

逃げる人が多くなれば社会が回らなくなります。その時になって初めてそういう社会を変えようという大きな動きが出てくる。そういうこともあるのではないでしょうか。

だから、私は組織から逃げ出しました。

自分の責任で逃げだした経験のある人が多くいる社会、逃げだすことを許容する社会を実現することが、真の多様性のある社会の実現に繋がるのではないかと感じます。

旅行先沖縄で映画「宝島」

沖縄に来ています。

前の職場の上司が「沖縄はとてもいいところなので、是非行ってみてください。」と話していて、それが頭に残っていました。

正直、私はこれまで沖縄が特に好きとか特別に興味がある訳ではありませんでした。随分前に家族旅行を検討したこともありましたが、東京からだと遠くて旅行代金が高いし、時間もかかる。台風が来たら帰ってこれなくなる・・・などで行くことはありませんでした。

 

ただ、今年3月で前職を退職して時間もできたので、7泊8日で沖縄本島内を回ってみました。衝撃的な経験でした。衝撃的なポイントは、

・海

サンゴ礁の海ってこんなにいいものだとは知りませんでした。マリンスポーツや海水浴もいいし、海岸でビールを飲んでぼんやりするのもいい。さらに山の上から海を見るのもよかった。今帰仁(なきじん)城跡から見た海は最高にきれいでした。

・民俗

芭蕉布、やちむん(焼き物)、琉球ガラス、沖縄地方独特な家にいろいろな食べ物

・歴史

琉球王国時代、明治~戦前、戦中戦後と興味は尽きません。いいことばかりではない、どちらかと言うと苦労の歴史です。悲惨なこともたくさんある。

自分のいるところが戦場になるという感覚は本土ではわからない。戦争の記憶や感覚が今でも色濃く残っている。

・米軍基地

時々、米軍の軍用車両に出会ったり、飛行機が飛んでいたりします。飛行機やヘリコプターの音は民間のものと違い、音がすごい。それだけでも基地を実感します。

 

とにかく初めてなので、広く回ってみましたが、とてもじゃないけど全部は見切れない。そのくらい見どころがありますね。来る前は、沖縄旅行と言えば、国際通りでショッピングやグルメ、海のきれいなエンタメ施設、あとは歴史的な場所としてひめゆりの塔という感じでした。

 

でも、実際に来てみると違いますね。深く考えさせられたり、感動することが本当に多い。一例ですが・・・。

糸満にある平和記念資料館を見た後は、あれほどきれいだと思っていた海が切なく見えて仕方ありませんでした。

これ以外にも各市町村に歴史資料館的なものがあります。そこには戦争を実感するような、でもメディアに取り上げられない資料が数多くあります。

また、浦添城、首里城は王国時代の遺構でもあるけれど、沖縄戦の激戦地。

浦添首里、海軍壕公園、糸満の記念館と日本軍が撤退していったところをめぐると当時の人たちが見た景色をわずかながらでも想像することができます。

 

そんなことを考えながら那覇のホテルに帰る途上、映画館がありました。「沖縄まで来て映画もないだろう。」という感じですが、ふと思いついて「沖縄を題材にした『宝島』、見てみようかな。」と思いました。巷では否定的な評価の多い映画です。

でも、結論的に言えば、良かった。私的には、つい先日見た「国宝」よりもいいんじゃないかと思うくらいでした(「国宝」も最高に良かったです。)。

 

現代社会では、ちょっと政治的に重いテーマを扱っていたり、描写やセリフがわかりにくかったりするだけで、否定的な感想を持つ人が多いのかな・・。

 

宝島は政治的なテーマを扱っていても、正面から描こうとしていたのは、立場の違う人との間の信頼関係だと思います。アメリカ人、本土の日本人、複雑な事情のある親子・・・。多くの人に見てもらいたいなと思いました。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~社会にぶら下がり、貯金を取り崩す生き方~

 

2022年の夏に33年余り勤めた役所を辞め、それから3年が経過しました。現在、61歳。

 

1 国や社会が想定するシニア世代のライフイメージ

少し前までは、シニアと呼ばれる世代は、「定年退職をしたら、年金をもらってのんびり生きていく。」という漠然としたイメージがありました。

でも、年金について2000万円問題が喧伝されたあたりから、「そういう老後のイメージでは、これからは通用しない。」という雰囲気が出てきています。「年金だけでは足りない。」と言われ、更に「2000万円の貯えでも足りない。」と言われています。

だから、・・・。

(1)投資をしなければならない。

(2)働けるうちは働かなきゃいけない。

 

数十年前と比べると平均寿命は延び、シニアと呼ばれる世代の人たちも元気になってきました。他方で、人が長生きするようになるにしたがって年金の原資は枯渇しようとしている。

だから、「国民一人一人が長生きした分長く働いて、年金制度を支えていかないといけない。長く働けば預貯金も増えるだろうし、投資をしたら更に利益が出るかもしれない。」

という理屈です。

 

2 シニア世代の現実

(1) 投資について

国を挙げて投資が推奨されています。年金も安泰ではないから、自己責任で資産を作れということです。

そういう状況の中、トランプ大統領が進める相互関税政策をきっかけに株価が乱高下したりしています。日経平均が上がったとか下がったとか大騒ぎです。

オールドメディアは、様々なことを言いますが、結局「投資は元本保証がない。自己責任で。」と結びます。ネット上では真偽が疑わしいものを含め夥しい数の情報が流布されています。

結局、どうしたらいいのかわかりません。

 

(2) 定年延長について

職場は、純粋に仕事が増えていることに加えて、子育て世代をサポートしたりメンタルダウンした人の分まで業務の肩代わりしなければならず、誠実に仕事をしようとする人に限度を超えて仕事が集中しています。

他方で、定年が延長され「働けるうちは働いてもらう。」ためにシニア世代の労働者が増えています。だから、シニア世代がそういう負担を積極的に引き受けるかというと、そんなことは全くありません。

給料は少なくなるし降格もするからモチベーションは低く、「働かないおじさん」となっているからです。

そういう職場で働くストレスは計り知れない。

 

(3) これからの社会のイメージ

見通しが著しく不透明な投資に財産をつぎ込み、他方で組織のお荷物になっても今の職場で惰性で働く。これがこれからの第二の人生のイメージです。

こういうシニアのライフイメージ、どうなんですかねえ?

おそらく、国の制度に乗っかって最後まで頑張っても、70歳でリタイアする時には既に体力も無く、場合によっては仕事のストレスで体を壊している。そして、付け焼刃で始めた投資が本当に資産を増やしているかは怪しい。最悪、年金と少ない貯えを切り崩しながら、(足りるかどうかビクビクしながら)つつましく生活していくしかない。

 

3 今、シニア世代がやるべきこと

いつまでも将来の不安を抱え、職場のストレスに圧し潰されそうになりながら、惰性で働くことには見切りをつける。これも、一つの考え方だと思います。

考えてみれば、従来の定年退職(60歳)前後の年齢の人は、仕事に疲弊しきっていなければ、「自分はまだできる。」という感覚を持つのではないかと思います。若いころに比べたら体力も落ちたけれど、ここで人生をあきらめる必要はない。

そうであれば、社会にぶら下がるのではなく、本当に自分がやるべきことを探すことにもっと時間をかけたり注力してもいいのではないかと思います。

 

また、そのためには金銭的な基盤もきちんと作らなければいけません。

国や社会、メディアやネット、投資会社や銀行・・・の言うことは疑い、投資について自分自身で勉強して、「なぜ資産を増やせると言えるのか。」を自分が納得するまで学ぶことが必須です。

 

自分の人生を賭けて、今、注力し時間を割く必要のあることを間違えてはいけないと思います。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~周りに幸せなシニアはいますか?~

ひと昔前ならば、老後の生活は、「夫婦で老境に入ったら、年金で悠々自適の生活をして、子どもや孫に囲まれて過ごす。」こういうイメージがあったと思う。いわゆる「幸せな余生、老後」。

でも、今の時代、多くの人はそんなイメージは持てなくなっている。

 

私自身、離婚したし、子どもは成長したら親から離れていくものだと思っているし、年金はあてにしていない。古典的な老後のイメージとは相容れない生活をしている。

でも、私のような人は、現代社会では実は多いのではないか。すべてが同じではないけれど昔のイメージとは違う人生を歩んでいる(歩もうとしている)人は確実に増えている。

昔ながらの幸せな老後のイメージが崩れた今、幸せな老後、幸せな人生の後半戦のイメージや考え方は、人それぞれになってきている。

 

他方で、今の日本社会には「不機嫌な年寄り」が目につきます。

「自分は真面目に仕事をして社会に尽くしてきたのに、年金は足りないし、家族ともうまくいかない。」というオーラをまき散らし、国や社会を悪者にして精神の安定を保とうとしている。自分の人生を考えるよりも、他人を批判することに生きがいを覚えている。

こういうシニア層の態度は確実に若い世代を不安にし悪い影響を与えます。

若い世代にとっては、今のシニア層の姿は将来の自分です。今のシニアがこんなでは、そりゃ不安になりますよね。

私はそういうシニアに対しては、「被害者づらするなよ。」って思う。年を取れば楽しいこともあるはずなのに、文句ばかりを言っている。

2000万円問題とか・・マスコミに踊らされて、不安やうっぷんを溜めてはまき散らし、自分でできることをしようとしない。自戒の念も込めて、これではいけない。

 

見方を変えれば、2000万円問題ですべての人が一律に不幸になるわけではない。人それぞれ。今は、別に人と同じでなくてもいい。

テレビを見ていれば、自給自足を楽しんでいる人もいるし、お金の勉強をして資産を増やしている人もいる。まあ、まだまだ日本の同調圧力は強いから、年を取って古典的な幸せな老後を送っていないとそれなりに面倒くさいこともあるけれど。(*)

* マンションのエレベーターで一緒になる度に、「あなた今日は仕事は行かないの?」って言うおばあちゃんがいたりはします。

でも、気にしないで楽しめばいいんじゃないかって思います。

 

私自身は、「経済的な基盤を自力で作り、自分の納得のいく人間関係の中で幸せを模索する。」というこれまでには無い老後の在り方。一つのモデルが作れたらいいなとシンプルに思っています。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~人間関係の変化は劇的~

組織に属している頃は、人間関係が組織によって決められていました。配置替えや転勤、昇進などで周囲の人が変わり、与えられた人間関係の中で波風を立てずに仕事をしていくことが求められました。一定期間は人間関係が変化することはない世界。

 

でも、退職すると、人間関係は自分で選び、随時、様々な形を作る必要があります。

 

退職してからしばらくは、人間関係については「去る者は追わず来る者は拒まず」のスタンスでやっていました。1年くらい経った頃から違和感を感じるようになってきました。時々、ひどいことや余計なお世話・・という感じのことを言われる。

少し前「NIMBY」について書いたのがそれです。

hatasan2.net

 

組織に属さなくなってからは、人間関係を切り捨てる自由があります。距離を置いてもいい。NIMBYとはできるだけ距離を置くようにしています。

具体的には、私の生き方を否定する人、私を殊更下に見ようとする人などとは付き合わないようになりました。「そんなことできる訳ない。」とか「どうしてやらないのか。」と言う人たちです。組織にいる当時は説得したり、受け流したり、いろいろ苦労しましたが、もう、そんなことをする必要はありません。

 

反対に、付き合いたい人にはこちらから声をかけて交流をするようにしています。そして交流するについては、様々なグラデーションがあっていいと考えています。

職場のように一定の人と毎日顔を合わせる訳ではないので、どのくらいの頻度で会うか、どの程度のことを話す間柄になるか、何をして一緒にすごすか等々について、その人その人で決めていけばいい。家族でも同じ。同性でも異性でも。年齢も関係ない。

本当に自由です。

 

仕事を辞めてすごく親しくなったご夫婦がいます。数カ月に1度のペースで自宅にきてもらったり、お宅に伺ったりして楽しい時間を過ごしています。でも日常的に会う訳ではありません。

もとの職場(公務員時代、小学校時代)の知り合いも、本当に共に時間を過ごしたい人とは定期的に飲みに行ったりしています。元同僚の息子さんと親しくなり彼が数カ月に1度は泊まりに来るということも始まりました。若い子育て世代の人とはお子さん込みで過ごすこともあります。

趣味のテニスのグループでもテニスをする以外にも付き合いがあります。

共通するのは、一緒にいて楽しいこと。そうでない人とは距離を置きます。

 

家族関係も変化しました。

本当は、仕事が忙しくてもきちんと考えるべきことだったと反省していますが、結果的に退職が契機となって見つめなおすことができました。

離婚した元の家内との関係も変化してきています。仕事をしていた時は、離婚当時と変化なく険悪な感じでしたが、そういう自分の態度を改めました。

従前は子どもとは時間をかけて一緒に過ごすことができませんでした。現在でもつかず離れずですが、でも、たまに長男と2人で旅行に行くこともあるし、地方の次男のところに行くこともあります(一応、快く迎えてくれます。笑)。

親は、年を取るにつれて頑固になり私がイライラすることも多かった。でも最近は比較的距離を置いてうまくやっています。ストレスは減りました。退職後にじっくり考えて、親とは余計なことは話さないようにしました。高齢のせいもあり、こちらの考えを伝えても理解が追い付かないことも多くなったから。現在の私の生活(定職も無く、試行錯誤する生活)についてもわからないと思うので伝えませんし、実は公務員を辞めたことも話していません(笑)。その代わり、親の家を訪ねることは増えました。

 

仕事をしていた頃に比べて、それぞれの人間関係について丁寧に考えて付き合っていくことができるようになりました。

これも早期に退職に踏み切って良かったことだと思います。