琥珀色の戯言

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【読書感想】令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

スーパーからコメが消え、過去最高の小売価格を記録し、国政のど真ん中に躍り出た「令和の米騒動」。政府備蓄米の放出、輸入拡大によって事態は一時的に沈静化したかのように見えたが、構造的に市場へのコメ供給が足りなくなってきていることが明白になった。温暖化による米の不作もその一因だが、より根深いのは長年にわたって推し進められてきた生産調整政策の限界、低い米価による農家の疲弊、高齢化問題などに積極的な策を講じてこなかった農政の失敗という構造的な要因だ。

この数年でパンデミックを経て戦争が頻発し、アメリカとの関税交渉の中でコメの輸入拡大措置を飲むことにもなった。自給率100%を誇った日本のコメは過去のものとなり、日本の食料安全保障はいよいよ全面崩壊するのか。「規模拡大とスマート農業と輸出」を連呼しても危機は深まるだけだ。真に日本の農と食を救う具体策はあるのか。

『食の戦争』がベストセラーとなった第一人者の著者による構造分析と未来への緊急提言!


スーパーマーケットの売り場から米が消え、売られていてもすごい高値になってしまった「令和の米騒動」。
「ひと家族一袋まででお願いします」という「販売制限」や、備蓄米の放出などが大きな話題になりました。
「備蓄米は家畜のエサ」と発言して炎上した人もいましたよね。

僕もスーパーで備蓄米が売られているのを確認したのですが、そんなに売れてはいなかったようで、「やっぱり、お米くらいは美味しいものを食べたいよね」と周りの人も言っていました。
「お米くらいは」という言葉に、日本人の主食としての「米」の重要性がにじみ出ていると思います。
結局、まだ食べたことがないんですよね、備蓄米。いや、知らないうちに口にしているのかもしれませんし、加工してしまえば違いが判らないくらいの味覚しか僕が持っていないだけなのかな。

この本によると、米の値段が徐々に上がり始めたのは2024年に入った頃からで、「5キロ2000円程度だった店頭価格が、2500円を超えた」そうです。その年の夏には、スーパーの棚から米が消え、新米の時期になっても品薄は解消されず。
2025年産の早場米価格は、5キロで4500円程度と、2年くらいでほぼ倍の値段となっており、現在の物価高騰を象徴する存在ともなっています。
食生活の多様化で、日本人の米の消費量はどんどん減っている、といわれてきましたが、「米はまったく食べない」という人も、ほとんどいないのです。
さらに、ウクライナ戦争の影響や、中国の食糧「爆買い」で、米だけではなく、小麦やそのほかの農産物の価格も上がり、経済力が低下した日本は「買い負け」しているというのが現状だそう。

ちなみに、日本の米の備蓄量は、国民の消費量の1.5か月分程度なのですが、中国は「有事」に備えて、1年分くらいの食糧の備蓄を行っているとこの本には書いてありました。
あれだけの人口の1年分の食糧ってすごいですよね。
中国は「台湾有事」などのリスクをかなり切実に考えているのでしょう。


僕は日本では他の農作物はともかく、米はあれだけ「減反政策」も行われてきたくらいだから、よほどの特殊な状況(異常気象とか戦争とか)でなければ、足りなくなることはないだろう、と楽観していました。

ところが、みんなが農業を軽視して、「誰かがつくってくれるだろう」と思っているうちに、日本の米作りは、とんでもないことになっていたのです。

 実は2020年以来ずっと、単年で見ると、コメの生産量は需要量に達していない。需要にギリギリ間に合わせようとする生産調整、水田を畑地化すれば生産者に一時金だけ支払うという「田んぼの手切れ金」制度の導入に加え、稲作農家の疲弊が進んで生産力が落ちてきているのが主な理由だ。稲作農家の年間所得は、驚くなかれ1万円だ(2022年)。時給に換算して10円にしかならない低所得に追い込まれ、生産の縮小や廃業が増えたため、需要を満たせなくなっているのだ。

 稲作には、種苗費、肥料代、農薬代、光熱費、水利費などのコストがかかるが、その費用は近年高騰している。農水省が発表した、驚きの数字がある。2022年の統計によると、コメ農家などの収入は国からの補助金を含めて378万円だった。肥料代や光熱費などの支払経費が377万円。差し引きすると、所得はわずか1万円にすぎない。
 1年働いて手元に残るお金が、1万円なのだ。時給に換算すれば約10円。これほど酷い状況まで追い込まれた結果、コメの生産から徹底する農家が続出している。手間暇かけてコメを作っても、儲からない。どれほど赤字が出ても国は補填してくれないから、農家は苦しみ、コメ作りをやめてしまうのだ。
 需要が減るといわれる以上に作り手が減っているのが、日本のコメ作りの現状だ。

2024年3月に農水省が発表した『米の消費及び生産の近年の動向について』によると、コメ農家の個人経営体は2005年には140万2318あったのに対して、2020年は69万8543。15年で半分以下まで減ってしまった。平均年齢も71.1歳と、高齢化が進む。


米不足は2024年に突発的に起こったわけではなく、近年の日本での米の供給量はギリギリの状態が続いていました。
それにしても、年収1万円、時給10円、平均年齢71歳って……
ほとんど稼ぎにならない仕事を、サービス業なら定年退職している年齢の人たちがやり、農家の数も米の生産量もどんどん減ってきています。
日本の人口も減っていて、今後も減少が確実であるとしても、現在の米不足、価格高騰は「いつか起こるはずだったことが、ついに起こった」だけなのです。

この状況では、若い人が新しく農業、米作をはじめるとは思えません。
政府はITなどを活用した大規模で効率化された農家を育成していく、という方針を掲げていますが、日本では大規模、といっても北米やヨーロッパ、オセアニアのような「効率化しやすい平らで広い土地」で農業をやるのは地形的に難しい。

日本のプロ野球メジャーリーグの年俸の差のようなもので、産業としての規模、市場の大きさが違うので、日本でがんばろうとしても、限界がある。

「トランプ関税」に対するアメリカとの貿易交渉でも、自動車への関税を軽減するために、交換条件として農産物の輸入が拡大されているのです。

たしかに、自動車産業は日本の基幹ではあるけれど、食糧自給率がさらに下がり、輸入依存になってしまうのは、「国防」にとってもリスクが高いと著者は指摘しています。

 2023年(令和5)年度の食糧自給率について、農水省のホームページには次のように書かれている。

<カロリーベースの食糧自給率については、小麦の生産量増加や油脂類の消費量減少がプラス要因となる一方で、てん菜の糖度低下による国産原料の製糖量の減少がマイナス要因となり、前年度並みの38%となりました>

<我が国の食料自給率は、米の消費が減少する一方で、畜産物や油脂類の消費が増大する等の食生活の変化により、長期的には低下傾向が続いてきましたが、2000年代に入ってからは概ね横ばい傾向で推移しています>

 正確に言えば、「極めて低い水準の横ばい」だ。食糧の輸入が止まったら、国民100人のうち38人しか生き延びられない計算だからだ。
 カロリーベースの食糧自給率とは、「国民に供給される熱量(総供給熱量)に対する国内生産の割合」を指す。上位の国は、オーストラリア233%、カナダ204%、フランス121%、アメリカ104%となる。日本は1965(昭和40)年には70%を超えていたが、平成に入ったころ50%を切り、現在に至る。
 ちなみに食糧自給率には、生産額ベースの数字もある。「食糧全体を生産額に置き換え、国内全体で賄われている割合」のことだ。たとえば、販売単価の高いイチゴをたくさん生産していれば、生産額ベースの食糧自給率は上昇するが、カロリーベースは上昇しない。生産額ベースの食糧自給率の数値が高くなるのは、日本の農業が付加価値の高い品目の生産に努力している証左だ。


著者も再三指摘しているのですが、「国防」とか「国民の命と安全を守る」ということについて考えずにはいられません。

「防衛費」をどんどん増額して、最新鋭の武器を揃えれば、日本人は安全なのか?

いまの政府は「効率よく稼げる産業で、経済力をあげていこう」「コストの割にお金にならない農業、食糧生産は、必要な分を海外から輸入していけばいい。そのほうが費用対効果が高い」と考えているようにみえます。

でも、戦争になったり、世界的な食糧危機が起これば、いくら「グローバル化」がすすんでいる世界であっても、「まずは自国民の食糧を確保する」というのが自然な発想ですよね。
逆にいえば、いくら軍事力にまさっていても、日本は「兵糧攻め」されるリスクが常にあるのです。
他国とそんな関係にならないようにするのが外交努力だ、というのは、あまりにも「リスク管理が甘い」「希望的観測に頼っている」のではないか。

 食糧輸入がストップした場合、日本の食卓がどうなるかを農水省がシミュレーションしている。国内生産のみで1日2020キロカロリーを供給する場合、3食のメニューは次の通りだ。

・朝──茶碗1杯のご飯、粉吹きいも1皿、ぬか漬け1皿
・昼──焼いも2本、蒸かしいも1個、果物(りんご4分の1)
・夜──茶碗1杯のご飯、焼いも1本、焼魚1切れ

 粉吹きいもと蒸かしいもはジャガイモ、焼いもはサツマイモだが、1日3食イモばかりの食事となる。
 現在でさえこの有り様だが、高齢化し困窮する農家がバタバタ倒れた後の近未来だったらどうなるか。食べる物はいっそうなくなり、イモさえ手に入らない飢餓に陥ってしまうだろう。それが今、我々の向かっている末路だ。


このメニューをみていて、太平洋戦争中の日本(日本軍)の食糧事情を思い出しました。


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上記の本のなかで、太平洋戦争中のアメリカ軍の食糧事情が紹介されています。

 第二次世界大戦中のアメリカ軍兵士の一人一日当りのカロリー摂取量は、軍事基地で4300カロリー、前線で4758カロリーだった。「食糧の観点から見ると、アメリカの軍隊にはどの軍隊も太刀打ちできなかった。(中略)彼らの食糧は「贅沢なほどたっぷり」だった」(『戦争と飢餓』)。
 給養の面で重要なのは、1941年から米軍が導入した個人戦闘糧食(Cレーション)である。後方から十分な食事を提供できない場合に一人ひとりの兵士に支給されるいわば非常食である。肉と豆の煮込みなどの主食の他、チーズ、クラッカー、デザート、インスタントコーヒー、煙草などがセットになっていた。兵士にはあまり人気がなかったようだが、個人戦闘糧食としては乾パンくらいしか携行していない日本軍から見れば、あまりに贅沢な糧食だった。


太平洋戦争中、国民も軍隊も飢えに苦しんだ日本は、そのときの経験から学んでいるのだろうか。
いざとなったら、なんとかなる、と思っているのか、精神力で飢えは克服できると信じているのか?


やなせたかし先生は、戦争中の体験を踏まえて、「人々を『飢え』から救うのが真のヒーローだ」と、『アンパンマン』を描いたそうです。

最新鋭の戦闘機やミサイルは、食べられないよ。

多くの日本人は北朝鮮の「軍事力優先の政治」を冷ややかにみているのですが、アメリカやフランスなどの先進国は食糧自給率が100%をこえており、中国もあの人口を抱えながら1年分以上の食糧を備蓄しています。
いまの「国民の飢えのリスクに無頓着な日本」は、地形や人口密度の特性や国民自身が選んだ面も大きいとはいえ、北朝鮮のほうに近いのかもしれません。

著者は、この本のなかで、そんななかでも地産地消などで農業や安全な食物生産を薦めている人たちも紹介しています。
それは希望ではあるのですが、その一方で、いまの日本では「産業として、お金を稼げる仕事としての農業」を成立させるのは極めて難しい、ということでもあるんですよね。

人々のボランティア精神とか「食の安全への関心」に基づく活動の規模や期間には限界があります。
しかしながら、現状で、僕の子どもや友人が「農業をはじめる」と言い出したら、「ちょっと待って、状況をよく考えてみて」と言わざるをえません。

自分が追い求めない理想を他者に強要するのは無理がありますよね。
少子化問題でも、「日本という国としては子どもが増えてほしい」けれど、「それなら、国のために自分たちが経済的な負担や育児に必要な時間、出産のリスクを引き受けて子どもを大勢産み育てるか?」と問われたら、ほとんどの人は「戦時中じゃあるまいし」と感じるはずです。

農産物は「作ろうと思えば、すぐにできる」ものではない。
農業をもっと「稼げる」仕事にするしかないのでしょうし、米も「本来は今くらいが適正価格」なのかな、とも思います。

あらためて考えてみると、自国が戦争をしているわけでもなく、すごい天候不順が起こったわけでもないのに、備蓄米を放出しなければならない状況は、異常なんですよね。

でも、どうすればいいのか、正直、僕にもよくわからない。
じゃあ自動車産業を犠牲にするのか、お前が米をつくるのか、と言われても、返す言葉が思いつかないのです。


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