モンゴルの大草原で出会った友
ある年の夏、俺、山田健太は、交換留学プログラムに参加して、日本の高校からモンゴルへと旅立った。日本の都会の喧騒とはかけ離れた、果てしなく広がる大草原。その真ん中にポツンと立つ、ウランバートルの学校が、俺の新しい学び舎だった。不安と期待が入り混じる中、俺はそこで、初日から少し口数の少ない、でも優しい笑顔の同級生、バトバヤル・ダヴァーと出会った。彼の名前は、モンゴル語で「丈夫な英雄」という意味だと、後に彼が教えてくれた。
最初の授業、モンゴル語の先生が話す言葉は、俺にはまるで宇宙語のようだった。周りの生徒が熱心にノートをとる中、俺はただただ呆然としていた。その時、隣に座っていたバトバヤルが、そっと自分のノートを俺の方へと押し出してくれた。そこには、彼の流麗なモンゴル文字の横に、たどたどしいながらも、先生の話の要点が日本語でメモされていた。
「これ、よかったら、使って」
照れたようにそう言って、彼は微笑んだ。彼の優しさが、遠い異国の地で孤独を感じていた俺の心に、じんわりと温かく染み渡った。
それからというもの、彼はいつも俺の隣にいてくれた。放課後、俺たちはよく学校の図書館へ行った。バトバヤルは、埃をかぶった分厚い歴史書や神話集を手に取り、モンゴルの英雄や遊牧民の神話について、熱っぽく語ってくれた。
「俺たちの祖先は、遊牧民だった。この広大な草原で、ゲルを移しながら暮らしていた。チンギス・ハーンは、バラバラだった遊牧民たちを一つにまとめ、モンゴルという国を作り上げた。彼はただの武将じゃない。俺たちモンゴル人にとって、希望の光、太陽なんだ」
彼の言葉は、まるで草原を駆け抜ける風のように力強く、俺の心に深く響いた。俺は、日本の歴史や神話に登場する神々や英雄たち、そして古くから伝わる武士道精神について話した。
「俺たちの祖先は、自然を神として崇め、目に見えない力に畏敬の念を抱いてきた。そして、武士たちは、たとえ命を落とすことになっても、自分の信じる道を貫き通した。それは、モンゴルの遊牧民が、大自然と向き合い、自らの力で生き抜いてきた姿と、どこか似ている気がする」
俺たちの間には、言葉の壁を越えた、深い共感が生まれた。文化も歴史も違うのに、いつの間にか俺たちは、昔からの親友のように、互いのルーツを語り合うことができた。
星空の下で語り合った夢
留学生活も終わりに近づいたある日の午後、俺たちはいつものように学校の屋上へと足を運んだ。遠くに見える地平線まで続く大草原の広がりを眺めながら、将来の夢について語り合った。バトバヤルは、故郷である草原で、いつか自分の手で大きな農場を作りたいと夢を語った。
「モンゴルは、家畜を飼うことしかできないと思われている。でも、この豊かな土地で、穀物や野菜、果物も育てられるはずだ。俺は、村の仲間たちと協力して、みんなが自給自足できるような、大きな農場を作りたいんだ。そうすれば、子どもたちは遠くまで食料を買いに行かなくて済むし、村全体がもっと豊かになれる」
彼の夢は、ただの個人的な野望ではなく、故郷を想う、彼の優しい心の現れだった。俺は、そんな彼の話を聞いて、モンゴルという国に、そしてバトバヤルという人間に、深く魅了されている自分に気がついた。
「俺は、いつか日本とモンゴルの架け橋になるような仕事に就きたい」
俺の言葉に、バトバヤルは少し驚いたような顔をした。そして、満面の笑みを浮かべて、俺の肩を力強く叩いた。
「健太、お前ならできる。必ずだ。お前はモンゴルのことを深く理解しようとしてくれた。そんなお前なら、きっとこの国の力になれる」
彼のその言葉が、俺の心に深く刻まれた。それは、バトバヤルとの出会いが俺に与えてくれた、新しい夢だった。
約束の夜
そして、ついに日本に帰る前日。バトバヤルは、俺を彼の故郷の草原へと連れ出してくれた。ウランバートルから車で何時間も揺られ、たどり着いたのは、地平線まで見渡せる、どこまでも緑が広がる場所だった。彼のお父さんから馬を借り、二人で草原をひたすら駆けた。風を切り、馬と一体になって走る。夕暮れの空が茜色に染まり、地平線へと沈んでいく太陽の光が、草原を金色に照らした。俺たちはただ無言で、その雄大な景色を五感で感じていた。
夜になり、俺たちは彼の家族が暮らすゲルへと向かった。温かい夕食を囲み、彼の家族の温かさに触れた後、俺とバトバヤルは二人きりになり、ゲルの天井を見上げた。ゲルの上部には、夜空を眺めるための小さな穴が開いている。そこから見える夜空は、日本では見たこともないほど澄んでいて、満天の星がまるで宝石のように、今にも降り注いできそうだった。
「この星空を、いつかお前の故郷の人々にも見せてやりたい。日本の空とは、全然違うだろう?」
バトバヤルの言葉に、俺は思わず涙がこぼれそうになった。俺は星空を見上げながら、震える声で言った。
「10年後に、またこの場所で会おう。その時までにお互いの夢をかなえよう。お前は、この場所で最高の農場を作って、俺は、日本とモンゴルの架け橋になって、またこの場所に戻ってくる」
バトバヤルは、少しの間、静かに星空を見つめていた。そして、ゆっくりと俺の方を向き、力強く頷いた。
「ああ、約束だ。健太。必ずな」
その瞬間、俺たちは言葉を交わさなくても、お互いの心が一つになったことを感じた。俺たちは、この広い空の下で、遠く離れていても、いつまでも親友であることを、満天の星々に誓ったのだった。
