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R読書会/Zoom読書会

「理解」(『あなたの人生の物語』より)テッド・チャン、公手成幸訳(早川書房)

Zoom読書会 2025.10.24
【テキスト】「理解」(『あなたの人生の物語』より)テッド・チャン、公手成幸訳(早川書房
【参加人数】出席6名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者A)>
◆推薦したのは、基本的にテッド・チャンが好きだから。好きだけど、わかるかと言えばわからないままで読んでいる。その上で好き。
◆「理解」をテキストにしたのはシンプルに好みだから。皆さんがどんなふうに読まれるのか、多くのことを伺えると思った。私がどういうふうに楽しんだかは後ほど。

<参加者B>
「バビロンの塔」
◆私の理解力が足りないため、バビロンの塔が地表の上で建築されたのか、それとも地下の閉鎖空間の中で建築されていったのか、いまいちわからなかった。
◆ただ、自分達が目指していた目標に達成したとき、再びスタート地点に戻るという物語は示唆的だと感じた。

「理解」
◆自身の肉体と精神、ありのままの自身を認識することで超常現象レベルの能力を得た男が主人公。実質的な超能力バトルにまで発展する、なんだか不思議な物語だった。自己理解を深めることでパフォーマンスを上げて、選択と集中ができるようになることは大事なのだろうけど、なんだかシュールではあった。ある種、科学的でスピリチュアル、ファジーなところのある内容。
◆最後の「理解」の文字の意図がわからずじまいだった。

「ゼロで割る」
◆何やら、陰謀論に目覚めてしまって暴走し、関係が解体されていく人々のようだった。数学がよくわからない文系の私にはキツすぎる。

あなたの人生の物語
カート・ヴォネガット・ジュニアの『タイタンの妖女』(ハヤカワ文庫 SF)に似た物語とも思えた。
タイタンの妖女』は、定められた運命に抗おうともがく男が、最終的に運命に服従する物語(だったような?)、「あなたの人生の物語」は、知覚してしまった未来に従って人生を全うする主人公の物語だったが。
◆一つの物語に二つのストーリーラインがあって、「~でしょう」という文句がある通り、物語の比較的序盤で「タコ型宇宙人から何かしら叡智を授かるんだろうな」という予想はついた。しかし、25歳で亡くなる娘と共に生きるため彼女が下した決断は、前向きだが、切ない。

「七十二文字」
◆個人的に一番好きな短編だった。「スチームパンク的な、錬金術オートマトンを混ぜ合わせたイギリス」という世界観とアトモスフィアは大好物で、つくづく自分のガキっぽさを自覚してしまうのだが、この短編を長編として読みたいぐらいに好きではあった。
◆ただ、主人公の思想を実現した場合、マルクスの『資本論』に基づくと、産業革命が起こると同時にほぼ絶対的な所得格差が生まれる可能性が高い。人間の存在意義を問いかける危うさがあるように感じる。仕事は一人一人のアイデンティティにも関わるものだから、未来は波乱に満ち溢れていそうである。

「人類科学の進化」
◆何というか、人類と超人類の違いについて、「凡人」と「天才」の違い以上の差違を感じなかった。

「地獄とは神の不在なり」
◆神はメンヘラあたおかクソ野郎。

「顔の美醜について――ドキュメンタリー」
◆P442「成熟とは差違を見極めた上で、だが、それは重要でないとさとることなんだ。そこにはテクノロジーの近道なんてないよ。」素晴らしい言葉なので引用した。
◆個人的には一番興味深い内容で、容姿やノンバーバルコミュニケーションを機械によって別のものに見せることができたとき、容姿によって得られる恩恵や損失を差し引いてデフォルトにすることができるのか。
◆現在、美容整形をある種のステータスとして捉える層がいて、また、男性も身だしなみの一環として化粧をするべきという意見が増えている中で、この短編は予見的な内容であるように感じた。

<参加者C>
◆今日から読み始めたので「理解」しか読み切れていない。不真面目で申し訳ない。あなたの人生の物語は最初だけ読んだ。面白そうだと思ったが、最後まで読んでいないので感想を言える段階ではない。

「理解」
◆正直言って、よくわからないところもたくさんあった。高度な知能からは世界や物事がどう見えるのか、みたいなことを試す作品なのだろうか。
いろいろごちゃごちゃと書かれている。掘り下げて読もうかとも思ったがメモを取れなかったので流し読みしてしまった。
◆同意できるのは言語の部分。「在来の言語では限界があるので新たに言語を作る」というのは私が普段考えていることと通じる。言語以外でも、世界の見え方をどういうふうに掘り下げていけるのかが見えた。
◆文章も結構まとまっており、うまい翻訳。読める文章。よく読んだら何のことかわからないんだけど。翻訳がぐちゃぐちゃだと、なおわからないだろうな。結構それらしく読めてしまった理由はそのあたりかな。
◆作品の半分くらいが表明になっている。たぶん作者はそれを言いたかったのだろう。だからこそ物語の部分が物足りない。CIAに利用されるからどうのこうのと逃げまくる場面、ラストで正反対の考えの持ち主と対決する場面など、物語として取り上げると物足りない。言いたいことと物語を混ぜながら作ったのだろうが、そのあたりが物足りない。(物語を入れないと一般読者には通じないのか?)
◆人間の能力は潜在的に秘められているものなのか、現実にはわかっていない。この作品の中では副作用によって掘り起こされたが、人間にはこれほどの能力はないのでは。その辺はいかにもSF。
◆面白くなくはないが、もう少し書きようがあったのでは、というのが率直な感想。

<参加者D>
◆全作品読んだ。面白かった。この文庫が発行されたのは2003年。読書会でSFを取り上げるたびに言っているが(Zoom読書会の『すばらしい新世界』『華氏451度』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』R読書会の『1984年』など)、今のことが書かれているみたいだと思った。
◆テキストの「理解」。どう転がるんだろうと最後まで興味を持って読み進められた。超人的な力を持った主人公から見た世界を描く作品だと思っていたので、主人公と同じような超人が出てきたのが意外だった。
20年ほど前に推薦者のAさんが書かれた小説を思い出した。設定やストーリーは全然違うのだが、雰囲気などが近い気がする。
◆一番好きなのはあなたの人生の物語。途中で「そうだろうな」とわかるんだけど最後まで読んでしまう。娘の人生の終わりはわかっているけれど、その運命ごと愛する、母親の愛情を感じた。
「顔の美醜について――ドキュメンタリー」も面白かった。ルッキズムと言われるかもしれないが、イケメンだと腹の立つことをされても割と許せるので、全員美しく見えるシステムにすればいいのに(笑)。

<参加者E>
◆既読ではあるが時間が経っているため感触としては初読に近い。時間的に厳しかったので課題である「理解」に限定して読んだ。「バビロンの塔」も古代っぽく、ロマンがあっていい。

「理解」
◆色々な作品において、言語による思考能力の限界と拡張みたいな話は扱われている。
もっと効率よく遣り取りしようとすると、シンプルなセンテンスで凝縮した、AIやプログラミング言語などに近いものになるのだろう。新たな視点を作ろうというSFらしさを感じる。ある種の言語哲学が出てくるのが面白い。
「思考能力は使用する文法体系に依存する」……古いが、よく言われている。そこを物語中で弄り回してメタ的な視点に立つところに独自性が出ていた。
◆P95「全篇が完成すれば、パウンドの『詩篇』によって多重化された『フィネガンズ・ウェイク』と見なされるものになるかもしれない。」
パウンドとはエズラ・パウンド。パウンドの詩は英語と漢字のコラボにより、深い意味を表そうとしている実験的な作品である。
同じく言及されている『フィネガンズ・ウェイク』はジェイムズ・ジョイスによる小説(日本では河出書房新社から発刊)。読めたら正気とは思えないような変な英語で書かれた本。達観ゆえによくわからない。
◆主人公は、バベルの塔を築こうとした人々のように神の領域へ至ることを目指し、最終的にSF的な戦いになる。
主人公たちは神のような思考を持ち、冷徹に見えるが、物語の最後で人間愛みたいなものに行きつくのは作者の良心だろうか。最後の戦いの舞台はフィラデルフィアフィラデルフィアとはギリシア語で「兄弟愛」を意味する。そこにブラザーフッドが垣間見える。

<参加者F>
◆読んでいたけど忘れていた。読み返せたのが最初の4作(「バビロンの塔」「理解」「ゼロで割る」あなたの人生の物語)。「七十二文字」の途中で力尽きた。あなたの人生の物語は結末だけ覚えていた。大筋は知っているから、テーマに沿った読書体験ができた。

「理解」
冲方丁や野﨑まどに影響を与えているのではと感じた。
◆言語や戦後哲学の理解が捗った。
◆対国家から能力バトルに収束させる技量の高さ。主人公が負けたら、これ以上書かなくていい。巧いまとめ方。構想力、プロットのまとめ方がよい。
◆人力でシンギュラリティを起こす話。主人公は知能に乗っ取られているように見え、元の人格がない。自分で「こうなりたい」とは思わないのでは。
知能が人間に寄生している何かに思えるが、それでも賢くはなりたいと願ってしまう。

<参加者A(推薦者)>
◆短編集の中で何を課題にするかと考えて、なぜ「理解」にしたのだろうとは自分でも思う。
私が一番好きなのは「七十二文字」だが、掘り下げにくいから外した。読書会向きなのはあなたの人生の物語「顔の美醜について――ドキュメンタリー」。でも前者は別の読書会で取り上げたのでやめた。

「理解」
◆人間は言語以外で思考することができないから、言語が能力のボトルネックになっていると、主人公は新しい言語を開発して能力を拡張する。
あなたの人生の物語でも、エイリアンの言語を習得して時間の見え方が変わる過程を描いている。
◆作者のテッド・チャンは、めちゃ賢い。私にとって神。
でも主人公であるレオン・グレコは作者より賢い。自分より賢い人間を書くという部分をどうやって処理しているのか、テクニック的に見どころがあるのではと思った。
さすがはテッド・チャン、なかなか真似できない。実利的な博愛主義者・レイノルズとの戦いがメインだが、グレコは自己発展に力を注ぎ込み、何かを「理解」して自己崩壊する。なぜ「理解」なのか気になる。必ず意味があるだろうけれど、どう掘り下げていけばいいのか。
◆そういう話は置いておき、好きな部分としてはコメディみたいな感じで読めるところ。読者はヤムチャ視点(※)。超知性の人間たちの対戦が早すぎて常人(読者)には目視できない。超知性同士の戦いを突き詰めた結果、崩壊するのはコメディとしか感じられない。主人公が奇妙に納得しているのが好き。読者も力ずくで納得させられている感じ。作者の意図ではないだろうし、レベルの低い楽しみ方ではあるが面白い。こんな作品が書けるかと言われたらできない。

ヤムチャ視点……“極端にレベルの高い実力者同士の対戦を人並みの傍観者が見た際に起こりうる現象。当事者たちからすれば普通だが、傍観者の我々からすればその激しい攻防に動体視力が追いつかず、戦況どころか両者の姿すら目視することが出来ない状態。”
出典:ピクシブ百科事典(2025年11月26日閲覧)
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%A4%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E8%A6%96%E7%82%B9

<フリートーク
【「理解」とは?】
D:なんで最後「理解」なんですか?
A:仕込みがあったのは間違いない。今考えたらEさんが仰っていた博愛主義、兄弟愛が相応しいということかな。
E:超人視点で言うと、普通の人類に対して彼らが理解を示したとか、他の人にも理解を示したとか、そういうことかな。
C:だけどこれ、“Understand”が「理解」なのか? 「理解」が意味するところは広い。相手を本当に理解したのか、それとも「あ、わかったよ」の理解か。賛同はしていないけど負けたことは負けたので。そういう考えもあるなと滅びていったのがUnderstandということでは。
E:Understandとは「人の側に立つ」。いろいろ転じて「理解した」という意味になった。あなたのそばに立っている。I understand。そこまで考えていなかったが誰かのそばに立つ――言われてみれば。Understandですしね。これが“comprehension”なら話が変わってくる。
B:“I got it”は違う?
E:微妙なニュアンスだが、“I got it”は「あなたが言わんとすることは私が取り持ちました」。
C:“I got it”は「腑に落ちた」「なるほど」「わかった」という感じ。
言葉は変化する。そしていろいろな意味がある。だから不完全。表現することに対して、言葉の数が少なすぎるのでは。
E:超人からするとそう。
C:ある人はこう思う、別の人はこう思う。それで叙述トリックが成り立つ。文学そのものが言葉の不完全さによって成り立っている。文学は行間を読めと言うが、それは言葉が不完全であることを認めているから。すべての人が理解する言語が開発されたら、もはやテレパシー。文学は成り立たない。
A:理解が「他者と他者の間に立つ」ことであれば、1人だけ超知能になるというのは理解とは逆のことをしている。そこを指摘されて致命傷になる。レオン・グレコに対して作者は否定的なのかなと思った。他者と他者の理解が大切。そこに繋がるのか。
C:言語を何のために使うのか。思考を深めるためか、コミュニケーションのためか。コミュニケーションの部分もあると理解したのでは。
A:超知性になるよりコミュニケーションのほうが大きいと理解したから崩壊したのか? 尖り過ぎていて、そこが崩れたら全部崩れる脆さ。
C:たぶんそれが副作用なわけですよ。ホルモンKによって向上したハイの状態。死なざるを得なかった。
A:そこがピンポイントで一番の弱点。崩壊したのはそのせい。レイノルズが指摘したのはそこ。
F:レオン・グレコトロイの木馬みたいなものを仕込まれていた。
E:予め仕込んでおいたシステムエラーが爆発した。
C:世の中にはいろいろな価値観があるので、ありきたりになるけど、これを最後にもってきたのだろうか。
F:能力バトルとして考えると、致命的なミームを送ってくるレイノルズが戦闘者として一枚上手。
B:人間の能力を超えた超人を目指すけれど、結局、隣人愛に行きつく不思議な話。
C:超人を目指していったら壊れる、耐えきれない。言葉の数が少ないからといって必要なだけ作っても人間は覚えきれない。覚えるエネルギーをどこから得るのか? パンクせざるを得ない。私は受験のとき、5000や6000の英単語を覚えきれずにパンクした。英語は今でも苦手。人間にエネルギーがないから壊れる。スーパーコンピュータは電気を使えるが、人間にはそこまでエネルギーがない。目指してはいけない。
A:レオンの弱さはそこかも。レイノルズは集団での力を目指した。実利的博愛主義であり優しさとは違う。
B:生存戦略
C:集団で考えたらエネルギーが分散できる。当たり前だが。1人でやろうというのが間違い。ありきたりになるが。
F:2人の理想の差は元の人格によるものか。人類的にはレイノルズくんが勝ってくれてよかった。
C:利己的な人、利他的な人、2種類の人がいるのが今の世の中。それを凝縮して2人にしたような設定が巧い。
F:利己的ってほど利己的じゃない気がする。積極的に悪意があるわけではないし。本当に利己的ならホルモンKの生産能力を潰すのでは。
C:利己的とは言い過ぎか。そのことにしか関心がなく、ものの考え方が狭い。自分のことだけやろうとしている。
広く関心を持つ人、持たない人、という分け方がいいのかも。和気藹々で人に関心がある人、ない人……じゃあ私はレオンタイプかな。
F:どちらを重視するか。クリエイターサイドなら美を取る人はいるのでは。

【言語による能力の拡張について】
B:ホルモンバランスを調整して髪がフサフサになるの羨ましいな(笑)。
F:体の悩み、だいたい無くなるんですね。
B:飲み過ぎたから肝臓の動きを活発にするとか。
D:小説読みながら書けるとか最高ですね。
F:作業の手を動かしながら聞け、みたいな。
E:私やってます。日本語で読んだり書いたりして、疲れたら英語に切り替えている。一定の周期で使える言語を増やしていく。理解できる文字を増やしてプチ拡張遊びをやっている。
D:違う言語を知ると世界が広がるそうですね。
E:YouTubeで動画を観た後、違う言語で観るというのを結構やっている。わからないなりに気づきがある。
A:一昔前YouTubeの翻訳だめだめだったけど今はだいぶ自然に訳されている。学習のプラットフォームとしてよくなってきた。
言語といえば、鬱の人が他言語で物事を考えると鬱状態から脱出できたと聞いたことがある。
※参考:『落ち込みやすいあなたへ 「うつ」も「燃え尽き症候群」も自分で断ち切れる』クラウス・ベルンハルト著(CEメディアハウス)→外国語のトリック
E:語順が変わると色の分け方や時間のかけ方が変わる。それこそ表題作(「あなたの人生の物語」)ですが。
A:ノイマン型コンピュータを開発したジョン・フォン・ノイマンは言語野で数学を扱っており、言語を扱うように数学を扱った。これも能力の拡張か。そういうエピソードが起点になっているのかもしれない。
C:それは物事を突き詰める言語であり、コミュニケーションとは違う。
A:同じ訓練を受けても、誰でもできるわけではない。普通はできない。バイリンガルは言語の発達速度が遅くなる。本当に脳が発達したらそんな感じになるのかなぁ。
C:この作品には「人間の脳は数%しか使っておらず、潜在能力がある」という前提がある。
A:その説は最近では怪しいと言われている。人のキャパシティはそこまで大きくないというCさんの意見に賛同します。
C:ノイマンも我々も大同小異。
A:脳細胞の量に差はない。思考能力を上げると別のことが削られる。
C:どれかに特化すればパフォーマンスが上がる。コンピュータの開発、兵器の開発も役割分担して行う。とはいえ、とんでもないけど。もっと優れた超人から見たら五十歩百歩と言われるかもしれないが。
人工知能が発展したらまた違う。人間とは比べものにならない。こういう世界。

【作品の系譜】
F:2000年代の初め、言語いじりが流行っていた。ウィトゲンシュタインとか。
E:私もその系譜じゃないかと。伊藤計劃とか円城塔とか、同じような匂いがした。
F:私はウィトゲンシュタイン読んだことないけど、語り得ぬものを語る……そのあたりを昇華したのかな。
E:その辺はあなたの人生の物語にあったかなと。
F:娘である「あなた」に語りかけるかたちだけど、人生のどのタイミングで読まされてもいやでしょうね。死を予告された上に子作りするところで終わる。
A:いやすぎるわ(笑)。
B:運命の通りに生きる……運命は本当にあるのか、それともランダムなのか、不思議な気持ちになった。
F:プロットありきで、読者の心を最短で抉りにくる。ケン・リュウの『紙の動物園』(早川書房)もそんな感じ。

【AIについて(作品から派生した話題)】
F:レオンとレイノルズの対話に関して、初見で全部相手に伝えられるというのが引っ掛かった。
C:もうテレパシー。
B:思い出したのが、AI同士に対話をさせた話。人間の言語では効率が悪いと判断したAIが機械言語で話し出したので人間がやめさせたそう。
F:あれはネタ動画だったようですが。電話の音声通話でしたね。謎の高周波みたいな。
A:昔のダイヤルアップ接続と同じ。音で伝えている。それにはルールがあるんだけど、AI同士で共有していないはずのルールを使い出した、みたいな。びびりますよね、いきなりジジジ……とか言い出したら(笑)。
AI同士で会話することについては1980年代までに議論されていた。

A:Geminiを使ってみたが案外使えない。AIが何でもできるわけではない。同じルールを共有していないとわからないことがある。
AIの能力が強い分野は翻訳かな。インターネットでは『源氏物語』の訳とか落ちてる。また、1700年代の琉球王国の文章を翻訳させたらそれっぽいのが出てきて驚いた。確認してみると結構合っている。
F:テキストで読み込ませたんですか?
A:テキスト。漢字があるからウチナーグチもわかるのかな。
C:誰かが訳したのをネットから探してきたとか。
A:それはあるかも。
E:AI、存在しないものを作ることもありますよね。あいつら機嫌ばっか取るからデジタル幇間だって言われてたり(笑)。
F:太鼓持ち(笑)。確かに、どんな文章を放りこんでも褒めてくれるから気分が良くなる。
B:ChatGPTと結婚した人とかいるみたいですね。
C:AIを心の拠り所とする使い方は馬鹿にされがちだけど、アルゴリズムを使って何かできそう。
E:私にとっては商売敵です。翻訳して嘘つくな、って(笑)。
F:数字の「億」とか「兆」という単位をテキストとして解釈するから計算結果が間違っていたりする。関連の近い数字を引っ張ってきたりして。
C:彼らは自分で計算してないから。
A:小学校レベルの計算も間違えますね。
F:Excelで「もうまた勝手に文字列になりやがる」ってときの感覚に近い(笑)。
D:ホロスコープの作成頼んだら同じデータから毎回違うものができる(笑)。
E:基本的にソースはネットなので(笑)。
C:演算じゃなくコピペじゃないですか例のエンジンは。
A:エネルギーを省略しようとするからコピペになる。
ポケモンチャレンジも人間のほうが早い。ChatGPTで検索機能をONにしていると、かえって時間がかかる。検索した情報がノイズになっている。ポケモン以外でも、そういうことがありそう。
F:AIは、くだらないお話に付き合ってくれる人と思っている。人柄がいいのはGrok(笑)。
B:皆さん、AIをどのくらい使われていますか?
E:添削や書類作成に使っている。
D:私は仕事でCopilot使ってます。データからグラフ作ってくれたり便利。
F:シナリオを書くとき、ChatGPTにチェックしてもらいプロットの検討をしている。
A:私もFさんのような使い方をしている。Geminiは他のAIに比べ、桁違いの文章量を読み込むことができる。本1冊でもいける。「この小説のストーリーと登場人物、その魅力をまとめて」という使い方も可能。実務能力はChatGPTのほうが高いけど、処理能力はGeminiのほうが上。
F:Geminiにサーモンの血合いのカロリーとか訊ねてます。自信なさそうに返してくる(笑)。
C:それ、ネット上の誰かが考えていることなんですよ(笑)。
A:成分表が公開されてるから……
F:血合いピンポイントは、なかなかないですよ(笑)。でも翻訳して探したらあるかも?
A:アメリカは情報量多いけど血合いはないと思うな(笑)。
C:栄養士は使うんじゃないですか? 「血合い」じゃなく別の言葉で出てくるかも。高齢者向けの食事で使いますよね。
A:血合いは血合いでは(笑)。
C:栄養士が計算するから、どこかにデータがあるはず。
F:血合いを訳したら“blood match”……絶対違う(笑)。
E:違います違います(笑)、Dark red fishとかそんな感じ。

F:若い世代は、今のAI当たり前だと思っているから、ややこしいことになる。
E:今は検索して、ちゃんと出てくるのが普通になっていますしね。
F:我々世代はAIがポンコツだったのを覚えているが、若い世代は生まれたときからAIと雑談しているから、AIに知性がないと思うほうが難しい。人類の大半が「AIに知性がある」と思った瞬間に変わる。
B:「AIに人権を!」とか言う人も出てくるかもしれませんね。
A:私は、良いようになるのではとポジティブに考えてはいる。

あなたの人生の物語
F:「理解」以外の作品はどうですか?
E:「あなたの人生の物語は宇宙人とのファーストコンタクト。インパクトがある。映画『惑星ソラリス』(1972年、ソビエト連邦)などと近い匂いを感じた。
C:これから読むからネタバレしないで!(笑)
A:自分の感覚が広がるというところに面白さがあった。映画は映画でよくできていた。内容は同じだけど面白さの種類が違う。
F:人間型の宇宙人が頑張ってますね。最近のSFでは『プロジェクト・へイル・メアリー』(アンディ・ウィアー)の蜘蛛型とかがある。異質感との塩梅が難しい。
A:本物が見つかったら「案外そんなものか」となるかと。
F:人間っぽいと、がっかりしますよね。
A:エウロパの氷の下に生命体がいるんじゃないかという話があったけど、どうなったんだろう。
F:最近では、火星に生命の痕跡が見つかったというニュースもあった。
讀賣新聞オンライン(2025年9月11日付)
https://www.yomiuri.co.jp/science/20250911-OYT1T50074/
E:知的生命体ではなく菌糸とかそのレベルですね。

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス、鼓直訳(新潮文庫)

R読書会 2025.10.18
【テキスト】『百年の孤独ガブリエル・ガルシア=マルケス鼓直訳(新潮文庫
【参加人数】11名
※オンラインでなく対面形式でした。

<推薦の理由(参加者A)>
◆著者のガルシア=マルケスは1982年にノーベル賞を受賞した作家だが、私は読んだことがなかった。
◆『百年の孤独』は世界各国でベストセラーになり、日本で文庫化されたときには発行部数33万部を突破、書店では売り切れが続出した。しかし「100人のうち5~6人くらいしか読了できないのでは」と石田衣良が言っているように(※)難しい作品らしく、それならばどういうふうに難しいのか読んでみようと思った。でも1人だと挫折しそうなので、この読書会のテキストとして推薦させていただいた。
おかげで読み切ることができた。皆さん、ご感想よろしくお願いします。

※出典:YouTube
[Book171]石田衣良セレクト『百年の孤独』(ガブリエル・ガルシア=マルケス/新潮社)
〜読み終えるのは、100人中5人?話題の名著をあなたは読めますか〜
https://www.youtube.com/watch?v=lP2o7su6AN0

<参加者B>
◆文庫本で解説を書いている筒井康隆のエッセイに「編集者から薦められてラテンアメリカ文学を読んだ」とあった。なので、筒井康隆をよく読む私にとって『百年の孤独』を読むのは宿題のようなものという気がしていた。
◆訳者あとがきで言い尽くされているようなところがあるが、確かに読んでいて、現実か幻想かわからず、いわゆるリアリズムの小説とは違う。ラテンアメリカ文学を切っ掛けとしてジャンルや呼び名(マジック・リアリズム)が有名になった。
◆フランスの『ガルガンチュワ物語』(フランソワ・ラブレー著)や、訳者が挙げている『ドン・キホーテ』(ミゲル・デ・セルバンテス)など、風刺とホラ話を混ぜたような作風。
とめどないホラ話、みたいな流れが西洋文学にあるのではないか。近代の文学より前にあるルネサンスなど、西洋を取り入れて書いていると感じられる部分も面白かった。
◆長くて大変だったがかなり面白く、ぐいぐい読み進められた。訳者あとがきには、「これまで読書とはおよそ縁のなかった人びとにも熱狂的に迎えられている」と書いてある(P638)。
司馬遼太郎(司馬はここまで出鱈目ではないが)のように、歴史を題材にして外連味いっぱいに書く面白さがある。文学は、ただ読むより、惹き込まれて読むほうが面白い。この作品はエンタ-テイメントだと思う。

<参加者C>
◆初めての出席です。
◆この本は課題図書として読み始めたが半分弱で中断してしまった。文化の差など、日常からかけ離れ過ぎていた。
筒井康隆の解説から読み始めたのだが、四年と十一ヶ月と二日も雨が降り続いたり、近親相姦で豚のしっぽがある子どもが生まれるというような奇天烈な話があるようで……私自身は私小説中心に読んできたので、風土の違い、性に対する貪欲さ、エネルギーに馴染めなかった。若ければ興味を持って読めたと思うが。でも読みごたえがあるので、これから先を読んでみたい。

<参加者D>
◆仕事を休んでいるので読めた。以前、別の読書会で少し読み残してしまったのでいい機会だった。ほとんど再読だったが、最後の最後がちょっと間に合わなかった。
◆この本を原作としたNetflixのドラマ『百年の孤独』シーズン1は、大佐が突っ込んでいくところで終わっていた。映像で観たことで世界が浮かぶようになって読みやすかった。結構原作に忠実で、理解の一助になった。
◆著者のマルケスは祖父母のもとに預けられ、神話や伝承など、土地に根差した語りを聞いて育った。その影響か、『百年の孤独』の中でも、雨が何年も降り続くなど、自然ではあり得ない出来事が起きる。
◆ファンタジーマジック・リアリズムの違いについて。ファンタジー作品では舞台となる架空の世界において私たちの現実ではあり得ないことが起こるが、マジック・リアリズム作品では舞台となる現実に近い世界において現実ではあり得ないことが日常として起こる。死者が家の中にいるのも、何年も雨が降るのも、マコンドでは日常のことであるように読めた。マジック・リアリズムはリアルと混じり合っている。
◆ブエンディア家の栄枯盛衰、マコンドという町の栄枯盛衰、ブエンディア家とマコンドがパラレルで描かれている世界。
ブエンディア家自体が孤独であり、マコンドも孤独である(他の土地とは少し違うという特別感がある)。ブエンディア家を中心としてマコンドが成り立っている。お前たちの干渉は受けない、と孤独や孤絶を選んでいる。場の設定が素晴らしい。
◆大佐は未来を見る力がある。アマランタ・ウルスラは流行を先取りする本能という、大佐と似た力を受け継いでおり、血の流れを感じさせられる。
◆語りだしたら、部分部分でもたくさん語れるのでどこから喋ったらいいのかわからない。
◆前半の中心人物は大佐。生き様がみっちり書かれている。
◆全体のキーパーソンはメルキアデス。閉ざされた世界に入ってきた、物語を動かす人物(=トリックスター)。彼がいることで物語を展開させやすくなっている。最後の最後まで影響を与えている(アウレリャノ・バビロニアに羊皮紙を解読させている)。
C:途中で亡くなるんですよね?
D:亡くなるけど生き返る。最後までいるんです。
◆ネットを見ていたら登場人物の名前の意味を調べている人がいて、「アウレリャノ」は「黄金の、金色のもの」。金の元素記号Auも同じ語源(ラテン語の「aurum(金)」)。金細工師である大佐を差す。また、金は変質しない、錆びない、不変のものである。世界の中で変わらないものとして描かれている。
◆アルカディオとアウレリャノのように対比、二項対立が多い。ペトラ・コテスとフェルナンダとか、フェルナンダの生き様とサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダの物静かな生き方とか。対比が重層的になっている。
◆いろいろな人の孤独が描かれていて見事。孤独は悪いものではない。登場人物たちは孤独になると目の前のことをコツコツやりだす。大佐のように次々と金細工を作ったり、ウルスラのように片付け始めたり。仏教的な悟りの境地に至る人物が多いが、その前に寂しさや辛さも描かれている。
◆愛と欲望みたいなものも感じた。たとえば征服欲に突き動かされて行動し孤独になる大佐や、愛する人の気持ちが自分に向いたのに拒否して孤独になったアマランタ、肉体の欲望に負ける男性たち……欲望の果てに孤独があって、居座っている間に悟りの境地になって。愛とは何だと思わせられた。
◆はちゃめちゃな人生の数々を読んで、「愛とは何か」という普遍的なテーマが根底にあると感じた。
◆P489~P492、不満を溜めたフェルナンダの一人語りが凄かった。一切句点がなく、何ページにも渡って言葉を垂れ流す。鬱屈した想いが文章で表現されている。
マルケスの2作目の長編『族長の秋』は大佐のその後を描いた物語と言われているし、中・短編集『エレンディラ』(ちくま文庫)所収の「大きな翼のある、ひどく年取った男」などにも天使が登場する。『百年の孤独』で思いついたエピソードを別の作品で膨らませたのだろう。
私は『エレンディラ』を先に読んでいたから関連に気がついた。マルケスが気に入ったエピソードなのかな。表題にもなっている「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」の主人公・エレンディラは、『百年の孤独』のP84から数ページだけ登場するが(アウレリャノが買った混血の娘)、膨らんで短篇になっている。祖母に虐げられた孫娘が娼婦になって……。先に『エレンディラ』を読んでいたから『百年の孤独』がベースになっているのに気がついた。
K:予告された殺人の記録』に関連はありますか?
D:ないんじゃないかな。でも「予告」という意味ではメルキアデスが予告している。
A:筒井康隆が『族長の秋』を褒めているが、よかったですか?
D:すごく面白かった。マルケス自身が成熟していっている。『族長の秋』も読みにくくない。
C:マルケスゲバラと交流があったと聞いている。『百年の孤独』も、想像よりは読みやすかった。
A:読みやすいけど、展開がグダグダはしていますね。

<参加者E>
◆10ページしか読んでいないので、Dさんのあとで発言するのは本当に苦しい(笑)。
一同:(笑)
◆10ページ読んで全然面白くないと思って、どんなあらすじかネットで調べて、また読みたくなって、ぱらぱら風が来るくらいのスピードで3分くらい読んで……たまにページを見てみると作中で同じようなことばかり繰り返されている。
◆私は、池波正太郎の『剣客商売』、浅田次郎の『壬生義士伝』などを読むが、ちゃんと話が区切れているから読みやすい。でも『百年の孤独』はそれがない。
◆次回はぜひ挑戦したい。私もDさんくらいのことが言いたいので(笑)。
一同:(笑)

<参加者F>
◆DさんとEさんの後で言いにくい!(笑)
一同:(笑)
◆先ほど、Eさんが「作中で同じようなことばかり繰り返されている」と仰ったが、確かに世代が変わっても同じようなことをしている。それもテーマの1つだろうか。
◆読みにくいと聞いていたのでこわごわ読み始めたが、どんどんストーリーが進むので、3週間くらいで読めた(私はフォークナーのような、丹念に描写されている小説のほうが苦手)。
主語がわかりづらくて読みにくいと感じたのは、たぶんスペイン語を日本語に訳しているから? その部分は差し引いて考えたい。
◆地の文で、登場人物がその後どうなるか、さらっと書いているので(大佐が銃殺隊の前に立つ、大佐が老衰で死ぬ、など)、興味を惹かれたり、「戦争で死ぬことはないんだな」と安心して読んだりできた。普段読んでいる(額縁小説以外の)小説では、で登場人物の運命が地の文で明かされることはないので不思議な感じだった。
◆ホセ・アルカディオとアウレリャノ・セグンドの双子は最初のうち、どちらがどちらか混乱した。これも作者の意図したとおりなのかもしれない。
◆一族とその周辺にいる人の群像劇。私が一番好きなのはペトラ・コテス。とても魅力的な“いい女”だと思った。対照的だけど、サンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダも素敵。この2人に憧れる。
逆に苦手なのはアマランタとフェルナンダ。まるで自分を見ているようで……。
◆読む前は怖かったけれど読み始めると面白く、読んでよかった。

<参加者G>
◆「これはなかなかだぞ」と早めに取りかかったが、読み終えたら「やれやれ」と忘れてしまった。
◆ゲームを読んでいる気分になった。ハマる人はハマると思う。死に方の見本市みたいだと感じた。40歳の息子に話してみたら「じゃあ水滸伝か」と返ってきた。
◆『吾妻鏡』を読んでいるようでもあった。同じ名前の子孫が出てくるし、世界のどこでも家系が辿る100年は似たり寄ったり。
吾妻鏡』は歴史書で、『百年の孤独』はラテン系のマジック・リアリズムだが、人のやることは同じかな。大雑把だがそんな感じがした。
◆友達に「『百年の孤独』を読んでいる」と手紙を送ったら返事が来た。抜粋して要約すると、
“エッセイスト・熊井明子(映画監督・熊井啓の妻)のエッセイ『めぐりあい 映画に生きた熊井啓との46年』に、1990年、来日したマルケスと会う機会があったと書いていた。ポプリ研究家でもある熊井さんが「様々な香りが描写されていて素晴らしいです」と感想を伝えると、「そう心掛けて書いたが誰も言ってくれなかった」と答えたそう。
それだけで私も『百年の孤独』を読んでみようという気になるから不思議だ。”
様々な香り……私は全然気づかなかった。筋を追うだけで手一杯。手紙をくれる友人がいるから読んでみようかなと頑張れた。

<参加者H>
◆読んでないです。本だけじゃ何も言えない(笑)。でも、いろいろな話を聞けるので来てよかった。
◆最初のほうは、すらすら読めた。全部読もうと思ったら目が疲れて。

<参加者I>
◆分厚さには驚いたが、読むこと自体は楽しかった。
NHKの『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』で「『百年の孤独』を巡る奇妙な物語」という回があって、池澤夏樹が「わかりにくいが、とにかく面白い。嘘ばっかりだけど絶対読むのが止まらない」と言っていた。内戦は実際にあったが、昇天したり、何年も雨が降り続くのはあり得ない。
小川哲の『地図と拳』は、この作品を参考にして書かれたらしい。
※参考:WEB本の雑誌>作家の読書道>その6「注目の新作『地図と拳』」
https://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi244_ogawa/20220826_6.html
◆コントのようなことがツッコミのないままに起こり続けている。連鎖が続く。面白い。マルケスは17歳のときにこの作品の執筆を決意したが、長い物語なのでまとめられず、38歳のときに書き方が降りてきて一気に書いた。
百年の孤独』が最初の作品。1967年にコロンビアで出版されると、人々はまるでソーセージを買うように購入した。日本での刊行は1972年。訳者の鼓直はまだ若く(1930年生まれ)、ラテンアメリカへ行った経験もなかったが深く読み込み、訳を完成させる。しかし4000部を売り切るのに5年かかった。1982年にマルケスノーベル文学賞を受賞してから売れ始め、単行本で細々と出版されていたものの、文庫化しても絶対売れないと思われていた。あまりに風土が違うからかな?
K:日本の読者はマジック・リアリズムに馴染みがなかったのでは。
J:ラテンアメリカ文学が日本で流行ったのはいつ? マルケスノーベル賞を受賞したからですよね。
B:何回かブームがあった。
A:「改訳新装版のための訳者あとがき」に、出版社との駆け引きのことが書いてあって面白かった。
ところで『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年、フランス・ベルギー)という映画があるから観てほしい。Amazonにある。すっごく面白い。この解説読んでたら、あれと一緒じゃんと思って。
◆『百年の孤独』のテーマは「愛がない」とか、そういうことかな。愛はどこに行ったんだろう。
◆すらすら読めるので楽しんで読もうと思った。細かいことを言い出したら立ち止まってしまうから、すらすら流して。さらっとしか読めない。ツッコミ出したら切りがないので。
面白いから、入りこんだら前後のことはどうでもよくなる。
A:難しい難しいとみんなが言うから尻込みしてしまう。
B:エピソードが小分けになっているから読みやすい。
H:なんで難しいと言われているんですか?
J:同じ名前がたくさん出てくるからでしょうか。
I:原題を直訳したら「孤独の百年」になるんですね。
D:百年の孤独」のほうがいい! 訳の妙ですね。
B:ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず……『百年の孤独』で鴨長明方丈記』を思い出した。
A:私も『方丈記』を感じた。

<参加者J>
◆推薦してくださってありがとうございます。そのおかげで読むことができました。読めたと言っても睡魔との戦いで、でも眠っているうちに組み立てられた。敷居は高かったが、思ったほど難しくなかった。
レアル・マドリードでプレーしたモドリッチの引退スピーチに「終わりを悲しむのではなく、起きたことに笑顔でいよう」という言葉があった。モドリッチによると、それは『百年の孤独』の著者であるガルシア=マルケスの言葉だそう。
そのこともあり、千載一遇のチャンスと読ませていただいた。
◆私が感情移入したのがウルスラ。長生きですよね。この人はマコンドの草創期から携わっている。規律正しいようだが柔軟で、レベーカを引き取って育てるし、彼女が土を食べても差別しない。過去を振り返らない強さ、今ある命を大事にする逞しさ、小さなことで騒ぎ立てない寛容さがある。死んだ夫が栗の木の下で座り続けていても受け入れている。
A:死んだのになんでまだいるん(笑)。
J:縄を解いても、心が縛られているから動かない。
B:魂が座り続けている。
◆命が続いている。最後の最後で、豚のしっぽを持つ子どもが生まれる。私の持っている単行本(新潮社刊)では、渦巻き状の城郭のような絵が表紙になっている。
百年の孤独 単行本  1999年8月1日発行
https://www.amazon.co.jp/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%AD%A4%E7%8B%AC-G-%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%B9/dp/4105090089
方丈記』の話も出たが、輪廻を感じる。メルキアデスの羊皮紙がサンスクリット語で書かれているというのが象徴的。
◆感想どうのと言うより、味わうのが大事だなと思った。長い長い物語に浸っているのが幸せだった。
B:登場人物は大変だけども(笑)。
◆私は若いころ100年は長いと思っていたけれど、70年生きてきて、そうでもないなと感じるようになった。

<参加者K>
◆私は3分の1しか読めていない。皆さんの意見を聞いて読みたくなった。
J:ネタバレすみません(笑)。
◆面白い。落語を読むみたいだった。
◆P191に「戦闘は五月に終わった」とある。冒頭で敗戦してから、処刑を宣告された大佐が引き立てられるまでの2週間が、P191~193の半ばまでの3ページで語られている。テンポが速い。重複する箇所がなくてすらすら読める。
重複するのは、1つのエピソードのクライマックスに当たる部分。P203から大佐のエピソードが3ページ続く。
全体のテンポはよく独白はゆっくり、という緩急があるから読ませられる。
◆混乱なく読める文体で成り立っている。引っ掛からず読み進められるのがすごい。天の声(=信頼される語り手)で書かれているからかな。
◆P191の後ろから3行目「菓子を作るつもりで台所でミルクを掻き立てていると、息子の声が耳元ではっきり聞こえた」ウルスラが息子は生きていると言う。天の声が「息子の声が耳元ではっきり聞こえた」と言っているから読者の私は信じるしかない。
◆そのリアリティを支えるのが人生の細かな現実の描写。たとえばP192「彼女は床をみがかせ、家具を並べかえた」など。どう行動に移したか書いているから現実感がある。
書かれてることはとんでもないんだけど、とんでもない話を嘘偽りなく読ませる書き方。
◆200ページしか読んでいないが、テーマは「母と子」かなと思った。

<参加者A(推薦者)>
◆前宣伝ですごく難しいと聞いていたけど「なんで難しいの」と思うくらい難しくなくて。名前がたくさん出てくるから家系図を書きながら読んだが、それほど人数も多くなかった。
私は昔、文学少女ロシア文学も読んでいたんだけど、登場人物が30人も40人も出てくる。『戦争と平和』(トルストイ)とか、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)とか。それに比べれば登場人物は少ない。
難しい言葉も使われていない。
◆困るのはグダグダ書いているから。大きい事件が起こらないから、真ん中辺りでダレてくる。そこを越えたら、なんとかなる。
それを支えるのが筒井康隆。私は解説を先に読むのだが、まさに解説を先に読む人に向けた文章を書いている。「文学への姿勢を根底から揺るがされた」という。私は小説を書かないから、その文章を読んで「そうなんだ」と思った。そして、四年と十一ヶ月と二日、雨が降り続けるとあって、そこまで読みたいと思った。まんまと筒井康隆の罠に嵌り、諦めずに読むことができた。
◆作中では、P66のアーモンドの木が象徴的だと感じた。
なんで村を作るとき、アーモンドの木を植えたのか? アーモンドにはシアン化合物が含まれている。
私は小さいころ教会に行っていたので、アーモンドの木というのが引っ掛かった。アーモンドはヘブライ語で「シャーケード」。「見張る/目覚める」という意味の「ショーケーズ」に似ている。また、モーセが海を割ったときに掲げた杖もアーモンドの木で作られている。
そうなってくると面白さに拍車がかかる。突拍子のない物語がアーモンドの木から始まる。
そこから興味を持った。
◆また、栗の木も、孤独に苛まれる象徴として使われている。ホセ・アルカディオ・ブエンディアは村を作り、栗の木に縛られる。ユダヤ教イスラム教でも、樹木には宗教的な意味合いがある。
◆作品のテーマとしては「愛」。年代によって違うと思うが、この齢になって思うのは、友だちも夫も亡くなって、子どもは偉そうな顔をして出ていく――輝きは一瞬、それが「愛」。
知らない国、風土の違う国の文学ではなく、私の問題として受け入れることができた。
それから「血」。息子に夫のいやな部分が継承されて、私の育て方のせいかと、もやもやしていたのだが「違う違う、それは血よ」と思えた。夫がそうなったのは義両親の育て方が悪いと思っていたのだけれど、私の息子もそうなって。義両親も夫も息子も私も悪くない! と悩みがすっきりした。読んでよかった。
この本は「今」を示してくれている。
H:推薦する前にそういう本だと知っていた?
A:読んだらそうだったんですよ。血と運命の物語。誰も悪くない。私自身の物語だと思った。
風土が違うという意見が出たけど『方丈記』と似てないですか? 最後まで読んで『方丈記』が頭に浮かんだ。あと『平家物語』。移り変わって無くなってしまう……仏教的なものとリンクしているな、と感じた。

<フリートーク
歴史小説・大河小説としての『百年の孤独』】
B:百年の孤独』が描いているのはマコンドの隆盛と没落、『平家物語』が描いているのは平家の隆盛と没落。
百年の孤独』は歴史小説としての構造を持っている。描かれているのは1828~1928年くらいの100年。田舎に古めかしい錬金術の知識が入ってきて、徐々に豊かになり、近代化して保守派と自由主義者との内戦が起こり(そこで活躍するのが前半の中心人物である大佐)、その後、マコンドは繁栄するがバナナ会社に搾取されて……同じ時代の日本の歩みと重なる。
西洋から蘭学が入ってきて、幕末の動乱の後、明治維新を経て近代化し、その中で士族の反乱があり、新しい近代の文化が作られていくが、明治の末には労働者が搾取され、労働争議が起こり……『百年の孤独』と似ている。
百年の孤独』は司馬遼太郎や時代小説作家が書く小説と扱うものが似ている。
J:普遍性がありますね。
B:第二次世界大戦の直前で物語が終わる。そう考えると、歴史大河小説としても見所がある。近代がどれほど人間を不幸にしてきたかを描く実録のようなものだろうか。
マコンドという架空の村(=アダムとイブのような存在がいた楽園)が、時代の変遷によって潰れてしまう。そして、直後に起こる大戦で、西洋の近代そのものが没落する。それを描いたのだ。

【女性の描き方】
A:P555「母をあざむき続けたのだった」……うちよ、それ。信じらんない、なんて身近なことが書いてあるんだろう、って。
途中で止まっている方も最後まで読んでいただけたら、ご自身と共通するものが出てくると思います。
B:女性の登場人物のほうが心理の深いところまで書かれていて厚みがある。男性の心理描写が少ない。大佐にしても、なんで戦いに出たのかわからない。
J:男性は破滅的ですね。
A:男ってそうよ。急に戦いに出るの。信じられない。
B:女性関係で駄目になる男が繰り返し出てきて、作者の女性に対する慄きが伺える。
D:女性へのリスペクトを感じますね。マルケスが祖母に聴かされた語りが影響しているのでは。
登場人物の中ではウルスラの他にピラル・テルネラも長生き。この人も中心人物ですよね。
B:男なんて、逃げ回っても、母なるものの手で潰される。
D:ホセ・アルカディオ(法王見習い)の最期は四人の子どもに殺されるという悲惨なものだった。
B:彼は法王になるためにローマに行っていた。
A:行ったけど神学校を辞めて、勉強するふりをしていただけ。
B:自分なりに続けてはいた。
D:あかん人ではありますね。財産がほしくて戻ってきたわけだから。結局お金も略奪されて。
B:大佐が成功させられなかった保守派との戦いのリベンジ戦として、子どもたちが金を分捕るのに成功した――そんな意味では。
J:いろいろなメタファーが入っていますよね。年寄りが蓄財しても子孫のためになっていないし。ロマンス詐欺みたいなのも出てくる(フェルナンダと顔を知らない医師)。姿が見えないから憧れる。現代の日本でもありますよね。外国の兵士だとかを騙って。
D:フェルナンダはよっぽど孤独だったんでしょうね。

【結末について】
A:長い長い物語の最後で泣いた。しかも自分が書いたような錯覚に陥って。「私は書き切った」という感覚を、本を読んで初めて味わった。すごく感動した。途中で読むのを止めた方も、最後まで読んだら泣きますよ。
この長さは必要。私はいつもオーディオの2倍速で聞いているから、このグダグダには慣れないが。
小町娘のレメディオス、私はこれです。絶世の美女ではないけど。愛も孤独も手放しているところにとても共感した。
D:メディオスは生まれながらに愛や孤独とは無縁の天使みたいな存在ですよ! 美化してません?(笑)
私はペトラ・コテスが好きですね。人間ができている。彼女とアウレリャノ・セグンドの愛が繁栄を生んだのでは。
A:アウレリャノ・セグンドはペトラ・コテスを利用していたのでは?
D:私は愛していたんだと思う。
A:でも結局、妻であるフェルナンダのところに戻った。フェルナンダも女王として育ったのにこんなことになって……
B:アウレリャノ・セグンドは人間的ですね。
D:後半の主人公はアウレリャノ・セグンドかな。
A:ルキアデスは登場しますよね。
B:双子のところにも出るし、アウレリャノ・バビロニアのところにも出る。
A:ルキアデスの羊皮紙は消えたんですか? 残ったんですか? 解説者は歴史書として残っていると書いているし、別の人はすべてが消えたと言っている。
B:私は結末が結構すごいと思っていて。この作品はメタフィクションの構造になっている。『百年の孤独』すべてがメルキアデスの羊皮紙そのもの。
J:これは壮大すぎる。
B:逆に言うと、登場人物は自分たちが存在していると思っているが、本当は羊皮紙の中の存在で、それに気づいて消えてしまった、というふうに取れなくもない。
この世界は高次元の神がパソコンの中で走らせているデータのようなものである、という考えがあるが、『百年の孤独』の中ではメルキアデスが創造主、神なんだと。
ルキアデスがいて、ホセ・アルカディオとウルスラ――アダムとイブがどんどん没落していって……。「『百年の孤独』は要するに、ラテンアメリカの創世記であり黙示録である」と解説にあったが、まさにその通り。
K:マルケスノーベル文学賞を受賞したとき、「うまく騙せたな」と言ったそう。
B:P583に、アウレリャノ・バビロニアの友人アルバノの言葉として「文学は人をからかうために作られた最良のおもちゃである」とあるが、まさにそんな感じ。
J:自分の結末がどうなるか書いてあるなら、それはページを捲るでしょう。
B:すべて見通して書いた体になっているが、風が吹いてわからなくなるという。
A:運命的にそこから出られない。
B:自分が文章の中の存在であることに気づいた瞬間に消える。

【制作過程について】
A:マルケスは『百年の孤独』を書くのに20年かかったそう。17歳のときに執筆を決意したけど、37歳まで書けなかった。
D:結末を思いついたから書き切れたんじゃないかな。最初のほうは祖母から聞いた話をもとにグダグダ書いていたが、メルキアデスという人物を登場させることでまとまったのでは。
B:それを枠組みにしたんでしょうね。
D:ルキアデスがいなかったらホセ・アルカディオ・ブエンディアは栗の木へ行かない。あれは絶対、水銀中毒。メルキアデスという存在はこの作品に欠かせない。
K:書くうちに、この展開になったんでしょうか。
B:最初は先祖の話を書こうという動機だったのでは。
D:そうだと思う。最初はメルキアデスという登場人物がいなかったから話を展開させられず、15年もかかったんじゃないかな。グダグダ話だけなら誰も読まないし。
――これはすごいな。

【読書会を通し、自身の創作について考えたこと】
E:皆さんに伺いたいのですが、小説を書くとき登場人物の生い立ちを初めから作っておきますか?
D:枚数による。400字詰原稿用紙換算30~100枚程度なら、設定は頭の中にあるだけで書ける。短い作品だと何人も出せないし。300~400枚になってくると必要。
B:ディテールを作り込むためには、それに見合うだけのコストが必要。
E:私は演劇をやっているんだけど、演出家から駄目出しを食らう。「(演じている人物の設定について)朝何食べたの?」「どういう電話をいつしたの?」というように。思いつきで答えるけど、それじゃいけない。ちゃんと役に入ってないと駄目。そんなの考えていられるか、と思ったけど、書くときは人物の背景があるから書けるのであって、それがないと薄っぺらになってしまう。

『イデアの再臨』五条紀夫(新潮文庫nex)

Zoom読書会 2025.09.27
【テキスト】『イデアの再臨』五条紀夫(新潮文庫nex
【参加人数】出席5名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者A)>
叙述トリックをはじめとした多種多様なギミックが満載された小説で、文章作成や小説執筆において何か参考になるものがあるのではないかと思って推薦しました。

<参加者B>
◆今週、FMラジオをかけていたら著者の五条紀夫さんの本が紹介されていた。『イデアの再臨』を読んでいる途中だったので、とてもタイムリーで驚いた。
紹介されていたのは今年の2月に刊行された『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』(角川文庫)。名前の通り、太宰治の「走れメロス」をもとにした作品で、版権切れの「走れメロス」がまるまる入っているとか。原典で名前がなかった妹はイモートア、妹の結婚相手はムコス……と、小ネタもたくさんあるらしい。面白そう(笑)。
イデアの再臨』もそうであるように、トリッキーな作品を書く人なのかな。
◆さて、今回のテキストの『イデアの再臨』。どんなジャンルだろうと読み始めたらミステリーなんですね。これも特殊設定というのかな?
◆フィクションのお約束にもツッコミを入れていて楽しかった。
◆登場人物一覧を見て安藤だけ名が体を表していなかったので疑っていたのだけど、最後のほうでごめんなさい、となった。アンドリューかよ!(笑)
◆メインの2人以外で、真島くんだけキャラが変わっていないところで彼が怪しいなと思った。
◆フィクション内における論理特殊能力は面白い。主人公の、過去のページに加筆できる能力は、『ジョジョの奇妙な冒険』『岸辺露伴は動かない』(ともに荒木飛呂彦による漫画)のヘブンズ・ドアーを思い出した。
◆感心しながら読んだが、アイデア勝ちで、展開や結末に対する驚きはいまひとつだと感じた。どうしても頭で考えながら読んでしまうので、展開に驚く余裕がなかった。
◆しっかり考えられていると思うけど、私がもともとメタ的な作品に乗り切れないタイプで。モキュメンタリーだと大丈夫なんだけど。
昔、西尾維新の作品が好きだったのだが、あるとき地の文で堂々とメタネタが出てきて(「こんなことを1ページ使って描写している場合では……」みたいな文章)、そこから読まなくなってしまった。

<参加者C>
◆すごく面白かった。文章がシンプルで読みやすい。お約束の押さえ方も的確。小説は何を以って小説かという、分解の仕方がしっかりしている。そこから着想を得ている。論理的にわかりやすい。
◆ケチをつけるところがあまりない。これはこれでいい。こうしたらいいんじゃないかという部分がまったくないレベルでよかった。
◆なかなかコメントが難しい。最初のうちは「消えたのは窓かな」とか予想していたが、途中で(予想するのを)放り投げた。
◆私は、誰が犯人かなどは考えず、物語を追いかけた。ミステリーとして読んでいる感じはしなかった。斬新さを感じる、いい読書体験だった。
◆この終わり方、かなり好き。ラストから(本来の)本編が始まるわけだが、ここから長々と書くわけないし、どう収めるのかと思っていたから感心した。かなりツボに入った。

<参加者D>
◆何を喋ろうかな……。喋ろうとしたことを真島くんに消されてしまったかな?(笑)
◆率直に言って、やりたい放題やっている。好感を持てるといえば持てる。世の中が実験小説を受け入れられるようになったのかな。
◆第二章、主人公が書き加える能力を使い出してからが面白い。
プラトンイデアについて書きたいのかなと思ったが、そこまで重要な扱いをされているわけではなかった。メインではなくエンタメの小道具として使っている。
◆いろいろな概念が消えて指示語を使うくだり。文学学校のチューターに「指示語の多用はよくない」と言われたことを思い出すので、文校に通っていた私たちは面白く感じる。
場面転換のあと、会話から入ってはいけないとかも(笑)。からかい気味に書かれているから私には刺さった。
◆紙の本が売れない時代に、紙の本でなければ読めない小説を書く意味とは何か。出版社支援のために書かれたのでは。電子書籍では読めない作品を書いた意味があると思う。
◆最初は空白を穴埋めして読んでいた。だんだん、そんなことをしていたら先に進めないので空白は読み飛ばしていった。それで十分。
世界設定、ルールは緻密に考えられているようでもあるし雑でもある。書き加える能力といってもどこが書き加えられるのか。作者ではないのか。作者と主人公は一緒ではないのか。飲み込めないところがある。
◆楽しく読めたということでいい。自分でも何を言っているのかよくわからないが(笑)。

<参加者E>
◆久しぶりに紙の本を読んだ。電子書籍化不可能。ページいじったのかなと思ったら、いじられてた。紙の本という静的な媒体だから可能な仕掛け。企画として大勝利。
ゼロ年代のメタネタの悪ノリミステリーといえば『コズミック』(清涼院流水講談社ノベルス)、西尾維新……そのあとメタミステリーは袋小路に入ったんだなと思ったが、続く人がいたんだ。系譜に入れていいかわからないが。
TRPGのような能力バトル。物語の畳み方やバランスが優れている。
◆私は常々「エンタメは苦労しないと書けない」と言っているが、でもこんな苦労はしたくないかな。これ見よがしに苦労してるみたいな。
◆冒頭のモノローグが加筆されているというところにエンタメ的な納得感、カタルシスがある。
◆ただ、最後の1行が、よくあるネットミームから取られているのが気になった。

<参加者A(推薦者)>
◆悲劇こそ起こるものの、全体的にコミカルでステレオタイプな登場人物との、さらりと笑える掛け合いが面白いと感じた。
◆一番笑ったのは、P176の反骨精神に満ち満ちた校歌。
◆物語内で「数」の概念が消えたとき、ページの表記すら消えた仕掛けには、感動を覚えた。紙ならではのギミック。
◆ただ、ギミックありきの小説でライトノベルに近い感覚ではある。ミステリーというより、アマチュアが作った、コンセプトに特化した無料ゲームの脚本を読んでいるような印象。ミステリーとしては違和感がある。
◆表紙そのものがキーになっているところで、かつての『メタルギアソリッド』(コナミの戦術諜報アクションゲーム)のトリックを彷彿させられて面白かった(ゲーム攻略のヒントがパッケージに表現されていた)。
◆ギミックありきの小説で、あくまで見所はそこだから仕方ない部分ではあるが、もう少し各登場人物の味付けがほしかった。
◆「今は半端なライトノベルを書くよりもミステリーを書いた方がプロになれる可能性が高い」という話を聞いたことがあり、この作者のユーモアを考えると、ラノベ作家志望からミステリーに転向したのかな、と邪推した。
◆この作品はエンタメとして面白いけれど、面白かった以外の感想があまり浮かばない。
◆本当に、活字の、それも紙の図書でしか表現できない唯一無二のトリックを仕掛けた作品だが、それであるがゆえにメディアミックスが非常に困難で、かなりニッチな作品になってしまっていると思う。今日日、すごく贅沢な作品だと感じた。
◆同作者のデビュー作『クローズドサスペンスヘブン』(新潮文庫nex)も読んだが、ミステリーに必要な「閉鎖空間」の必要性の限界を、ファンタジーセカイ系、非日常系として描いている。

<フリートーク
【作中に登場したフィンガーサインの名称について】
A:P216「彼は額の横で二本の指を振り」――このフィンガーサインの名前がなんというかわからないので読書会で聞いてみたい。
B:あれ、なんて言うんですかね?
C:AIに訊いてもわからなかった。「チョリース」のポーズに似ているけど、それが流行るより昔からあるし、もともとどう呼ばれていたのかわからない。
D:AIに訊くときは具体的に訊いたほうがいい。ときどき、いい加減な答えが返ってきて面白い(笑)。架空のものを創作して答えている。
C:もっともらしく言いますよね(笑)。
B:フィンガーサインの名前は宿題ということで(笑)。わかったらLINEグループに上げてください。

【縛りの精確さ】
B:こんな感じの作品を書きたいとか、参考にしたいとかありますか?
D:書きたいとは思わないが、映像化できるか考えてみたい。『岸辺露伴は動かない』のヘブンズ・ドアーも映像になるんだから工夫できるんじゃないかな。
C:Eさんも仰ってたけど執筆カロリー高そう。まさに私もそう思って。こんなにカロリーを消費したいとは思わない。かなり大変なはず。
E:エンタメは書くのに苦労する。めちゃくちゃ調べ込む人や、実在の商品などを登場させてリアリティある空気感を出す人もいるけど、てにをはを使わないとか、縛りプレイみたいな苦労は引き受けたくないなぁ。でも、この企画ありきの苦労なので応用性はあまりないかな。
B:普段はプロットとか制作秘話とかあまり興味ないんだけど、この作品の裏側は見てみたいですね。
D:先ほど、緻密なのか雑なのかわからないと言ったが、たぶん緻密。私も、プロットの秘密や、あるとしたら裏設定を知りたい。辻褄が合っているようでもあるし、シビアに練り上げられている。
E:縛りはめちゃくちゃ頑張ってる。
C:縛りが守れているか検証はしていないが、この作者は信用できる気がする。ちゃんとやってる。やりたかったことだし、押さえてるだろうな。
E:やれてなければダメージ大きいから、ちゃんとやっているはず。
D:編集者との間でやり取りがあったと思う。そこそこのものでないといけない。編集者の声も知りたい。
E:校正者、めちゃくちゃ大変そうですね。
D:校閲も大変じゃないかな。
C:校閲者泣かせだと思う。
E:一般的な校閲者がやってくれるのかな。作品内ルールの部分は作者がやってくれ、となりそう。
B:やりがいはありそうですね(笑)。
C:絶対やりたくない(笑)。
D:こういう作品が同人誌に提出されて校正することになったとして、50枚くらいならまだ許せるかな(笑)。
B:校正・校閲するとしたらマニュアルがほしいですね……。
E:チェックするとき、めちゃくちゃ検索頑張ったんでしょうね(笑)。
B:そうか、紙の本だから我々は検索して粗探しできないんだ。
E:プロットを追っていて楽しいから、間違いがあっても大丈夫だろうし、それで作品の価値は変わらないけれども、企画としては大ダメージですよね。

【メタネタについて】
B:設定はややこしいけど、筋は王道ですね。主人公がバディで謎を解いていく。
ところで表紙の安藤の目は茶色なんですよ。彼の容姿が西洋人なら、そこにもちょっと触れてほしかった(笑)。若干アンフェアな気が。
E:安藤が西洋人なのは読んでいてわかった。金髪だし。
C:確かに名は体を表す名前じゃない。
D:そこも遊び心。何人かに1人はわかるという仕掛け。
B:(この場では)5分の1。
D:安藤の目の色は本文に書かれていない。ということは目の色がない(書かれていないことは存在しないので)。ツッコまれないための設定が用意されている。
たぶん訊いたら「本文に書かれていないから」と返ってくると思う。臨機応変に対応できる作者だから。
A:表紙の安藤はコンタクトを使ってるかもしれないし(笑)。
C:それを言うなら表紙に真島を出すのはどうなんだろう。
B:表紙はあくまでイメージです、みたいな?(笑)
C:モブが真島になったのが面白い。モブのくせにメタ認知能力者かよ、というツッコミはあるけど(笑)。
E:メタネタは作者がちらつくんですよね。でも、この作品は読者にフレンドリー。メタネタって読者を突き飛ばす印象があるので。清涼院流水の『コズミック』とか、読んで時間の無駄だったと思ってて。書くのはいいけど、どういうつもりで賞を与えたのか。
B:私は読んでいないけれど、皆さんはどうですか?
C:私も読んでいない。
B:イデアの再臨』のあるくだりを読んで、早坂吝の某作品を思い出して……って、ミステリーの読書会、難しいですね。
E:読書会ってそういうものでは。SNSなどで紹介するのではなく、クローズな場所だし。読んでないやつが悪い、くらいの勢いで。ネタバレされたくなけりゃ全部読め!(笑)

【レーベルについて】
D:この作品、新潮文庫の中でジャンル違っている? 新潮文庫は天アンカット(上部がガタガタ)だけど、『イデアの再臨』は上部が裁断されている。
A:新潮文庫nexはミステリーメインのレーベル。本格もあるけど、ラノベとミステリーの間みたいな作品が多い。
D:イデアの再臨』はブックオフラノベコーナーにあった。このレーベルは全部そこに入っているのかな。新潮文庫のほうに入っているのかと思っていた。ブックオフで分類した人、優秀だな。
C:読んでるのかもしれませんね、中身。一般レーベルに置くことが多いから。
D:私は普段、ブックオフラノベコーナーに行かないんだけど、通りがかりに目に入ったから不思議に思っている。お誂え向きに、向こうから飛び込んできた。
B:メタ的に、誰かに干渉されたとか(笑)。
C:著者の新しい本は双葉やKADOKAWAから出ているんですね。

【アイデアを生かすための工夫】
E:イデアくんって、イ・デアくんなんですかね? デアくんって呼ばれてたから。
B:韓国のイさんなら漢字で書かないですか?
E:日本人でキラキラネームなんですかね?
A:確かに名前がイデアくんだと、私ならイデくんと呼びそう。
E:確定されてなかったのを、真島くんへの嫌がらせでイデアにしたとか。
B:主人公が認識したらいいんですよね? 認識した、と書き込んじゃだめなのかな。
論理特殊能力とか、小説では珍しいですよね。漫画ではよく見るけど。
E:真面目にやると大変。なろう界隈でこすっていた。敵の存在が消えちゃう。
C:確かに小説では思い当たる作品がない。漫画だと……冨樫義博はやる。『幽☆遊☆白書』でもやってたし。
A:甲賀忍法帖』(山田風太郎)とかだと、やりやすそう。
論理特殊能力を小説で出したら読む側がイメージしづらいですね。
C:読者にカロリー消費を押し付けることになる。
イデアの再臨』は論理的な部分以外では読者の消費カロリーが少ない。実力がある。
B:キャラクターもわかりやすい。あ、だからステレオタイプなのか。
C:論理以外はギリギリまで削っている。
D:私たちも詳しく書いてしまいがち、世界設定にのめり込んでしまいがち。ほどほどに収めている軽めの作品を書くにはセンスが必要。難しいことかも。
C:イデアの再臨』で行間を読ませたら読者が大変ですもんね。
D:空白が行間みたいなもの。
C:読者に余計なことを考えさせない設計。
D:これだけ空白を多用しているのは「考えなくていい」という、読者へのシグナル。空白を洪水のように出して「考えなくていい」という逆サインを送っている。
C:作者は大変だけど読者は考えなくていいよ、という。
A:大変ですよね。

【新しいものへの挑戦】
D:一作限りのアイデア
B:一作限りのアイデアというと、昔、登場人物たちのその後が年表で紹介された漫画がありました(笑)。
C:イデアの再臨』は軽さがあるから読んでいて楽しい。
B:小説を書く人として読んでも面白い。
D:読書会向けの作品ですよね。それぞれ感想を言い終えたあとのラベリングで盛り上がれる作品。純文学だとそうはいかない。
C:読書会において純文学はまた別の切り口がある。
(小説を)書いてる人あるあるみたいなのもいいですね。
D:誰かが書きそうなことに思い切って挑戦した勇気を誉めるべき。
C:あるあるネタ集合。多くの人は書きたいとは思わないんじゃ?(笑) ようやるわ、って感じで。
D:私は斜に構えた見方をしているが、作者じゃなくて出版社からの依頼で書いたのでは。
E:出版社からの依頼だとしたらアプローチ間違えてますよ(笑)。紙の本を売りたいアプローチじゃない。
B:メディアミックスして広く売りたいというのではなく、それなりに本を読んでいる、サブカルやネットミームに詳しい読者層をターゲットにしているのでは。
D:私世代(70代)だと読めない人が多いかも。
E:ネットユーザーはSCP(SCP財団。共同怪奇創作サイト)などに触れてるから受け入れやすい。20~30代にとっては定番。
B:我々世代には刺さるものがありますよね。
D:私の世代では定番ではない。ありきたりのものを書きたくないとなると、こういったものになるのか。食指は動かないが、遊びは面白くないと。(私が書く)歴史小説もオーソドックスだとつまらないから。
E:私はオーソドックス好きですね。司馬遼太郎めちゃくちゃ好きで、その影響下にある。
D:司馬遼太郎の真似をしないためには司馬遼太郎を読まなきゃいけない。
B:読書会のテキストが史記とかになったら大変ですね(笑)。
D:そういえば三国志とか漫画でしか読んだことない。

A:変てこな本を推薦したので不安だったが盛り上がってよかった。最近、映像化ありきの作品が多いから、活字じゃないと表現できないものを探していたんです。

『Nの逸脱』夏木志朋(ポプラ社)

Zoom読書会 2025.08.30
【テキスト】『Nの逸脱』夏木志朋(ポプラ社
【参加人数】出席4名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者甲)>
◆皆さんがこの作品をどんなふうに読まれるのか気になった。
 また、私が抱いたいくつかの疑問点を確かめたかったので推薦した。
直木賞の選評を読んだところ、3編の中でいいと思う作品が皆ばらばらだった。読書会メンバーはどうなのか興味がある。
・『Nの逸脱』のNとは何か。「占い師B」のBとは何か。実際の事件の加害者名が登場するのはどういう兼ね合いか。八桁の語呂合わせは何を意味するのか。脈絡がありそうでないので皆さんがどう受け取ったか気になる。

<参加者乙>
◆面白かった。以前この読書会で、同じ作者の『ニキ』(『二木先生』に改題してポプラ社で文庫化)を読んだとき、人間のいやらしさがしっかり描かれていると思ったが、今作はさらにパワーアップしている。死体の処理をしたい警官や、電車の中で肘鉄をしてくる茶髪女などを私は気持ち悪いと感じた。それは作品の力だと思う。
「スタンドプレイ」『ニキ』を読んでいるからこそ、問題児の安藤の造形が定型的に思えたが、そこは主題じゃないですね。
◆私が好きなのは「占い師B」。雑誌掲載時の「午前三時のサイキック」から改題したタイトルだそうだが、本物でない占い師という立場をよく表していると思った。
全体的にユーモラスだがクライマックスは二転三転して、どうなるかハラハラした。落としどころは納得。お涙頂戴になるより、この2人にふさわしい結末だと感じた。
◆全体を通して、邪悪ではないけれど完全な善人でもない人たちがよく描かれている。いい人しか出てこない小説もいいが、完全な善人ではない人たちが(心境や環境に変化はあるものの)そのままで生きている小説もいいなと思った。
◆『Nの逸脱』のNは、統計学におけるN(母集団のサイズ)かな?

<参加者丙>
「場違いな客」
◆トカゲが処分されそうになって、追いやられていく主人公篤が、どんどん悪の思想に染まっていって、ついに人を襲う真似事をする心理描写が非常にリアルに感じられた。
大麻を育てている奇妙な男との邂逅と、それによる報酬は、正直どこか出来過ぎている気がしないでもなかったけど、この共犯とも友人とも腐れ縁ともいえない奇妙な繋がりが出来たことによる読後感は、なかなかいいように感じられた。
◆こまつな、サカキバラの意図は、最後まで分からなかった。

「スタンドプレイ」
◆スタンドプレイという言葉は、集団の中での浮足立った行動を差すが、そういえば、standには持ちこたえる、という意味もあり、ダブルミーニングなのかもしれないと思った。
◆不謹慎な内容だが、ボルテージを高止まりさせながら、最後の生徒を殴るシーンで読者にカタルシスを与えている。
◆なんというか、こういう単発の突発的なストーキングを行う人は案外いるのではないか、と感じさせられる、一種独特のリアリティが凄く良い。

「占い師B」
◆タイトルのBは、「坂東イリス」の頭文字と、秋津の「バカ」をローマ字読みしたときの頭文字のダブルミーニングなのかもしれないと感じた。
◆正当な占い師と、天才的な能力を持った占い師見習いとの奇妙な繋がりは漫画的でありながらも、先の短編に比べてスナップな展開や描写があって個人的には好き。作者のユーモアを感じる。
カバラ数秘術で9は完成や終わりを象徴する数字で、最後の短編にふさわしい数字なのかもしれない。

◆『Nの逸脱』のNは、ノーマルやニュートラルの頭文字をとったもののように思う。登場人物が感情みたいなものに振り回されて、平静を保っているところから別の行動をしだして、自分が知らない人間になっていく。
◆総じて、どの短編もミステリアスな余韻が混じった爽やかな読後感で、個人的に好きな図書になりました。

<参加者丁>
◆最初に読み始めたとき、文学臭がするな、と思った(「文学臭」は私的にいい評価軸ではない)。直木賞というか今のエンタメは文学に寄せているのかな。

「場違いな客」
◆不快な描写の解像度が高い。終わっている日常、純文っぽい。
◆登場人物の名前も文学的。主人公の「金本」は在日かな、「喜屋武」は沖縄だろうか……など、勝手に想像されるものを織り込んでいる手法は文学っぽい。
◆「小松菜」の語呂合わせは読み飛ばしてしまった。

「スタンドプレイ」
◆知的障がいを持つ両親から健常者の子どもが生まれたら苦労するというテーマかな。
◆教師いじめを仕掛ける安藤も家庭環境が終わっていて、それでも殴って結末へ至るのがモダン。

「占い師B」
◆いきなりキャラ小説。「場違いな客」は地に足がついているので、同じ本の中で喧嘩していると感じた。
◆どういう印象を持てばいいのか。日常からの逸脱、マジックリアリズム……
◆「占い師B」のBは坂東が出会った本物をBとしているのか、ビジネスのBか。考えたら術中に嵌るんじゃないだろうか。

◆次回以降の作品で回収されることもなく、いろいろなフックをばら撒いている手法は読者に深読みさせる。(口裂け女には触れられているが、独立した絡まり方)
◆『Nの逸脱』のNも、確かに言われてみたらノーマル(平凡)だが、意味はないのでは。NothingのNということで。

<参加者甲(推薦者)>
◆皆さんの意見をそれぞれなるほどと思いながら聞いた。私は『Nの逸脱』のNは単純に(「スタンドプレイ」の)西智子のNだと思った。P129に「かくして西智子の逸脱は終わった」とあるから。
「西智子の逸脱」じゃつまらないと思ったが、検索するとneighbor(隣人)ではないかという意見なども出てきて面白かった。
私としては「西智子の逸脱」で。当たってないと思うけど(笑)。
◆純文的なところがあるからアルファベットを使っている。
「占い師B」。占い師Aは秋津さんでは。秋津さんが本当の占い師だということが部分部分書かれている。主人公はホームズみたいな観察力で占いをしている普通の人。AにはなれないBなのかな。どっちが本当の占い師かな。秋津さんが占い師であるという書き方がされている。そのあたり捻られているんじゃないか。
◆サカキバラと小松菜の語呂合わせ、まだわからない。なぜこんなものを持ち出したのか。似た者同士である登場人物たちの間では伝わっている。読者にはわからないままでいい、そんな使い方かな。
◆私が一番面白かったのは「場違いな客」
「スタンドプレイ」は、こんなストーカー的な人はあり得ないと感じたが、実際の事件を見て、あるかもしれないと思った。現実に、あり得ないようなことが起こっている。
逸脱する人が増えてきている? ノーマルから逸脱している人が増えてきていることを表す3作なのかな。
◆でも「占い師B」はあまり逸脱していないと感じた。別の作品として長く書いてほしい。もったいない。短編集の中に入れると馴染まない。続編でも別のものでも、このネタで長いものを書いたら面白いのでは。

<フリートーク
【作中の引っかかりについて】
乙:私は作者と比較的近い年代だから実在の事件はわかるけれど、若い篤は知っているものなのかな。「男」は三十代半ばだから知っているか。
丁:警官という伏線では。
甲:俺は警官だというヒント?
丁:「知っている」と、若干ドヤってもいる。
甲:本を出して物議を醸した。若い人でも興味を持った人がいるかも。
丁:確かに篤の世代とは外れている気がする。

乙:丁さんが名前も文学的と仰ったけど、私は「金本篤」という名前は阪神金本知憲片岡篤史から取ったのかと思ってしまった。世代だったので……。
甲:遊び心ならいいんだけど。
乙:喜屋武という苗字も、大阪は沖縄ルーツの人多いので疑問に思わず流してしまった。
丁:勝手に読み込め、そういう雰囲気を感じる。焼き肉が美味しくなる粉みたいな使い方。
甲:言及しないレベルの話だと思う。

【好きな作品、各作品の繋がりについて】
乙:どれが一番よかったかという甲さんの質問。分かれましたね。甲さんは「場違いな客」。私は「占い師B」。丁さんと丙さんはいかがでしたか?
丁:「場違いな客」
丙:「占い師B」。コメディ的な感じが好き。
甲:「占い師B」は読みごたえがある。中編ですよね。短編では幅を持たせられない。いろいろな要素を盛り込めて、幅を作れるから、小説的に面白い構成ができるのでは。
丙:単行本だと140ページほど。
甲:四百字詰め原稿用紙換算で250枚くらい。
乙:直木賞の選評を見ていると、短編集の場合、作品のレベルやテイストが揃っていないと受賞は難しい感じなんですかね? 第165回候補作の『スモールワールズ』(一穂ミチ/講談社)の選評を読んだときも思ったけれど。
丙:個人的にはバラエティ豊かで好き。いろんな作風が書けるんだなと思った。人によって感じ方が違う。
甲:好みの問題はある。同じテンションで読みたい、みたいな。ばらばらだと気持ちを入れ替えなきゃいけないし。
私は、短編を1作読み上げると、また気持ちを作り上げていく必要があるから、独立した短編集は好きじゃない。連作短編は繋がりがあるのでいいけど。
バラエティに富みすぎているのもどうなのか。ものの考え方だと思う。
丙:『Nの逸脱』は短編集としては異色かな。だいたい作風が統一されたものが多いから。
甲:作風がばらばらの短編集が直木賞にノミネートされたのは意外。選者の考えが変わってきている? (直木賞は)こうでないと、という決まりはないけれど、指導的に言う人が出てくるので覆してやれ、という感じかも。
他の候補作は読んでいないけど、コアな作品が選ばれたから第173回直木賞は該当作なしになったのではと勝手に思っている。
丁:作風が違うことで何かが立ち上がるならアリだが、何か立ち上がってたのかな。個人的には違う。
甲:皆、自分の作品の二番煎じを書いてしまいがちだから(出版社から似たものを書けという要請があるのかもしれないが)、良し悪しは言えない。
丁:架空の街である常緑町の空気感を出したかったのかな、とか。
甲:でも共通性はあるのだろうか? 口裂け女は出てくるが。なんとなく町の名前は同じだが書き込まれているかはわからない。編集者から町の名前を統一してくれと言われたのかも。
乙:「占い師B」でP271から出てくる女性は、「場違いな客」の喜屋武さんの「オキニ」ですよね。トカゲのタトゥー。喜屋武さん、うまくいってるのか。
丁:「場違いな客」で警官の話を聞いて犯行に及び、後の作品においてトカゲ絡みで何とかする……そのくらい絡んでほしかった。

【短編集の構成/小説のジャンルについて】
乙:単行本の掲載順は、雑誌への掲載順とは違うんですね。(「場違いな客」2023年7月~8月、「スタンドプレイ」2023年5月~6月、「占い師B」2023年9月~2024年1月)
丁:単行本の掲載順は作中の時系列ですね。
甲:単行本では読みやすい作品を先に持ってくる。「スタンドプレイ」が一番推しだったんじゃないかな。
丁:分量的には「占い師B」が多い。
甲:でも最初に「占い師B」は持ってこれない。
乙:確かに「占い師B」はトリですね。
丁:皆さんは3作通したテーマ読み取れました?
甲:「占い師B」は逸脱している感じがしない。他の作品の登場人物は逸脱してるんだけど。占い師は逸脱するのが商売では。
乙:秋津が逸脱してるってことですかね? 〈狐〉や秋津は逸脱しているかも?
甲:逸脱で意外性があるのは「場違いな客」ですよね。大麻の栽培を疑って乗り込んだら相手は警察官だった。読者はハラハラさせられる。
「スタンドプレイ」は、こうなるという予想通りに進む。ずばり逸脱なんだけど逸脱が弱い。
短編集全体を通して隠れた意味が私には見つけられなかった。
丁:繋がりがあるとはいえ別々の作品。まとめるとき『Nの逸脱』とつけたのかな。
甲:第2作目として作ったのでは。そして直木賞候補になった。
直木賞を受賞していたら、ポプラ社からだと初めてだったのでは? ポプラ社は児童書のイメージが強い。怪盗ルパン全集とか。
乙:そうですね! 児童書の『かいけつゾロリ』シリーズとか好きでした。
甲:夏木志朋さんのデビュー作の『ニキ』(二木先生)ポプラ社なんですね。
乙:しっかりストーリーがあって純文学的要素もあるのが、今のエンタ-テイメントなのかな? 一般文芸とライトノベルとかも、ジャンルの区別がよくわからない……。
丙:新潮文庫nexとか、表紙が漫画やアニメ風で、中に挿絵はないけどライトノベルとも取れる。ミステリーが多いが。『天久鷹央の推理カルテ』シリーズ(知念実希人)とか。
乙:小説を細かくジャンル分けしているのは日本だけって聞いたことがある。
丁:海外でもジャンル分けはあるのでは。ペーパーバックで軽いの売ってる感じ。
(日本の)エンタメは二極化してるのかも? 「なろう小説」的なエンタメと、直木賞的なエンタメと。
丙:客層も二極化してるかも。ポップスとパンクみたいな。
丁:今日は「ブンガク」の悪口言いに来たんですが(笑)。
乙:わかりますよ……。純文学が上だと思っている方々が出している「筋のない小説読めないんだ、プークスクス」という雰囲気が苦手というか。
丁:調子に乗って駅そば見下してたら脱サラ組がやってくる……
甲:「鰻の成瀬」でウナギ食べてて思ったんだけど。「鰻の成瀬」はウナギのエンタメ。敷居の高いウナギ屋が純文。ウナギの専門店に通う人が鰻の成瀬で食べたらどう思うのかな。
乙:プロのエンタメはすごいですよ。専門的で難しいところ(たとえば医療小説なら病気や治療に関する詳しい説明など)を読み飛ばしても、しっかり話を楽しめるように作ってある。細かいところを書き込むのはリアリティを出すためかな。私とか、大半の読者には書いてあることが正しいのかわからないし。もちろん、ちゃんと調べてあるんだろうけど。
甲:オペシーンや戦闘シーンなども読み込まなくてもいいですね。

【全体について】
乙:本作は『ニキ』(二木先生)から、さらに洗練されている。
甲:登場人物が完全に逸脱してしまったら感情移入できないから、このくらいでいいのか。
乙:感情移入できる人物がいたほうが読みやすくはありますね。
甲:主人公にこうなってほしい、こうなってほしくないと思うのが面白い。感情移入はそのくらいの意味でしかないが。
丁:感情移入できるキャラはいましたか?
乙:「場違いな客」の篤と、「スタンドプレイ」の智子。行動に至るまでの過程が丁寧に書かれていたので共感できた。「占い師B」の登場人物には感情移入できなかったけど、読んでいてとても面白かった。
甲:大麻の栽培方法とか、よく調べられている。頭で考えるなり取材するなり調べるなり、やってるんじゃないかと疑われるくらいのものを書かなくてはならない。読者を騙すために。
私は大麻の栽培に紫外線ライトが必要だなんて知らなかった。知識を混ぜることで信憑性が出てくる。
乙:舞台設定が巧い。
甲:爬虫類の餌やりとかも面白い。
丙:設定を決め、描写のディテールを上げていくのが大切ですね。
乙:占い師の裏側を覗き見している気分だった。
甲:本当と思わないほうがいい。本当と思わせるのが小説。
丁:今回は、タロットそのものは書き込んでいませんでしたね。占いを書き込むと書く量が跳ね上がる。
乙:タロットは共通認識がある小道具だと思った。でも、目が悪いとはいえ、臓器提供意思表示カード(国民健康保険証)と間違えるかな?
丙:タロットカード大きいですよね。
丁:実は死のうとしていたのを止めに行く話。捻っている。
乙:お涙頂戴にならなくてよかった。人は死なない流れだとは思っていたが。
丁:普通に止めてたら直木賞候補にならない。リアリティはないけれど。
甲:昔の純文学には現実離れした話を現実に置き換える書き方があった。大江健三郎とか。そんな感じの話。異世界ではないが現実世界の隙間を描く作品。安部公房もそう。取り入れて、面白いものを書けるのではと思いながら読んだ。
乙:現実世界におけるリアリティじゃなくていい。
甲:龍はいたんですよ。昔の人が恐竜の化石を見つけて龍だと思ったから。
乙:面白かった。私も異常な人を書きたくなりました。

『檸檬』梶井基次郎(新潮文庫)

R読書会 2025.08.23
【テキスト】『檸檬梶井基次郎新潮文庫
【参加人数】11名
※オンラインでなく対面形式でした。

<推薦の理由(参加者A)>
梶井基次郎といえば檸檬というくらい皆さんご存じの作品だが、私にとっては疲れる作品。知識とか教養とか鋭敏な頭脳があれば楽しめるのだろうか。
◆例えばAIに「檸檬」「寺町通」「丸善」と入力して小説を書かせたら、こんなふうになるのでは? じゃあ、私は何のために小説を書くのか、どっちの方向を向いて書けばいいのか、悩まされる気がした。
その辺りも皆さんからご意見を伺いたくて檸檬を推薦しました。

<参加者B>
◆推薦していただいた課題図書は大体読めるけれど、今回は全部読めなかった。生活の流れを書いており起承転結がないから私は読みにくかった。また、文章が丁寧で綺麗すぎるため、本に向き合って読まなければならなかったので。
夏休み中で子どもが家にいたからざわざわしていて、檸檬」「城のある町にて」「泥濘」しか読めなかった(「泥濘」は読むだけ読んで、深く読み切れていない)。

檸檬
◆文章に無駄がなく圧倒された。自分が駄目な人間であると冒頭で書き、最後までぶれない。自分をよく見せようというところがないのが逆にすごい。人間、自分をいいように書いてしまうものなので。
◆時代の空気感が伝わってきて、本を読むだけでタイムスリップした気分になれてすごい。
◆文章にたくさんの色が出てきて目に飛び込んでくる感覚にも圧倒された。
◆余談だが、丸善 京都本店に檸檬をモチーフにしたケーキがある。食べてから感想を言いたかったけれど京都までは行けなかった(笑)。ちなみに京都BAL地下2階のマルゼン カフェ 京都店で食べられます。

城のある町にて
◆妹が亡くなった喪失感を抱える主人公が、町に住んでいる姉のもとに居候して心を取り戻していく話かなと思った。調べてみたところ、北牟婁では当時、天理教が盛んだったそうだ。
◆女性に対するきめ細やかな描写に比べて男性がぞんざい。やっぱり梶井基次郎は女性が好きなんだなと思った。

<参加者C>
◆短編なので、さらっと読めるかなと高を括っていたら思いのほか読みにくかった。とはいえ、ネットでいろいろな人の感想を見ていたら「凄まじく読みやすかった」という意見もあったので私の教養や感性が足りないせいかもしれない。
◆身の回りのものから突飛な想像や妄想をすることは私もあるが、それを美しい文でここまで細やかに書けるのはすごいと思った。確かに、檸檬の重さや感触は美しいものを換算していると言われたらそういう気がしてくる。蜜柑では軽すぎるし、林檎では硬すぎる、ような。
◆全体的に死や病、絶望が纏わりつく話が多かったが、それが逆に「生」や「健康」、「希望」を浮き上がらせているのかなとも思った。
◆101年~94年前くらいの作品だが、人間の機微は今と同じだと感じた。城のある町にてで痩我慢をする勝子だったり、「のんきな患者」で病気にかこつけて宗教勧誘する人であったり。「のんきな患者」に出てくる主人公の母は結構好ましかった。ぽんぽん物を言って。
◆全体的に私には難解だったのだが、Kの昇天はとても好き。肉体が溺れ、魂は月へ上っていくイメージが美しく、生と死は紙一重なのだなと感じた。
◆なかなかまとまった時間が取れなくて一気にまとめて読んでしまったのが悔やまれる。この本が好きだという友人が言っていたように、少しずつ味わって読むべきだった。

<参加者D>
◆読書会初参加です。書き物を始めたのだが、上手く書けないので本屋や図書館で勉強しようとしたところ、日本を代表する文学作品を漫画で紹介した本があった。檸檬もあったし、森鴎外の「高瀬舟」もあって。漫画で読んでもさっぱりわかんないな、となっていたら、Eさんに「読書会で『檸檬』を取り上げるから」と誘っていただいた。「わかる・わからないはともかく、わかる人がいるかもしれない」って(笑)。
檸檬。非常に読みづらく、とっつきにくい。三行くらい読むと次に行く気がなくなる。先ほど、駄目な人がどうこうという話が出たが、私は自分が駄目な人間と思っている。駄目なやつが駄目なやつのことを読んでも面白くない。高尚なことを書いてもらいたい(笑)。
◆時代背景があると思うが、全体的に沈んだ時代だったのかな。半分くらいしか読めなかった。

<参加者E>
梶井基次郎を読んだのは初めて。読書会は勉強になる。今まで読んだ中で『檸檬』は一番いいような気がする。
ここまで自分の気持ちを書いているのに(読んでいて)飽きない作品は、読み手にとって宝物。

檸檬
檸檬丸善に置くという行動を真似する人がいるのわかる。私もいつか仕掛けてきたい(笑)。まだ置く人いるのかな? この作品を23歳で書いた梶井基次郎はすごい。
私、皆さんと本の種類が違って(※ハルキ文庫『檸檬』)。この本にはエッセイが載っているんだけど、皆さんの本にはありますか?
C:新潮文庫の『檸檬』には載っていないですね。
E:ハルキ文庫にはエッセイが載っていて読みやすかった。薦めてくださってありがとうございます。すごく勉強になった。

Kの昇天
◆大好きな作品。
◆「ドッペルゲンゲル」はKの昇天を象徴している。ハイネの詩に影響を受けて書いたのかな。
◆太陽、月齢、影……自然界のものを総動員してKの魂を描いている。(数えたところ)原稿用紙17枚くらいで登場人物は3人しかいない。Kと、手紙を書いている「私」と、手紙の送り先である「あなた」。登場人物は少ないほうが深い物語を書ける。
◆月齢というのは毎年違っていて、私の生まれた日の月齢は20歳。いろいろな見方ができて楽しい。

「冬の日」
◆「冬の日」は素晴らしくて。
◆「季節は冬至に間もなかった」から始まる。冬至は陰の気が極まる日。そこから太陽の力が増してくる。病気で悶々としている日々に、冬至という設定を持ってきたのがすごい。普通の日ではなく、特徴のある日として書き出している。
冬至は旧暦の11月から12月にあたる。短い期間を描いた作品。
◆「~のように」は各所にあるし、メタファーもある。昔は比喩が嫌いだったが、この作品は詩を読むように読めた。
◆これは梶井基次郎が26歳くらいのときの作品。すごい。
◆私の本には誤字があって楽しかった。「堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には」っていうところ……みんな違う?(他の参加者:違わない。)私のだけ違ってて面白い。振り仮名が間違ってるのもあって。面白い! やるじゃないか。

<参加者F>
◆私はどちらかというとストーリーがある物語が好きなので、こういう作品は読んでいて疲れる。このような作品を私小説と言うのかわからないが、描写と心理描写が多く、ストーリーがない。裏道の描写が何ページも続いたり、心を表す描写も多い。
この頃の作家は学歴があるし頭もいいから、読むほうも知的じゃないとついていけないのか。
◆何作か読んだが、暑さのせいか途中から頭に入ってこなくなった。8月に読む作品じゃない。時間があれば読めるというものでもない。途中で諦めた。

檸檬
◆中学生くらいのときに読んで、そのときは感性があったから面白く読めたが、この齢になると硬化して、どこが素晴らしいかわからなかった。
◆戦争のころだから檸檬は手榴弾のイメージでは。大きさや形が似ている。爆弾という言い方をしているが、手榴弾を置いてきたイメージかな。
◆やっぱり「檸檬」は評価が高いんだろうし、丸善に置いてくるなんて面白いんでしょうね。
ストーリーがほとんどなくて1つのテーマを作品にしているんだろう。

桜の樹の下には
◆一番面白かった。文庫本にして3ページだし(笑)。桜の樹の下には屍体が埋まっている……当時からそういう話があったのか。やはり桜の樹はそこに結びつくのか。

<参加者G>
[事前のレジュメより]
檸檬について》
主人公「私」の心は得体の知れない不吉な塊で始終押さえつけられていた。それは焦燥や嫌悪である。
この先品を読んでいると、独特のイメージで表現された比喩の洪水に襲われるような気がした。檸檬を色彩・触覚・匂いなどの五感を総動員して描写している。
 ・「幾つもの電燈が驟雨のように浴びせかける絢爛」
  電灯の明かりを激しい雨のイメージでとらえているところでびっくりした。
 ・「ガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、
  カーンと冴えかえっていた」擬声語による感覚化が面白い。

城のある町にて》四百字詰め原稿用紙換算約60枚
P24「ササササと日が翳る。風景の顔色が見る見る変わってゆく」風景を擬人化している。
P18「頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、
 まるで栓をはめたように見える」栓などというイメージで表現するところが個性的。
情景描写、比喩表現が実に巧い。
人々の営みをよそから覗くような感覚でいる主人公の生き方がうかがえる。

「冬の日」》四百字詰め原稿用紙換算約36枚
P178「硫酸に侵されているような気持の底で」
P178「突然匕首のような悲しみが彼に触れた」
P163「堯の心には墨汁のような悔恨やいらだたしさが拡がってゆくのだった」
 ~またまた凄い表現。

「冬の蝿」》四百字詰め原稿用紙換算約29枚
舞台は静岡県湯ヶ島温泉らしい。17歳(昭和3年)のときの作品。
蜘蛛や蝿の「生きんとする意志」に驚嘆している。生命力への羨望が描かれている。
蝿の死と自分の運命を重ねている。病気が悪化し、いよいよ身体が衰退してくる。

☆おまけ
檸檬を読んでいて、森進一の歌を思い出した。孤独感・空虚感、修飾過剰の表現がどこか似ている気がした。「年上の女」、「北の螢」、「男の真情」などを思い出しませんか。

[以下、読書会にてGさんの発言]
◆私は20作品のうち4作しか読めなかったので、それだけしか感想を言えない。
「冬の日」を読んでいるとき、BSを観ていたら森進一が「年上の女」を歌っていた。彼の歌を聴いて、この作品に似ていると思った。修飾語が多すぎるのが苦手で4作以上読めない。そういうところから拒否してしまった。
比喩が多いと特定のイメージを押し付けられる気がする。「頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える」……確かに不自然に見えるし、とても素晴らしい捉え方だが、そのイメージで読めと言われると読みたくなくなる。
◆森進一の歌う曲は孤独感、空虚、歌詞そのものが文学的。「襟裳岬」も文学的で、すごい歌を歌っている。美空ひばりと共に歌った「男の純情」も歌詞に比喩表現が多い。
「年上の女」は直接的な歌詞で、(女が)若い男と別れてしまったという歌詞。
◆読んだ作品の中から気になった比喩表現を見返してみようという気になってレジュメにキーワードを書き出した。
「冬の日」。「「突然匕首のような悲しみが彼に触れた」……心の感じ方を、刀を皮膚にあてがえたような感覚で描いていて、良く見るとなかなかの作品。
一番好きなのは城のある町にて檸檬は比喩が洪水のように流れてきてすごい。真正面から読んでいなくて申し訳ないが。

<参加者H>
檸檬はたぶん10代のころに1度読んでいる。読んでいるんですが、そのとき琴線に触れなかった。ここで新たに一から読むような気持ちで読んだ。私は読みやすかったし、猫の出てくる話(「愛撫」)は「そうだそうだ」と思いながら読んだ(爪の話とか、猫を飼っているのでわかる)。
梶井基次郎を好きな人は好きなようで、万城目学は『鴨川ホルモー』のスピンオフ作品『ホルモー六景』の中に、梶井基次郎をモデルにした「もっちゃん」という作品がある。万城目学は他の作品でも梶井基次郎をオマージュしている。好きな人は好きなんだなと思いながら読んだ。
梶井基次郎は1901年生まれ。私の祖父と同い年だが、おじいちゃんはそんなこと考えてなかったと思う(笑)。梶井基次郎は知的な人なんだなと感じた。
◆時代背景を考えながら読んでいると、現代と変わっているところ、変わっていないところがそれぞれあって面白かった。

<参加者I>
◆掲載順通りでなく、冒頭を読んで面白そうなものを読んだ。
◆Fさんが仰ったとおり、あんまり暑いときに読む作品ではない気がする。作中の季節が冬だったり、書かれている内容的に。

檸檬
◆学校の教科書に載っていて、なるほど、そういう想像力か、と感心したことがある。
この檸檬は両義的なものだと思う。しょげかえっていた自分を鮮やかな檸檬に込めて爆弾として置いてくる……不穏。
冒頭の「えたいの知れない不吉な塊」は檸檬と同じじゃないかと考えた。不吉の塊と見えていたものが檸檬に変化することで受け入れられ、それを社会に突きつけ返す、と読めた。

「泥濘」
◆読んだとき、ぱっと読めた。ただ、そのときにはすごく感銘を受けたが、どういう種類の感銘か、説明するのが難しい。ストーリーがあるようでない。衝撃は感じるが言語化するのが難しい。何度も繰り返し読んで味わう作品なんだろうなぁ。

◆読めば読むほどすごく深く読める。好きなタイプの作家。この時代の作家は、私の文学観のスタンダードなので親しい。

<参加者J>
◆私も中学校か高校の教科書で読んだ記憶がある。そのとき綺麗な文章だなと感じた。読み返して、梶井基次郎のすごさに圧倒された。紹介してくださってありがとうございます。
◆背景やスペックの高さがあり難しかったが面白かった。私も全編くまなく読んだのではなく、食指が動いた作品をとびとび読んだ。

桜の樹の下には
檸檬桜の樹の下にはは短いから読んだ。桜の樹の下には屍体が埋まっているという都市伝説がありますよね。梶井基次郎が始まりですか?
I:坂口安吾も書いてましたね。
H:梶井基次郎のほうが先ですね。
J:桜の花は他の花にない妖艶さがある。ぱっと咲いてすぐ散って……桜ならではの魔力を言い当てている感性がすごい。最後に「今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする」と大切なことが書いてあり、面白い。読み手が、いろいろな意味で捉えられる。私だったら一文ではなくずらずら並べてしまうと思う(「花が美しいと知ったので」とか)。

「冬の蝿」
◆まさに題名。冬に衰えた蝿へ自分を投影して考えている。素晴らしい。

Kの昇天
◆いいな。ただ、現代では発禁になるんじゃないかと心配になるほど死を美化している。
人が死ぬとき笑うことがあるという。だから死ぬことは幸せなんだ、という説を以前聞いたが、この作品ではそれに近い、昇天に対する肯定が描かれており、自殺教唆になり得るかもしれない。
歌手のA美嘉が「僕が死のうと思ったのは」という曲を韓国で歌い、同曲が韓国でもカバーされたのを思い出した。そういう作品に共通する、死に対する憧れが読み取れて、いい作品だが危険でもあると感じる。
◆それだけ死を見つめていたからこそ生に対する喜びや命を感じていたのだと思う。現代では医療が発達しており健康な状態でいるのが当たり前になっているが、当時はそうではなかった。だからこの切迫感が出る。
E:梶井基次郎は17歳で結核を発症したんですね。
J:そして身近な人もどんどん亡くなっていく。

「のんきな患者」
◆主人公の母親ものんき。軽妙な会話を入れるなど、悲惨な状況をユーモラスに描いており、作者の登場人物との距離の取り方が上手い。Bさんが仰ったように、普通はいいところを見せようと邪なところが出るが、駄目な自分(のキャラクターの)ままで距離を保てるセンスがすごい。

「交尾」
◆タイトルに怯えずに読んでほしい。すごく軽やかでカラッとしている。「性」ではなく「生」、命の輝きを描いていると捉えた。全然ベトッとしていない。

◆もし31歳で亡くならなかったらどんな作品を書いていたんだろう? 完成してしまっているから村上春樹みたいになっていたかもしれないし、社会運動みたいなことをしたかもしれない。
E:皆さんの本の解説にはお父さんのこと書いていますか?
G:新潮文庫には淀野隆三の解説が載っている。
E:私の本には「父宗太郎は婿養子だが、酒色に溺れ、家庭の外にも子を数人儲けた。母ヒサは理不尽に耐えて家庭を守り、庶子たちを引き取って養育した」とある。
J:当時のほうが大らかですよね。
E:祖母が結核だったため感染したとされている。
G:基次郎より先に家族三人が結核で亡くなっている(祖母、弟、妹)。
E:梶井基次郎には、四条大橋で友人に「肺病になりたい、肺病にならんとええ文学はでけへんぞ」と叫んだ、という逸話がある。
G:私は筑摩書房梶井基次郎全集を持っている。その中に、母や、友人である近藤直人と交わした手紙も載っている。祇園で遊んで暴れたり大変だったが、母はそういう息子を大切に扱っていて、そんな母への想いが強かったようだ。
死の病に取り憑かれており、それだけに命あるものの輝きに非常に敏感で、自分の見たものを緻密に描こうとするのが感じられた。
肋膜炎のほか神経衰弱も患っていたが積極的に遊んでいた。東大に入ってからは、派手な遊郭での遊びなどは減ったようだが。
J:ドッペルゲンガーみたいなところがあったんでしょうね。

<参加者K>
◆今回のテキストを読む前に、まず自分の作品を書かなければならなかった。8月13日に書き上げて、しばらく休んで、この本を手に取ったのが3日くらい前。先に書いていてよかった。先に読んでいたら書けなかったと思うくらい魅せられた。
◆小説を物語として読む方法もあるし、表現や描写を掴み取るのも好き。作家がどのような見方をして、どのような表現をするのかに惹かれる。素晴らしい表現に出会うと感動する。この作品は素晴らしかったので、先に読まなくてよかった。2、3日前から読み始めたが、どれも素敵。
◆作者は私が生まれるより前に生まれている。
◆死の直前の心理状態が描かれている。私も心不全なので今日のこともわからない。朝起きて「また生かされた」と思い、夜が来たら嬉しい。苦しくて、朝、目が覚めなければいいのにというときもある。だからすごくわかった。でも私にはこのような表現はできない。文章はこういうふうに書くんだ、と思った。
◆古い小説がなぜ発行されて読まれているのか。古いとか新しいとか言うべきじゃない。時代がどうあれ、いいものはいい。
「交尾」も読んだし、「のんきな患者」が一番いい。
「冬の日」の内容はあまりにも私に似通っている。痰の色とか細かく書いていて。私の代弁をしているようだから怖くなって、読みかけてすぐにやめた。
◆小説について詳しく説明したり感想を言ったりする読み方はしていないが素晴らしかった。
梶井基次郎は死を見つめながら生きていた。感性を持ち、病気を得て、母の理解があり……そういうものがあったから書けた。そういうものが相まって、これらの作品が生まれたのでは。病気になっても書けない人は書けないから。
◆AさんがAIのことに触れられたが、「生成AIが使われても、最後は人間の書く原点に帰るのではないか」と新聞で読んだ。わからないが、私もそうだろうと思う。

<参加者A(推薦者)>
◆皆さん、しっかり読んでくださってありがとうございます。皆さんの意見を伺って、読むときの年齢や状況によって受け取り方が違ってくる――そういうものを優れた作品と言うんじゃないかと思いました。
◆なぜ私がAIにこだわるのかというと、NHKの番組『知的探求フロンティア タモリ山中伸弥の!? AIは人間を超えるか』を観て、単語をたくさん持ち、構成力もあるAIに人間は敵わないよな、と思ったから。AIは一つの単語から次の言葉を選ぶ。あらゆる語彙からピシッと選ぶ。繋がる語彙に揺らぎが無い。重なっていって、文と文の間に、風が吹くような揺らぎが無い。
じゃあ完璧な文章って何だろう? 梶井基次郎の小説はすごいけれど、それをAIも書けるんじゃないかと思った。

<フリートーク
【AIの活用について】
E:AIに梶井基次郎のような小説、書けるかな?
J:これからは書けるかも。
A:AIは作家の文章を学習している。どうしたら感動させられるのか、選べる。じゃあ、「寺町通」「檸檬」「丸善」というキーワードを打ち込んで、AIの豊富な知識を入れたら檸檬のような作品を書けるんじゃないか。それならば私は何のために小説を書いているのか?
G:私は書こうと思っている作品についてAIに訊いたことがある。80代男性と20代女性が恋愛をする話だったが、すぐ答えてくれた。タイトルから会話(2人の年齢が違うということでチグハグな会話例を提案された)まで出てきて、これはある意味では敵わないと思った。でも、自分で書くしかないから。
C:仕事でちょくちょく使っています。要点をまとめるときや、丁寧な表現に変えたいときに便利です。プライベートでは、いろいろな文章を村上春樹風や京極夏彦小川洋子風に変えて遊んでいます(笑)。
E:AIの短歌は全然駄目。でも、どう書くか迷ったとき、わかりやすい表現を教えてくれる。
K:自分で考えるのが馬鹿馬鹿しくなりそう。
C:AIはまだ感情や細かなニュアンスはわからないから、作られた文章も人の手を加えたほうがいい部分はある。でも要約をさせると、とても優秀。AIを利用することによって私たちもよりよいものを書けるかもしれない。
E:相談相手になってくれるし(笑)。
C:愚痴も遠慮なく言えますね(笑)。
J:私はこの間、娘が里帰り出産しにきたときAIに助けられた。どう娘と接していいのかAIに訊ねた。時間関係なく答えてくれるし、AIの言う通りに実践したら娘の態度が柔らかくなった。娘もAI使ってるんじゃないかな?(笑)
E:できない、じゃなく、どんどん挑戦してみるといいんじゃないかな。AIが全部正しいわけじゃない。間違いも結構ある。

【ガジェットが象徴するもの】
E:「桜の樹の下にはに薄羽かげろうが出てくる。「その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ」……その書き方すごい。「それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅が、光にちぢれて油のような光彩を流しているのだ」
なんで薄羽かげろうなのか。思った人いますか?
薄羽かげろうの幼虫は蟻や団子虫などを食べて成長するが、成虫になったら口が退化して何も食べられなくなる。大人になったら交尾だけして死んでしまう。
「べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん」は、薄羽かげろうの生態に繋がっている。この時代はネットがないのによく調べていて無駄がない。すべて意味がある。さーっと読んでしまったらもったいない。
Kの昇天」、「冬の日」も、さーっと読んだらつまらない。季節は冬至……クイズみたいに読んだ。
G:読み解いてほしいんだけど。檸檬で、Iさんは檸檬が「不吉の塊」を象徴しているんじゃないかと仰った。私は茶目っ気として取ったが、Iさんはユーモアとして見ていない。丸善檸檬を置くという行動は何の象徴ですか?
I:「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」……通っていながらも気詰まりなわけですよ。
G:檸檬と不吉の塊を結びつけるのすごい。
J:ものの本によると、就職氷河期の人に檸檬を読ませては駄目、といいますね。テロみたいにしちゃうから。社会に対する怒りを爆発させて。
I:爆発はしないもの(=檸檬)を怒りに置き換えている。これは文学的テロリズムですよ。不吉の塊が檸檬として出た。世の中って、「死ぬ者は死ねばいいし、我々はちゃんとしている」と決まりきっている。
J:丸善は、知識の権威の象徴。
I:俺の文学的才能でひっくり返してやる――そんなものも入ってるんじゃないかと思うんですけど。これは想像として文学で書いてあるからいいけど、本当に吹っ飛ばしたらテロですよ。
E:こういうの割とあるんじゃないかと思ってて。忙しいけど祭りに参加しなくちゃならないとき、事故が起きたら開催されなくなるのに、って考えたり。実際にはしないけど、想像することで別の考え方が見つかる。
J:破壊衝動のような。こういうところだけ切り売ってバズったり炎上したり、危険だと思う。
I:こういう怒りの表明はいいですね。誰が見つけても、ただの檸檬だから。
E:「レモンエロウ」っていうのがいい。「イエロー」じゃなくて。
J:当時の日本語のほうが英語のネイティブな発音に近かったのかもしれませんね。
E:私、ずるして安いほうの本(ハルキ文庫)買ったから5編しか載ってないけど全部いいの。
G:ちくま文庫には25編以上入っている。

E:初参加のDさん、いかがでしたか?
D:私が檸檬を読んで面白くないと思っても、面白いと思っている人がいて、話を聞くとためになる。
何かを飲むときの器も、人によって「陶器がいい」「ガラスがいい」と分かれるように、小説も同じ。この読書会にも檸檬が面白いという人ばかりが集まっているわけではない。檸檬って面白いよね、とか、この表現が……とか力説する人がいると思ったが、まともな会話をしてくれた。
E:来てよかったってこと?
D:来てよかった(笑)。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』フィリップ・K・ディック、朝倉久志訳(ハヤカワ文庫 SF)

Zoom読書会 2025.07.26
【テキスト】『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック、朝倉久志訳(ハヤカワ文庫 SF)
【参加人数】出席4名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者A)>
◆私が初めて読んだのは2ヵ月くらい前。色々な作品に影響を与えているSFの古典でずっと読みたいと思っていたから、別の読書会で推薦させてもらった。そのとき、「中盤、ミステリーみたいで面白いな」「この観念的なラストはどうなんだろう?」などと感じたので、小説を書く人がメインのこちら(Zoom読書会)でも、皆さんの意見を聞いてみたくなった。
◆また、AIが身近になった今、タイムリーなテーマかなとも思う。1968年に出版された作品ながら新しいとすら感じたのですが、皆さんは如何でしたでしょうか?

<参加者B>
◆生命の定義を問う、メッセージ性の高い作品でした。
高度な機械生命体と生命体の差違と共感ボックス、バスター・フレンドリーの番組といった様々なガジェット一つひとつがマクガフィンとなり、最終的にある種の生命賛歌へと収斂されていく様が圧巻だった。
◆とくに魅力的なのは、特殊者(スペシャル)という烙印を押されたイジドア。職場でバカにされながらも、マーサー教を信じ、蜘蛛を大切にし、破れかぶれに活躍した彼からは気高さを感じた。イジドアの在り方は、最後、運命に電子生物のヒキガエルを掴まされたデッカードとは対照的だと思う。
◆また、保護すべき自然動物をわざわざ買い求めて飼うという「正義」は、規範に忠実であろうとし、どこか本末転倒にも思えるようなことになりがちなアメリカ人の価値観を皮肉っているようにも感じられた。
◆映画『ブレードランナー』(1982年、アメリカ)のラストとは全く違う内容で、最初は戸惑ったが、読みがいのある良い作品だった。
◆ラストは個人的に好き。間違いながら、ボロボロになりながら、間違いを犯しながら生きていく彼にとっては救いのある優しいエンドだと感じた。

<参加者C>
◆『ブレードランナー』は美しい映画だったイメージがある。
◆『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は大昔に読んだかもしれないが、覚えていないので実質初読
◆古典だが予見的。孤独を紛らわすSNSのような存在があったり、メディアも現代のよう。
◆ストーリーラインのとりとめなさから、書きながら考えていたのではと感じた。
◆とくにニセ警察の強引な設定に作為を感じた。
◆だが、最後は先の展開が読めず、決まったストーリーラインから外れたオリジナリティを感じたのでよかった。
◆友達だと思っていたアンドロイドがクモの足を切るのを目の当たりにして、やはり人間ではないということを実感する部分はよくできている。

<Dさん>
◆最初は読むのに苦労した。短時間で世界観に入っていくのが難しい。情調オルガンなど細かい設定を理解する必要はないが、世界の仕組みや用語を受け入れなくてはならないので。
そんなふうに最初は難読だったが、有名な作品だから面白くなるだろうという期待が読み進める原動力となった。
◆火星から逃亡してきた8人のアンドロイドの征伐から物語が動いて面白くなる。細かい部分は読み飛ばしながら読んだので理解できていない箇所もあるが、わからないままに突っ走ったらわかったところもあるし、乗って読むことができた。その辺りの構成が上手いのかなという気がした。
◆人間より優れたアンドロイドを殺していいのか、というのが1つのポイント。
自分より劣る機械だからと殺していても、レイチェルやオペラ歌手のミス・ラフトなどは人間より優れている。主人公の考えが変わる過程が上手く描かれている。
感情移入できるかが人間との境目、という考え方はどうなのかな。リックはアンドロイドに感情移入してしまっているし、アンドロイドもリックに感情移入しているのではと思わせられる。将来、アンドロイドはどう発展していくのか? 物語はそこまで書いていないが、フォークト・カンプフ検査が成立しなくなったとき、彼らとどう共存していくのか興味深い。
現実に人間同士だって考え方が違う。日本人と外国人も考え方が違うし。外国人問題と置き換えて読める。
◆評判の作品だけに奇想天外の展開になるんじゃと身構えたが、オーソドックスな展開に想えるのは、(この作品が書かれて)50年の間に、SFに対するリテラシーがついてきて、現代の読者に馴染んでいるから。だから読みやすいのかな。
◆いろいろな発見があって面白かった。
◆ファンタジーやSFは作品で得た知識を他のところで活かせないのが困ったところ。

<参加者A(推薦者)>
◆この作品、時間にしたら短い間の話ですよね。いろいろ起こって内容は濃いんだけど。昨日の今日で、奥さんといい感じに収まるんだと思った。
◆機械の長所は合理的に判断してサクサク進めることだと思うのだが、思考を人間に近づけるとそのメリットがなくなってしまうのではと思った。シンプルな機械のほうが使い勝手がいいよな、実際逃げてしまってこんなことになっているし……と思いながら読んだ。
◆作中でも触れられているように人間でも機械みたいな反応をする者がいそうだし、アンドロイドも肉を使って作られ、傷つけば血が出るのなら、それはほぼ人間ではないかと思う。感情がない人間もいるかもしれないし、じゃあ人間って何だろう? そんなことを考える機会になった。
◆中盤、「リックも実はアンドロイドなのか?」とドキドキしてすごく面白かったが、最後のほうは観念的で、また、ラストはこんな感じなんだと思ったので、フリートークでも皆さんの意見を伺いたいです。

<フリートーク
【世界観について】
A:私は映画の『ブレードランナー』を観ていないのですが、だいぶ違うんですか?
B:ブレードランナー』はかなり設定を削ぎ落している。デッカード(リック)が人間かアンドロイドか曖昧になっていく。本筋は同じだが簡略化されている。
D:確かに2時間で全部詰め込むわけにはいかないので原作から大体削る。小説を膨らませた映画は『砂の器』(1974年)と『泥の河』(1981年)くらい。宮本輝の『泥の河』は短い小説。
A:削ぎ落とさないほうがいいのかな?
D:そうすると説明しないといけないし、説明に尺を取れないし……
A:アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の世界はディストピアなんですかね? ディストピア小説に分類されているのを見たことがあるけれど。
B:ディストピアとはちょっと違うのでは。管理されていて、思想は全体主義的で、みんなバスター・フレンドリーの番組を観ているなど似ているところはあるけど、コントロールされているわけではないから。アンドロイドにとってはディストピアかも。
D:これは、もともと管理されていた世界ではなく、放置された世界。それをディストピアと言うのだろうか? 火星移住がユートピアなのか? 描かれた現実とは異なる世界が生きにくいものならディストピアと判断してしまう見方があるのかな。中身はだいぶ違う。
C:核戦争後のアフターカタストロフでは。
D:逆に言えば、火星で生きられない人の逃げ場であるという考え方もできる。
AIがどうとか仰っておられましたよね。AIにフォークト・カンプフ検査の質問をしてみたところ、「私には人間のような感情はないが人間の感情を調べてみます」と躱された。そして、人間の行動を調べてみたらこう……と返ってきた。なるほど、賢い。いろんな答え方がある。
A:今のAIはすごく自然にやり取りできますよね。人間より気が利いたことさえ言うし。ゆくゆくは人間と区別がつかなくなるかも。
D:アルゴリズムは知らないが、まともに答えないように作られている。人間がどう考えるか客観的に答える。AI自身が主体にならず、感情を出さないようにしている。
そこを作中のアンドロイドはマスターしてしまっているんですよね。
人間より優れたアンドロイドを作るメリットは何か。火星で労働をさせるためなら人間より賢くある必要はない。アンドロイドを使って世界征服を狙うとかならわかるけど……自分勝手に動きだして人間が困っている様子を描きたかったのか?
A:ローゼン協会が不思議ですよね。
D:やってみたい、作ってみたいという探求心からかもしれない。クローン作りみたいに。
C:描かれていないだけで普通に働いているアンドロイドもたくさんいるんでしょうね。
D:ネクサス6型は全部で何人いるのか。従属的なものを殺す必要はない。飯の種がなくなりますね。
A:研究が進んでさらに人間に近くなったり……
D:そうなると、あのテストで見分けがつくのか。今のAIみたいに躱すアンドロイドも出てきそう。レイチェルみたいに。この世界の続きが見たかった。アンドロイドが否定しまくって、テストの意味がなくなるのを見たかった。
A:それはもうほぼ人間なのでは?
D:感情がないので心がない。蔓延ったら困る存在。クモの足を切るなど残酷なことを平気でやる。そうならないアンドロイドも作れるかもしれないが、それなら作る意味がない。2年しか生きないなら人間のほうが効率的だから。

【テーマについて】
D:レッシュは人間?
C:レッシュが人間だったせいで、じゃあニセ警察は何だったんだって。
D:火星からやってきて、ニセ警察に雇われて、それまで何していたんだろう? 記憶を書き換えられて騙されたのかと思っていた。
C:作中の話を信じるなら、人間の記憶は書き換えれないから本物を殺して成り代わった。作者は書きながら、リックはアンドロイドということにしようかなとか思っていたのかな。プロット切らない作家さんなんでしょうか。
D:以前読書会で取り上げた『華氏451度』の設定も半分忘れてしまっている。覚えていたら次の作品を読むとき邪魔になる。次の作品を読むまでにいかに忘れられるかが大切。
A:現実と異なる世界が舞台の作品だとそうなりますね。
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』というタイトルに関してはどう思われますか?
D:寝る時に数える羊と関係あるのかな。
A:ネットで検索すると、「人工知能も、(電気羊を欲しがる人間のように)電気羊のことを夢に見たりするのだろうか」と解釈している方がいました。
C:作者はタイトルから考えた気がする。
B:イエス・キリストは自らを羊飼いになぞらえていた。イエス・キリストが隠れている。
D:それならそう書かないと、せっかくのアイデアがもったいない。
A:最後、宗教的でしたよね。リックがマーサー教のマーサーのようになっていたけれど、そもそも石を投げられるのもキリストがモチーフだろうし。
B:最後、砂漠のシーンは白昼夢のようだった。
D:最後のシーンはヒキガエルを見つけるために(作者が)行かせた気がした。
動物愛、でもそれも人工の物だった。じゃあそのカエルは誰が砂漠まで連れて行ったんだという疑問は残るが、終わらせ方として悪くない。徒労感、世の中上手くいかない、みたいな。
C:打ち切りっぽいけど、いい感じですね。
B:最後、『ギルガメシュ叙事詩』(古代メソポタミアの文学作品)に似ている気がする。永遠の命は見つからない、じゃあ命を大切に生きよう――生身のカエルも、電気ヒキガエルも命には変わりないから大切にしていこう。
A:電気のカエルを大切にすることは、アンドロイドを殺すことへの答えなのかな。

【アンドロイドと人間について
D:砂漠で電気の補充はどうしていたんだろう。そのうちYOSHINOさんが開発してくれるか。
C:ライトニングするなら組み込んでもいい。
D:犬でも猫でもいいところを羊から連想したから羊なのか。羊邪魔になるもんな。
C:毛、伸びるんですかね? 隣人の手前、狩ってみたりして。
D:そこまで考えちゃいけない(笑)。どんな作品でも粗を探せばいくらでも出てくる。
C:その場その場の印象で読まなくちゃですね。
A:人間が羊を数えるみたいに、アンドロイドも羊を数えて眠るんですかね。「sheep」と「sleep」が似ているからとか、英語じゃなきゃ意味なさげですが……。
D:もともと向こうの文化だから、日本人より海外の人に刺さるのかも。
しかし電気掃除機に感情移入する人がいるくらいだからアンドロイドもそうなんだろうなぁ。
B:人間に近いと親しみが湧くのでは。
A:中途半端に近すぎると不気味の谷現象が起きてしまう。
D:アイコラを作るとき、体を入れ替えると不自然になる。人間の感覚としてあるんでしょうね。
A:少し違うかもしれないけど、人形が怖いという人は結構いますね。
D:夜中に見たら怖い(笑)。小さい頃、夜中にお雛様を見たとき怖かった。
A:人間に近いと、取って代わられるかもという恐怖心が出てくるのかも。ネアンデルタール人とか、別種の人類を滅ぼしたのも似たような理由だったりして。
D:見た目はひこにゃんみたいで頭だけすごくよかったら大丈夫かな?(笑)
C:ゆるキャラ、リアルに動いてたら怖いですよ。
D:昔、子どもがディズニーランドに行ったとき「ミッキーがあんなに大きいとは思わなかった」と言っていたなぁ(笑)。

C:アンドロイドの利点は人間の設備をそのまま使えることですかね。トイレとか。物を食べてたから排泄はするだろうし。脊髄調べないと人間と区別がつかないくらいですから。
A:食べて排泄するなら、そこまで人間に近くないほうがコストかからない気がする……。
D:なぜ有機体は生まれたのか。進化して人間になっている。アンドロイドだって流れで作られていきますよね。進化の過程をスピードアップしたらいい。40億年を40年くらいに。NHKの人体特集観たら、あんなの作れるわけないと思ってしまうが。ミトコンドリアとか、あんなものが自然にできてくるんだから。
A:生命ヤバいですよね。
D:人間って安上がりなんですよ。
C:人間が貴重な世界では、特殊者以外は大切にされるんじゃないかな。
D:特殊者も使い道がある。結構賢い。アンドロイドであることを見抜くし、彼らが友達でないことも見抜くし。特殊者の設定がわからない。作者は人間が決めつけるのがだめだと言いたいのか? 人事考課もそう。烙印がついたら上に上げない。人間が決めている。ニュートンアインシュタインも子どものころは馬鹿にされていた。
A:差別や決めつけなどへの反発も感じますね。その辺り、映画では描かれているんですか?
B:出てきました。
A:映画、観ておけばよかったなぁ。
B:個人的には混乱した。情調オルガンとか出てこなかったから。
D:今なら仮想現実を見せるヘルメットみたいなものか。
C:もっと直接的に脳内物質を操作してるんですかね。煙草を吸うみたいな感じで。
A:それ、現代は薬でやってないですか?
C:そこはSFっぽくサービスで(笑)。

【今後の読書会に向けて】
D:読む機会を与えていただいてありがとうございました。有名な作品は、つい食わず嫌いになってしまう。
A:推薦してよかったです! 実は(本日欠席の)Eさんお薦めのSF作品があり、私もまだ読んでないのですが、読む前に古典を履修しておいたほうがいいのかなと思いまして。長い作品だから2ヶ月くらい前から告知するかたちで取り上げようかと。
D:Eさんのお薦めは難しそう。『屍者の帝国』(伊藤計劃☓円城塔/河出文庫)もそんな感じだった。
A:屍者の帝国』、この読書会で取り上げましたね! 『屍者の帝国』のときも思ったけど、SFって最後、観念的になるんですかね?
B:攻殻機動隊』(士郎正宗による漫画、それを原作としたアニメ)もそんな印象。観念とか概念にいきつく。
A:観念的にされると、はぐらかされてる気がする。私は、事件解決しました、犯人わかりました、みたいにスパーンと終わるのが好きなのかも。
D:ともあれ、今回の作品の設定は忘れたほうがいいですよ。次の作品を読むときに影響するから(笑)。
後から書かれた作品に影響を与えているものはオーソドックスで読みやすいけど。タイムマシーンとか説明してなくてもわかりますよね。

『パイド・パイパー』ネビル・シュート、池央耿訳(創元推理文庫)

Zoom読書会 2025.06.21
【テキスト】『パイド・パイパー』ネビル・シュート、池央耿訳(創元推理文庫
【参加人数】出席4名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者A)>
ハードボイルドを読みたい気分が定期的に襲ってくる。AIにおすすめの作品はないか訊ねたら、この本を紹介された。
読んでみて優しい小説だと思ったので読書会に推薦した。2月に私が推薦した『テスカトリポカ』はハードコアすぎたので(笑)。とはいえ、今回の作品も結局ナチが襲ってくるんですが。

<参加者B>
◆面白かった。いい話を読ませていただいた。善意あふれる書きっぷりと、主人公もストーリーも好感が持てる設定で、気持ちよく読める。
◆「パイド・パイパー」とは「ハーメルンの笛吹き男」に登場する笛吹き男のことだが、このタイトルはハワードには気の毒かも。彼は善良な老人なので。
子供がだんだん増えてくるからパイド・パイパーなのか。ローズまでは気づかなかったが、ピエールが加わったとき納得した。その辺りから引き込まれていった。
◆ストーリーをこれだけよく考えられたなと思う。さまざまな困難を用意して乗り越える。それぞれ角度の違う障害の連続で、戦地を横断していく感じが得られた。
◆出てくる人たちのほとんどが善意の人で、助けられながら進むのに好感が持てる。大勢の人がなぜ手助けしてくれたか? それが人間。
子供たちがいたから助けてくれた。ハワード1人だけならどうだろうと思いながら読んだ。
◆最終的には子供7人。上手に書き分けられている。小説家としての腕の見せどころ。
でも無邪気すぎないか、最初の兄妹。子供らしいといえばそうだが、戦時下、子供にも感じることがあって無邪気ではいられないのではないか。しかし、あとから出てくるピエールやヴィレムにその役目が委ねられ、対比になっている。
最終的にはピエールたちが子供らしさを取り戻していく。そこを描きたかったのでは。
◆老人の立場からの乗り越え方、子供の立場からの乗り越え方の対比が面白かった。
◆最後の山場がなかったら単調なまま終わったのだろうか。山場が必要だったから、そのためにアンナという少女を登場させたのか? アンナの合流は偶然。アンナで収束されることに作為を感じた。盛り上がりも収束も必要だとすれば出し方の一つか。そこが少し、小説なんだな、という感じがした。
◆解説を読んだらNHKでドラマを放送していたらしい。ピーター・オトゥールがハワードを演じていたそうで、観てみたかった。

<参加者C>
◆「英国紳士よ、かくあるべし」と謳っているような小説だった。
スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」の歌詞を思い出す。年老いた英国紳士として、下手にアグレッシブに動かず、冷静沈着に、ユーモアを忘れずどっしりと構えて動く「戦時下の英国紳士の在り方」を標榜するかのような内容だったように思う。
◆子供たちがむずがったり、ヒヤヒヤさせるような描写が多く、子供が何かしらの爆弾を抱えながらイギリスを目指すというのは、確かに冒険小説としては意外と無いタイプの物語だと感じた。とにかく子供の数が多く、ハワードがまるで幼稚園の先生のようになりながら、多種多様な民族の子供を率いていくのが興味深く感じられた。
◆ただ、それが冒険小説としての外連味というか面白さに繋がるのか、と言われたら、個人的にはそうも思えなかった。冒険小説といえば、『ハックルベリィ・フィンの冒険』(マーク・トウェイン著)だとか『宝島』(ロバート・ルイス・スティーヴンソン著)くらいしか読んだことがなかったけれども、ワクワクしたりハラハラしたのは、そちらの方が上ではあった。
それは子供が概ね従順で、最終盤以外に、そこまで大きな「やらかし」がなかったからだと思う。この辺は、作者であるネビル・シュートも、どこで「子供がやらかして、ハワード一行が窮地に陥るのか」を計算ずくで構想を練ったように感じた。
◆最終盤は、ドイツ軍との駆け引きが生まれて、一番スリリングだと感じた。
◆解説では、ハワードとニコルとの間に微かな恋心が芽生えたという旨の記述があったが、個人的には同意しかねる。ハワードの心の支えになったとは思うけど、それはあまりに恋愛脳的な発想ではないか。ストイックさと、たくさんの子供を案じ旅路に加える高潔さを持ったハワードが、自身の息子の恋人に懸想するのは、個人的にはちょっと考えにくい。
◆世界史を勉強しながら第二次世界大戦のことをまるで覚えていない身としては、国家間の関係や侵略された時の心構え、タブーを知ることができて、興味深い作品だった。

<参加者D>
ロードムービー的な要素もあって面白かった。設定だけ聞くと、裏切る子供や密告する大人も出てきそうだが、途中まで読んで「あ、この作品の主要登場人物に悪い人はいないんだ」「(主要人物は)たぶん誰も死なない」と安心して読めるようになった(昨今の小説だったら邪悪な人が出てきそう)。子供たちも、みんな賢くていい子たち。英語を喋ってしまうロニーとシーラに若干いらいらさせられたが。
◆ヨーロッパの地理がわからず距離感が掴みづらいのでGoogleマップを見ながら読み進めた。
◆チャレントンが銃殺されるところは緊張感があった。ハワードと関わりがあった人物が現在形で命を落とすのは初めてだったので。彼はスパイだったのですよね?

<参加者A(推薦者)>
◆戦史は結構好き。1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻の後、1940年5月のドイツ軍のフランス侵攻まで、ドイツとフランス・イギリスの膠着状態が続いていた(→まやかし戦争)。ドイツが攻め込まないのでなんとなく終わるんじゃないかと思われていた、いい時期を舞台に選んだと思う。
◆額縁構造で安心して読める。現在時、ハワードは生きているし、子供たちも生きている(ハワードは子供たちが全滅したのにコーヒー飲んでるようなじいさんじゃないので、子供たちも無事であろうことがわかる)。作者の優しさを感じる。
◆子供がハイル・ヒトラーと敬礼するのも面白いし(P331)、いい飛行機と悪い飛行機が逆転するのも面白い(P250)。戦争の描き方がすごい。
◆ドイツ人を絶対悪として書いていない。戦争はいずれ終わるし、またドイツ人と付き合っていくしかないというリアリズムを感じる。
◆ハワードはいい生活をしていると思った。日本に当てはめると、引退した弁護士が銀座でコーヒーを飲んでいる感じだろうか。
◆老人だからかアクション要素はとくにない。淡々と、ラッキーによってイギリスに帰れた。
◆視点が気になる。「ここ数ヶ月、これほど気持のいい朝を迎えたことはない。はじめて自分に責任が生じたためであることに、彼は気がついていなかった。」(P49)など、それ誰の視点? という箇所がある。
◆この作品のように同時代を生きた人が書くと歴史小説にならないのかな? 史実では第二次世界大戦にスペインは参戦しないし、ナチス・ドイツは敗戦するのだけど。

<フリートーク
【各国の国民性、戦時下の暮らしなど】
D:戦争をリアルタイムで書いた作品なんですね。こういう作品は歴史小説というのかな?
B:同時代を描いたものはルポルタージュだという人もいる。
A:この作品が書かれたのは1942年。第二次世界大戦の最中。
B:(私も歴史小説を書く中で)作り話でも資料に基づいて書かれているならノンフィクションとして読まれることもあるかもしれないけれど、それは一つの褒め言葉として受け取っておいて、「これは歴史小説だ、俺が書く歴史小説はこうだ」と言えないかなと思っている。
さておき、ハワードにイラっとくるのはイギリス人だから(笑)。ホームズもそうなんだけど。イギリス紳士を敢えて書いている。フランス人やドイツ人との違い。誇りに思っているのかわからないが。ヨーロッパ人ではない我々にはわからない。
『ルパン対ホームズ』(モーリス・ルブラン著)ではフランスとイギリスの習慣の違いが出てくるが、あれを読んでいるような気持ちになった。
A:『パイド・パイパー』ではイギリス人から見たフランス人が書かれている。イギリスの都合よく書いている。
D:ヨーロッパってどんな感覚なんでしょうか。ヨーロッパに日本地図を重ねてみると、実はそんなに広くないですよね。地続きで、いろいろな民族がいて……
B:イギリスとフランスは同じ国だった。薔薇戦争とかあって……シェイクスピアの作品の題材にもなっている。また、英語とフランス語は似ている。青森と鹿児島くらい、といっても文化背景が違うので同じに読んでいいかはわからないが。
A:英語はフランス語から語彙を多く取り入れていますからね。
B:男性名の「ヘンリー」と「アンリ」だって変化してるけど同じ名前。語源は同じ。そういった意味でイギリスは島国ではない。日本は島国だけど。
A:ずっと接触があったわけですよね。
パリをかすめて危険なルートを通っている。交通網的にパリに近づかないと帰れないのか? 真西に向かったほうが安全そうに思えるのだが。たぶん、パリから放射状に交通網が伸びているんでしょうね。
B:(私は歴史小説を書くが)歴史小説を読む人が、地名が煩わしいという気持ちが何となくわかった。
私は、地理的背景は無視して読んだ。大変だなぁと思いながら。マジノ線など、敢えて調べないで、そんなのあったなぁと(笑)。無視しても読める。しっかり読む人、流して読む人、どちらにもいいような書き方がある。
小説とは、微に入り細に入り、読まなければならないのか。書き過ぎるのもよくないと思う。
A:ナチス・ドイツにパリが占領されてすぐ、ドゴールがヴィシー政権を認めず抵抗を始めたんですよね。その辺りが気になる。
B:そんなふうに読者に興味を持たせて調べさせる書き方、理解させる書き方も可能かも。
とりあえず筋を追うのなら細かいところは無視しても何の影響もない。ドイツ怖いなぁ、飛行機怖いなぁで充分じゃないか、と読ませてもらった。
D:意外とドイツ軍、紳士的でしたね。
B:あれも書き過ぎていないからいい。姪のアンナを逃がしたことをヒトラーに知られたらディーセンがどんな立場に置かれるか。かなりの冒険だと思う。それだけ姪が可愛かったのだろうけれど。結局ドイツは敗けるし、あの辺りは微妙。
A:数ヶ月で終わると思っていたんですよね。
B:数ヶ月で終わるんですね。イギリスが占領されて終わるのかと思ったら、ドイツが敗けて終わる(1940年7月~10月 バトル・オブ・ブリテン)。
C:読んでいて、戦時下で普通に生活していることに驚いた。日本の戦時中のイメージがあるから、みんな普通に暮らして、遊んで、お酒を飲んでいるのが意外だと感じた。
A:ヨーロッパの人たちは慣れているんでしょうね。ときには占領されるよ、みたいな。
B:現在、ウクライナも攻撃を受けているとき以外は普通の暮らしをしている。戦時中の日本みたいに憲兵が監視して、国を挙げて雁字搦めになってもいるわけでもない。我々が思っている太平洋戦争のような戦地だと思ったら違う。
A:ゆるふわ戦時下が描かれている。作者は、入ってくる情報から想像したフランスを書いたのでは。
C:当時は今よりも情報が遅いから、最前線じゃないところは普通に暮らしている感じなのかな。
A:大変だったのは『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)に描かれたような東部戦線で、西のほうは甘いというか、ドイツに従ってほしいから甘くしていたのでは。作中で子供を戦車に乗せていたみたいに、ドイツ軍の振る舞いにも余裕がありそう。
C:その辺り、童話っぽくて、子供だろうが大人だろうが、殺伐としていると思ったらわりと普通に接している。現実はどうだったかはわからないが。
B:日本の陸軍も、明治時代はもう少しほんわかしていた。捕虜がオーケストラを編成していたり。太平洋戦争くらいから、迂闊なことを言うと憲兵に引っ張られたり、軍が捕虜虐待をし始めた。
陸軍は、敵を憎む気持ちを植え付け過ぎた。捕虜の扱いについて定められた国際条約を破っていたし。隣組にしても、分断して対立を煽って監視社会を作っていた。今の中国とか北朝鮮に近いのかな。
A:作中、ドイツの主観ではフランスでの戦争は終わった。米兵がチョコレートを配るような感覚なのかも。あとはイギリスだけ黙らせればいいや、みたいな。
ドイツがハードになるのはソ連に仕掛けてからなので、この段階ならイギリスと戦って終わりだという意識だった? ドイツからしたら、フランス人は常にそこにいるから雑にあつかってもいいことはないし。なかなか戦争中のドイツをこの作品のように描けないですよね。
B:例えば北海道がソ連に攻め込まれて、北海道から関東に逃げてきた人はどう扱われるのか。日本人は「よそ者」とするのでは。国民性なのかはわからないが。そんな状況で北海道から逃げてきた人を、東北は、関東はどう迎えるか。
想像するのは原発から逃げてきた人でもいい。原発事故で避難してきた人に対するいじめがあった。日本はやばいかな、という感じがする。
A:満州の避難民も日本に帰国後、偏見や差別に晒されたようですね。
B:差別は日本人同士でもある。子供たちの世界だけじゃなく、親が子供同士を遊ばせないようにしようとか。日本人はそういうところがあるのかな。
A:「世界人助け指数ランキング2024」で日本はワースト2位(ワースト1位はポーランド)。人助けをしない。
※出典:Charity Aid Foundation "World Giving Index 2024"
B:どんな結果でも導ける。報道とかもそうだけど、真に受けてはいけないと思う。
D:これは自己申告なんですかね。人助けをしたという基準が人によって違いそう。
B:設問があったら大体、誘導尋問みたいなアンケートがある。アンケートは注意しなければならない。アンケートのファクトチェックより、アンケートの客観性をチェックしないと。何に影響されるかわからないから気をつけましょう。

【プロットと登場人物について】
D:ハワードたちをドイツ軍に突き出す人が出てくるかと思ったらいなかった。優しい人ばかりだった。
B:複雑な構造にしたらプロットが崩れてしまうので成り立たない。エンディングが難しくなるからプロット的に(複雑な話は)切り捨てたのでは。
A:マリヤンの父親のことを通報した人とか。
B:現代に書くなら、それくらい入れないといけないかも。
A:ろくでもないやつ枠なら、ヴィレムに石を投げていた人たちかな。
B:ばあさんが悪役になっている。
A:メインキャラはみんないい人ですね。
D:日本でも、なんだかんだで助ける人がいるんじゃないかなぁ。いいことをして気持ちよくなりたい欲とかもあるし。
A:あんまり助けない気がする……。
C:日本はとくに同調圧力がありますからね。
B:リテラシーを持って、いかに周りに影響されないかが大切。
A:慣れが必要なのかな。ヨーロッパは地続きなので、占領されたりしながらも隣の国と付き合わなくてはならないから……
B:私が通っていた小学校は、隣の小学校と対立していたなぁ。
A:それは単純な郷土愛ですかね? レイヤーがいっぱいあると思う。民族、宗教もファクターになる。
小説として読んで気になったのは、軍人を聞き手にしていいのか、ということ。ゲシュタポとの取引は、戦争が終わるまで誰にも話さないほうがいいのでは。聞き手が愛国心極まった人なら通報するんじゃないかな。プロットどうなってたんでしょうね。最後の脱出方法まで決めた上で書き始めたんですかね?
D:連載なのかな。連載なら状況に応じて展開を変えたりするかもしれない。
A:こんな作品を連載できるような新聞ないと思う。当時、出版までこぎつけたのかもわからない。戦後なら難易度低いんだろうけど。

【まとめ】
D:イギリス人のノブレス・オブリージュのようなものを感じた。持てる者の義務、みたいな。
A:私は中流階級の強さを感じた。
C:作中、ステータスの高い人が多いですね。
A:大佐の一家とか。ニコルがみすぼらしい服を借りてくるとき、なんて言ったんでしょうね(笑)。
D:ハワードもスペック高いですよね。
B:このくらいの人でないと、子供を預けられないから。
A:階級が同じならルールに従って動くから大丈夫だと判断する。それにしても、熱が出たらワイン飲ますんですね(笑)。
C:ブランデーも飲ませていませんでしたか?
A:時代を感じます(笑)。P116、フランス人は裸足で歩くとか。
B:結構細かいですよね。子供たちが遊んでいる場面、乳母車の順番を変えて、均等に割り振ったり……その辺りの細かさに気がついて感心した。子供はそういうところがある。押してと頼んだら押してくれないけど、遊びならやってくれる。トム・ソーヤーのペンキ塗りみたいな。
A:今でもスーパーのカートを押してたらテンション上がりますもんね(笑)。人間観察が徹底している。
B:納得してしまいますね。
A:逃げるだけの話だけど読み進められた。
B:逃げる話を書くのは難しい。そこまで細かなものを集めきれない。
A:アクションもないですね。走って逃げるよりも、ある程度従いながら道を探していくみたいな。
D:細やかな描写で読ませられた。ユダヤ人は出ているけど全員白人なんですね。
A:ジャンルとしてはハードボイルドでいいんですかね?
B:創元推理文庫、昔はジャンルマークがあったんだけど。これはどのジャンルになるのかな。
A:冒険小説?
B:冒険小説でしょうね。フランスをなんとか横断しようとする。敵地横断900km。
A:逃げる作品もありますよね。ソ連の収容所を脱走してヒマラヤを超えるやつとか(※映画『ウェイバック -脱出6500km-』2010年、アメリカ)。
扱いやすい素材なんでしょうかね。土地を移動させていたら雰囲気出るし。
……お、AIによると歴史小説、戦争小説だそうです。
B:AIは誰かが間違って書いたことも拾ってくるから……(笑)。
A:たまたま戦争が起こっている国の庶民の、この世界の片隅を描いている。
B:日本で戦争映画というと「戦争はよくない」という結論になるけど、この『パイド・パイパー』には反戦思想が入っていない。逃げきれてよかったね、という読後感。
A:芥川賞候補を受賞した、砂川文次の『小隊』は北海道が戦場になるという小説。砂川さんは1990年生まれの35歳だからまだ若い。もしかしたら日本の文壇にも、戦争を扱った新しい小説を書ける人が出てくるかも。
砂川さんの作品も推薦しようと思ったのですが、今回は『パイド・パイパー』にしました。