馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

2026年あけましておめでとうございます、西新井大師へ初詣に行ってきました

2026年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

朝10時の富士山が良く見えています。

関宿城や鎌倉からの眺めよりも美しいです(笑)

 

1月2日に初詣に行こうと思っていましたが、どうやら天気が悪いとのことです。

急ですが、お昼過ぎから西新井大師に行くことにしました。

場所はこんなトコ。初めて行ってきます。

北千住駅から東武スカイツリーラインを乗り継いで、西新井駅で下車。

西新井駅からは西新井大師にお参りする人のための東武大師線に乗ります。

たった一駅だけの電車なのです。もちろん今日は激混み(´・ω・`)

数分で大師前駅です。

賑やかです、いろいろなお店も出ています。

警官や地元の方の指示に従って並びます。

30分ほど掛けて、ようやく表参道に到着です(´・ω・`)

規制されており、本堂への道は遠く険しく果てしないのです。

10分ほどでようやく本堂へ。お賽銭を入れて、お祈りをすることが出来ました(*´▽`*)

出て屋根を見上げると、文字通りの鬼瓦さんが守ってします。

御朱印を頂戴しましたが……達筆過ぎて読めません( ;∀;)

帰って調べると、真ん中は 厄除け 弘法大師 と書いてあるそうなのです。

そう、ここは826年天長3年に空海さんが関東を彷徨している時に、西新井に立ち寄った際に観音菩薩のお声を聞いて、寺院を建立したんですって。

露店を冷やかしながら歩き、どこ行っても混んではいるのですが、ようやく山門の外に出ました。

今日はここからは入れても、本堂でお参りすることはできません。

草だんごが名物。長蛇の列がどこのお店でもできていましたが、めげずに並んで私も草だんごを買いました。

草だんご、おいしゅうございましたよ(*´▽`*)

ここを出たら初詣は終わりですね。今年も良い年になりますように。

 

帰りは東武大師線を使わず、西新井大師の西に行こうと思います。

東京都が誇る新交通システム、舎人ライナーです!!(*´▽`*)

西新井大師西駅、どんだけ西の字を使うねーん!!

初めて乗ります、山手線と繋がっている日暮里駅を目指すのです。

あ、向うから舎人ライナーが入ってきましたよ。

実は無人走行なのです。凄いぞ、舎人ライナー!

一番後ろに座って、外の景色を楽しみます。

西日暮里駅を通過。

なかなか車両を撮影できません(´・ω・`)

終点の日暮里駅でどうにかパシャリ。

舎人ライナーを出て、日暮里駅に到着です。

皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします、でわ。

 

鎌倉探訪(長谷寺、極楽寺、稲村ケ崎、龍口寺)

2025年12月30日、今日は誘われて鎌倉探訪をして参りました。

9時半にJR鎌倉駅に到着。

空いてるかと思いきや、そんなことはありません、海外の人、日本人観光客でいっぱい。

JR鎌倉駅から江ノ島電鉄鎌倉駅の駅舎が見えております。

これが乗換え口。しかしいったん外に出ます。

今日は江ノ電にたくさん乗りますので、一日乗車券のりおりくん800円を購入しました。

江ノ電路線図。10キロ15駅あります。

まずは1個目の駅、和田塚で下車。

鎌倉方面に向かう江ノ電をお見送りいたします。

警報機も遮断機もない踏切を第4種踏切と呼ぶのだそうです。

これから渡って、

甘味処無心庵さんに参ります。

10時から甘味処(笑)

お店の中は和風チック。無事第1号のお客になりました(*´▽`*)

私は安倍川餅を注文。800円でお茶とお吸物付き。

相方は磯辺焼きを頼んでいました。

お腹を満たしましたので、また江ノ電に乗ります。

今度は2つ先の長谷駅で下車します。

 

①長谷寺

長谷駅を降りると、また結構な人混みです。歩いて10分弱……

長谷寺です。

えーと、これで日本3大長谷寺を制覇しましたよ。

お池を眺めて、

良縁地蔵に癒されます。

こちらが本殿。

十一面観音菩薩を拝みました。

何でも奈良の長谷寺の徳道和尚が2体の十一面観音菩薩像を作って、1体は奈良長谷寺に、もう1体は大阪湾、当時は難波の港ですか、に流したら、漁師によって三浦半島で引き上げられ、ここ鎌倉長谷寺に安置されたのだそうです。

善光寺も、確か仏像が流されているのを見つけた方が祀った話がありました。

昔は頻繁に仏像が流されたみたいなのです(笑)

本堂の隣は釈迦如来像と四天王像。

 

展望台があるそうなので登ってみましょう。

水仙が咲いています。

上部からは由比ガ浜の海水浴場が見えます……海水浴?

サーファーではないのかな?

可愛いあじさい観音という石仏。

そうです、本来鎌倉長谷寺はあじさい寺として有名でした。

梅雨の時期はきっと美しいのでしょう。

マニ車を回すことができます。思い切り回してきましたよ。

お地蔵さんが千体。

マジ卍なお池です。

実際に若い人がマジ卍と叫んでいました(´・ω・`)

弁天窟という洞穴があります、入ってみましょう。

弁財天に、

弁才天、弁天がたくさんいました。

頭を上げると洞窟の天井に当たってしまいますよ、要注意。

 

②極楽寺

長谷駅の1つ先、極楽寺駅で降りました。

極楽寺も行きたいお寺だったんですよねえ。

橋の上から見た江ノ電です。

長谷と極楽寺の間には、江ノ電唯一のトンネルがあるのです。

江ノ電がトンネルに入っていきます。

徒歩1分で極楽寺……あれっ?

あちゃーお休みです(´・ω・`)

極楽寺の縁起。

残念ですが門が閉じているので戻りましょう。

 

③稲村ケ崎

極楽寺の隣が稲村ケ崎。

京都の嵐電さんとコラボレーションしているのですね。

降りるともう海が見えるのです。

歩いて10分、鎌倉海浜公園に到着。

後醍醐帝の激に応じた新田義貞が鎌倉を攻めた時、海側から攻めたのですが、満潮だったので渡ることができなかったのです。

そこで刀を捧げて祈ったところ、渡河が可能になったそうなんですよ。

明治大帝も歌を詠まれています。

 

投げ入れし 剣の光 あらわれて 千尋の海 もくがとなりぬる

このころの新田義貞は無敵、最強なのです!

さて海の方を見ると、

かすかに富士山が見えております!!

アップにすると左に江ノ島、富士がようやく視認できますね。

ここも午前中の早い時期に来るべきなのでしょう。

新田方戦死者を弔う塚がありました。

お昼を食べに向かう途中、稲村ケ崎の駅舎で車両をパシャリ。

雪だるまと雪うさぎが行き先表示に出現中。

今日のお昼はカフェヨリドコロさん。

もう大繁盛、大混雑。受付して30分後に呼ばれてお店の中へ。

しらす丼1,780円を注文しました。卵もしらすも美味しく大満足です。

 

さあ、江ノ電にまた乗って鎌倉高校を前を目指しますが……降りる人が多く、また車内から見えた人々の多さに呆れて(笑)、ここは降りるのを中止しましたよ。

社内マナーを守りましょ。

 

④龍口寺

江ノ島駅で下車しました。

15時15分過ぎですが大賑わい(笑)

ん?

江ノ電車両が家の中に納まっていますよ。

江ノ電もなか、と書いてあります。

扇屋さんというお菓子のお店です。

相方がもなかを買物中、お店の中を見ると、江ノ電のマスタコントローラー、イス、時刻表が飾ってあったりしました。

店舗の前を鎌倉に向かい、藤沢に向かう江ノ電が走って行きます。

この時ばかりは、車も江ノ電を優先させています。

今日最後に訪れるのは龍口寺です。

ここは1337年建武4年、日蓮の弟子がお寺を築いたことに寄ります。

元々は龍口処刑場だったのです。

日蓮は世上を惑わしたことにより、死刑に処されそうになります。

いろいろと何かが起きて(笑)、日蓮は死刑にならず、佐渡に流刑されました。

日蓮さん、死刑にならなかった光とは何ですか?

五重塔は1910年明治43年建立。

処刑場の跡地を探すと、相方が見つけてくれました。

この辺が処刑場です。

元の使者や北条残党の北条時行もここで死刑が執行されたんだとか。

北条時行も逃げ上手の若君という作品でスポットライトを浴びていますね。

 

では見学を終えて戻りましょう。

江ノ電江ノ島駅近くに湘南モノレールの湘南江の島駅があります。

駅の最上階から富士山を望めます。淡いですね~

湘南モノレールに乗りましょう、自動運転ですよ。

出発~

いろいろ情報量の多いシート(笑)

15分足らずで大船駅です。さすがに疲れました。

それではJRに乗って帰りましょう、でわ。

 

関宿城に登りませんでした

2025年12月28日関宿城の近くまで行ったのですが……登りませんでした。

古河城の後、15時半を回り、関宿城付近に到着。

場所はこんなトコ。

まあ復興天守ですし、しかも1995年に建てられた天守は、本来の城址とは無関係なところにあるそうですので(笑)、今日は寄りません( ;∀;)

道の駅さかい前に車を置かせていただき、お買い物をしてから、急いで利根川北岸の土手に上がります。

今日の日没は16時34分です、急げ、走れ、私~

利根川の常夜燈を見て、土手を歩いていると、野生の草を刈っていたインド系の外国人に話し掛けられました。

「元気デスカ?」

「何を採っているんですか?」

見れば雑草(失礼)を刈っていてるのです。彼はスマホの翻訳機能で私に説明します。

それによると、彼にとってこの辺りの雑草はほうれん草に相当する様なのです(笑)

で、スパイスを混ぜてカレーみたいなものを作っている動画を見せてくれました(笑)

もちろん動画のBGMもインド風。

 

しかし……草を刈る許可を得ているのだろうか……気になります。気になりますが、ちょっと急ぐので、早々に彼に別れを告げて歩きます。

関東の冨士見100景、これを見に来ました。

うわ、撮影の方がいっぱい。皆さん、重装備で撮影に来ています。

川の向こうに見えるのが関宿城です。

まだ富士が淡く見えています。

場所を変えてパシャリ!!

16時34分の日没後、関宿城はライトアップ。

富士山の姿が濃くなりました。

うーん、こんなものでしょうか。午前中に来て青空の下の富士山と関宿城にも挑戦しましょうかね。

でわ。

 

古河城と古河公方館に登ってきました

2025年12月28日古河城と古河公方館に登ってきました。

ふふふ、年内まだまだ行けました。( ̄ー ̄)ニヤリ

南総里見八犬伝にも出てきました古河、厳密には古河城と古河公方館がありますが、行って参りました。

古河城はこんなトコ。今回は車で挑戦です。

初めて参りました、古河近辺です。

車を古河歴史博物館に停車します。

すぐ近くには長谷観音さんがあります。

長谷?先日、奈良の長谷寺に行きましたが……

何か関連はあるのでしょうか。

初代古河公方足利成氏の勧請!!日本三大長谷寺?!古河城の鬼門仏?

これは関連ありまくりです、もちろん今日の無事を祈願しました。

御朱印をいただきました。

古河歴史博物館は今日はお休みでした(´・ω・`)

どうもこの辺りが昔のお城らしいです。

この付近の古河城の地図。江戸時代古河藩の領地でした。

マンホールは利根川に架かる橋と花火、そして船。

早速史跡を発見。

古河城御茶屋口門址。お城の真東に当たります。

そこから北上すると、

古河藩使者取次所(御馳走番所址)ですって。

ここには今でも蔵が立っております。

お米や物資の集積所であり、お店があった模様です。

今度はまた東に出て、南北に走る日光街道を北へ向かいます。

雪の殿様、土井利位さんのことが知るされています。

時代劇13人の刺客で、明石藩主松平斉韶暗殺を依頼する老中首座がこの人。

実際にはそんなことしていません(笑)

土井利位さんは水野忠邦の後を受けて、幕政改革を図ります。

しかしそれよりも有名なのが雪の研究。雪の結晶を顕微鏡で見て、専門書の雪華図説を表しているのです。

近くまで来たのでJR古河駅を見て行きます。

古河駅を発見。

その近くには高層マンションが建っていました。

昔の芳流閣はこんな感じだったのでしょうか(笑)

駅前には万葉歌碑がありました。

 

逢はずして 行かば惜しけむ 麻久良我の 許我漕ぐ舟に 君も逢はむかも

 

もし逢わないでこのまま去ってしまうとしたら、名残惜しいなという意味です。

許我は古河、八犬伝原文でも実は許我と記されています。

 

さて探索に戻ります。駅前から西へ向かうと……

古賀城下高札場址。

ここにお知らせを掲示していたのですね。見ていると、近くのおじ様が出てきて、

「どっから来なさった」

と質問。

最近良く聞かれるのですよね(笑)

そんなんどうでも良いから早く家に入ってくれ、写真を撮りたいのです~

高札場の向かい側には、お宿があった様です。本陣址。

そのまま西へしばらく歩くと、

河鍋暁斎さんの生家があったそうです。

歌川国芳に入門したり、狩野派にも師事したりして、妖怪などの絵も描いています。

 

西に向かって歩きますと、篆刻美術館や永井路子さんのお宅がありました。

更に少し入った先には、鳥居と自治会館があり、ひっそりと石碑が置いてあるのです。

古河藩盈科堂(えいかどう)及び教武所の跡。藩校と道場ですかね。

 

今度は南下。分かりにくい道と格闘しながら進むと、ようやく見つけました。

古河城追手門跡です。

大体歩けるところは見つくしたので、車を回収して、南西部の土塁を見に行きます。

これこれ。獅子ヶ崎の土塁。

んーもっと近づいてみたいのに、行けません(´・ω・`)

かつての古河城三階櫓。どうも1600年代以降のものらしいです。

1910年明治43年渡良瀬川の改修でほぼ城跡は消失、ですって(´・ω・`)

古河城桜門址。

あとお城の西北に頼政神社があるのですが……車を停められずに訪問を断念しました。

源三位頼政を祀っているそうですので、行きたかったです。

そもそも平氏に宇治で負けて戦死した頼政の神社が、関東地方にあるかと言えば、頼政の首を持った従者がここまで落ち延びたらしいのですが……ホンマやろか。

ともかく行けなくて残念です。

 

次の目的地に参りましょう。

この辺りから南に10分も車で行くと、古河総合公園に到着できます。

たぬきさんの剝製があるのです。

芋ころがし坂!?

これが恐怖の芋も転がる芋ころがし坂!!

背筋も凍る思いです。

ここから坂を転がらずに西へ進むます。すると……

南総里見八犬伝でもお馴染み、第5代鎌倉公方足利成氏が関東管領上杉憲忠を殺害、上杉氏とその後ろ盾となった室町幕府と戦います。

結果、鎌倉に戻れなくなった足利成氏が初代古河公方となってしまう訳です。

その居城がここ。

この辺りで足利成氏は犬塚信乃を引見したのでしょうか。あれは物語ですけど(笑)

何となくお城の跡っぽいのですが、自信はありません。

何となく寂し気な古河公方館跡。

 

それでは移動しましょうか、この付近に面白そうなところがあって、そこに寄って行きます。

でわ。

 

浜松城と曳馬城に登ってきました

2025年12月26日浜松城と曳馬城に登ってきました。

浜松城はこんなトコにあります。

通算3回目ですかね^^

という訳で降り立った駅は、新幹線浜松駅、朝の7時45分です。

楽器の河合さん。

車のSUZUKIさん。

浜松の誇る会社さんたちが駅でアピール。ヤマハさんは出展してないのかな?

 

浜松駅からはバスに乗ります。

14番乗り場から乗って5分、すぐに市役所前で下車。

見上げると……

浜松城がコンニチハ!!続日本100名城148番目です。

辺り一帯は浜松城公園です。

う、うう、風が強いです。今日は寒いのよねえ(´・ω・`)

公園案内図。今は左下にいますのよ。

では行きましょうか、階段を登って……風が冷たいです。

400年前の石垣なんですって、保護保護。

その上は石垣が新しく積んである感じですね。

本丸跡なんて表示もあるのです。

う、後ろに誰かいますよ!!

若き日の徳川家康さんでした。

桜の木が周りにあるんですね、お花見の時期も良さそう。

まだまだ上に行けそうです。

城門が開いてる!中に入ろうか!?

いや、待て、これは徳川家康の罠、近寄らんとこ by 武田方部将山県昌景(笑)

先に東北側の曲輪に行ってみましょう。

こちらの石垣も古そうです。

富士見櫓跡だそうです。富士見、と言うことは、見えるのかな?

見えました、雲の彼方に富士山!!

ヤマハさんのオフィスの間に見えています。

振り返ると、浜松城天守までよく見えます。

やっぱり早く登りたいですね、でもまだ8時20分。

お城は8時半にならないと開かないんです(笑)

 

1958年昭和33年に復興された天守で、丸岡城天守がモデルだそうです。

面白いことに、天守台の大きさに対して2/3の規模で建てられたそうですよ。

となると、史実の天守はもう少し大きめってことです、ふーん。

ここの石垣も古いですぞ。

門に入りましたが、罠はありませんでした(笑)

ふむふむ、浜松城は出世城とか言われてますものね。

この辺の積み方も結構好きです。

天守台3連発。

西側の石垣。このまま降りると外に出てしまいますので、引き返します。

井戸もちゃんとあります(笑)

中は見れません。

天守門に入ることが出来るみたいです、行ってみましょうかね。

ここから眺める浜松城も格別ですねん。美しい。

再現天守でも構へんでんがな。

こちらは無料で入れます。

上の木がまだ新しい感じです。

一番奥から見ると神社があります。

白龍神伏見太郎神社というそうですが、鍵が掛かっていて参拝できません。

ここで無事のお祈りしちゃいますね。

あら、弐号機。

人類乗車計画ですって(笑)パイロットのアスカはいないのかしら。

 

ん、8時半になりました。開門時間です。お城へ参りましょうね。

開いてます、開いてます。

罠ではなさそう(笑)

入館料は200円、JAF割引で120円でした。

城内にも井戸があるのです。階段を降りると、

こんな感じでした、水はとっくに枯れています。

金陀美具足と歯朶具足。家康さんのものでしょうか。

こちらは遠州遠江の国の城々。武田と死闘を繰り広げたお城たちです。

三岳城、井伊谷城、高根城、二俣城などなど。

階を上がるとまた鎧が。2代目将軍秀忠さんの具足なんですって。

昔は動物園だったり、ロープウェイがあったりしたんですね。

天守再建の資料がいろいろと置いてあるのでした。

昔の浜松市内鳥観図。二葉遊郭なんてものが記されています(´・ω・`)

お城付近を拡大。

高射砲連隊などとありますから、戦前、戦中の図面でしょうか。

最上階から見下ろします。

北方面には八幡台という未踏破(?)の櫓跡。

東側には、天守門とその右には浜松市役所があります。

そして北東側には雪を抱いた富士山。

やっぱり頭は、雲の上というか雲の中です。

天上には葵紋です( ̄ー ̄)ニヤリ

天守門を抜けて、外へ。

いわゆる東照大権現お田植えの蜜柑の木だそうですよ( ゚Д゚)

駿府から持ってきたとか何とか。

自販機も東照大権現様です。

 

この先500メートルくらいのところに曳馬城という古城があるんです。

別名、引馬城、引間城。行ってみましょう。

今は元城町東照宮というお宮さんです。

曳馬城の由緒について説明版があります。なるほどなるほど。

浜松城との位置関係が分かりやすい地図です。

石碑も字が掠れてしまっています。

権現様の加護をいただきましょう。

権現と書かれた石が転がっていますね。

藪の間から浜松城が見えました(*´▽`*)

二公像ですと?

左が青年武将の徳川家康、右が少年時代の豊臣秀吉!!

秀吉が藤吉郎と名乗る前には、浜松の松下之綱(まつしたゆきつな)のところで奉公していた話は有名ですね。

比較的優しい人で、秀吉に優しかったとか。

 

松下之綱さんは徳川家に仕えたり、武田家に降伏したり、また秀吉に迎えられて小大名になります。

良いことはしておくもんです(笑)

関ケ原前に死亡してしまいます。その後の松下家は関東で何とか生き残りますが、最後は旗本として存続した様です。

しかし一番面白いのは、松下之綱の娘おりんが柳生宗矩に嫁ぎ(!)、柳生十兵衛三巌、柳生宗冬を産んだことでしょうね。

私もびっくり( ゚Д゚)ですよ(笑)

 

柳生の里に行ってきた話はこちら。

浜松の探索が終わりましたので、そろそろ失礼しますね。

私はこのまま冬休みに突入します。でわ。

 

京都探訪(常寂光寺、祇王寺、滝口寺)

2025年12月20日常寂光寺、祇王寺、滝口寺に行ってきました。

三雲城の帰りに京都に立ち寄って、今年最後の紅葉を見て来たのです。

目的地にした常寂光寺は、こんなトコにあります。

ほとんど嵐山ですが、観光客が多いのは南側ですので、私が向かう西北は比較的空いていると思われます。

京都駅から山陰本線で嵯峨嵐山駅で下車します。

一つ向こうはトロッコ列車で有名な保津峡。

一つ手前は撮影所のある太秦。

で電車を降りて、ボチボチと向かいましょう。

うっわ、見事な紅葉です。

素晴らしい色合いですね。皆さん撮影に夢中の人気スポット。

ただし寺社ではなく、喫茶店なのです(´・ω・`)

 

①常寂光寺

ぶらぶら歩いて14時40分、常寂光寺へ。

名前が良いですよね、常寂光寺。じょうじゃっこうのお寺。

1596年文禄5年と、京都では比較的遅い時期に開かれたお寺です。

山号は小倉山、常寂光寺の名の由来は、お浄土のことを寂光浄土とも言い、お寺の風景がまるでお浄土の様、ということからです。

仁王門を潜ります。

さすがに紅葉は散っておりますが、床は紅葉がいっぱい。

果てしない階段を登りましょう。

ちょっと振り返って仁王門を眺めました。

ほとんど真東の比叡山の上は雲の中。

妙見堂。北極星の化身、北辰妙見菩薩を祀っています

あ、この印、どこかで見ましたよねえ。

ここでも見ましたね。桐竹矢筈十字の紋章です。

こちらが本堂。

何でも小早川秀秋の助力で、伏見城の客殿を移築したんですって( ゚Д゚)

やるやん、小早川金吾中納言!

本堂と妙見堂の間には散歩道があり、登って行くと竹林、そして苔の庭がありました。

ひたすらに登りましょう。

まだまだ小倉山を登ります、小奇麗なお庭です。

歌仙詞と呼びます。

明治の建立で、小倉百人一首の撰者、藤原定家と歌人の藤原家隆を祀っています。

一服の清涼剤。一輪だけ咲いていたツツジです、可憐ちゃんなのねん。

あの山々の果てに周山城があるはずです(笑)

一番上の展望台から京都市内を俯瞰。

今日はあんまり寒くありませんでした。

開山堂を横にして、

多宝塔を仰ぎます。

1620年元和6年建立なんですって。素晴らしいなあ。

境内を巡ると……石塔や、

可愛らしい石仏が幾つかあるんです。

紅葉の季節は過ぎましたが、雪の時、桜の時、新緑の時、それぞれ美しいのでしょうね。

寂光浄土もこんな感じなのでしょう、知らんけど。

紅葉絨毯を愛でながら降りましょう。

藤原定家が小倉百人一首を編纂したのが、この常寂光寺のあたりの別宅と言われております。

皆さんはどの歌がお好きですか?

私なんかは猿丸大夫のアレが何故か好きなんですよ。

 

奥山に 紅葉踏み分け 鳴く時の

声を聞く時ぞ 秋は悲しき

 

猿丸大夫の正体は一体誰なんでしょうねえ(謎)

御朱印をいただきました。

外に出ると、門前の紅葉がお見事な咲きっぷり。


まだ15時過ぎ、近所の名刹に寄って行きましょうか。

た、たぬき!!

信楽焼きならぬ小倉焼きのお店だそうです。

 

②祇王寺

二尊院の前を通って北上、左折すると檀林寺があります。

檀林皇后こと嵯峨帝夫人橘嘉智子の帰依を受けたお寺ですが、今日は失礼しますです。

ということで祇王寺へ。

こちらは真言宗の尼寺なんですね。

平清盛の寵愛を受けた白拍子ちゃんたちが逃げて、お隠れになったお寺なのです。

苔のお寺としても有名だそうです。

大日如来の御朱印をいただきました。

では早速お庭を拝見いたしましょう。

素晴らしい苔です、しかも紅一点(笑)の紅葉が味があります。

ううむ。渋い……向うに見える庵に行けるかな?

外からパシャリ。

大日如来さんをセンターに、平清盛と祇王、妓女の白拍子シスターズ、その母刀自さんがいます。

もう一人の物語の登場人物、仏御前さんがおりまへんがな(´・ω・`)

庵の中からお庭を見てみましたが……普通。

庵の出口はやっぱり苔の庭です。

右が平清盛供養塔、左が白拍子シスターズ&母のお墓。

平清盛の龍愛が衰えて屋敷を追い出されたのに、供養塔を作ってあげたのですかねえ。

お優しいことです。

 

③滝口寺

祇王寺の隣、本当にお隣が滝口寺です。

こちらは浄土宗。

急な階段を登ります。

左手に見える石碑は、滝口入道と建礼門院平徳子の侍女、横笛ちゃんとの悲恋について、記したものです。

すいません、このお話は良く知りません( ;∀;)

庵の中に上がれるみたいです。

どうも滝口入道と横笛ちゃんの像が飾られている様なのです。

写真には写ってはいませんが、中で一生懸命スマホをポチポチしている方がいて、何だか中に入り辛かったんです。

後は平氏の供養塔と新田義貞首塚があるそうなんですが。

パンフレットの中にはただ深く繁った竹藪の中にあるのが、平家供養塔ということなんですが……

これかなあ?

こっちかしら?

サッパリ分かりません(笑)

これは分かります、小松内大臣と呼ばれた平家最後の良心(笑)、平重盛を祀った小松堂。

平家供養塔が今いち分からずうろうろしましたが、もうすぐ16時。

日が暮れてしまうので出口に向かうと……

これこれ、これも見たかったんです。

南朝の戦下手(尊氏と比べると)、人徳があまりないけど(尊氏と比べると)、憎き足利尊氏を恨むこと甚だしい、猛将の新田義貞の首塚!

そしてその恋人、勾当内侍(こうとうのないし)の供養塔。

お墓の門に新田一門の家紋、新田一つ引きがかすかに見えております。

義貞さん、南無。

勾当内侍さんも南無、です。

 

おや、16時になります。

早く戻らないと日が落ちてしまいそうです。

あ、芭蕉さんが立ち寄った草庵、落柿舎を見学するのを忘れてしまいました。

帰りのバスに乗るのに必死過ぎでしたよ^^

 

JR京都駅に行くと混雑してそうですので、バスを乗り継いで出町柳に向かいましょう。

でわ。

 

三雲城に登ってきました

2025年12月20日三雲城に登ってきました。

場所はこんなトコ。

初めて登城します。

ここを知ったのは、

大阪・お城フェス2025です。

今回やっと行くことができました。

えー、大阪、京都、山科、大津、石山の先、草津でJR草津線に乗換えします。

そして20分弱、三雲駅で降ります。

着きました、三雲駅。

駅には、早速三雲城の案内と猿飛佐助の故郷説の宣伝があります。

9時20分です、ここから三雲城まで1.6キロ20分弱歩きますよ~

ん?駅前の道って、もしかして……東海道?

この道が旧東海道ですと?!

やっぱり東海道。西の進行方面が石部宿、右の三雲駅方面が水口宿なのでした。

しばらく歩いていると、不思議なものを見つけましたよ。

自販機で御城印を販売中ですって(´・ω・`)

後、右に見えるトンネルが気になります。

まずは自販機チェック。

飲み物の自動販売機は猿飛佐助の姿が描かれており、どうも右側が御城印などの販売機っぽいです。

あ、分かりました。買いたい商品の値段を入れて、手動で取り出す野菜の無人販売の機械に仕組みが似ている感じです。

300円の御城印を買いました(*´▽`*)

道の反対側には三雲城址のおもてなし処がありました。無人です。

やっぱり真田十勇士の一人、猿飛佐助の故郷としています。

私は戸隠の隠者、戸沢白雲斎の元で忍者修行をしていた人だとぼんやり覚えていましたが……

へぇ、昔風神の門を読みましたが、すっかり忘れておりました(´・ω・`)

先に進みましょ。

気になるトンネルを通過。

結構車の交通量が多くて、ドキドキします。

後で分かりましたが、このトンネルは明治以降に隧道として作られたものだそうです。

戦国期からあるのかなと思って、ワクワクしていたのに(笑)

後1.7キロです、ここを曲がって。

あら住宅街の中に入っていきます。

詳しい説明書きを頼りに歩きます。

いきなり登山道っぽくなりました。

緩やかな登り道を進みます。

大きな石だらけですよ。

ここには駐車場があり、登山ルートの始まりとなります。

では上へ参りましょう。おや?

柳生の里で見掛けたはずの岩がここにもある……ですと?

柳生で見た一刀石とは違う感じですねえ。

でもこれはこれで迫力があります。

お城攻略に戻りましょう。

こんな道で歩きやすいのですが、かなり傾斜があるんですよ。

巨石がたくさんあるのです。

三雲城址の石碑を発見です。

あれ、ここからが登城口?
今までは登山口だったのか(-_-;)

ここからが本番(*´▽`*)

三雲城の歴史について触れられております。

六角氏の配下だったんですねえ。三雲さんって何だかロマンチックなお名前です。

真っすぐ行くと八丈岩……

左が城郭跡ですね。

先に真っすぐ行ってしまいましょう。八丈岩を見てみたいです。

右手にも巨石がこんにちわ。

鳥居の向こうに見えますよ!!

八丈岩って細長い?

んなことないです、大きいわ~

一丈が約3メートルですから、24メートル!?え、本当に?

記念に石を置いている方がいます。

左横の細いところを歩いてみましょう。

デブとは違うのだよ、デブとは!?

楽勝で通ることが出来ました(笑)

本当に落ちそうで落ちない感じですね。

いやあ大きいです。

結構時間を取ってしまいました、先に進みましょう。

また大きな石。岩ですね。

六角氏の家紋があるそうなんですが……見つけられませんでした、私の眼は節穴なのです( ;∀;)

一応稜線沿いを進みます、馬の背なんて高山っぽくてカッコ良い(笑)

ちょっとした広場に出ました。

結構広いです。

この辺りも城郭の一つ。物資などの保管に使った様です。

最後の登り?

石垣がここにも。石を運んだ痕が刻まれてますかね。

少し雑な積み方?

破却された石垣かと思ったら、近世の採石場なんですって(笑)

ここを登ると……

枡形虎口になっていますね。

穴太積みですが、六角時代ではなく織豊期なんですって。そっかあ。

城郭跡1に着きました。

井戸もあるんです。

まだ水を湛えています。

結構規模が大きいのですよ。

竪堀があるそうですが、崖と草木で見えません。

まだ上がありました。

ここが城郭跡2。ここがメインの場所と思われます。

標高は334メートル。

三雲駅から約1時間半、登城口からは30分ほどでした。

右手が安土方面、左が琵琶湖方面。

曇っていて残念ですねえ。

城郭跡3に行きましょう。

細い道ですし、昨日か今朝降った雨で滑りやすいです。

眺めは甲賀方面。本当に甲賀です。

三雲家は甲賀五十三家の一つであり、忍者なのかもしれません。

甲賀五十三家とは、室町時代に、六角氏が第九代将軍足利義尚によって討伐された時に、六角氏に味方した武家のことを指すのです。

山に籠ってゲリラ戦を展開したため、幕府軍は苦戦し、結局足利義尚は体調を崩し、近江の陣中で果ててしまいました。

甲賀忍者恐るべし。

今度は城郭跡4へ進みます。

堀切です。斜面に落ちない様に。

城郭跡4。

これで大体三雲城は見学できました。

まだ道は続いていて、一周できる様です。

うーん、山道です。足が取られそう。

車道に出ました。山道はこれでお終い。

車道をたどって進みます。

あっ、ここからも城址へ登れそうです。

おお、また大きな岩です。

4本ある縦のすじは、岩を運んだ痕?しかし大きすぎるから違いますか。

登城口に着いちゃいました。

ここで分岐して本来の道を下ります。

ここにも石垣があります。

粗い積み方だと感じますねえ。

下る道も左側に堀切があります。

ここを降りるとすぐ登山口。

今日は無事ヤマレコデータが取れました。

スタートは登山口、1時間21分で、距離は2.7キロでした。

もっと歩いた気がしますが、ここには駅から登山口の距離が入っていませんね。

 

12時28分の三雲駅発草津行きに乗って京都に向かいます。

京都で最後の紅葉を見ようかと思っているのです、でわ。