でもやっぱり一番伝わってくるのは、彼のアーチストとしての人柄であり、ぬくもりや優しさ、熱量です。この人もまたマルチプレイヤーであり、アルバムの中ですべての楽器を一人で演奏しているのでなおのこと。実に多才な人ですが、1970年代中期以降は専らプロデューサーやアレンジャーとして活動し、パフォーマーとしては残念ながらほぼ退いてしまったようです。それでもほんの数年間、自らの素晴らしい作品を残してくれたことには感謝です。 「Fresh As A Daisy」は、特に完成度の高い2ndアルバムを中心に選曲された編集盤。ちょっとサイケなジャケットがgood。
ザ・バンドは、音楽性も、時代性も、ちょっと非の打ち所がないくらい理想的すぎて、このバンドに対する批判的な意見というのをほとんど聞いたことがない気がします。特に1stアルバムの「Music from Big Pink」と2ndアルバムの「The Band」は誰もが認めざるを得ない名盤といってよいでしょう。 彼らの音楽は、ブルース、フォーク、カントリー、ゴスペル、ラグタイムなどあらゆるアメリカのルーツミュージックに根ざしていることは間違いないですが、決して保守的にも学術的にもならず、革新性やユーモアや娯楽性もしっかり備わっています。 ものすごく完成度の高いアレンジなんだけど、どこか変態的なサウンド。世俗的な歌のはずなのに、高尚さが漂っている。このバンドの計り知れない奥深さを解明するにはおそらくかなり研究が必要と思われます。正直僕はそれほど詳しくはないのですが、全メンバーが色んな楽器をこなせるマルチプレイヤーであること、ロビー・ロバートソンのクリエイターとしての才能、ガース・ハドソンのアカデミックな音楽的教養、長い下積み時代など、こうした情報だけでも、このバンドの多層的な魅力を裏付けています。
そしてこの2ndアルバムは、アメリカという国の歴史、生活様式、カルチャーなどへオマージュが、非常に高次元で展開されているアルバムでもあります(そう、実は彼らのほとんどはカナダ人)。土着的な演奏スタイルに聴こえる音のひとつひとつはまったく無駄のない、巧みなアンサンブルを形成しており、詩の世界は、開拓史以来のアメリカの光と影を叙情的に浮かび上がらせたコンセプチュアルなもの。などと偉そうに書いてますが、もちろん僕も深いところまで理解できているわけではありません。でもこのアルバムの曲の歌詞にちょっと触れただけでも、まるで米国文学の短編集を読んでいるようで、この上ない味わい深さがあります。「Up on Cripple Creek」に描かれた、市井の人々の日常風景なんて、もう本当に最高。
Now there’s one thing in the whole wide world I sure would like to see That’s when that little love of mine Dips her doughnut in my tea
前回のブログが英米混成のフリートウッドマックだったので、もうひとつ英米混成バンドを。1985年に「Walking on Sunshine」というヒット曲を放ったKatrina and the Wavesです。 このバンド、若い世代にはあまり知られてないと思いますし、知っている人でもちょっと一発屋的なイメージがあるのではないでしょうか。ですが、彼らはヒット曲の前後にも実は長いキャリアがあり、結構骨のあるバンドなのです。
イギリス人でギタリスト(およびメインソングライター)のキンバリー・リューと、アメリカ人でボーカリストのカトリーナ・レスカニッチを中心に結成された、このストレートなロックバンドのデビューは、イギリスでもアメリカでもなくカナダででしたが、そこでリリースした2枚のアルバムがそこそこのヒットを記録。これを足がかりに1985年、全米へ進出しました。アメリカでのデビューとなるこの「Katrina and the Waves」は、カナダでの2枚のアルバムから抜粋された楽曲を再録音したもので、さながら初期のベストといってもよい内容です。全曲シングルカットしてもおかしくないくらい佳作揃いで、僕も当時愛聴していました。
3コードを基本としたシンプルなスタイルで、他愛のないことを歌うだけのバンドのようにも聴こえますが、よく見るとちょっとひねくれていて、エッジの効いたギターの音色といい、意外と無骨なところも感じます。それは大ヒット曲「Walking on Sunshine」のPVにも表れていて、Walking on Sunshineと歌いながら、どんより曇った、すごく寒そうな鬱々とした冬空のロケ。でも何故かカトリーナ一人だけは半袖で元気いっぱい。オレたち単なる能天気なロックンロールバンドなんかじゃないぜ、と言っているようです。こういうセンス、好きです。
そしてもう一曲。このアルバムで僕が特にお気に入りなのは、「Going down to Liverpool」という曲。
Hey now, where you going with that load of nothing in your hand? Hey now, where you going with that UB40 in your hand? I said, hey now Through this green and pleasant land I'm going down to Liverpool to do nothing All the days of my life
And if, you don't love me now You will never love me again I can still hear you saying You would never break the chain いま私を愛してないのなら 再び愛することは決してない それでもまだあなたの声が聞こえる その鎖を断ち切ることはないと 「The Chain」
前回のブログ(「More Than a New Discovery」Laura Nyro - ひどく風の匂い)の続きです。ローラ・ニーロのファーストアルバムの静謐さが好きという話をしましたが、そのレコーディングではプロデューサーの指示で自由にピアノを弾かせてもらえないなど、彼女としては不満の残る録音だったようです。それが2枚目のアルバム「Eli and the Thirteenth Confession」では一転、アッパーな曲が並び、いよいよローラの本領発揮という雰囲気の作品となりました。僕にとっては、1枚目が深く心に染みるアルバムだとすれば、2枚目は衝撃的なアルバムという感じです。
彼女はその後2枚のアルバムを発表したあと、全曲自身のルーツであるR&Bのカバーで埋められた「Gonna Take a Miracle」というアルバムをリリースします。ブラックミュージックへのリスペクトをたっぷり含んだグルーヴと、ファーストアルバムの静謐さが、ここでは共存しています。ローラの澄んだ歌声が当時のフィラデルフィア・ソウルの意匠をまとい、息を呑むほどの透明感と美しさに結晶したといえるでしょう。カバー集でありながら彼女の個性がいかんなく発揮された、もうひとつの名作です。