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1月22日(木) 旧暦12月4日
駅を降りたら眼の前に水仙がさいていた。 あら、水仙!って、しばらく見入る。 水仙は好きな花。 いろんなとこの日だまりに咲く。 ところを選ばないけれど、水仙がさくとそこにひんやりとした清浄な気がただよう。 水仙のしづけさをいまおのれとす 森 澄雄 今日はお客さまが午後にひとりいらっしゃった。 千野千佳(ちの・ちか)さん。 第1句集のご相談に見えられたのである。 千野千佳さんは、すこし前にお目にかかったことがある。 2024年度の第11回星野立子賞の授賞式である。 ふらんす堂から句集『月華』上梓された和田華凜さんが、「星野立子賞」を受賞されたのだった。 そのときに鈴木総史さんとともに「星野立子新人賞」を受賞されたのが千野千佳さんである。 わたしはお目にかかってご挨拶をしたのだった。 千野千佳さんは、俳誌「蒼海」(堀本裕樹主宰)に所属されている俳人である。 若々しい笑顔そのままに今日はご来社くださったのだった。 すこしお話をしていたら、なんと千野千佳さん、この度の角川俳句賞を受賞されていることを知った。 (し、しらなかった……) 本当にとんまなyamaokaである。 30日には、授賞式がありご案内をいただいたのでスタッフのPさんが伺うことになっている。 遠慮がちに受賞されたことをお話くださった千野さんに、わたしは、 「まあ!そうなんですか。それは凄い、おめでとうございます!」と間抜けなお祝いを申し上げたのだった。 受賞をきっかけに句集上梓を決められたということ。 星野立子新人賞にひきつづき角川俳句賞とは、すばらしい。 (いまさらですみません。。。) 角川「俳句」も読んでいるはずなのに、どうも日々のあけくれに追われてしまって。 千野さん、わたしが知らなかったことなどをすこしもお気をわるくもなさらず、すこぶる感じのいい方である。 いろいろなご資料本をたのしそうにご覧になっていた千野さんである。 本作りには興味があるらしく、とても意欲的でいらっしゃる。 千野千佳さん。 2016年より俳句をつくりはじめる。堀本裕樹さんとの出会いによって本格的に俳句をつくるようになり、2018年「蒼海」創刊よりの参加である。 子育てと仕事をしながら、俳句に向き合っている千野千佳さんである。 「良き一冊にいたしましょう」とわたしは申し上げたのだった。 水仙のちかくに咲いていた寒紅梅。 一月になると野山も色づきはじめる。 #
by fragie777
| 2026-01-22 18:31
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1月21日(水) 款冬華(ふきのはなさく) 旧暦12月3日
楝の実。 または栴檀の実。 真青なる冬空に黄金に輝いていた。 ご近所の丸池公園には立派な楝の木がある。 いつもは鵯がやってきて実をついばんでいるのだが、この日は姿をみせなかった。 空が青い。 ただ、それだけを思った。 今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、木村内子句集『金平糖』より。 ごくごくと寒の水呑む虎の喉 木村内子 「いま優雅に全身の縞模様を波打たせて歩いてきた虎が、水を舐めはじめた。」と長谷川さん。そして、付してある虎の写真がいい。 喉に焦点をしぼって虎の命のたくましさを詠んでみせた。虎はすきな動物である。ライオンより神秘性を秘めている。 西秀治記者によるものである。 タイトルは「泉下の俳人 放った光 消さぬため」「稲畑汀子 父や夫の死超えて」「馬場移公子『詩魂』の生き様」。 抜粋となってしまうが、一部紹介をしておきたい。 (略)阿波野青畝、山口誓子、加藤楸邨、有馬朗人、黒田杏子ら俳句史に名を残す37人の境涯をつづり、作品を読み解いた。弔辞のような一冊。「俳句という最短詩型に一生を捧げた人たちを知ってほしい」という願いも込めた。 (略)故人を書き続けている理由は何か。「その俳人が俳句に注ぐ情熱、業績と作品を残したいのです」。俳人の弟子や関係者にインタビューして、人物像を浮かび上がらせる工夫もした。(略) 24年に93歳で死去した鷹羽狩行編を書き下ろしたのは、半世紀にわたり俳壇を先導して業績があり、どうしても外せない俳人だったからだ。「有季定型俳句の普及に尽力し、文芸としての俳句の認識を高めた」「海外詠などの地歩を築いたことなど、業績を列挙すれば限りない」と記す。(略) 「いかなる作家も、語り部を持たなければ、忘却の彼方に消えゆく運命にある」(髙柳重信) この言葉に刺激され、「私が語り部にならなければ」と決意して書き続けてきたが、とりわけ思いが深い俳人がいる。一般にはあまり知られていない馬場移公子だ。 1994年に75歳で死去した移公子は戦争で夫を失い、最後は郷里の埼玉県・秩父を離れずに一生を終えた。〈いなびかり生涯峡を出ず住むか〉〈雁仰ぐいまさら峡の底に住み〉といった作品を生んだ。(略) 角谷さんは、泉下の客となった俳人のことを調べれば調べるほど、その俳人が自分の中に入ってくる感覚があるという。「移公子のときもそうでした。作品を生み出すときの苦しみや歓びが実感として迫ってくる。この俳人のために、私が書かなければと思う。」 登場する俳人たちは、病気をしたり家族を失ったりという著しい境涯を乗り越えて作品を生み出してきた。「俳句を詠むことで、心が救われてきたことが分かります。改めて、俳句は魂の救済になるのだと思います。 角谷昌子さんには、「馬場移公子の百句」の執筆をお願いしてある。 わたしの郷里・秩父の俳人でもある。 すこし先になると思うが、わたしはとても楽しみにしている。 #
by fragie777
| 2026-01-21 18:37
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1月20日(火)大寒 旧暦12月2日
鵙(♂) 神代植物園にて。 こちらは♀。 ♂ほど目張りがつよくなく、全体の色も淡い。 冬の鵙ゆるやかに尾をふれるのみ 飯田蛇笏 「飯田蛇笏の百句」でも取り上げられて鑑賞されている一句である。 この句のように、写真の鵙たちは尾をやさしく動かしていた・ 井上康明著『飯田蛇笏の百句』を本日校了とする。 スタッフに手伝ってもらって、季語索引の読み合わせをしたのであるが、とんでもないミスを発見した。 「蝶」の読みを「あり」としていたのだった。 ヒエーッって叫んですぐに直した。 あぶないところだった。 「蟻」と「蝶」、確かに虫偏であり、つくりがごちゃごちゃはしている。 が、間違えるなんてね。 危機一髪で、間違いを回避できた。 良かった。 「季語索引」を見ていて、気づいたのであるが、蛇笏は秋の季題の句が多い。 百句に関していえば、「秋」「秋風」がダントツに多いのである。 たしかに、「芒」「秋の風鈴」「秋の燕」「秋風」等々、代表句に「秋」の句がおおい。 この百句に関してのみそうなのだろうかと、手元にある『飯田蛇笏全句集』(角川ソフィア文庫)の季題索引を調べてみたところ、やはり秋の項目が圧倒的で、春、夏、冬を凌いでいる。 この全句集の解説も井上康明さんによるものである。 蛇笏に精通しておられる。 蛇笏は雄渾にして格調のある句をなした俳人ではあるが、それだけではないものがあり、そのことにももちろん井上さんはふれている。 蛇笏という俳人の奥行きを知る上でも良き一冊でとなったのではないかと思う。 鑑賞も解説も申し分なく、蛇笏の入門書のみならず、蛇笏研究のための一書としてもハンディな資料テキストとなるのではないかと思う。 校了を前にして。 今日は大寒である。 「飯田蛇笏の百句」より。 極寒の塵もとゞめず岩ふすま 飯田蛇笏 東京は今夜あたりから寒波がおしよせて寒くなるらしい。 一戸建てからマンションに越したでしょ。 すごくあったかいのよ。 R体は大助かり。 夜、暖房つけわすれていることもあるくらい。 #
by fragie777
| 2026-01-20 18:16
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1月19日(月) 旧暦12月1日
蘆原。 神代水生植物園。 ここはいつ来ても人がいなくていい。 しかし、今年もベニマシコが巣作りをしているようで、いつもよりカメラマンの人が大勢いた。 わたしは、昨年ベニマシコをここで見ている。(カメラにもおさめた) ブログにも紹介したかも。 まさに、蘆枯るる景。 光線によってさまざまな蘆枯れの様子がみえる。 いよいよ「飯田蛇笏の百句」が校了となる。 今週中には下版の予定。 執筆者の井上康明さんが十年かけて丹念に向き合ってくださったものだ。 本当にいよいよという思いがあって感慨ふかい。 百句をみていくと、死のイメージが揺曳する。 死を詠んだ句がそれほど多いわけではないのだけれど、 どうしてだろうって思いながら、読みすすんでいる。 蛇笏は最初に発表した句を変えることの多い俳人だったのか。 代表句となるものにかなりある。 本書では、そのへんについても丁寧に語られている。 二月の初旬刊行を目指したい。 なきがらのはしらをつかむ炬燵かな 飯田蛇笏 先日、モーツァルトのピアノ協奏曲についてすこし触れたのだけれど、詩人の杉本徹さんは、モーツァルトをよく聴かれるらしく、先日、17番(K453)を聴いたことがあるかとメールで尋ねられた。 「あのメシアンが「17番はモーツァルトの全作品のなかでもっとも美しい」と評した」とメールにあって、わたしは多分聴いたことがない。 で、さっそくAmazonミュージックからダウンロードして聴いている。 ここんとこずっと聴いている。 全然悪くない。(変な日本語?) 第2楽章が好きかな。 わたしは好きなものを変質的になんども聴くのみで、広がりがないので、いいヤツをおしえてもらえるとありがたい。 杉本徹さんは、モーツァルトやバッハのことを語り出したら、それこそもうとめどなく夜を徹しても語りきれない、お人であるようだ。 今回の詩集『逆光地図』においても、モーツァルトの作品名が登場する。 これはよほどのモーツァルト好きか、モーツァルトに精通している人でないと分からないと思う。 わたし? もちろん、 わかんなかった。 ミーハーだからね。 モーツァルトはすごい好きだけど、それは私のみがわかる好きなのよね。 それでいいとおもってんのよね。 そう、モーツァルトの音楽にも死の匂いがある。。。 #
by fragie777
| 2026-01-19 18:35
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1月18日(日) 旧暦11月30日
夕暮れの仙川にそって散歩をする。 枯蘆。 鴨たちがまったりとしている。 ヒドリガモ(♂) まだ水に浮いている鴨も。 翡翠がいた。 もう一羽も。 この間交尾をしたカップルだろうか。 場所がちかいので多分そうなんじゃないかと思う。 どこにいるかわかります? 一番下と上から3番目。 目を凝らさないとぜったいわからないと思う。 青鷺の背中。 なかなかいい味をだしている。 カメラが欄干にぶつかって、音をたててしまった。 何?っていうように顔をあげてこっちを見る。 オナガガモの番い。 わたしのお気に入りのカモ。 嘴の水色、胸の白さ、すっきりとした体に気品がただよう。 ぐっときてしまう。 なかなか渋い。 コガモ。 今年はコガモがたくさんやってきた。 おなじみの白鷺。 これはダイサギ。 コサギもたくさんいた。 夕日のいろにそまっていく木々。 キセキレイ。 愛らしい鳥だ。 再び翡翠! この翡翠には覚えがある。 いつものところに水がなくなってしまってこっちまで来ているのか。。。 どこにいるかわかります。 男女の二人連れが、翡翠をみながら「ほんと、久しぶりだよね」って話ながら通り過ぎていく。 仙川に水がもどってくることがあるのだろうか。 ハクセキレイもいた。 動きがはやい。 丸池公園にたどりついたときは、すっかり暮れてしまったのだった。 かなり歩いたのでつかれてしまって、帰りは途中から仙川行きのバスにのることにした。 およそ6駅ほどを乗って行くのだが、バスはとても混んでいた。 部活動かえりの中学生たちがたくさん。 わたしが乗っていくと、女子中学生が、「すわります?」って席を替わってくれそうにしたのだけど、 「ううん、大丈夫」と言って断ったのだった。 歩くのにはつかれたけれど、立っている分には全然平気だった。 部活でくたくたになった中学生に替わってもらうのはちょっとね。 ということで、立ったまま仙川に到着。 いい疲れである。 鴨の中の一つの鴨を見てゐたり 高浜虚子 #
by fragie777
| 2026-01-18 18:45
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