いつかは、その時があることはわかっていても寂しいもんです。
それは突然に4~5日前からあまり食べなくなってきてたが、担当医からはなしがあるとかで
病院へ・・・・・10時過ぎ
「今朝、入浴したんですが、その後血圧が下がり危険な状態です」
(もう駄目でしょうか)
(ばあちゃん、ばあちやん・・返事はなかった)
親族に電話して自分は用事を。
2時過ぎの会議中に再度電話があり、病院へ・・・いよいよ別れの時と覚悟して
病室には子供とおばさん・嫁が揃い最後を見守ったが反応はなくあっけない最後でした、けど
せめても最後にお風呂にいれてもらい気持ちよく大往生でした。
令和元年9月6日16時 大正・昭和・平成・令和と4元号を生き抜いた母でした。
有難うこれまで、
いつかは人生に幕引きはあるけど、悔いののこる晩年でした。
6月に入院した。
毎日、14時頃に「プリン・ジュウス・🍙・果物」何らかお持っていき二人で
食べて、話をする30分そんなまいにちでしたなあ~他愛もない話だけで
自分の体がよくないのに、お前も気をつけまいよの一言が耳に残っている。
親ですね、私もこの言葉を忘れずに生きていきます。