
中高の頃背負ってた『おいこ』がまだ使えます。
立ち上がる時としゃがむ時に緊張します。
『ねこぐるま』も健在。

中高の頃背負ってた『おいこ』がまだ使えます。
立ち上がる時としゃがむ時に緊張します。
『ねこぐるま』も健在。

白い矢印あたりに実家があり、緑の矢印あたりに畑がある。
私は子供の頃みかんの手伝いが嫌で、定年になってもみかん作りをしないですむ仕事を選んだつもりで歯医者になった。段々畑から海を見ながら今に見ていろ、都会に出てかっこいい暮らしをしてやると誓った。
ところがどうだろう。弟は東京、妹は神奈川に住むのに、私は島に住み、毎日ボロボロの実家で掃除をしている。
今日は超オンボロ軽トラで畑の倉庫を見に行って、体中雑草の種がくっついて大変だった。
隣の同級生のひでっくんに昨日除草剤について教わったし、今日は上のメーコおばちゃんが、ヒサおばちゃんやフーおばちゃんがみかんに詳しいというので色々教わろうと思っている。
って、私には意志というものがないのか?
脳内でイメージしているものと現実がかなり違うのだが大丈夫か?

どこに行っても疲れるだけなので、こもりがち。
メカ好きなのでこのネジの塊はたまらない。
チューニングする時はほぼすべてのネジを動かす。

YouTubeにはすばらしいチャンネルが沢山あって、長年スッキリしなかった事が一本の動画のおかげで霧が晴れたように理解できたりする。
私の感覚では色んな編集テクニックを使いこなせる30代くらいの人の動画がとてもわかりやすく、見てて楽しい。
彼らは皆達人の領域にいるけれど、初心者時代からベテランほどは時間がたっていない。
故に自身が理解できなかった事や、できなかった経験が鮮明で、言葉が刺さるというのもあるだろう。本当に素晴らしいと思う。
感謝するのは当然であり、元気と気力が残っている年寄りは与えてもらってばかりではいけないのだ。
あ、今はチャンネル登録とか、いいねボタンか。
あら、スパチャ?なんてのも。
よ〜く考えたら、彼らの素晴らしいチャンネルは、私のような年寄り向けに作ったわけではないよね。
ま、迷惑かけるわけではないからいいか。


やりたくなくて後回しにしていた事を我慢してやると、とても為になることがある。
ずっと苦手意識があったメタルやガラスの表現方法が今日やっと雲が晴れるようにわかった。 この嬉しさはサーフィンのコツがわかった時以来か。
どんなレベルであっても、ちょっとでも上達を実感するのは老いるごとに嬉しいものだ。
頭の回転は悪いけれど、神様は私を見捨てなかった。

私が留守番すると知って知人の方が送ってきてくださった。
らっきょうとパンがすごくおいしかった。感謝。
でも私は、両親が実家に帰省してしまったクラブの都合で留守番している男子中学生ではない。
甘えることなく生きてゆかねばならない。