さっぽろ川あるき
澄川排水(小泉川) (4) - 北海道美術ネット別館(承前)前項(3)で予想したとおり、右手の道は、旧河道に沿っているらしい。上の画像で見るとわかるが、左側が小さながけになっている。そこを、かつての澄川排水が流れていた...goo blog なんと10年ぶり(!)のシ…
札幌市豊平区を流れる、中ぐらいの川。 下流は白石区で、直線化された区間を流れた後、豊平川に注ぎます。 同区西岡を南北に貫く水源地通りから右に折れて、川べりを歩きました。 福住1条3丁目の途中から、2丁目と1丁目の境界の地点まで、右岸は歩行者専用道…
(承前) 豊平川が山あいを抜けて大きく左にカーブして、いよいよ札幌の平野に乗り出すあたりから、合流する支流はすべて右岸側からである。それもそのはず、川は北北東を目指して流れるが、地形は北のほうが低い。左岸側からは、分流する流れ(創成川)はあっ…
三里川というのは、札幌市清田区から厚別区にかけて流れる小さな川で、平岡公園をへて北上し、厚別公園のわきを過ぎて、JR函館線と千歳線の分岐するあたりで厚別川に注ぐ。 筆者は川に沿って散歩するのが好きなので、この三里川のほとりも歩いたことがある。…
「河口」展に参加する澁谷俊彦さんの作品を見に行った際、新川の河口附近で撮影した写真がまだあるので、ここで紹介する。 国道337号の「第一新川橋」の少し下流側。 この附近は交通量もほとんどなく、札幌市内であることが信じられないほど、のどか。 平日…
2016年春の「新川の河口に橋があったのか。」という記事で小樽内橋について書いたが、まさか2年後に現地を訪れることができるとは思わなかった。 この橋の由来については、その記事、あるいはサイト「花畔ばんなぐろ・網」、ブログ「第六の絶滅」の該当ペー…
この「さっぽろ川あるき」というのは、アートとあまり関係ない、純粋な趣味のカテゴリーです。 重兵衛沼は、札幌市中央区北3~4条の西26丁目附近にあったとされる沼沢地である。 これまで筆者は、この沼の跡が、北3西26であると信じていた。 下の地図で見る…
二里川は、札幌市東部を流れる厚別川のちいさな支流です。 いちばん下流の、厚別川との合流点に近い橋は、国道12号にかかる「釣橋」という橋で、ジェイアール北海道バスの停留所名にもなっていたので、ご存知のかたもいるでしょう。 吊り橋でもないのに、ふ…
アートとは無関係の話です。 道央道を苫小牧東インターチェンジでおりて、国道36号に出るまでの間、道路の右側にちらちらと見える低地が、以前から気になっていた。 しかし、ハンドルを握りながらでは、注意して観察することができない。 今回、バスに乗って…
東橋あずまばしは、札幌の一大幹線道である国道12号の橋である。 市内随一の川である豊平川に架かる橋としては、一条橋、豊平橋、幌平橋、藻岩橋と並ぶ、歴史のある橋だ。 札幌の中心部から、市内屈指の主要道路である「北1条通」を、東に13丁目まで進み、交…
北海道新聞「どうしんウェブ」から。4月7日アップの記事。 厳密に言うと小樽市内の話なので「さっぽろ川あるき」というカテゴリーには入らないような気がするし、ましてやアートとは全く関係のない話ですが、個人的に興味深いのでアップします。 なお、確か…
飴屋晶貴さんの鉛筆画展「菊乃と佐兵と青沼静馬」がギャラリー犬養(札幌市豊平区豊平3の1)で12月16~21日に開かれています。 この鉛筆画は、かなり精緻なものですが、今回はその紹介ではなくて(飴屋さん、すみません)、会場の一角になぜか貼ってあった、…
この展覧会について紹介するなら、まずは次の3項目について書くのが常道だろう。 1. 谷口顕一郎さんはどんな人か 2. 凹へこみとはどういう概念か 3. 本郷新記念札幌彫刻賞とは何か しかし、順序立てて述べていくのもつまらないので、ここでは、谷口さんが今…
(承前) 前項(3)で予想したとおり、右手の道は、旧河道に沿っているらしい。 上の画像で見るとわかるが、左側が小さながけになっている。 そこを、かつての澄川排水が流れていたようだ。 もっとも、左側(西側)のへこみがはっきり分かるのは、短い区間で、あ…
(承前) 引き続き、北へ向かって歩く。 地下鉄南北線の澄川―南平岸間と、平岸霊園がある高台の間の地区を、かつて流れていた「澄川排水」の跡をたどる小さな旅の続きである。 このあたりは、高層住宅が多い。 ただし、5~8階ぐらいの建物が多く、それほど新し…
(承前) 札幌市南区澄川4の2、4の3附近は、福住桑園通と、澄川駅の裏を斜めに走る道路との三叉路があって、このあたりでも最も交通量の多いところ。澄川排水は、この三叉路の近くを流れていたと考えられる。 三叉路の道路わきに立つ町内交通安全の碑。 大正期…
「澄川排水」とは、1960~70年代初頭の地図に記されている小さい川である。流域の大半は直線化されているが、おそらく元々は自然の河川であると推察される。 国土地理院が1971年に発行した「札幌 1万5千分の1都市機能図」に記載されている最も上流の地点は、…
(承前) ※後半部分に、脱落がありましたので、もう一度アップします。 前項の話を要約すると、「札幌彫刻美術館」から「ギャラリー門馬」まで公共交通機関を使って行こうとすると、 「円山公園駅バスターミナルでバスを乗りかえる」 という手段が一般的だと思…
古い札幌の地図を見ると、札幌市南区の真駒内本町・曙町から豊平川へと北に向かって注ぐ小さい流れが書かれていることがずっと気になっていた。 ごく短い川なのに、多くの地図に記載があるからだ。 (ただし、文献類でこの川に言及したものは、筆者は未見で…
まったくどうでもいい話ですみません。 札幌在住時代はたまに小河川やその痕跡をさぐって散歩していましたが、北見でも先日、やってしまいました。 とはいっても、それが目的の散歩ではなく、歩いていたらたまたま気がついた、という話。 北見は札幌に比べる…
(承前) 引き続き、伊能忠敬の地図を見ながらのマニアックな地名談義になるので、興味のない方は飛ばしてください。 伊能忠敬はもっぱら海岸線を測量したので、内陸については、街道筋や目印になる山以外は空白になっていることが少なくない。とくに北海道…
札幌の中心を南北に貫く創成川。 明治初期、水運のために掘削された人工河川である。 この前身となったのが、大友亀太郎が工事を指揮した大友堀である。 前身とはいうものの、現在のように、茨戸を目がけてほぼまっすぐに北へと流れていたのではなく、途中で…
(長文です) きょう、Twitterで、札幌の暗渠あんきょのことを書いたら、意外に反響があった。 筆者は、暗渠よりも、実際に水が流れている川のほうが、ぜったい楽しいと思うのだが、まあ東京あたりだと、小河川の大半が地下にもぐっているという事情もあるの…
三岸好太郎美術館が建っている知事公館の庭は筆者の好きな場所だ。 土地の高低があり、緑がうっそうと茂っている。 140年前、開拓以前の札幌はこんな感じだったのか-という感じがしてくる。 ここのメム(わき水)から発した水は、北へと流れ、琴似川と合流…
(承前) 河田雅文さんの個展で重要な役割を果たしている琴似川。 決して大きな川ではないけれど、札幌という街の形成にあたって、とても重要な役割を果たしてきていると思う。 もちろん、札幌の母なる河といえば豊平川をおいてないわけだが、有島武郎の「生…
地下鉄の環状通東駅から茶廊法邑へ歩いていく途中で、かならずその前を通るのが大友公園です。 札幌開拓の祖とされる大友亀太郎が、工事を行った「大友堀」は、現在の創成川の起源といわれています。 その大友堀が、伏篭川に注いでいた地点に造成されたのが…
ことし1月に書いた「北3条川」のつづき。 円山球場と、その東側にある駐車場のあいだに、ごらんのような段差があります。 (画像右側が、球場のほう) これは、おそらく北3条川の河岸段丘だと思われます。 先にも書いたとおり、この川は、北1条通りに面した…
西区山の手の「倫土(ろんど)」にはこれまでも何度か訪れていたが、裏手に小川が流れているのを、今回初めて知った。 倫土の1階はちいさな喫茶スペースになっており、そこにテラスもあって、階段をおりて川べりへといけるようになっている。なんだか、ギャ…
「旧円山川、よこちべつ川、そして界川」で 現在、西21丁目通は、裏参道の南側で大きく折れ曲がっているが、この川と関係あるのかどうかもわからない」 と書いたが、これはやはり、このあたりに池があったためのようだ。 札幌市教育委員会編「さっぽろ文庫・…
(承前) 雪の季節ということもあり、しばらくは机上の探索となることを諒承されたい。 上の画像は、札幌市教育委員会編「さっぽろ文庫・別冊 札幌歴史地図<大正編>」という本に載っている「最近札幌市全図」(大正14年)の一部をスキャンしたもの。 前のエン…