われわれは恋愛至上主義から自由になったか?

寄稿いたしました。

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童貞時代の追憶の話です。かなり話し切りましたが、いかんせん過去の話ということになります。いま、ヒリヒリしているかもしれない人には届きませんし、「昔のことだなあ」と思う人にも届かないかもしれません。うーん。

 

しかしまあ、その最近、「童貞がどうこう」という話すらネットで見なくなりました。たとえば「彼女いない歴=年齢」みたいな言い方はされますが(イコネンというのは一部でしか使われていないようです)、そこに性経験の有無はあまり問題されていないように思います。

 

ずいぶん概念のあいまいになってしまった弱者男性という言葉もありますが、やはりそれも男としての弱さ、コミュニケーション力のなさ、社会的地位の低さなどがメーンのようで、どうも性経験の有無がメーンではないように見えます。

 

「なんでおまえはそんなに性経験の有無にこだわるのか」と言われてしまうかもしれません。しかし、それは上の記事で書いたように、時代背景というものがあります。カップルでなくては若者でない、若い男はセックスしてなんぼ、みたいな価値観です。

 

急に話が飛ぶようですが、なんとなく当時のフジテレビみたいな雰囲気、とも言いたくなります。メディアが煽りまくっていた印象があります。クリスマスはこうしろ、バレンタインはこうしろ、そうじゃなければ若者ではない……。

 

恋愛強者とも言い難い自分には、実に苦しい時代でした。恋愛至上主義というか、なんというか。あらゆる人間が商品のように陳列され、選ばれなければ終わり、といった雰囲気でした。

 

それがまあ、20年だか25年だか立ちましたか。ずいぶん変わったように思います。明石家サンタから「クリスマスに相手もいない情けない人間たちが……」というノリが減っていったのも感じるところです。それはともかくとして、今どきクリスマスになんの予定もない独身だけど、それがなにか? が、当たり前になっている。すばらしいことです。

 

出生主義者などからすれば、「なにがすばらしいのか? もっと男女はまぐわって子供を作らなければならない」ということになるかもしれませんが、そんなのは無視です。ずいぶん、生きやすくなった。これ、厳密には自分の加齢によるある種の「楽さ」が増しているのもあって、なんとも言えない部分もあります。それでも、やっぱりある種の、偏った「圧」は減っているような気がします。

 

みな、好きなことによろこびを見出し、楽しんで生きている。いや、「経済状態は楽しくない。生活は苦しい」とかそういう話はあるんですが、それとはべつに、かつての恋愛至上主義みたいなものからはいくらか自由になったというような意味です。

 

というわけで、ちょうどそれが一番ひどかった時代に20歳という直撃の時代を生きてきた老人の昔話でした。なんだかんだで、世の中、楽でいいほうに来ていると思います。

 

それでもあれだ、恋愛の苦しさは変わらない。これは個々人の関係性の中で生まれるもので、まあ時代がどうこうだとか言える話ではないと思います。結婚となるとまたいろいろ別なのでしょうが、打算もなにもなく人が人を好きになってしまったのならば、これはいかんともしがたい苦しみを伴う。マチアプでうまく取り繕う、見繕う、結婚相談所で妥協する、そういったものとはべつのなにかがあるはずです。

 

……とかいう自分も、往年の恋愛至上主義みたいなのに脳をやられているのでしょうか。でも、おれのはもうちょっとチャラくないつもりで言っています。なにか、あの当時のあの雰囲気に名前があればいいのですが。