こうきちの小屋 はるのこうきち雑記ノート

抱きまくら抱きしめて眠るおじさんの日々

ヨシタケシンスケさんに物申す(うそ)

私はヨシタケシンスケさんの書くものが好きだ。
絵本だけでなく、エッセイやインタビュー記事も。
それで、この本を読んだ。
「だったらこれならどうですか」

www.hakusensha.co.jp

面白かったです。
「自分を好きになれない人もいるよ。自分のことが好きじゃないそのままでいいと思う。仕方ないと思う。『自分を好きにならなければ』という世間の圧、しんどいですよね」
図書館に返却してしまったので正確じゃなかったらごめんなさいだが、こういう意味のことが書いてあって私としては大変な気づきになった。
このへんも、ヨシタケシンスケさんが愛される理由の一つなんだろうなと思った。

物心ついて以降ずっと自己嫌悪の塊だった私は、たまたま成人後に自分を好きになれた。
私の場合は、コンプレックスだったもの(その中の一つを挙げれば、『運動神経が悪い』)、それらを正面から乗り越えたことで自己嫌悪が消えた。
身の丈レベルではあったが、スポーツでまさかの賞を取ったのだ。野球でいうベストナイン。サッカーでいうベストイレブン。違う競技だけど。
客観的評価としてそういうありがたい賞をもらえたことで、それまで抱えていた運動神経コンプレックスがうそのように消えた。
でも、私のようなこういうケースはまれなのかもしれないと、その本を読んで思った。

「好きじゃない自分のままで生きていく。それでいいじゃないですか」
他人に対して厳しくなり過ぎないよう、そういう考えも忘れないようにしようと思った。

------------------

ヨシタケシンスケさんのその本を読んで私が一番強く感じたこと。
ヨシタケシンスケさんは私の絵本テキストは嫌いだろうな」ということ。(もし読んでいただけたとしても、の話)
ヨシタケシンスケさんは子どもの頃から「ラスト、説教臭いんだろうな」と予想できる絵本が大嫌いだったそうです。途中で読むのやめてたそうです。

私の絵本テキストって、そういう傾向がある気がする。
でもまあそれはしょうがない。
「それが私の味なんだ」とする。

私はやる気が全くない子どもではなかった。
苦手な運動に関しても、自宅でのトレーニングを日課にしたりして、やる気がないわけではなかった。
でも、正しいやり方、成果につながるやり方を知ることができなかった。

だから私は、子どもに「正しいやり方」の絵本を届けたかったのだ。(やる気が出るストーリーで)
それが私の自費出版絵本「ぼくはてつぼうがすきじゃない」だったのだ。

私が自費出版で絵本にしたのは「逆上がり」についてだったけど、私の場合、鈍足でも苦労した。
今では昆虫が苦手な私だが、私は虫取り大好き幼児だった。幼児だった私は人並み以上に野外遊びをしていた。
でも、ダイナミックに動いて虫を捕らえるのではなく、草に紛れて見つけにくい虫を集中力で「見っけ!」とするのが得意なタイプだった。
(当時そんな言葉はなかったが、私は発達障がい児だったのだと思う。)
で、走り回らないそういう虫取りだったから、運動神経が発達しなかったのだ。

幼稚園の運動会の予行演習か何かで、私は自分の足の遅さを知った。
残念そうなそんな私に両親がアドバイスをくれた。
「とにかく速く手を振れ!そうすれば同じように脚が速く動いて速く走れる」

このアドバイスに対して、私はとても素直だった。素直過ぎるくらい素直だった。結果がそれを物語っている。
私はその後数年に渡って「手を速く振る」ということに熱意を全振りした走りを心掛け、実現させ、私ならではの走りを体得した。

その走りが炸裂した、「学年『鈍足王』決定戦」の顛末はこちら(↓)です。

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

幼稚園児の頃から、私は学年1の長身であることが多かった。
「こうきちは大きいからね、不自然なくらい大げさにすると効率が悪いと思うけど、長身が生きるように一歩が大きくなるような走りを心掛けたらいいんじゃないかな」
「ちょうど家の前に緩やかな上り坂あるじゃない。一日3本くらいでもいいから『あ~走るのって気持ちいいな』って思うくらいでやめていいから、毎日走ってみたらどう?」
もし両親のアドバイスがそうだったなら、私の人生はどんな展開になっていたのだろうか。。。
(な~んて、妻子との今の日々を失いたくないので、違う人生をやり直しさせられるのはまっぴらごめ~ん。)


ヨシタケシンスケさんに物申すわけではないのですが。
私は、やる気はあるけど「正しいやり方」にたどり着けないかもしれないそんな子に、絵本という形でアドバイスを送ってあげたかったのです。

 

 

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

だったらこれならどうですか (MOE BOOKS)

新年おめでとうございます

新年おめでとうございます。はるのこうきちです。
よく読んでくださっている方がもしいらっしゃれば、2026年もよろしくお願いいたします。

はじめましての方、はるのこうきちと申します。

和田アキ子さん 「あの鐘を鳴らすのはあなた

私の個人的な思いですが、和田アキ子さんのこの歌、新年の雰囲気に合っているような気がしています。

ここ数年の和田アキ子さん、テレビでの物議を醸すご発言はあまり感心しませんでしたが、和田アキ子さんの歌は「あの頃はっ!」で有名な「古い日記」もパンチが効いていて好きです。
「もう一度ふたりで歌いたい」もいいですね。

 

でも今日はとにかく、「あの鐘を鳴らすのはあなた

私は妻からこの歌に出てくる人のような存在としては・・・思ってもらえてないな(苦笑)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

3年前、同じようにこの歌を紹介した時は、ラグビーのリーチマイケルさんのことを書きました。
今だと・・・そういうイメージの人として、私の中では「怪獣8号」の日比野カフカが思い浮かびます。
妻子が「怪獣8号」のアニメを視聴しているのを後ろから観ていて私も好きになりました。
わが一家はアニメ版を追いかけているだけで、原作漫画の結末はまだ誰も知りません。アニメで観るまでは知りたくないでーす!


話を戻しましょう。

私も含めて、みなさん、
よい一年だったと思える一年にしていきましょうね!

 


www.youtube.com

 

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

【日本の風景ポストカードLac et Soleil】茨城県 大洗磯前神社の初日の出12

明日よ来るな【俺ひとりに限って良いのなら】

中学高校時代、明日が来ないことを祈っていた。
特に高校時代。

何を血迷ったのか、向いていない運動部に自ら進んで入部してしまい、暗黒の日々を送った。

「明日よ来るな」と心から願った。
でも、眠りに落ちたらほんの一瞬が過ぎた後のような感じでもう翌朝の起床時刻になってしまうのだった。

今の私。
あの頃に比べれば、翌日に向けての憂鬱さは格段に小さく弱いものであると言ってよい。
でも。
もし叶うのならば、明日は来なくてもよい。

家族で過ごす夜だけがあればいい。
今はそれだけでいい。それだけがいい。

俺ひとりに限って良いのなら、明日なんか来なくていいのだ。

とは言っても、わが子は成長し続け、これから色んな幸せな経験をしていくのだ。
そういう日々が待っているのだ。

親の私が「明日よ来るな」なんて思っちゃいけないね。

「今より輝こうとする子供たちの光を奪い去ることは許さん!!」
って、南斗白鷺拳のシュウ(仁星のシュウ)に叱られてしまうよ。

(『北斗の拳』単行本10巻/南斗白鷺拳のシュウのセリフ ご参照)

奪うつもりは無いのですけどね^^
(あと、とてもどうでもよいことだが、シュウが言った「今より」は「今よりももっと」の「今より」ではなく、「今から(これから)」の「今より」だと思って私は読んだ。う~ん、どっちかな。まあ、どうでもよいことだ。)

でもとにかく、仕事に行くのが嫌なこんな私でも、この一年をなんとか務め終えられそうだ。

下に貼ったエレファントカシマシの歌の歌詞は「明日も頑張ろう」だけど、

「また来年も頑張ろう 愛する人に捧げよう」

そんな気持ちの今の私です。

 


www.youtube.com

 

「あの頃に比べたら、まし」というようなことを思う人の場合、それを乗り越えている場合が多いようにも思う。「あれを乗り越えられたんだから」という思考とセットで。
私の場合は違う。私は暗黒の日々から逃げた。
逃げたことで、その後その挫折感・敗北感で余計に自分の心を追い詰めるような面もあったが、あの逃げは勇気ある撤退だったと今は自分にそう思う。
あの時の撤退がなければ、今の私はいない。あの逃げは良い選択だった。

そして、やり遂げたわけでもない人間がそういうふうに思ってはいけないのかもしれないが、「あの頃に比べれば。。。」という感じでその頃の経験が役に立ってくれている事実は正直に言えばあるように思う。
だからと言って、理不尽な日々を耐え忍んで生きることを私が推奨することはない。
だって、つらいのは誰だって嫌よね(笑)

それが理不尽なものであればなおのこと。
そんな場合は逃げればいいんだ、軽い心で。

やり遂げたわけでもなく思い出せば理不尽さに憤りを覚えるようなそんな過去、それを時々ちょっと役立てていることもあります程度の話です。

 

「あれがきっかけだった」となればいい

政治方面の話です。今年の大きな出来事だったので。

私の場合は男女婚で、妻が私の姓を選択してくれたが、別姓を希望する夫婦がそれを選べるくらいは自由であっていいじゃないかと思う。
今後の日本はそれでいいんじゃない?と思っている。
(私は自分の姓は変えたくなかったので、もし妻にも同様にそういう希望があったのだとしたら、私たちはとても困ったと思う。結婚できなかったかもしれない。

今後の日本にそういう困りごとは残していく必要はないと思う。わが子が将来誰かと結婚したいと思った時に、わが子もお相手も自分の姓を変えたくなくて結婚できなかったとしたら、それは悲しいことだ。)

「選択的夫婦別姓」って、「別姓にしたい夫婦は別姓を選択できる」ってことだから読めばわかるといえばわかるけど、「全ての夫婦が別姓を選択すべし」だと勘違いしている人も少しくらいはいそうな気がする。
議論する際の名称は「夫婦同姓別姓完全自由化」で良かっただろうに。
「選択的夫婦別姓」が認められても、結婚して相手の姓に変えたい人はこれまで通り変えられるのだし、結婚してもどうしても二人とも自分の姓を残したい夫婦だった場合に別姓を選ぶだけですよ。今まで通りでいいと思っている人にだって別に不利益はないと思うのですが。

別姓の夫婦に生まれた子どもの姓のことは確かに考えるべき事柄だと思うけど、でも「選択的夫婦別姓(=夫婦同姓別姓完全自由化)」は実現していいと私は思う。

 

そういう感じで、選択的夫婦別姓については私は完全に早期実現に賛成の立場。
同性婚についても、それが法で認められていないことで不利益をこうむっている方々がいるのだから、実現に反対する気持ちはない。

高市首相は同性婚や選択的夫婦別姓に反対・慎重な立場だ。
高市首相は男性社会の価値観を崩してほしくない男性たちに担がれた、そういう男性の支持が強い女性なのだと思う。
(女性の中にも「男性社会と言われるこの日本の中で生きてきた自分は全然不幸ではないし、今の男性社会の価値観のままで全然構わない」という女性がおられることは承知している。高市首相はそういう女性からも支持されているのだろう。)

でも、「女性初!」ということだけで支持している人も多いような気がする。
高い支持率が維持されていることを見ても、そんな気がする。
「支持する」の中の半分以上は、高市首相の政治志向等は全く知らない上で、「記者会見や国会答弁等を見ても、なんか頼もしい感じがする」というただそれだけで支持しているような気がする。

繰り返しになるが、高市首相は選択的夫婦別姓に慎重な立場。
「これまでよりは旧姓が使いやすくなるように法を整えますから。選択的夫婦別姓は認めません」の立場。

その動きを突き付けられた若き学生さんたちが危機感を募らせ、選択的夫婦別姓の早期実現を求めるオンライン署名を頑張っているという記事を読んだ。自分の若かりし時を思うと、なんと立派なのだろうと思う。
いや、今の私と比べても断然立派だ。

先日の自民党総裁選の時点で、あの時の候補者の中で、「男性社会の価値観を今後も一番維持していってくれそうな候補」が高市氏だったのだと思う。(急に注目の論点になった排外主義的な面からの国民受けを期待された部分もあるのだろうが。)

これまでの私は女性が政治のトップに就くような場面を歓迎・待望する立場でいたのだが、高市氏の総裁就任・首相就任には喜べなかった。
でも、今は以下のように思って気持ちの整理をしている。

女性が総理大臣になった事実自体の価値はとても重く大きいと思う。
一度壁が破られれば、それに続く流れが出来上がることもあると思うから。

今後、アイスランドフィンランドのような国(ジェンダー平等が進んだ国)に近づくような、そんな意味での女性総理大臣も生まれる。
今回の高市総理誕生がそのきっかけになるのだ。そう思いたい。

 

「男性社会の価値観が崩れては困るからあの時高市を総理に押し上げたのに。でもあれがきっかけでこんなことになるなんて」

自民党総裁選で高市氏を推した方々が後にそういう悔恨を抱える日本になっていたらいいなと私なんかはそう思っている。

 

-----------------------------------------------------------------------------------------


私は男なので、日本が男社会であることの恩恵を受けてきた面は間違いなくある。
そんな男の私がジェンダー平等を希望するようになったきっかけがなんだったのかは忘れた。
女性が置かれた立場が大変過ぎるというようなニュース記事を多く読んだことがきっかけだったかもしれない。

今ふと思う。
これは私個人の経験でしかないが、私が所属した小学校中学校のクラスは大抵女子のリーダーがしっかりしていた。それが苦だったことはない。
今回、女性初で高市首相が誕生したわけだが、今後日本の様々な分野において、女性が多くトップを占めるようになっても私は全然構わない。歓迎する。
世の中全般がそうなっても全然構わない。
女子のリーダーがしっかりしていた、私が所属していたあのクラスのようになればいい。

(とは言っても、高市首相の誕生には喜べなかったんですけどね私。
ジェンダー平等を目指す女性にトップに就いてほしかったんだな、私は。)

繰り返しになるが、
「男性社会の価値観が崩れては困るからあの時高市を総理に押し上げたのに。でもあれがきっかけでこんなことになるなんて」

自民党総裁選で高市氏を推した方々が後にそういう悔恨を抱える日本になったらいいなと私なんかはそう思っている。

 

 

すみません、意図的でした 【標準語って何?】

<今回の投稿は、かつて「とある男性有名人」に対して思っただけの内容なのですが、関東生まれ関東育ちの方はお読みにならないでください。ひょっとしたら嫌な気分になるかもしれませんので。
いえ、私の投稿は良薬ではありませんが、「良薬は口に苦し」的なことも世の中にはあると思えるそんな度量がある方、「自分がその立場だったら」と置き換えて考えることが苦ではないそういう度量のある方、そういう方には、是非お読みいただきたく思っています。それが正直なところです。
方言シリーズは今回ので終わりです。>

 

前回の投稿、意図的でした。

他の人なら「標準語」と書くかもしれない部分を、私は全て「関東弁」で通した。

ところで。
「標準語」って正確にはどういうことなんだろう?定義は?
ネットで「標準語とは」と検索したら色々出てきたけど、読まなかった。

私が思う標準語は「NHKのアナウンサーがニュースを読む時の言葉遣い」

それだけじゃなんなので、生活場面の言葉にまで広げたとして。
疑問質問の「~の?」のその「の」はぎりぎり標準語と認めたとして、「しちゃって」「じゃん」「だべ」は標準語じゃないだろう。。。と思う。
それは関東弁では?

「しちゃって」
標準語なら「してしまって」では?
そう考えると、「しちゃって」は関東弁で、「してもうて(してまって)」が関西弁?
「してしまって」標準語。
そうではない?

「じゃん」
「じゃん」は西日本でいう「やん」でしかない。
「じゃん」の標準語は・・・長ったらしく言い換えるなら、「じゃない」「じゃないか」だろう。
一番シンプルに言い換えれば、ただの「ね」「よ」ですよね。
関東で使われる「じゃん」なんて、ただの関東弁やん・・・。
(「じゃん」は使わない。私は自分の言葉としては「じゃん」は使わない。)

「だべ」
論じるまでもなく。

 

たぶん特に「東京・神奈川・千葉」の人々だと思われるが、そういう方々が「しちゃって」や「じゃん」や「だべ」を含む日常会話言語も含めての自分たちの言語を指して「標準語」というのはちょっと違うのではないでしょうか。

かつてそう思ったことがある。

 

素直に言えば、「驕るな関東!!」という感じ?(笑)
(こっそりラオウ気分。
北斗の拳』単行本11巻「おごるなサウザー!!」の時のラオウ気分

(ただ、はてなブログ内で何かを目にして今回のこれを書いているわけではないので、もしこれから私が挙げるようなことをブログで書いたことがある人がいても気を悪くしないでほしい。)

 

過去にテレビで以下のようなことを言ってるタレントさんがいたのだ。

標準語しかしゃべれない僕らなんかからすると、故郷の言葉・方言を持ってる方々ってうらやましいですよ」

 

「いや・・・、『だべ』っていうような人がそれ言うかな・・・」 
(若き日のはるのこうきち 心の独り言)

 

 

すみません、ここから少し毒を吐きます。

----------------------------------------------------

あなたがたの言葉・・・
ただの関東弁ですから!!残念!!
優越意識 …斬り!!(ギター侍 波田陽区 風)

(でも拙者、関東弁は意地でも使わないけど、普段故郷の言葉を貫けているわけではありませんからっ!・・・切腹!)

----------------------------------------------------

なつかしの波田陽区さん、波田だったか波多だったか確認のために検索したら。
今は福岡で頑張っておられるそうです。
なつかしじゃなかった。ブラボー!!


いや~しかし、関東生まれ関東育ちの皆様、
めんごめんご!(死語)

 

私は「方言は大事にした方がいい」と思っているし、自分のとは違う方言を聞いて「あったかくてなんかいいな」と思うような人の気持ちに対しても共感します。

 

私としては「おごるな〇〇!!」って言いたかっただけなのです。。。
「標準語?」と。
(注:〇〇は関東出身某有名人)

しかし、今日のは毒が強かったこと認めます!

 

ここまで書いておいてなんですが、
今の私はもう、あなたがたの言葉が標準語ということでいいです(笑)

あっちょんぷりけ!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回の投稿、あるいはここ3回の「方言シリーズ」の投稿。
関東生まれ関東育ちの方々には不快な内容だったかもしれません。

今はどうかわかりませんが、40年ほど前だと地方の子どもの世界では関東弁・東京弁はからかいの対象になりえました。
場合によってはいじめのきっかけにも。
(私は関東からの転入生をクラスメイトに迎え入れた経験はありませんが、成人してから他の人の子ども時代のエピソードとして、そういう話はよく聞きました。)
現代の関東民の皆さんには意外に思われるかもしれませんが、そこには「都会からきた奴が都会のかっこいい言葉を使ってやがるぜ」という妬みを含んだ感情は全くなく。
完全にただただ「何だその言葉?」ということでのからかい。

そういう話があると知っている以上、こういう方言トーク(関東下げトーク)は好ましくないという認識はあったのですが、長年色々と思うところあり、この内容に関しての発信欲を抑えられませんでした。

 

一つ前の投稿に「実体験エピソードの持ち主」として登場した関東出身・地方転勤の彼。
その彼が転勤前に地方や地方出身者や地方の方言を馬鹿にしていたということではないのですが、そのエピソードから想像を広げて、私たちは以下のようなことを教訓とすることもできるのではないかと思います。
「笑う側・蔑む側だった人間が、環境を移しただけで、笑われる存在・蔑まれる存在にされてしまう場合もある」

怖い話ではあると思います。
怖さがきっかけというのもどうかと思いますが、自分の身にそういうことが起こる可能性だってあるんだと思えば、周囲の人々と接するにあたって、謙虚さや優しさを忘れないようにしようという気持ちになれるような気がします。
私は今回の一連の投稿を書き終えて今そういう気持ちでいます。謙虚さや優しさや相手を尊重する心を忘れずにいたいよな、と。

方言シリーズだった直近3投稿でさんざん関東に(関東民に)毒を吐いたばかりのこの私が言っても説得力がないかもしれませんけどね。

 

 

 

ギター侍のうた

「ドラマ用言語」【テレビの中だけで使われる架空の方言】

すみません、今日のこの投稿、関東生まれ関東育ちの男性は読まないでください。

私は日本の西の方の県で生まれ育った。
身バレしたくないので、中国地方なのか四国地方なのか九州地方なのかは今日の時点では明かさない。

30数年前。高校を卒業して、人生で初めて故郷を離れ関東に上京した私が困惑した話。

上京した直後の私は、食堂かどこか忘れたが、周囲にいた男性全てに対して思った。
「あれ?ここにいる男たち全員『おすぎとピーコ』のあのお二方と同じ?」と。

私が生まれ育った地方の言葉からすれば、女性もしくはおすぎさんピーコさん的男性しか使わない言葉に聞こえたのだ。
「〇〇しちゃってさぁ」
「〇〇じゃん」
「〇〇なの?」

全員をおすぎさんピーコさんだと思った。(本気で思った。)

関東弁。男性がしゃべる関東弁。
おすぎさんピーコさんの言葉にしか聞こえなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これは本当にそうだったのだが、今考えると少しおかしい。
脳が誤作動していたと認めざるをえない。

なぜなら、私は高校を卒業するまでにも、テレビドラマや映画はそれなりに観ていたからだ。
男が関東弁で会話をするドラマはいくらでも観ていたはずなのだ。
私の好きな「天空の城ラピュタ」のパズーだって、疑問文で「〇〇なの?」という言葉遣いをきっとしていたはずなのだ。

それに、私が住む地方以外にも、関西や東北など独特の方言があることはわかっていたはずなのだ。

きっと私は、関東弁のドラマを観る時、時代劇を観る時のような脳内設定をしていたのだと思う。
時代劇を観る時の私は、
「こんな言葉を話す日本人はいない!!・・・って、そんなことじゃなくて、これはそういう時代の人の言葉なんだよな。そういう時代の言葉なんだよ」
脳がそう判断することで、時代劇を違和感なく楽しんでいたと思う。

で、関東弁のテレビドラマや映画。
多分、関東弁のドラマを観る時の私は
「こんな言葉を話す日本人はいない!!・・・って、そんなことじゃなくて、これはドラマ用の特別な言葉なんだよな。そういう特別な言葉なんだよ」

私の脳は間違いなく、そう判断していた。
テレビのバラエティ番組などで、ドラマ以外にも男性が関東弁でしゃべっているところをひんぱんに観ていたはずなのだが、当時の私は無意識のレベルで「こういうのはテレビ用の特別な言語なんだ」と思っていたのだと思う。

だから、上京直後に、テレビの中の人間ではない普通の、周囲にいる普通の男たちの関東弁が耳に入った時、「ここにいる男全員がおすぎさんピーコさん?」と本気でそう感じたのだ。

多分、方言が弱まっている現代では、若者にこういう誤作動は起こっていないんだろうなと思う。

30数年前であれば。
同じような驚きを覚えた方、私以外にもいらっしゃるのではないでしょうか?

 

・・・と投げかけておきながら、あっという間に私が結論を記す。

これは私だけの話ではない。

私は人からこういう実体験を聞いた。
20~30年前、関東生まれ関東育ちの成人男性が私の出身地に転勤。
新たな職場で、休憩時間に地元出身の20代同僚女性複数名に話しかけたそうだ。
関東で培ったネイティブ関東弁で。
「〇〇しちゃってさぁ」「〇〇じゃん」「〇〇なの?」を織り交ぜて。
それを聞いた20代同僚女性複数名全員は「何?何、その言葉?!」と大変驚き、爆笑したそうだ。
(ちなみに事実を事実として淡々と書くが、この時の男性の関東弁は「茨城栃木系列」ではなく、「東京神奈川系列」。)

調べたり計算したりはしないが、20~30年前であるこの時というのは「トレンディドラマ」全盛期ではなかろうか。
多少ずれていたとしても、この時の20代同僚女性複数名全員はそれまでの人生において、テレビドラマ・映画・漫画の中で男が関東弁をしゃべる場面にいくらでも触れていたはずなのだ。

そう、この時代の西の民たちは、まさか東方の男たちがテレビドラマと同じ言葉を使って日常生活を送っているとは露ほども思っていなかったことになる。

今回のこの投稿、関東生まれ関東育ちの男性からすると面白くない内容だったかもしれないが、地方文化学なのか言語文化学なのか文化人類学なのか、そういった類の話の一種と思っていただき、ご容赦いただければ幸いです。

当時、西の民たちにとって、関東弁は「東方の日常言語」ではなく、「テレビの中だけで使われる架空の方言」の扱いだったのだ。
西の民の脳はそう認知していたのだ。


蛇足。
読み返していただければわかっていただけると思うが、「言語」「言葉遣い」「方言」の話を書いただけで、おすぎさんピーコさん的だからどうのこうのということは一切ありません。
そんなことは書いていません。ご了承くださいませ。

 

あと、最後に。私の上京直後のエピソードとしておすぎさんピーコさんを出してしまったので、関東出身転勤君を笑った同僚女性たちは、いわゆる「おねえ言葉」とみなして笑ったようにしか読めない文章になってしまったが、笑われた転勤君自身やその話を聞かせてもらった私の認識は実は違った。
独自のキャラで独自の話し方を自分に課している人っているじゃないですか。
さかなクンとかふなっしーとか。
同僚女性たちの笑いは、そういう受け止めだったと認識しています。
「ここ会社なのに。ほぼ今日がはじめましてなのに。なのにこんな独自キャラを全面に押し出そうとしてくるんだこの人!!」
そういう驚き大爆笑だったことを、同僚女性たちのためにも補足させていただきます。)

 

 

(「方言シリーズ」、次回の投稿にもう少しだけ続きます。)

 

 

「ぅお」って言うんだよ?!

私は首都東京から遠く離れた地方で生まれ育った。

そんな土地柄もあって、中学の国語の授業で印象に残っている話がある。

国語の先生が授業中に話を脱線させてこんなことを話してくれた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私ね、生まれも育ちもここ、この県なんだけど、
教師になるために大学に行って、行った大学、関東の大学だったんだ。
でね、『ごはんを食べました』とかの『を』ってあるでしょう?
君たち、っていうか私も含めたこの地方の人には『を』と同じ意味で使われる『〇(←ひらがな一文字)』もあるじゃない?
どっちかというと普段の会話では『〇』の方がメインだよね?
だからわざわざ『を』を使う時はかしこまって丁寧にきちんと使ってるくらいの意識だったんだよ。
みんなもそうでしょう?

それがさ。関東に行ってビックリしたんだけど、関東の人って『を』のことを本当に『ぅお』って言うんだよ?!

『ぅお』だよ?!『ぅお』っ!!

もう私ね、周りの人が『ぅお』って言う度に

「うわっ!本当に『ぅお』って言ってるよこの人!!」

って、心が毎回毎回ピクッて反応してしまって。。。

というか、ビックリしたんだよ。最初は特に。本当に。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(というような内容を、私たちの地元の方言を土台にした語りで聞かせてくれた。)

 

なんであの時あの先生が授業中にこんな話をしてくれたのかはわからない。
でも、その数分間の生身の言葉は私の中に強く残った。
(だからと言って、その先生から「これからはみなさん、正しく『ぅお』って言いましょうね」な~んて指導は全く無かったのですが。)

で、その数年後。高校を卒業した私が一人で関東に移り住んだ時。
私はその先生のこの数分間を強烈に思い出したのだ。

「うわっ!本当に『ぅお』って言ってるよこの人たち!!」って。
私もそう思った。「うわっ!ホントだよ!!」って。
(もちろん、脳内での言葉は「だよ」などではなく、方言丸出しで。)

私を含めた私の地元民たちは、「を」って言う場合も、発音は普通に「お」だったから。
「耳を疑いました」で言うなら、発音はもう間違いなく全員「みみおうたがいました」だったから。

それ以前に、普段の会話は「を」よりも「〇」だったから。

 

中学で国語を教えてくれたあの先生へ。担任してもらったことはなかったですけど、私、先生のこと結構好きでしたよ。
好きでした。

 

 

 

 

 

NHK日本語発音アクセント新辞典

 

AIが作った歌に泣かされる俺

俺の単細胞さとAIの侮れなさと。そんな話・・・と言ってよいのか?

---------------------------------------------------------

尾崎豊さんが60歳で歌を作ったとしたら」というような条件でAIに作成させたらしい歌がユーチューブにアップされていた。

私は「故人の肖像権について」「AI作品における肖像権の問題」、全然わかっていない。
でも、ひょっとしたら何か問題があるかもしれないので、そのユーチューブをここに貼ることはしない。

その動画が「あなたにおすすめ」という感じで勝手に右に並んでいた。
休日恒例のお酒を飲みながらのリラックスタイムにその歌を聴いた。

酔っていたこともあるが、(私のいつものことではあるが)、涙が出た。
ところどころ歌詞に違和感はあったが、私はその歌が結構好きだった。

コメント欄には否定的なコメントも多かった。
「故人を冒涜するな」
「尾崎はこんな歌は作らない」

それは私もそう思った。
尾崎豊さんのファンがそう思うのは当然のように思った。

私は尾崎豊さんのいわゆるファンではなかったが、「いい歌だな」「好きだな」と思う歌はたくさんあった。


一番好きだったのは「シェリー」


www.youtube.com


他には・・・「LOVE WAY」


www.youtube.com

 

このへんと並べて聴けば、AIのその歌が尾崎さんにほど遠いものであることは明白のように思う。(私は尾崎豊さんのことを語れるほどの知識は持ち合わせていないが。。。)

 

ただ、尾崎豊さんにはほど遠いと思ったが、・・・私は、問題があるかもしれないAI作のその歌が嫌いではなかった。今も嫌いにはなっていない。

--------------------------------------------------------------

 

尾崎豊さんの名を出さなければいいのに。
「いいことも悪いこともいろいろあった。いろんなことを積み重ねてきたそんな60歳の男が歌う歌」
そんな歌として出会っていたなら、私はこの歌を「好きだ」と言ったと思う。

私は単細胞だから、そういう歌にころっとやられるのだ(汗)
私のような単細胞からすると、「AIは侮れないな」「結構怖いな」と思った。

 

(さっき「尾崎豊さんの名を出さなければいいのに」と書いたけど、尾崎豊さんが色んなところで発信した実際の言葉をAIに学習させたというような意味のことが書いてあったから、尾崎豊さんの名を出さないのもそれはそれで問題なのだろうか?問題なのだろう。)

 

ともかく、AIが作った歌に簡単に心動かされてしまう、酔っ払い単細胞おじさんの話でした。

 

 

 

 

 

 

俺はあんたが好きだよ! 【「侍タイムスリッパー」を観た】

(少し前のこと。)

テレビで放送してくれたので、録画しておいた。
「侍タイムスリッパー」
初めて観た。一人で観た。

とてもよかった。
私のいつものことではあるが、涙が出た。

【ぼかし気味に書いてはいますが(全然ぼかせてなく)、完全にネタばれがあるので未見の方はここから先を読まないようにしてください。】

 


www.youtube.com

 

 

主人公の侍(高坂新左衛門)が臨んだ、真剣勝負のクライマックス。
主人公の葛藤と、その上での判断に涙が出た。

背景や帰属からすれば、思うところがあり過ぎて当然の主人公。
思うところあって・あって・あって、故郷の敵(かたき)を斬る決意も固めていたであろう主人公。
でも、背景とか帰属とかそういうことではなく、目の前の男を、一人の人間として捉えた。
そこに感動した。
(私がわざわざ書かなくても皆さんもそうでしょうが。。。)

私が「そうであってほしい・・・そうであってくれ・・・」と思った通りの判断をしてくれた主人公に拍手。
(そんな私だから、その直前のシーンには「あぁっ・・・」と声が漏れた。
製作陣にまんまとやられた。
製作陣の期待通りの心の動きをしてしまった私。まあ、別にそれでいい。
そういう意味では、かしこ過ぎて先が全部読める人は損してる気もする。)

主人公はおそらく、最初からあの判断を隠し持っていたわけではなく、故郷の敵を斬る決意をしていたのだと思う。
同時に、力及ばず自分が斬られてしまうことに対しての覚悟もあったと思う。
侍の時代の人だから。

でも、斬ることに葛藤も抱えていたに違いない。間違いなく。
故郷の敵があんなにいい奴だったものだから。人格者だったものだから。

故郷の敵とは言え。
自分の身にふりかかったとんでもない環境の変化に戸惑いながらもそれを乗り越え。罪悪感に苦悩し続け。謙虚さや感謝の心も失わず。侍の心も失わず。
そうして積み上げられてきたあの人格。
(あれが嫌な奴だったら、主人公は斬ってしまっていたのでは・・・。侍の時代の人だから。侍だから。元々斬り合うはずだった関係だし。。。)

故郷の敵、(そっちサイドにいた男)、風見。
彼はどんな気持ちであの真剣勝負に臨んだのか・・・。
「斬られてやろう」という思いはなかったと思うが、「もし力及ばず斬られるのだとしたら、それもまた人生。それが私のさだめということであろう」、そんな心境だったか。
「それが罪滅ぼしになるとも思えんが、もし斬られるならそれはそれでいい。」
そんな気持ちもあったのか。
「高坂新左衛門なら、私を斬ることはないはずだ」というような期待や、そういう意味での信頼。そういうものは頭になかったように思う。

どうだろう。。。

一つ言えるのは、主人公と違って彼には「斬る!」のモチベーションや必然性はなかったのではないか、ということ。
なのに、
「後世に伝えたいのだ。かつて精一杯生きた侍という男たちがいたことを。そして私が愛した時代劇を。」
そのために自分の命を懸け、真剣勝負を受けた風見。
そんな風見先生にも拍手。


そして再び主人公について。
背景とか帰属とかそういうことではなく、男の人柄に触れ、斬るべき敵を斬れずにうなだれた主人公。
その姿に感動した。

高坂さん!あんた、かっこいいよ!

俺はあんたが好きだよ!うおおおー!!!

私はそう思った。

うなだれるそんな主人公に風見がかけた言葉、(セリフは全てうろ覚えのまま書いていて申し訳ないが、)

「それぞれが精いっぱい生きた。それでいいではないか」

「それでいい」、と私も思った。

「二人とも立派だよ!」「そしてここから、ここからの道を歩けばいい」

そう私も思った。


書いてたらまた泣けてきた。

 

最後に、これにも触れねばなるまい。。。

優子殿がチャーミングだった^^

これ以上ないくらいメガネがお似合いだった。。。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまでをいったん完成させた後、予約投稿が実行されるまでの間にふと考えたことを書き足す。

戦時中の日本を考えた時に、導く側だった人間はもちろんのこと、兵士や、一般国民であっても、戦時中に戦争を肯定していた人々が「あれはあれで精一杯生きていたんだ。それでいいじゃないか」と言うのだとしたら。

それに対しては私は多少もやもやを抱くと思う。

もし私がその時代にいたら、弾圧が激しくなるにつれ恐れおののいて何も言えなかったであろうことは明白なのだが、「精一杯生きていたのだから」と自分を肯定して良いとは思えないと思う。

そんなことを考える私は、幕末の歴史に詳しくない。

幕末の歴史に詳しい方が、先述したような戦時中の人々のありようを念頭に置いたようなそういう考え方をした場合、風見先生が言った「それぞれが精いっぱい生きた。それでいいではないか」を心地よく受け止めることはできないのかもしれない。

どうなんだろう。。。

後日そういうことは思った。

でも、この映画に没入していた私としては、やはりこう思う。

主人公があの判断を下したあの後に風見先生が発した
「それぞれが精いっぱい生きた。それでいいではないか」

これについては
「それでいい」、と私も思う。今もそう思う。

そう思っていい二人だと思う。私はそう思った。

風見先生の「それぞれが精いっぱい生きた。それでいいではないか」は自己正当化ではないと思うから。

「同じ侍として、おぬしの気持ちは誰よりもわかるつもりだ。そんな私があえて言うぞ。私はおぬしのその判断を支持する。(そして、ありがとう。)」

高坂さんにそういう思いを伝えたかった、そういう言葉だと思うから。
(私はそんな風見先生も好きだ。)

そして高坂さん。
「ここから新たに、ここからの道を歩いていってほしい。高坂さんに幸あれ!」

私はそう思った。


※通しで1回観ただけで、この投稿をするための本編「観返し」はしなかったので、何かおかしい部分があったとしたら、ご容赦ください。


(さらに後日の追記:

色んな方の「侍タイムスリッパー感想文」を読ませてもらって、自分では思い至らなかった点を知ることができた。
私が思い至らなかった、高坂さんが斬れなかった理由。

「時代劇への愛」「時代劇を愛する親愛なる優子殿への思い」

この時には高坂さん自身も時代劇への愛を抱いていたはず、と。

「自分が風見先生を斬ってしまったら、時代劇が、優子殿が大事にしてきた時代劇がとんでもないことになってしまう」
そう思ったはず、と。

確かに。と思った。

それは確かに斬れなかった理由だろうな、と思った。
私としては「それも」と言いたいところ。

でも、色んな感想を読めて楽しかった。

 

 

侍タイムスリッパー

わが家のことりの好物

わが家の初代ことりは私の鼻の穴をつんつんするのが大好きで、私もしあわせだった。
家族からは当時から苦言を呈されていて、二代目ことりとの日々においては、「鼻つんつん」は完全に禁止されてしまった。
正式に決まったものである以上、私もその決まりは守っている。

その代わりなのか、二代目ことりは私の手の指のささくれが大好物だ。
かさかさな私の指のささくれをくちばしで上手に引きちぎっては満喫している。

二代目ことりよ、そんなに美味しいかい?
「ヒーフジャーキー」

皮~膚ジャーキー

お粗末様でした。。。

 

たまに、私の指のまだ乾燥していない「しっとりささくれ」を強引に引きちぎられます。
ぴーってむける感じで持っていかれるんです。流血しています。
それは痛いからやめて。二代目ことり。

 

 

haruno-koukichi.hatenablog.com

 

haruno-koukichi.hatenablog.com