Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ギターという反ロマン的な楽器の響き ティボー・ガルシア演奏会を聴いて

カール・リヒターやロストロポーヴィチの重厚で骨太のバッハを聴いて育ってきた私にとって、ティボー・ガルシア Thibaut Garcia のギターによるバッハのしなやかで軽やかな演奏は、同じ作曲家とは思えないほどだった。もちろん楽器の特性もあるだろう。音量…

木下尚江『良人の自白』あるいは歓待の精神

木下尚江の小説『良人の自白』読了。 二人の対照的な人物、俊三と與三郎。幼馴染でありながら、前者はエリートのインテリで地主の跡継ぎ、後者はその地主の苛斂誅求に苦しむ小作人であり、地主とその後継者への敵意と復讐心を隠そうともしない。俊三自身が幼…

台湾ドラマ『最初の花の香り』に見るポリアモリーの可能性

台湾のドラマ『最初の花の香り(第一次遇見花香的那刻/Fragrance of the First Flower)』を見た。監督はエンジェル・テン(Angel Teng 鄧依涵)、1990年生まれとのこと。 台湾のクィアの映画・ドラマの水準の高さは、前にネトフリで見た『此時此刻 (At the…

子を捨てる、あるいは親に捨てられるということ 韓国ドラマ『初、恋のために』を見て

ヨム・ジョンア、パク・へジュン他出演『初、恋のために 첫, 사랑을 위하여/Love, Take Two』を見る。 この作品で元夫婦を演じるパク・へジュンとオ・ナラは『マイ・ディア・ミスター』では元恋人同士だったし、村長夫婦も『マイディア』に出ていたし、ヒロ…

武田泰淳『快楽』を読んで宗教と社会主義の関係を考える

武田泰淳著『快楽』(1973年)読了。 かいらくと読めば世俗的・肉体的な快楽、けらくと読めば仏教的な法悦。しかしこの両者はどのように違うのか、区別する必要があるのか。 つくづく中絶が惜しまれるが、完結していればドストエフスキーに比肩する深さをも…

木下尚江『墓場』あるいは鼓腹撃壌の不可能

木下尚江『墓場』(1908)読了。 日露戦争の勝利の美酒に酔う浮ついた世相に、この陰鬱な小説はさぞ場違いだったことだろう。 エピグラフにはヨハネ伝第3章のイエスとニコデモの対話から「人若し生まれ替はるに非れば、神の国を見ること能わず」の一句が引用…

『赤道下の朝鮮人叛乱』に見る日本国の無責任

内海愛子・村井吉敬共著『赤道下の朝鮮人叛乱』(1980年)読了。 志願とは名ばかりで事実上は徴用され、日本軍軍属としてインドネシアに派遣された朝鮮人たちは、上官から民族差別的な侮辱の言葉を日々浴びせられつつ、俘虜の管理という末端の仕事に従事する…

円地文子『私も燃えている』、リヒャルト・シュトラウス『九月』、有吉佐和子の短篇集について

9月6日 円地文子『私も燃えている』(1959年)読了。 登場人物同士が偶然に出会う場面が多く、全員が著者の操り人形のようで、それが物語のリアリティを弱めている気がした。さらに、何人もの女を泣かせて、自分は研究一筋で、しかしいざとなると自分の身を…

大江健三郎『水死」あるいは不器用な老作家の metoo への連帯

それがこの国で現に百四十年間、償われていないからです。「メイスケ母」は、強姦されたまま、いまも強姦されてるんだと、その恐ろしいことそのものを、表現するんです。 大江健三郎の長編小説『水死』(2009)の終盤、劇団員ウナイコの、この怒りと確信と、…