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2024年10月、チューリッヒ国際映画祭での伊藤詩織さん。『BBD』は最優秀国際ドキュメンタリー賞を受賞 Photo by Getty Images

日本人監督によるドキュメンタリー映画として初めて米アカデミー賞のノミネート作品となった伊藤詩織監督の『Black Box Diaries(ブラックボックス・ダイアリーズ、以下BBD)』。伊藤氏が性暴力被害を告発したのは2017年のこと。2015年に起きた性加害を自ら顔を出して告発したことで、日本の「#MeToo」の象徴的存在となり、多くの共感を集めた。その一方で多くの誹謗中傷にもさらされた。『BBD』は性加害サバイバーである伊藤氏が刑事事件として不起訴になってから民事裁判で勝訴を勝ち取るまでの現実に向き合う様を描き、多くの海外映画祭で賞を取り、英・米のアカデミー賞にもノミネートされた。

しかし、国内での上映は依然として決まっていない。理由のひとつは、伊藤氏の民事訴訟を8年にわたり支え続けた元弁護団の指摘により明らかになった、作品の抱える「人権と倫理上の問題点」によるものだと言われている。映画には、伊藤詩織氏の調査に協力したタクシードライバーや、捜査を外れてからも善意で協力を続けた捜査官など、複数の関係者の映像や音声が、数箇所に渡って無許諾で使用されている点だ。また、 長年支えてきた元代理人弁護士との会話も無許諾で撮影して使われている箇所もある。 

2015年に起きた性暴力事件について、刑事事件では不起訴となった。写真は2019年12月、民事訴訟で勝訴の判決が出たとき Photo by Getty Images
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2024年10月22日、民事裁判で伊藤氏を支えた元代理人弁護士たちが会見を開き、『BBD』に未許諾の映像が使用されていることなどを伝えた Photo by FRaUweb
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映画の問題点をめぐり、国内では、特に取材源の秘匿義務、あるいは報じる権利の対立というジャーナリズムの観点からの議論は活発なものの、映像作品としての議論は限定的なままの印象だ。今回は、国内外で活躍するドキュメンタリー作家・ヤンヨンヒ監督と、ベテランのロケコーディネーターとして海外映像制作の現場を知る西山ももこ氏に、それぞれの視点から本作をどう捉えるか語ってもらった。 
(司会・構成・文/蓮実里菜)

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とても驚いているのが率直なところ

――今回の件について、どうご覧になっていますか。 

西山ももこ氏(以下、西山) :「今の状況は本当に残念で、ただ同時に映像業界で働く身としては、とても驚いている、というのが素直なところです。私はロケコーディネーターとして海外でも撮影を行いますが、許諾の必要性は何も日本に限ったことではありません。むしろ海外では書面による徹底したリスク管理が必要とされるため、道でカメラを回すときは、私の場合、『撮影中です』と看板を出して声がけを行ったり、人が通ったら、スタッフがリリースフォームという同意・許諾書を持って追いかけていってサインをもらうこともあります。『顔が写っていたらもらう』、『ぼやけていたら不要』などの判断基準はありますが、ドキュメンタリーだから許諾が要らないなんてことは、私の周りでは聞いたことはなかったです」

西山氏はアフリカ専門のロケコーディネーターとしての仕事をしたのち、2020年にインティマシー・コーディネーターの資格を取得した。ロケコーディネーターはまさに撮影許諾と切っても切り離せない仕事だ。 

2022年、FRaUwebのインタビューにて映画業界の現場について語った西山ももこ氏
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「許諾を取らずに撮影したものを無断で使用している」ことを聞いたことがないという西山氏だが、まだ残念に思ったことがあるという。 

西山 :「もう一つは、映像の所有権に対する認識です。映像制作をするにあたっては、撮りたいもの、流したいものを『どうしたら手に入れられるか』を考え、リサーチをし、許諾をもらうために全力を尽くす、それはいつも同じで、流すものに対して許諾を得るのは基本中の基本なんです。これは欧米だけじゃなくアフリカ大陸の国々でも、世界中どこでもそうで、『著作権フリー素材でない場合は、持ち主に許可をもらう』のは当たり前だと思っていました。

そして、使えるとなったら、今度は細かい条件のすり合わせが発生します。条件として一回きりなのか。あるいは配信で制限なく流せるかなど、使用の条件も金額を大きく変える一要素です。映像の持ち主にもよりますが、素材はお金なので、メディアの間でも有償で貸し出しの対象となることもあり、たとえ10秒しか使わなくても最低30秒の料金が発生する場合もあり、それが「映像を使用する際の」当たり前だと思っていました。借りるより、撮り直す方が安いこともあるから撮りに行こうとなることもあり、映像は『借りてしまいました!』で済むものではないので……」

海外の映画祭で、多くのインタビューを受けていた伊藤詩織氏。写真は2024年10月31日、SCADサバンナフィルムフェスティバルにて Photo by Getty ImagePhoto by Getty Images
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被写体とカメラという不均衡な関係

――映像制作の現場の常識からすると、驚きが大きい制作手法だったということだったのでしょうか。 

ヤンヨンヒ監督、以下ヤン :「そうですね、言葉を選ばずに言えば、今時学生映画でももう少しちゃんとしていると思いました。被写体の『同意』というのも、一度瞬間的に取って終わり、ではないんです。『今日うかがった話は全て出しても大丈夫ですか? オフレコにして欲しい部分はありますか?』、と取材の最後にディレクターが確認したり、制作者としての私は、同意を得た後は、編集段階では出演者には見せないタイプですが、だからこそちゃんと事前に説明します。番組や作品を見た人たちからジャッジされたり、最悪の場合は嫌がらせがあるかもしれないこと、また基本的にドキュメンタリーや報道ではギャラは発生しないこと、予想も含めて再放送の可能性など、想定できる全てを説明します。私が撮影監督したデビュー作を含む全てのドキュメンタリー映画、テレビのドキュメンタリー番組において貫いている基本です。

それは、 丁寧に許諾をとってもフェアとは言えない『撮る側』『撮られる側』の関係を知っている から。映像に関して“素人”である被写体の人々に対して、制作側は確信犯です。どれだけ言葉を尽くしても、制作側は頭の中でシナリオを書き、演出を練りながら、『台本は無い』と言いながらも、言葉を引き出し撮影をしますから。

だからこそ、相手への敬意を示し、相手の尊厳を守るため、最低限の礼儀は尽くそうと努めます。事前の丁寧なやりとりがあってこそ、作品も守れますし、公開や放送にたどり着けます」

ヤンヨンヒ氏は日本に生まれ育った在日二世だ。2005年の『ディア・ピョンヤン』、2009年の『愛しきソナ』で自身の家族のドキュメンタリーを作成して大きな話題を呼んだ。2012年に、実体験をもとに制作した劇映画『かぞくのくに』でベルリン国際映画祭フォーラム部門C.I.C.A.E(国際アートシアター連盟)賞など、国内外で多くの映画賞を受賞している。本作は25年ぶりに北朝鮮から日本に帰国した長男家族の姿を描いたものだった。 

2019年、自身が監督したフィクション映画『かぞくのくに』が東京国際映画祭にて上映されたときのヤンヨンヒ氏。主演の安藤サクラさんとトークイベントも行った Photo by Getty Images
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初のドキュメンタリー『ディア・ピョンヤン』冒頭は、カメラを片手にして撮影した両親との会話から始まる。「言葉を引き出し撮影をする」という言葉も説得力がある。 

──作品との向き合い方というのは、個人によってもまた違うのでしょうか。 

ヤン :「監督によって撮影方法または編集から完成までのプロセスなどは様々だと思います。今回のことで、私がSNSで、ドキュメンタリーには念入りな許諾が必要と投稿した内容に対して、『うるさいな、迷惑だな』と思っているドキュメンタリストもいると思います。それは「作り手の制約」になるからです。そんなことをせずに制作している作り手も実際にいて、誠意ある説明や丁寧な許諾を重視する人がいることを世間に知られない方が好都合な関係者もいるでしょう。でも、ジャーナリズムもドキュメンタリーも人の『しんどい物語』で飯を食う部分があるから、作り手側が開き直ってはいけないと思う。ドキュメンタリーって、基本的に出る側には得がないと思います。有名になりたい、とか、プロモーション目的の場合は別ですが。そして、『撮られる側の人権』『肖像権』というのは表現の自由に対立するもので、撮られる側がこれまで戦って得てきたものです。だから軽視はできません」

記者会見に先立ち、ヤン氏はXに、以下のような 投稿 をした。 

“伊藤詩織さんは監督として、自身の作品のどのシーンについての質問にも答える責任があると思います。弁護士に任せず、ご自身の言葉で説明されることをのぞみます。” 

2025年2月18日、辛淑玉さんが伊藤詩織さんの会見を伝えるXをポスト、引用RTでこのようにポストした ヤンヨンヒ公式Xより

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