小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2957 馬の目の優しさがほしい 坂本繁二郎の『放牧三馬』を見て 

絵のような調整池の雪景色

 洋画家、坂本繁二郎(1882—1969)は、同じモチーフを繰り返して描き、幻想的世界を創出した。モチーフの一つに馬がある。今年の絵画カレンダーの1月は『放牧三馬』という3頭の馬を描いた坂本の作品だ。それぞれ別の方を向いたポーズから、平穏な世界に生きる個性と生命力を感じることができる。午年の2026年、この絵のような世界を取り戻したいと思う。

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 この絵は、草原にたたずんでいる3頭の姿を描いている。中央の白馬は首をかしげて正面を向いた左側の馬を見ており、右側の馬は尾を背にしている。両側の2頭は暖色系の色をし、地面の一部も似た色だ。水たまりと空の青さからは、爽やかさが伝わる。白馬の目が濃い緑色なのが特徴だ。放牧された馬のうち、たまたま3頭が一緒になった光景で、ヨーロッパ美術の「三美神」(バロック期の画家、ルーベンスの作品。ギリシア神話の3人の女神カリスの裸体を描いた。スペイン・プラド美術館所蔵。以前、同美術館で鑑賞した記憶がある)の手法と似ているという。

 坂本は福岡県久留米市出身で、子供の頃から絵を描き、高等小学校に入る頃は「神童」と呼ばれた。家が貧しかったため進学できなかったが、1900年に久留米の母校の代用教員となり、働きながら絵の勉強を続けた。この2年後、高小時代の同級生で同じ画熟に通い、東京美術学校(現在の東京藝大)で洋画を学んでいた青木繁(1882—1911)が一時帰郷した。青木が格段に上達したのを見た坂本は大きな刺激を受けて上京、青木も在籍していた東京の画塾に入った。青木は豊かな才能で将来を嘱望されたが、1911年に夭折(当時28歳)している。

坂本作『放牧三馬』(大日本印刷アートカレンダー2026より)

 坂本は文展を経て二科会創設に関わり、1921年にフランスに渡り3年間、洋画を学ぶ日々を送った。24年に帰国して故郷福岡に戻り、31年からは八女市にアトリエを構え、生涯を過ごした。夭折した青木と比較して「大器晩成」という見方もあるが、繰り返して描いた馬や牛、能面、月などをモチーフに多くの作品を残し、日本画壇に大きな足跡を残した。

東山魁夷『春を呼ぶ丘』(『東山魁夷と日本の四季展』図録より)

 馬をモチーフにした絵といえば、日本画の東山魁夷(1908—1999)の『春を呼ぶ丘』も好きな1枚だ。畑の3分の1は麦らしい緑の作物が、残る3分の2はこれから作物が栽培されるだろう黒い土、広い畑の右端近くに1頭の白馬が小さく描かれている。後方手前は頭部分だけに芽を出し始めた雑木林の後ろには落葉松らしい常緑樹の林が描かれている。のんびりとした様子で歩を進めている白馬が印象的だ。冬が終わり、春の息吹と希望を感じさせる北海道をイメージした作品だ。『サザエさん』で知られる漫画家、長谷川町子さんと姉の鞠子さんが集めた美術品を展示している長谷川町子美術館(東京都世田谷区桜新町)で初めて見て以来、忘れられない一枚になっている。

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 数年前、内モンゴルの草原で馬に乗ったことがある。大人しい馬でこちらを気遣うように動いてくれた。馬は基本的に優しい動物である。坂本の絵の白馬も左の馬を気遣いの目で見ているようだ。今の世界は、その優しさが必要なのだと、私は思う。

内モンゴルの競馬風景

調整池の雪景色

☆参考資料=冨田章=東京ステーションギャラリー館長の同カレンダー解説、東山魁夷展図録、各社百科事典など。

 1322 冬本番、春を待つ心 東山魁夷展にて 
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