私はヨシタケシンスケさんの書くものが好きだ。
絵本だけでなく、エッセイやインタビュー記事も。
それで、この本を読んだ。
「だったらこれならどうですか」
面白かったです。
「自分を好きになれない人もいるよ。自分のことが好きじゃないそのままでいいと思う。仕方ないと思う。『自分を好きにならなければ』という世間の圧、しんどいですよね」
図書館に返却してしまったので正確じゃなかったらごめんなさいだが、こういう意味のことが書いてあって私としては大変な気づきになった。
このへんも、ヨシタケシンスケさんが愛される理由の一つなんだろうなと思った。
物心ついて以降ずっと自己嫌悪の塊だった私は、たまたま成人後に自分を好きになれた。
私の場合は、コンプレックスだったもの(その中の一つを挙げれば、『運動神経が悪い』)、それらを正面から乗り越えたことで自己嫌悪が消えた。
身の丈レベルではあったが、スポーツでまさかの賞を取ったのだ。野球でいうベストナイン。サッカーでいうベストイレブン。違う競技だけど。
客観的評価としてそういうありがたい賞をもらえたことで、それまで抱えていた運動神経コンプレックスがうそのように消えた。
でも、私のようなこういうケースはまれなのかもしれないと、その本を読んで思った。
「好きじゃない自分のままで生きていく。それでいいじゃないですか」
他人に対して厳しくなり過ぎないよう、そういう考えも忘れないようにしようと思った。
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ヨシタケシンスケさんのその本を読んで私が一番強く感じたこと。
「ヨシタケシンスケさんは私の絵本テキストは嫌いだろうな」ということ。(もし読んでいただけたとしても、の話)
ヨシタケシンスケさんは子どもの頃から「ラスト、説教臭いんだろうな」と予想できる絵本が大嫌いだったそうです。途中で読むのやめてたそうです。
私の絵本テキストって、そういう傾向がある気がする。
でもまあそれはしょうがない。
「それが私の味なんだ」とする。
私はやる気が全くない子どもではなかった。
苦手な運動に関しても、自宅でのトレーニングを日課にしたりして、やる気がないわけではなかった。
でも、正しいやり方、成果につながるやり方を知ることができなかった。
だから私は、子どもに「正しいやり方」の絵本を届けたかったのだ。(やる気が出るストーリーで)
それが私の自費出版絵本「ぼくはてつぼうがすきじゃない」だったのだ。
私が自費出版で絵本にしたのは「逆上がり」についてだったけど、私の場合、鈍足でも苦労した。
今では昆虫が苦手な私だが、私は虫取り大好き幼児だった。幼児だった私は人並み以上に野外遊びをしていた。
でも、ダイナミックに動いて虫を捕らえるのではなく、草に紛れて見つけにくい虫を集中力で「見っけ!」とするのが得意なタイプだった。
(当時そんな言葉はなかったが、私は発達障がい児だったのだと思う。)
で、走り回らないそういう虫取りだったから、運動神経が発達しなかったのだ。
幼稚園の運動会の予行演習か何かで、私は自分の足の遅さを知った。
残念そうなそんな私に両親がアドバイスをくれた。
「とにかく速く手を振れ!そうすれば同じように脚が速く動いて速く走れる」
このアドバイスに対して、私はとても素直だった。素直過ぎるくらい素直だった。結果がそれを物語っている。
私はその後数年に渡って「手を速く振る」ということに熱意を全振りした走りを心掛け、実現させ、私ならではの走りを体得した。
その走りが炸裂した、「学年『鈍足王』決定戦」の顛末はこちら(↓)です。
haruno-koukichi.hatenablog.com
幼稚園児の頃から、私は学年1の長身であることが多かった。
「こうきちは大きいからね、不自然なくらい大げさにすると効率が悪いと思うけど、長身が生きるように一歩が大きくなるような走りを心掛けたらいいんじゃないかな」
「ちょうど家の前に緩やかな上り坂あるじゃない。一日3本くらいでもいいから『あ~走るのって気持ちいいな』って思うくらいでやめていいから、毎日走ってみたらどう?」
もし両親のアドバイスがそうだったなら、私の人生はどんな展開になっていたのだろうか。。。
(な~んて、妻子との今の日々を失いたくないので、違う人生をやり直しさせられるのはまっぴらごめ~ん。)
ヨシタケシンスケさんに物申すわけではないのですが。
私は、やる気はあるけど「正しいやり方」にたどり着けないかもしれないそんな子に、絵本という形でアドバイスを送ってあげたかったのです。
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