『水晶の夜 ナチ大三帝国におけるユダヤ人迫害』(H-J・デッシャー)
からの抜粋
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政府側の状況報告に見られる証言には、原則として史料批判的な留保が必要である。
こうした証言にかこまれたなかで、種々物議をかもしたり、
あるいは色々取り沙汰されて評価の定まらぬ出来事に対して
態度決定を迫られる時は、とくにその必要がある。
その場合、書き手がその報告の調子を受け手の期待像によって決めたり、
自分が下した判断を具体例で正当化してみせようとしたり、
自分の仕事に有利な光を当てんがために
世界観的な信念に忠実に従った住民の姿を
自分の観察によって実際よりももっと都合よく描くこともあろう。
あるいは敵対的な人々の影響を誇張して描いて、
他の仲間たちの要求がいかにももっともであると言ってみせることもあろう。
こうしたいずれの態度にもかかわりなく、
秘密国家警察(ゲシュタポ)ないし保安情報部(SD)の状況報告「なるもの」には、
それだけを取ってみれば、
低い認識価値しかないというのが事実である。
これに反して、
各地支署の報告・報道がそれぞれ個別のかたちで、
または同時代の他の史料と一致したりというかたちで
同じ内容の調査結果になるか、
あるいは似たような結果になるのならば、
それらは一応信憑性があると考えてさしつかえない。
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段落&行間などは、私が読みやすいようにした結果です。
御了承下さい。
これは、小難しい言葉が並びますが
歴史本を読む場合に、とても重要な心構えを言っていると・・・・
私は思いました。
この文章↑は、「水晶の夜」に対する報告書
=「一九三八年一一月一〇日付けの
ウィーン保安情報部(SD)下級集団の状況報告から」
を事例として紹介しています。
ユダヤ人に対する態度=暴行や略奪は大変な事件であるが
市民レベルで自発的に起こったもので~という論調で報告されています。
しかし著者は、同じ日付の日記や遺稿などを調べたらしく
市民は暴動に対する同意や無関心という態度の人もいた。
また暴動に対する拒否反応や憤怒という態度の市民もいた、と
書いています。
ここでは教会を例にして、カトリックやプロテスタント信者は
「いつかは我が身にも・・・」という不安を持ったり、
ユダヤ教のシナゴークに火を放ったり、破壊する行為には反対だとする声もあったと。
そして民主主義の考えの市民は勿論
保守的な人々の間でも両極端の態度(賛成と反発)があったとしています。
またゲッペルスが
「自発的な民衆の怒りが暴力行為におよんだが、数時間後にそれは阻止された」
と主張したが、
市民は信用していなかったと。
と同時に、この主張に引っかかった人もいただろうが、とも。
ある意味公式資料は報告は
まぁ、時の政権の主張に沿って・・・・ですしね。
でも記録的資料・・・・つまり数字や無味乾燥な報告書などは
無味乾燥で素っ気無いからこそ、事実に近いのでは?とも思っている。
個人の回想録は、ある意味市民レベルの考えや出来事が分かる。
しかし・・・・書いた人は「自分は被害者である」という視点が多いと思う。
それは当然であり、尊重すべきことであり、疑いを挟む余地はない。
しかししかし「自分」が主語では、事実にどれだけ近づけるのか、との思いもある。
だからどちらも読んで・・・・少しでも事実に近づこうと・・・・が私のスタンス。
だからどうした?
いえいえ、私のスタンスだから、私が納得すればいいこと。
それだけ。