異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2025年ベストブックス

 拾い読みが多かったんだが、一年ともなるとそれなりには出るかな。
 ということでいきましょう。今年読んだ本で、必ずしも新刊とは限りません。
・『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク

・『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』R・F・クァン
・『フリッカー,あるいは映画の魔』セオドア・ローザック
・『ストレンジ・スターズ』ジェイソン・ヘラー
・『青白い炎』ウラジミール・ナボコフ
 破格ということでいけば、『青白い炎』かもしれない。『精霊~』『バベル』は近年のSFファンタジー境界ジャンルの充実を知ることができた。唯一のノンフィクション『ストレンジ・スターズ』は真の労作で、ある程度時代は限定されているとはいえ、カタログ本として今後も参考文献として大いに活用できる一冊。
 破格そしてノンフィクションということでいけば、今年とんでもない本が登場したが、ほんの一部しか読んでいないので番外で。
・『伊藤典夫評論集成』

 分量も歴史的意義も規格外。これを熟読すれば日本SF史が総ざらいできるくらいの本。ほんの拾い読みでも伊藤典夫の鋭い視点と時代を超越した的確な評価軸が確認できる。一家に一冊というのもあながち冗談でもない。
 これでブログ更新、今年は終了です。ありがとうございました!
 で、最後に誰にともなくパーソナルな補足。諸般の事情で蔵書を減らすことになり、徐々に進めている。一部のSF作品については、既に若いSFファンの方に引き取ってもらった。今後は主に電書を中心にしていく方向。読書スピードも落ちてきているし、異なったスタンスで本とつきあうことになる感じ。

 

2025年ベスト映画

 
 ベスト映画なんか選べるかと思っていたけど、なんか割と思ったよりは観たわ。
 数としてはほんとに大したことないんだけど、いい作品かあったので思い切って選出。
 古い映画も良かったんだが、結局この2本かな。実はどちらも感想をブログでは書いていない気が。
教皇選挙

cclv-movie.jp
・名もなき者
www.20thcenturystudios.jp
 どちらもびっくりするような特殊技術やアクションがあるわけではないのだが、脚本と演技と撮影がしっかりしているとこんなに作品が面白くなるのだなあという好例。予告編だと伝わりづらい二編ともいえるかも。
 他ミュージカル関係だと舞台公演を映画にした「タイタニック」は素晴らしかったのだが、ちょっと例外的なものかなとも思い。あと古いミュージカルは内容的にアウトなのは置いておいても、どれも群を抜いてというのはなかった。今後も機会があればもっと観ていく予定だけど。実はミュージカル映画マイブームのきっかけとなったのは配信の「シカゴ」(2002年)。やられました。ということで、次点には
ジャグラー/ニューヨーク25時

www.zaziefilms.com
 いいよ、うん。文句なしに面白かったし、感慨深いものがあった。でもやはりB級作品ならではの良さだよね。ということで次点でいきましょう。
 

2025年12月に読んだ本

 
 相変わらず冊数は低調。ちょこちょこと拾い読みはしてるんだけど。
◆『なつかしく謎めいて』アーシュラ・K・ル・グイン

 丸屋九兵衛さんのトークのお題だったので慌てて読んだ。ル・グインのアイディア短篇SF作家としての側面がよく出た連作集。別次元へトリップする方法でが編み出され、様々な世界へと出かけ、それらが独立した短篇として並ぶ。言語、文化人類学ディストピアをテーマにしたSFあり、奇想あり、ファンタジーあり。ユーモア基調ではあるが、練られたアイディアのものが多く、笑い飛ばすにはキツめなものもあったり、意外にずしっとした読後感だ。『見えない都市』、『ガリバー旅行記』(これについては帯、本書内に直接の言及あり)、『夢幻諸島から』、『方形の円』など様々な世界が登場する連作を想起させる(ちなみに本書刊行は2003年でル=グウィンが『方形の円』をスペイン語で読んだのが2011年。影響関係は無さそう)。
◆『青白い炎』ウラジミール・ナボコフ

 架空の詩人シェイドによる999行の詩を、前書きと注釈(と索引)で前後で挟んでいる実験小説。おお、となり随分前に挑むも挫折。久しぶりに再挑戦し、今年は読了。全貌をつかみかねているが、非常にユニークな作品であることは間違いないしいろいろと楽しい作品である。この詩を取り囲んでいるのが注釈をつけている(シェイドの隣人でもある)キンボートという文学研究者のテクストなのだが、どうやらその世界にはゼンブラという国があって、この詩でも重要なモチーフになっているというのだ。そしてそのゼンブラでの不穏な動きが詩を超えて、彼らを脅かしていく。ただしこのキンボート、かなり異常な人物であることが文章に現れており、立ち上がる状況などが実に奇妙で笑いを誘う。注釈もしばしば別な箇所を参照するよう指示があるため、かなり行ったり来たりの読書になる。栞は3-4個あった方が良いだろう(評論家の某氏は二冊使いながら読んだ、とおっしゃっていた記憶がある)。ということでなかなか手間のかかる作品ではあるが、虚構内虚構の複数のエピソードも大変魅力的で、得難い読書体験になることは間違いない。この本の後の訳書も読んでみたいが既に入手困難なのよねえ。
SFマガジン2010年 10月号

 例によって興味のあるもののみで、これは一部フィクションのみで感想も未読作品のみ。
・「鉢の底」ジョン・ヴァーリイ
 長年どうも合わない作家。アウトロー的な登場人物やジャンクテクノロジーといった側面はサイバーパンクの先駆っぽさがあるのは本作でも出ている。ただ少女が出てくるところとかそれに対する視点がどうもキモいんだよな。
・「夜来たる」アイザック・アシモフ
 2000年ぶりの夜が来た星の状況が描かれる。名作だが初読。設定は魅力的だが、ある程度文明の発達した世界で夜の来る予兆がとらえられず、かなり間際に気づいてるところとか1941年作らしく大雑把なところがある。また設定以上の展開はなく、正直流し読みになってしまったのだが、読みどころは空の景色が一辺するところなんだろうなあ。SFは絵であるというのはこういうことかなとも思われる。今読むとむしろカルト教団の動向とかが読みどころになってくるような気もするがまあ今あえて読むほどのものでもないかな。
・「輪廻の蛇」ロバート・A・ハインライン
 既読。
・「オメラスから歩み去る人々」アーシュラ・K・ル・グィン
 既読。
・「日本怪談全集」深堀骨
 今回はなんと怪奇密室探偵小説。いつもの文体の深堀骨ワールドなんだけど、割とバリエーションが魅力なのよね。
SFマガジン 2011年1月号

 本号目玉のテッド・チャン「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は既読でこれも一部読み切り小説のみ。
・「ぼくたちのビザンティウム」アラン・デニー
 訳者小川隆氏が紹介してきたスリップストリームの作品。イェイツの詩「ビザンティウムへの船」が下敷きとなり、ビザンティン帝国軍に襲われた現代アメリカの一般人の日常がパートナーとの不安定な関係とともに描かれていく。その後大活躍とまではなっていない作で、本作も描きたいものが十分に表現されているようでもない小品だが雰囲気は悪くない。
・「この土地のもの」ティム・プラット
 ある土地にいる霊のような存在が肉体を持って暮らしているという設定で、犯罪者をめぐる騒動が描かれる。読むのは多分三作目だが、これは良かった。人非ざるものの哀切がしみじみと描かれている。
SFマガジン 2011年4月号
 以前に感想を書いたが、今回読み残していた評論の一つを読んだ。
巽孝之監修 現代SF作家論シリーズ第3回 ロバート・A・ハインライン 「見えないロボットーハインラインのポストヒューマンな世界」小畑拓也
 いわゆる御三家の一人ハインライン個人主義とポストヒューマンという切り口で、アシモフやクラークとの対比が行われる論考。面白いが序論的な印象が強く、むしろ続きを読みたくなってしまう。検索したところメディア研究などをされている研究者のようだが、SF関連のお仕事もされているようなのでまたSF評論を書いて欲しいなあ。

2025年12月に観た映画

 ミュージカル映画マイブームは続き、なんかどっかでやっていないかなーと探していたが検索力に乏しく絶好の特集に終わりがけに気づいた。渋谷シネマヴェーラの古いミュージカル映画特集「ミュージカル ミュージカル」。
www.cinemavera.com
 ちなみにもう終了してます。なんとか滑り込みで3本観た。
・「でっかく生きる」(原題Living in a Big Way)(1947年)

https://press.moviewalker.jp/mv55044/
 復員兵のジーン・ケリーが戦時中のゴタゴタの間にノリで結婚した妻の元に帰ってきたが、妻の方はノリだったので悪気なく別の相手と結婚式を挙げている最中だったので大騒動というコメディ。時代背景が設定に盛り込まれているのは興味深いが、そもそも女性の意思はあまり考慮されておらず、書割のようでどんな人物かはっきりせず時代的な限界はやはりある。しかしジーン・ケリーのダンスは見事でダイナミック、時にアクロバティックでこの時代らしい高揚感に満ちたスウィングミュージックが実に素晴らしい。ジーン・ケリーは体格も良く整ったルックスだが、女性相手の時には相手の気持ちを考慮しない男の怖さがかえって出ていて、あまりロマンス映えしない。その一方で子どもたちとのシーンは体操のお兄さんのような明朗さで、子どもたちも実に楽しそうだ。youtubeで年長の映画解説者が「子どものころはジーン・ケリーから入って、大人になってからフレッド・アステアの魅力気づいた」という発言があったが、なるほどと思った。
・「気儘時代」(原題Carefree)(1938年)

 最近は便利なものでyoutubeで古い映画の名シーンを観ることができるのだが、フレッド・アステアジンジャー・ロジャースの名コンビはなんとか劇場でもと思っていたので、(出来はともかく)非常に嬉しかった。内容は精神分析が流行した時代を反映してか、婚約したり解消したりと不安定なカップルの男性が友人の精神分析医に相談。結果、相手の女性がその精神分析医にかかることになるが、三角関係になってしまうという、やはりドタバタコメディ。精神分析医がフレッド・アステアでその女性がジンジャー・ロジャース。これまたやはり女性をコントロールしようという無邪気な父権主義がそこかしこに(当時女性の無意識をコントロールするべしといった論議があったというような話をネットで見かけたが、可能性としてはあり得なくもない)あってげんなりするし、そこのクリニックのセキュリティや倫理も論外な有様だし、とくにオチが(いくらジョークにしても、だ)最低なのだが、これまたダンスと音楽は最高。コンビの後期であまり興行成績もよくなかったらしいのだが、円熟味を見せてくれる。アステアはとにかくエレガントで恋愛映画にぴったりなのよね。さすがにこの映画の時はそんなに年でもないけど、「パリの恋人」なんか60近いのに色恋映画だからな。こんなのアステアしかできないだろう。ちなみに趣味の悪い味覚に対するジョークは当時のアメリカ富裕層の文化が現れてのかなとか細部も時代が違い過ぎてかえって見どころが多かったり。
・「ガール・クレイジー」(原題Girl Crazy)(1943年)

ja.wikipedia.org
 こちらはジュディ・ガーランド作品。相手はミッキー・ルーニー。こちらもドタバタコメディだが、地方の不人気大学を立て直そうとする経営者の孫娘と、女性たちと遊び歩いてばかりなためその大学へ転校させられた放蕩息子のコンビが活躍する話。ということで、こちらは実際に大学生くらいの年齢だった主演二人による、若さはじけるダンスが魅力。クライマックスの大人数での学祭のシーンは、人件費の高騰した現在では再現はなかなか困難だろう。この時代の映画ならではの輝きがある。なんとなくジュディ・ガーランドというと「オズの魔法使い」の少女役で当たったあとに苦闘のキャリアで早死にした悲劇の人という思い込みがあったが、何本も作品のあるミュージカルスターなんだな。もっと観てみたくなる。ただ先住民の頭飾りがファッション的に使われていたりとか気になる点はやはりなくもない(多くの役は深くは背景などは描かれないのがこの時代の映画の傾向。当然この作品もそうだが、頭飾りをつけている役Ragsはもしかしたら先住民ルーツの人物の要素が図らずも含まれているのかもしれないとは思ったが)。
ミッキー・ルーニーは小柄で明るいキャラクター。なんとなくマイケル・J・フォックスへと流れる系譜なのかなという気もした。
 さて年末休みに入り、もうちょっと観た。
・「落下の王国」(原題The Fall)(2006年)

rakkanooukoku4k.jp
予備知識ほとんど無しで観たが面白かった。前半後半でちょっとモードが変わる感じで予告の映像で想像しているのとは違ったところに着地。映像美もさることながら、全体としては虚構について、特に映画について映画でラストが大変良かった。2006年作なので、名演技の子役の少女はもう大人なんだなあ。
・「ジャグラー/ニューヨーク25時」(原題Night of the Juggler)(1980年)

eiga.com
 公開当時から気になっていたが縁がなく完全に初回視聴。猥雑なニューヨークの空気が漂い、良い意味でB級っぽさ溢れる全編ハイテンションな快作。ファンなど各方面に支えられての再上映でこれを逃したら観ることはなかっただろう。ありがたい。エンディング曲がどファンクで最高。
www.youtube.com
 ジャグラー~」を観たのは新宿シネマートで、展示コーナーが楽しい。過ぎてしまったが28日の1日のみモーターヘッドの映画が公開されたこともあって、モーターヘッドのお酒がずらりと並び、

 その隣はラモーンズ。どちらも世の中にこんなに種類があるのかと驚かされた。楽しい劇場である。

www.cinemart.co.jp

丸屋九兵衛さんトークイベント『秋季文学祭!オータム・オーサム2025文化系エディション』

 丸屋九兵衛さんトークイベント備忘録。
 2025年11月は『秋季文学祭!オータム・オーサム2025文化系エディション』!10月の音楽に対し11月は文学、という趣向。で、例によって~間が宣伝文句からの引用。
 一応年内まで視聴可能なのでリンク↓

https://autumnbooks2025.peatix.com/
~秋にはいろいろある。「食欲の秋」「スポーツの秋」「天高く馬肥ゆる秋」等々。
だが、特に忘れてはならないのは「文学の秋」ではないか。
 というわけで、今度は秋季フェスの文学編。
【秋季文学祭! オータム・オーサム2025文化系エディション】だ!~
・2025/11/09(日)【Q-B-CONTINUED vol.138】
二次創作の幻夢郷を求めて。パラレル小説という異世界 秋季文学祭①
~ヒップホップを通じて「すべての創作は二次創作ではないか?」と気づき始め、やがて『スター・トレック』の「正史」を突き詰める際に「前近代に生まれた物語のほぼ全ては、核エピソードにフォロワーたちが無数のオヒレを追加した拡大ファンフィクションである」という悟りに至った丸屋九兵衛。
人類と共に歩んできた輝かしい二次創作ヒストリーの中で今回注目したいのは「パラレル小説」。つまり、『オズの魔法使い』に対する『ウィキッド』、H・P・ラヴクラフトの『レッド・フックの恐怖』に対するヴィクター・ラヴァルの『ブラック・トムのバラード』である。
さらに、18世紀末のイングランドの田園に不死者を勝手に追加したマッシュアップもの『高慢と偏見とゾンビ』も忘れ難い。
時にアホらしく、時には原典よりずっと心に突き刺さる。そんな魅力に満ちた異世界「パラレル小説」、あなたも足を踏み入れてみないか?~
・2025/11/16(日)【Q-B-CONTINUED vol.139】
求ム、続編! 終わってほしくない物語。ストーリーズ・ネヴァーエンディング feat. トミヤマユキコ 秋季文学祭②
~大好きな曲は永遠に続いてほしい。そんな願いに応えんとして作られたのがロングバージョンというものだ。
では、大好きな物語はどうだろう?
「エンディングは素晴らしかったけど、好きすぎて、可愛すぎて、愛おしすぎて、終わってほしくなかった。ずっと続いてほしかったのに……」。あなたにも、そう思える作品があるのではなかろうか。
これは、トミヤマユキコと丸屋九兵衛が、自分にとってのそんな物語を交互に語る2時間強である。
ロングバージョンの曲と同様に、それでも永遠は求められないのだろうけど。~
・2025/11/22(土)【Q-B-CONTINUED vol.140】
アーシュラ・K・ル・グイン FOREVER! 『なつかしく謎めいて』邦訳刊行20周年記念会 秋季文学祭③
~2018年に世を去ったアーシュラ・K・ル・グインは『闇の左手』『所有せざる人々』といった長編で知られる史上最高のSF/ファンタジー小説家だ。もちろん『ゲド戦記』というシリーズもある。
だが、それらの傑作長編にも増して素晴らしいのは、実は短編ではないか。そして、彼女のキャリアを通じて最も素晴らしい作品集(の一つ、少なくとも)は、ややもすると過小評価の感がある連作短編『なつかしく謎めいて』こと“Changing Planes”*ではないか。その邦訳『なつかしく謎めいて』が刊行されたのは2005年11月下旬。その20周年を記念した特別企画がこれだ。訃報を聞いて即座にUrsula K. Le Guin 1929- Now Changing Planes(アーシュラ・K・ル・グイン 1929年生まれ、現在は次元を転移中)とタトゥーを入れた丸屋九兵衛が、アーシュラ師および同連作短編集に捧げる会である(出版社非公認)。*原題は「飛行機のトランジット」と「次元から次元へ」のダブルミーニング

・2025/11/28(金)【Q-B-CONTINUED vol.141】
今だからこそ、ディストピア文学を読む feat. 塩澤快浩 秋季音楽祭④
~この西暦2025年を「平和と繁栄の時代」「人類史上屈指の黄金期」と感じている人は、たぶんそんなにいない。資産の集中を謳歌しているごく一握りの超富裕層はともかく、我々労働者階級や中流の皆さんにはあまり見当たらないように思える。
なんとなれば、現在の世界は格差と不平等、衝突と紛争、差別と無慈悲に満ち満ちているからだ。『ゲーム・オブ・スローンズ』の「紅の女」ことメリサンドルの名セリフ「この世に宗教はたくさんあるが、本物の地獄は一つしかない。それは、いま我々が生きているこの世界」が思い出されるほどに。
そんな時代だからこそ、先人たちの偉業を再訪してみたい。そう、ディストピア文学だ!
ゲストは塩澤快浩。丸屋九兵衛が早川書房と関わり始めた当時の『SFマガジン』編集長である。
この名物エディターと丸屋九兵衛が各々に推薦する反理想郷系文学諸作がどんなラインナップになるか。見届けられたし。~