遥かなる栄冠 ― The Faraway Laurel ―

やる気スイッチを押せ! ―昭和おやじの卒業作戦―

退学か再入学か

退学か再入学か

 大学からの通知はだいたいこんな感じだった。

 文部科学省より通信制大学に長期在籍する者に対して制度の見直しが通達され、一定期間以上の在籍者には、「退学」または「再入学して10年以内に卒業」のいずれかを選択するよう制度が改められたらしい。

 退学か再入学を選べってか—思わず海外のドキュメンタリー番組が脳裏に浮かぶ。戦場からの兵士の声だ「どうしてここいるかだって?オレをパクったポリ公がこう言ったんだ。ムショに入るか軍隊に入るか選べってな」

 まあ、文科省の言い分ももっともだ。

 俺のように卒業する気もなく、だらだらと在籍している居候学生はとっとと追い出してしまえということだろう。おそらく大学側としても、不良在庫処分の絶好の機会に映ったに違いない。

 俺は通知を前に、しばし考え込む。退学か再入学か。

 再入学を選択した場合、10年以内の卒業が条件となる。

 もう退学してもいいのではないか。俺もじゅうぶんに頑張ったと思う(実は何ひとつ頑張っていない)。それにだいいち、いまさら卒業してなにになるのだ。ここはもう、自分で自分に“情けの一撃”を振りおろす局面だろう。

 本当に退学でいいのか、俺は今までの時間と学費と努力(実はぜんぜん努力はしていない)を自分で否定してしまうのか。

 俺の中で悪魔と天使、ヘラクレスヒュドラトムとジェリーがすさまじい戦いを開始していた。

 そんな俺の脳裏に父親と親友の顔が目に浮かぶ。

 最後はそうとう苦しかったはずだが、父は安らかな死に顔をしていた。親友も突然に人生が断ち切られたはずなのに超然とした顔でこと切れていた。 二人の物言わぬ顔が俺に語り掛ける。人生は一度だけ。 

 もしここで退学を選べば、俺は“何もしていない”まま終わることになる。 それは、俺の人生の空白に“確定印”を押すようなものだった。 俺は通知を見つめながら、ふと思った。 「もう一度だけ、やってみるか」 それは、自分への甘えではなく、俺自身への“最後の挑戦”だった。

 俺は再入学の準備に取り掛かり、しばらくして退職の意向を社長に伝えた。 

 再入学の手続きは、さまざまなアドバイスを受け、なんとかクリアできた。 退職後ほどなく、大学から届いた教材を手に取った。

 こうして俺は再入学した。その際にドサクサに紛れて学部も経済学部から法学部に転籍し、約40年の時間の輪廻を断ち切って新たなスタートを切ったつもりだ。

 しかし事実上の留年には違いないだろう。俺に言わせれば文科省の規則改定は、落第生ロンダリングにすぎない。ただそのおかげで卒業しようという気にもなったのも確かだ。

 そして約半年後のハローワーク通いの果てに、まったくの畑ちがいだが新たな仕事にも就いた。それはすべてが新しく始まったというよりも、車庫のかたすみで埃をかぶっていた機械に再び燃料を入れエンジンをかける作業に似ていた。

 とうぜんエンジンは、すぐにはかからなかった。まあ、それも無理はないだろう。 だが、俺は知っていた。 この機械は、まだ走れる。 そして俺は、もう一度走ることにした――卒業という遥かな栄冠を目指して。

 次回予告   こうして俺は、再び歩き始めた。   卒業という遥かな栄冠を目指して――。  そしてまた、新たな職場でも第一歩を踏み出す。  次回『昭和おやじ、街をさすらう』  これはスタートなのか、リスタートなのか。  お楽しみに。

 ★マークをつけてくださった皆さん、ありがとうございます。  その★たちが、俺のやる気スイッチを、静かに、でも確かに押してくれています。