こんにちは!

今回は、謎多き箸墓古墳に行ってきました。
この辺りはかなりの数の古墳があります。
その中でも非常に大きな古墳が箸墓古墳で“全長272mの前方後円墳。

『日本書紀』には、倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそ)の墓で崇神天皇のころの築造と記されています。
昼は人、夜は神が造ったという言い伝えがある。姫命は崇神天皇の祖父の妹で、三輪山の神、大物主の妻となった人物。
夜しか訪れなかった神は、姫命の願いを聞き入れ朝まで泊まったが、その姿は蛇と化していたという。
姫命が驚き騒いだために愛想をつかして神が帰ると、後悔した姫命はハシで陰部を突いて自害したと伝えられ、そこから「箸墓」と名付けられた。
また、卑弥呼の墓とする説もある。”
「なら旅ネット 奈良観光公式サイト」から抜粋させていただきました。
webリンクは下記です。
↓
もうひとつの説が、箸中長者の家に金のなる木があり、
毎日金がふえるのをあきて、毎日三度の食事の時に箸を捨て続けて箸の山ができ箸墓となったとか。
もうひとつの説は、古代の土木技術、古墳造陵、祀儀礼などに関わった土師氏(はじし)の土師の名前から箸の説もあるようです。
土師氏は桜井の相撲発祥の野見宿禰の祖先とする氏で、埴輪の発明でもあるそうです。
野見宿禰は出雲からこの桜井の地に落ち着き、桜井に野見宿禰の墓も鎮座されています。
そして、土師氏は、この桜井から大阪中百舌鳥、古市古墳も関わり、近鉄南大阪線駅に土師ノ里駅があるり、
道明寺一帯は土師氏の本拠地として道明寺天満宮の名を土師神社といわれていたそうです。
諸説あるほど、不思議な箸墓古墳なんですね。
いろいろな説があるそうなので、興味のある方は調べてみてね。
