40代でもズル休み。
いらっしゃい、ツナギです。
月曜、火曜と仕事をズル休みしてしまった。会社には嫁ちゃんの具合が悪いとか言って子供の面倒を見る人がいないから休むって理由を適当に言っておいた。
同じような理由をつけて俺は度々仕事をズル休みすることがよくある方だと思う、半年に1回か年に1回くらいの頻度で突発的に休む、若い頃からの悪い癖だ。治る気もしなければ治そうとも思っていない。
家族持ちの40代は周りを見渡してもみんなできる限り仕事に行くのが当たり前で体調管理やスケジュールを調整してやりくりしているけど、そんなに仕事を当たり前にして体を痛めながら壊しながら体を使って毎日同僚と同じような話をして虚しくならないのだろうか?
今回のズル休みは体がダルかったワケでもないし、仕事に不満やストレスがあった理由ではなくただ単に気分の問題でズル休みをした。毎回のズル休みの時はだいたい同じような気分の時が多い気がする。理由もなく機嫌が悪い日だ。
ホルモンバランスなのだろうか、普段は冷静沈着で穏やかに温厚なのに時折俺はものすごく機嫌が悪い日がある。理由があるわけではないから自分でもどうしようもない。こんな日は無理をして仕事に行っても良い事がないこともよく知っている、だから休んでしまうのだ。
ズル休みをしてもなにも変わらないけど、機嫌が悪いまま仕事に行って余計なトラブルに巻き込まれるより余程良い。
こんな繰り返しの毎日をあと何年間続けるんだろう?
不満がないはずなのにいつも何かを我慢している気がする。
ではまた!
自分を取り戻そうとする自分。
今週のお題「自分の好きなところ発表会」
いらっしゃい、ツナギです。今の自分にとって少し気になるお題かもしれない。
若い頃は頭も悪く馬鹿でヤンチャでなんの考えも持たずに厨二病的な根拠のない自信に満ち溢れていて、思い立つように行動に移しては失敗ばかりしていたように思う。世間知らずがイキガッてもろくな結果にはならないのだと何度も苦い経験をした。
歳を重ねるごとに、大人になるにつれて苦い経験からの学びを得て少しずつ自分以外の事が見えるようになり、それとなく普通に生活できるようになって苦い経験をすることも減っていった。
矛盾するような話だけど、昔の「馬鹿で世間知らずな行動時代」は自分のことが好きだった。
現在の「苦い経験を活かして成長した生活」をしている自分は好きではないのだ。
昔と現在の違いを考えるなら、自分の好き勝手に思い通りの行動ができているかどうか、その行動が世間の常識に照らし合わせて正解や不正解の話とは別にしてみれば馬鹿で無知だった昔の自分は果てしなく自由を謳歌して幸せだったのだと思う。
大人になるにつれて常識や責任に縛り付けられて自由に身動きが取れない今の自分と、この明らかに狂っている時代に生活していることがとても生きづらいと感じている。
この先、光は見えるのだろうか?
生きづらいこんな世の中でも、狂っている時代でも、縛り付けられていると感じる今でも、微かな自分の可能性を信じていつかまた自由になれる自分に戻れるように、小さな希望と地道な努力をして自分を諦めきれない自分が好き。
ではまた!
切れたバイクチェーンを交換しての近況報告とやるせない想い。
いらっしゃい、ツナギです。
最近は身体も精神も調子が悪い。そして運も悪いのか良いのかよくわからない状態。寒い時期は毎年ダメになる、特に今年はかなり寒い。これから来る花粉シーズンも去年の夏が猛暑だったために今年は多いみたいでかなり憂鬱だ。最近本業で体の一部も壊してしまった。いろいろな状態がよくないせいかレザークラフトの制作意欲も沸かず迷走するばかりで停滞している。制作物がないのでブログを書く時間はあるのだがそんな中、先日のバイクチェーントラブル。
通勤に毎日使用している愛車なので、早急に直さなければ死活問題になってしまう。
低迷する中、重い腰をあげてささっと整備していく、、、
しかし、よくよく見てみるとスプロケの傷はかなり深くついたみたいだ。


走行中に切れたチェーンでタイヤロックこそしなかったものの、かなり巻き込んでスイングアームの外に弾かれたみたいで、アームの内側にはものすごい傷が付いていた。

替えの新品チェーンが届いていたので、通勤に間に合うように直していく!まずは張り直すのに邪魔なカバー類を外していく。


カバーを外すと中にも結構な深いキズが付いていた、切れた時はそんなにスピードも出ていなかったわりには相当な出来事だったんだと少し思った。まぁ死ぬかもしれない事だしね。

切れたチェーンと同じカラーでゴールドチェーンを注文。今回は間違えもなくクリップジョイントタイプにして装着。装着はカシメタイプとは異なり簡単でかなり助かる。


同じものなので代わり映えはしないが、傷が付いてしまったことで他の不具合がないか自宅の前だけ確認走行して今回のチェーントラブルは一応解決した。

交換したことでチェーンの張り具合を調整し直したけど、新品のチェーンと規定値の張りがあるとやはり乗りやすくなった。結局毎度自己メンテなんだけど怪しいにわか修理でも躊躇もなく全開走行で本日も通勤しました。いつか死ぬんではなかろうか心配でならない。
そうならないためにもはっきり言ってお金がほしいです、結局こうなってしまうのはお金がないからで諦めるしかないのが悔しいです。
ではまた!
綺麗に手を洗うオッサンの話
いらっしゃい、ツナギです。
いろいろな現場で仕事をしますが、基本的にあまり他人とは関わりが少ないトラック運転手。毎回顔を合わせている人と中身のない他愛もない話をしてその場を凌いでいる。正直俺はどんな話題でも仕事での会話は全く興味がなく、笑っていることも多いけどなんとなく合わせておしゃべりしている事が多い。
荷物を積み終わって、さぁ出発の前にしっかり手を洗って気持ちよく運転しよう、、、
現場の知らないオッサンと隣り合わせで手を洗っていた。俺は結構時間をかけてマメに洗うのだが、隣のオッサンもなかなかの綺麗好きらしい。俺より丁寧に入念に左右の手を洗っていた。
俺が水で流し始めたら隣のオッサンも同じタイミングで流し始めた。
そしてオッサンはもう1回手を洗い出した!!!!!えーーーーーー!!!!また???????
知らないオッサンだが俺は思わず言ってしまった。
「めちゃくちゃ洗うじゃないですか!!!」
そしたらオッサンはすかさず答えてくれた。
「綺麗にしないと彼女が尻を触らせてくれないんだよ〜」
意外すぎる答えに思わず笑った俺。白髪まじりのおよそ50代後半くらいのオッサンがめちゃくちゃ手を洗う理由は女のためだった。
彼女の尻を触りたくて、、、それは必死で綺麗にするよな。意外すぎて面白かったし同じ男としてかなり納得のいく返答でとても新鮮な笑いだった。
なにが新鮮なことに繋がるのか分からないものだなと思ったし自分から話しかけてとても良かった。
躊躇もなくすかさず返答してくれたオッサンに好意が湧いたお話でした。
ではまた!
走行中に切れたバイクチェーン、意外にも冷静だった。
いらっしゃい、ツナギです。
以前に自分で交換したバイクチェーン。購入時に間違えてジョイント部がカシメタイプの品を選択して専用工具が必要だったが工具も自作してなんとか取り付けて走行していた。
かなり怪しいカシメ状態で交換から約2年が経過してついに切れやがった。外れたと言うべきか。
真夜中の車通りが少ない場所でよかった、不幸中の幸い。というよりちゃんと取り付けろっていうかメンテナンスを怠るなっていうか、、、初めから取り付けが怪しいので命がけでバイク乗ってるっていうか、、、、
坂道を登る途中で切れたので負荷が原因だと思います、あと考えられるのは気温です。この日はとても寒かったのでしっかりとカシメがされていない金属なら縮んで外れやすかった可能性はありますね。
チェーンが切れた瞬間は開いていたアクセルから一気に負荷が抜けて回転数がブヒーーーー!!!って感じでした。切れたチェーンが少しだけふくらはぎに当たったけど怪我もなく坂道のてっぺんで綺麗に停止。
停止した時の俺の心境。冷静に結構いろいろ考えてた。
「うーーーん。切れたか、、、、危なかったな、切れても意外に後輪とかロックしないんだな。たまたまかな?運が良かったかな。ハーフパンツだったらふくらはぎ怪我してたかも?いや、そんなに強く当たってないか。」
「大きい道路でかっ飛ばしてる時じゃなくて本当によかった、下手したら死ぬ。毎回にわか修理なんだからメンテナンスはしっかりしないとな。寒さが原因だろうか?走り出した時に少しチェーンがカチャカチャ鳴ってたもんな、前兆はあったな。」
「見事に坂道のてっぺんで止まった、帰宅路の後半までもってくれて助かった。家まで一直線だ、ここからなら押しても苦にならない。とりあえずチェーンは切れたけどエンジンは問題なし、切れたチェーンはスプロケに弾き飛ばされて少し歪みながらスイングアームの外に垂れ込んだみたいだ。外して後で検証しよう。」
「ちょっと切ない気分だけど不幸中の幸いだったし、そんなに手間もなく家に帰れるからこの下り坂で距離を稼ぐか。」
エンジンを切った物静かな鉄の塊に跨がり下り坂をシャーーーーーーー、、、、コンビニの前を通り過ぎる、、、、
「チェーンが無いとめっちゃ静か、電気自動車みたい。コンビニに人がいる、なんか恥ずかしい。」
下り坂の惰性も終わり、バイクを手で押して少し歩いて帰る。。。。
「前回故障して手押しで帰った時よりだいぶ家に近いし帰ったらすぐにネット注文して明日中に直せばなんとかなるかな。長くバイク乗ってりゃこんな日もあるよね、これでもバイクが好きなんだから仕方ない。」
寒くてとても空が綺麗だった。
そして検証。

やはり外れたのはカシメの部分で、こじ開けたカシメ穴はそんなに変わっていない様子だった、外径も外れた反動で削れて小さくなっている感じ。金属も縮まるくらいの氷点下の気温と、経年劣化が主な原因だと思います。

かなり危なっかしい傷跡があった。切れたチェーンが絡まり傷をつけたスプロケ。切れた瞬間は一瞬ガチャガチャ鳴ったけど、体感的には余程変な絡まり方をしない限りは今回のようにスイングアームの外に弾かれるのだと思う。深く傷はついてしまったけどチェーン交換だけで済みそうでよかった。
すぐにネット注文したけど、今回は間違えずにクリップジョイントにしました。
が、しかし。
お急ぎ便にしたのに注文時はすでに日付が変わっており、当日の到着に間に合わずまた失敗してしまいました。。。
まぁ自己メンテナンスでバイク乗ってりゃいろいろあるってことですね、これも経験なので良しとする!!!
ではまた!
10年前は記憶をなくしている時期。
今週のお題「10年前の自分」
いらっしゃい、ツナギです。
気になったお題だったのでスマホの写真を遡ってみたら丁度10年前からだった。当時は知る由もない未来で現在の自分、あの頃に考えていたことと今の自分のことを振り返ってみる。
10年前、、、31歳。時系列は少し曖昧だけど、、、とてもしんどかった時期を過ごしていた。
それまでの自分には安定した仕事もなく転職を繰り返しては何かが違うと流れるような人生を送っていた。でも年齢的に、繰り返してきた転職にも疲れ始めていてこれから先の10年を真剣に考えて長く働ける仕事を探していた。当時は日勤で初めての正社員雇用としてなりたてだったけど将来を考えるととてもまともな生活がしていけるよな給料は貰えておらず、昼は正社員の仕事と夜はダブルワークでラーメン屋のバイトを掛け持ちして朝から夜中まで働いた。週3回のダブルワークで1日16時間労働くらいだったかな。朝8時から夜は0時まで仕事していた時期。
そんな中で第一子を授かったんだ。ダブルワークでもお金は無かったけど子供が欲しくてもなかなか妊娠できずに不妊治療に踏み切った。
当時もボロボロだったけど、いま思い返してもかなりキツかったなー、、、、
妊娠が確定していよいよ俺には生活の基盤が必要になった。そんな折ダブルワークで勤めていたラーメン屋からのヘッドハンティングを受けて、俺は昼の正社員を辞めてラーメン屋1本に仕事を絞った。この当時の判断は良かったのか悪かったのかはなんとも言えないところがある。
この転職で俺は後に最速で店長までいったけれど、飲食業のブラック体質についていけず店長も辞退した後またいくつかの転職をしている。この時期同時に家に帰れないほどの雇われ店長の店舗経営と、生まれたばかりの第一子の子育てに1年間の記憶がほぼない限界の状態も経験した。店舗経営や人間関係に疲れてストレスの真っ只中だったけど店の数字や従業員の回し方など勉強になることも多かった。今にして思えばよ?当時にそんな余裕があるわけがない。
10年前の写真を見てみれば俺の顔には生気がなく、第一子を初めて見た時の写真も目の周りは黒ずんでいてまともな状態ではなかった。
仕事にはいつも悩んできたけど、それからの転職で良い仕事に出会えて現在まで続いている。自分が壊れるほど仕事はしてはいけない。そんな状態は周りの人をも巻き込み不幸にしてしまう。初めて長く続いている現在の仕事も今年に入りまた考えるようになっていた時期、不満はないけど変わらない毎日ではいられない。10年前を振り返りまたこの先の10年を考えていた今日このごろ、、、、
こんなお題に出会ってこんな想いを書き残すのもなにかの運命なのだろうか、今年の決断はこの先の10年を大きく変えそうな気がします。また人生の分かれ道、どっちを選ぼうかな。
ではまた!
コンビ二で書籍を買う。
いらっしゃい、ツナギです。
俺はたまに紙の書籍を買う、しかも唐突に衝動的に。それもコンビニで。
電子書籍は目に悪いので興味はない、ネットでわざわざ探さない。
コンビニでは入ったらまず雑誌コーナーの方へと行ってしまうクセがあり、立ち読みするわけではないが自ずと表紙や書籍のタイトルなんかに目を配りながら最近の流行りや気になる物をチェックしているように思う。完全に無意識です。
最近「運」という目には見えないものに興味がある俺。ふと目について立ち止まってしまった書籍があった。気になったけどその時には買わず一旦この気持ちは持ち帰る。唐突に衝動的にとは書いたがそれは本との出会いのこと。自分のための買い物は必ず一旦持ち帰ってそれでも欲しいなら再度足を運び買うようにしている、もしなくなっていたらそれは自分には縁がないものなのだと思える。
今回のは書籍なのでサラリと中身を読んで内容と文章のスタイルを確認する。うん、なかなか読みやすそうだ内容も今の俺にマッチしている。文章から書き手の性格なんかも分析する。自分のために書いているのか、読む人のために書いているのか。
俺もこのブログ活動をしているけど、人気がないのは相手のために書いていないからだと自分で自覚している。日記のようなものだ。それでも何かを残していくことは誰かに届くかもしれないので止めるつもりはない。
本っていうのは出会い。いつも何気なく見ていても今の自分に必要なものはそっと寄り添うように近づいてくる。それを掴み取れるかどうかは自分次第だと俺は思う。
