読書垢が熱狂した「この講談社文芸文庫がすごい総選挙」の一部始終

予想を超える熱気と活気…その結果は?

文庫総選挙の中で

Twitter上には「読書垢」と呼ばれる人びとが居て、集落のような集合体を形成している。

全てが熱狂的な読書人というわけではないが、それぞれのスタイルで本を読み、楽しみ、語り合うという界隈である。当然、選書傾向もバラバラである。

そんな人々の間で、あるムーヴメントが発生した。「#この○○文庫がすごい総選挙」というタグを通して、それぞれに「推し」の文庫本レーベルの「推し」の作品を見せ合うという、一種のお祭り騒ぎである。

見渡せば、錚々たる面子が出揃っている。岩波、中公、河出にちくま。中にはあまり知られていないと思われる、マイナーな文庫本レーベルのものもある。

その数多の「文庫総選挙」タグの中に、強い存在感を以て数字を伸ばした、一つのレーベルがあった。

講談社文芸文庫――。

文庫本の世界は広い。講談社という一つの出版社だけ取ってみても、ラノベから学術まで、多くの文庫本レーベルを手掛けている。しかしなぜ、その中でも、講談社文芸文庫にまつわるお祭り騒ぎが大きな盛り上がりを見せたのだろうか?

7月の上旬に「#この講談社文芸文庫がすごい総選挙」というタグを使い始め、その思いがけない盛り上がりの一部始終を見守った者として、振り返ってみたいと思う。

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「どうせあまり読まれていない」

私は上京して都内の大学へ通う、日本文学を好む学生である。高校の頃から日常の時間を読書に費やし、大学に入ってからはTwitterで本の情報を漁るという身で、特に他の趣味があるわけでもない。

これまでに、多くの出版社の本にお世話になった。しかし中でも、特別お世話になった出版社、そしてそのレーベルはと言えば――講談社文芸文庫に他ならない。

文学好きにとって、こんな魅惑的な文庫はない。他社があまり取り上げない日本近代文学の名作を収めるのみならず、読者の盲点を衝くような海外文学の名作も収録。高校生の頃は、文芸文庫に収められた小説を、図書室で少しずつ読むのが楽しみの一つだった。

しかし、その価格設定は学生の身には厳しく、田舎の本屋にはなかなか置いていない。上京してからも、大きな本屋へ行って書棚を眺めるばかりで、仕方なしに古書を買うことが多かった。だが、不当に高いと感じたことは、あまりない。文芸文庫をぼったくりと呼ぶ人は、そもそも、収められた作品にそこまでの価値を認められない人だ――とも思っていたから。

あの価格設定は部数の少なさが理由のようだが、現に読んでいる友人達からも、半ば自嘲気味に、「いまどきこんな作品読んでる人はいない」と語られる。

私自身、そうかもしれない、と思ってはいた。

講談社文芸文庫はその名の通り、世間からすればコアとも言える「文芸」作品を重点的に文庫化するレーベルである。

世の読書人は文学、それも重厚な作品ばかりを読んでいるわけではないし、文庫本も文学のためだけのものではない。当然、文芸文庫というレーベルを読んでいる人も少ないだろう。

私は文芸文庫を、そしてそこに収められた石川淳や森敦といった作家の作品を、電車やバスの中、公園のベンチなど、街中で読んでいる人を見たことがない。

私がTwitterで身を置く「読書垢」の界隈でも、文芸文庫に収められた作品を読んでいない人の方が多いかもしれず、少数派の立場は免れ得ないと思っていた。

しかしながら、内心では忸怩たる思いを抱えていた。こんなにいい文学作品が厳選されているシリーズなど、他にはないというのに……。

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きっかけは、便乗だった

そんな日々を送っていた時のことである。

その日――7月4日(木)の午前、私は大学のサークル棟で何とはなしにTwitterを開き、例によって本の情報を漁っていた。

見ると、「この文庫がすごい」というアンケート付きのツイートが数字を伸ばしている。

ほう? と思いつつラインナップを見てみると、ちくま、河出、早川、創元、とある。

……で、それ以外は?

Twitterのアンケート機能は選択肢を4つしか用意できない。その制限の中で、それも投稿者の好みで用意すると来れば、不公平は出るだろう。

しかし釈然としないのは、その投稿者が、そのアンケートに載った文庫本をブームに仕立て上げようとしている節があったことである。更にはその中の一つの文庫で、「この○○文庫がすごい総選挙」を行うというではないか。

それでは、その他の文庫はどうなる? 「すご」くないとでも言うのだろうか?
思わずして、ムッと来た。

そう、「すごい」文庫は他にもある。いい作品を山のように収めた文庫が――そう、講談社文芸文庫!

それを黙殺しながらTwitter上でブームにしようとしている……

黙ってはおれん!

私は勢いに任せ、こんな呟きを投稿していた。

しかし、実際のところ――呟いた時点で気は済んでしまっていた。

講談社文芸文庫も、また「すごい」文庫なのだ。Twitterを通して、それを発信できただけでもいい。どうせ少数派、さほど広まりはしないだろう。知己同士でどの本が面白いか、傑作と呼べるかを示し合って楽しめたら……「総選挙」と銘打ってはいたものの、そう思う程度であった。

事実、このタグに乗ってくれた最初の人も、友人だったから。

それに引き続いて私も投稿した後、しばらくの間、Twitterの画面を閉じた。

何度も言うが、この時点では、知り合い同士のささやかな楽しみで終わるだろう、としか思っていない。積極的に拡散するつもりはなかったし、お祭り騒ぎに仕立て上げようなどとは、思ってすらいなかった。

予想を超える熱気と活気

食事と授業を経て帰宅し、晩――再びTwitterを開くと、わが目を疑った。

「総選挙」タグを付けた投稿が、Twitter上の知己たちの手でリツイートされ、タイムライン上に広がっている。タグ検索をしてみると、次々に新たな投稿が表示される。
タグは、私が知らぬ間に少しずつ勢いを伸ばしながら、知らぬ間に「祭り」となりつつあったのだ。

ただの内輪の布教合戦、それも便乗で始まったものが、ここまで広まるとは。戸惑いと興奮が湧き上がり、止むことのない投稿を一心にリツイートをしていた。

この勢いを見るうちに、私の中に、ある欲が湧いてきていた。

「このお祭り騒ぎを、何事か形にできないか?」

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翌朝――7月5日(金)を迎え、Twitterを開くと、「投票」の勢いは止まらないままであった。中には選び切れず、手持ちの大量の文芸文庫を写真に収めて投稿している人までいた。何しろ、後世まで残るような名作を、集中的に収める文庫である。読書人の皆さんでも選び切れるわけがないではないか。それだけの数の本に投票せずにはいられないという気持ちは、私にもわかる気がした。

タイムラインには、既にして多くの「投票」が集まっていた。100を超えるツイートが投稿されている。それら一つ一つが、それぞれの人々の、それぞれの作品への、そしてそれを世に出した講談社文芸文庫への熱い思いの発露に感じられた。

この熱狂を、ただのお祭り騒ぎで終わらせたくはない。

これらの「投票」を集計し、文字通り「総選挙」としての結果を出してみたい。自然発生したものが自然消滅的に雲散霧消するよりは、ずっといい――。

私の中で、方向は定まった。

私はタイムラインを遡ってみた。

見てみると、作品と言うよりかは作家に「投票」している人が、半数に迫る勢いである。

その作者の人生や人間性、或いは作品総体から見えて来るその作者の世界観に興味を持って読む人は、多い。実際、特定の作家の書目をひとまとめにして写真に収め、推し作品の書名を記さずに投稿して来る人は多かった。

また、文芸文庫が力を入れている作家がいる。例えば、庄野潤三や吉田健一などは、文芸文庫にかなりの数の作品が収められている。この文庫を通して、そうした作家達のファンになった人は多かろう。彼等の作品についても、写真で纏めて票を投ずる人々が多かった。

むろん、文学全体からすれば、文芸文庫という限られた範囲から選ぶ時点で公正とは言い難い。しかし、構うものか。そもそもこれは、「どの講談社文芸文庫の本がすごいか」を示してもらうお祭りなのだ。

それに、参加して下さった人々は、もとより数字では計れないものを求めて、このお祭りへ参加している。

集計作業は作品と作家の二本立てとすること、「後祭り」のように、集計が終わってからも目を配り、結果には反映されなかった書目や作者へも言及することなど、具体的な方法も決まった。

「総選挙」の結果

集計作業も道半ばのまま、7月6日(土)の夜明けを迎えた。

他の文庫に比べれば短いが、何といっても創刊以来31年の歴史を持つ講談社文芸文庫である。今日までに刊行した作品は1200点余り。私が眠っている間にも、それら一冊一冊に、バラバラに票が投じられている。やってやる! という気持ちが沸き立ってきた。

が、私はここで、自分の迂闊さに気付いて蒼ざめた。それというのも、集計の方法については考えていたものの、肝心の、「いつ」までに区切ってそれを行うかということには、気が回っていなかったのだ。

検索してみると、タグへの「投票」は続けられているものの、そのペースは一昨日、昨日の爆発的なものではなく、次第に収まりを見せつつあった。結果に反映される「投票」の期日は、6日いっぱい――時間にして2日半の短期決戦とすることが妥当かと思えた。

集計する最中にも、様々に温かい労いと激励のお言葉を頂戴した。また、収められた作品と言うよりかは、文芸文庫というレーベルそのものの魅力と「すごさ」について語る方々もいらっしゃる。

講談社文芸文庫というレーベルが、予想以上に多くの人々から支持され、何より愛されていることを感じ、励みになった。

既に「投票」された分の集計が終わる頃には、夕刻となっていた。

私は夕食を摂るのを忘れたまま画面に張り付いた。リツイートするとともに、作品別の投票結果を小出しにする。勢いは収まったものの投票は少しずつ続いており、一つ一つを拾い上げ、エクセルに打ち込むと、思わぬ作品が伸びを見せ、上位層に食い込み、先程までのトップを抜いてゆく。作家別ではある作家が他を引き離し、圧倒的な伸びを見せている。その様を、競馬の実況よろしく煽り立てる。

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やがて――7月7日(日)の午前零時を迎えた。

Twitterには投下済みだが、結果を示しておきたい。

#この講談社文芸文庫がすごい総選挙結果

結果を見てみると、大江健三郎、埴谷雄高といった、文学好きにはよく知られたメジャーな作家とその作品が上位層に多いのは想定内であったが、吉田知子、野溝七生子、竜胆寺雄といった、さほど知られていないと思われる作家と作品が上位に食い込んだことに、まず驚かされる。何よりも、作品別で藤枝静男が大江健三郎を抜いて1位を取ったことには、仰天した。

海外文学も健闘した。上位10位以内に『白鯨』『アルゴナウティカ』が入ったのである。

作家別の方では、吉田健一が圧倒的な支持を受け、2位以下を引き離しての1位と相成った。2位は小沼丹、石川淳と続くが、著者別の投票を行ったことで、どれだけ多くの方々が「作家読み」をされているのかが見えて来た。

作家別ランキング

いずれの結果からも文芸文庫の手広さと奥行きを知り、また、それを読まれる参加者の皆さんの知識量に、ただ脱帽した。

お祭り騒ぎで思い知ったこと

今回のお祭り騒ぎで何を思い、何を知ったか。纏まらないなりに、簡単に記しておきたい。

まず、「#この講談社文芸文庫がすごい総選挙」というハッシュタグがお祭り騒ぎになるということ自体、私の想定の範囲外であり、非常に驚かされた。文芸文庫と、そこに収められた作品群が、多くの人の支持を受けている。これは思いがけない発見であった。

私が見付けていなかっただけで、そこに収められた作品を愛し、また、それを示してくれる文芸文庫も応援したいという人が、数多いる。売れない、読まれていない……そんな世評はどうでもいいとばかり、「総選挙」は思った以上の盛り上がりを見せた。

発行の絶対数も少なく、表舞台に出ることのあまりない、言うなれば「少数派」のレーベルだが、それゆえにこそ、この機会に、とばかり飛び込み、支持を表明してくれた人が多かったように思える。元々「少数派」と諦めていた身からすれば、極めて大きな励みとなった。

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次に、月並みな感想だが、本と人の出会いの力を改めて思い知った。私のまだ知らない作品がある! そして、私の知らない人々によって、それを知ることができた。まだ知らない人々にも、出会うことができた。

読書それ自体は孤独な営みである。しかしそれを通して、人は、人に出会うことができる。今回の「総選挙」は私のみならず、参加して下さった多くの方々に、図らずも、その機会を生み出すことができたように思える。このことにもまた、大きな驚きとよろこびを感じた。

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