ホテル雅叙園東京「時を旅する福ねこ at 百段階段」展、今回の記事は
昭和時代の懐かしのあの名画が
もしも猫映画だったら....猫映画ポスター展です
「シャイニャング」/(シャイニング) 昭和55(1980)年
「い.て.」/(E.T.)昭和57(1982)年
「NYAWS」/(JAWS)昭和50(1975)年
「スタンド・バイ・ミケ」/(スタンド・バイ・ミー)昭和61(1986)年
「地下鉄のジジ」/(地下鉄のザジ)昭和35(1960)年
「ひまあり」/(ひまわり)昭和45(1970)年
「用心猫」/(用心棒)昭和36(1961)年
「色が三毛の一族」/(犬神家の一族)昭和51(1976)年
「餌の器」/(砂の器)昭和49年(1974)年
「砂をかける少々」/(時をかける少女)昭和58(1983)年
心に残るシーン、ストーリー展開、時代背景など
懐かしの名画にはそれぞれ色々な思い出がつまっているけど
もしもそれが猫映画だったら
ガラッと視点が変わって新鮮でおもしろそう
どんな内容なのか、見たくてうずうずしてきました

さて、ここからは
手描きの職人技がひかる映画広告看板です
「㐂びも悲しみも猫一緒」過ぎ来る猫生に綴る感動と涙の抒情詩
”猫和32年(1957年)に猫竹が制作・公開した猫下恵介監督の映画作品です。
1932年、観音崎灯台で、灯台守夫婦に拾われた猫の小十郎。
二人の転勤先の北海道石狩の灯台でメス猫のシロと運命的な出会いをします。
その後も全国各地の灯台を渡り歩く日々の中で、子猫を沢山もうけたり、
子猫をカラスに攫われたり...灯台守と共に健気に生き続けていく猫たちを描く一大叙情詩。”
「君の名は?第二部」嗚呼、マチコよ!よそで呼ばれる君の名は?
”猫和27年(1952年)にラジオで放送され、放送時間になると
銭湯から御婦人がいなくなるという社会現象を引き起こしました。
このラジオドラマを映画化したのがこの映画です。
猫和20年5月24日、東京大空襲の夜に数寄屋橋の上で猫の命を救った猫宮春樹(佐田猫二)
第一部では「まちこ」と名付けた猫(声-岸猫子)と暮らし始めます。「まちこ」が隣の家で
「たま」と呼ばれ、ご飯をもらっていることに気づく動揺と葛藤を描いた第二部。
ひょんなことから、猫と心が入れ替わり、猫の特殊能力で彗星の衝突を予知するも
その体では誰にも伝えることもできず、孤軍奮闘する春樹のとった行動は...
感動の大円団の第三部へと続きます。”
手描きの絵もさることながら
宣伝文句にもグッと心つかまれました
「君の名は?」第二部で猫のマチコが、よその家で「たま」と呼ばれ
ごはんをもらっていた事実が発覚するところから
第三部では惑星衝突という、いきなりスケールの大きなストーリーへ
急展開していく流れ...だれが予想したでしょう、これはぜひとも見なくちゃです