コシトタニマトマルイスト

やっぱり旅に出たいCW/CD系会社員の、すべて独り言。

思う。1月11日付山陽新聞より

「野球部コーチが部員に『殺すぞ』」

 高知高校って私立なんだ。ひとつ出てくるとどんどん出てくる「各種暴力動画」。これにより表に出ることになるのかもしれないが、同時に「その任に」ふさわしくない人間がその立場にいることも表面化した。根本的な課題は、その人間を任命した側の建前じゃないか。

 自分は大学までスポーツを続けてきたのだが、すべて個人競技だったせいかそういう場面に遭ったことがない。ある時上級生同士が喧嘩になったときも、いわゆる五分の喧嘩だった。それはもう、凄まじかった。

 本当はそんな状況にならないのがいい(逃げる)し、なってもかわせるのがいいし、相手を頂点まで怒らせるのを待つ必要もない。「そんな事言われる筋合いはない」「この動画、社会問題になりますよ」位対等だと…、そこまでいかないか…

 ただ、社会に出てもいろいろあるから、正しさなんてそんな簡単ではないのかも。

 

 

思う。1月10日付山陽新聞より

「旅行先、後楽園と岡山城以外は影薄く」

 ”岡山の魅力が十分届いていないために”…、そうなのか、ほんとに。後楽園、岡山城がダントツで、他を大きく引き離していると同時に、「特に無い」が65%(グラフを見てもどこに65%か不明だが)という現状。普通に考えれば、「特に無いのに来ている」と見たほうがいいのではないか。

 未訪問者に聞くと「遠い」、これも聞き方と戦略によると思う。移動までにかかる時間に対し、元を取れないと判断する「魅力(コンテンツ)」なら結果は「遠い」、となる。さらにこういった結果を短絡的に「情報発信が課題」と結びつけるのも疑問。魅力がないなら魅力(ターゲット)を作らなければいけないか、価格を下げるか、ニーズに合うコンテンツが認知されていなければ課題は情報発信となるが、課題抽出が間違っていれば結果など出るはずがない…。

 こういう課題観と施策が企画段階からずれていたりする。もっと分析はちゃんとするべきだ。普通に考えて「魅力がない」なんてのは、思いがないからだと思う。届いていないのが魅力、なんて適当な言葉で収めずに、何が届いていないか。誰に届いていないか。しっかり考えるべきだ。課題はそこにあるような気がしてならない。

#観光

 

高梁川流域7市3町スタンプラリー ご当地麺料理味わって」

 …これも地域ブランドにとってはマイナスのように思う。上記のように情報洪水社会において、どこ=どんなというイメージを定着させ想起してもらう必要があるのに、コロコロ「どんな」を変えていけば定着するものもしなくなる。

 本音と建前にもほどがある。思いついたように始め、思いついたように終わる。やる側はニュースになるほど「賞与」も出るが、事業者は大変だ。はしごを登らされ降ろされ、誰の課題だったのかと振り出しに戻る。

 中身を”少し知っている”身だが、課題は「仕組み」と「ビジョン」だ。去年までは…

 

「デザイン活かし地域課題解決を」

 「ブランド力」とは。「人の思いを形にできる点がデザインの強み」か…。
 意見交換で出たという、「情報発信をあえて抑え、地域資源の価値を高める手法もある」は上で書いたことと合致する。あえてと言うより、順序だ。”出来る”前に売っても売れない、という話。「デザイン」とは都合のいい言葉だ。語るのもいいが、本当にそれで互いの頭に同じ像を結んでいるのか疑問。「学」が課題解決をすると、どうなるか。そんな視点が欠けて見える。

 

「子育て応援宣言1601社 県制度の登録企業急増」

 もっと他にも応援してほしいし、宣言しているだけでは何の意味もない。実態との乖離、離職者は減らないとか、宣言内容を見ても唖然とするばかりで。

思う。1月8日付山陽新聞より

岡山2.0 人口減少の先に「若者つなぎ留める存在に」

 岡山を連呼する…兵庫と広島に挟まれ…ファジは地域の自慢…、そんな言葉、逆立ちしても出ない。

 すごい人だと思う。元々は野球少年。朝日高ー東大ーゴールドマン・サックス執行役員。それなのにJリーグをこれから目指す会社の社長に転じた。

 ここ岡山に、そこまで「賭ける」ことは考えられなかった自分。木村少年のように岡山の大人に囲まれてこなかったのも、言い訳だろうか。初めて覚えた方言も愛媛の言葉だし岡山に対しては結局さめたままだった。嫌いではないけれど、どこか地元では胸を張って岡山の人間だと言えない自分がいる。

 父親が就職する際、合理的に選んだ場所。子どもたちもそれに近い感覚のように思うが、この先故郷とか地元とか意識することがあるのだろうか。母も、未だに岡山の人間である自覚がないと言ったのもわかる気がする。数える程しか行ったことのない、それでもうちは熊本の家なのだ。
 でも…誰かがサッカーチームを作らなかったら、皆どう生きてたんだろう。余計なお世話か。

 

「栃木生徒暴行 県教委謝罪」

 何も変わっていないのか、時代は繰り返しているのか。学校という場がまた暗い影を落とし始めた。いじめという言葉では生ぬるいというが、実態も知らずにともいうが、何しろ拡散されるとテレビが演出と制作の末世に出る一方、SNSではリアルなものもあるので、反応が混乱しているのは当然だ。

 例えばAIと非AIも区別がつかない。ヤラセ番組も問題になった。フェイクというのもある。何が本当なんだ。つくりものでもひどいものはある。何が真実で何が正義で、何が自由で何が表現で。撮影し拡散すると、何もかもいっしょになってしまう。

 そしてもう次の動画が出てきた。まったく同じようなケース。どう反応すべきなんだ。リアルなら話は早い。しかしスマホを通して見ていると…。

 やっぱりインターネットは、こういう世界なんだ。

 

浜岡原発 審査白紙へ」

 なぜこうなったのか、どの程度の捏造なのか。”いじめ暴行動画”じゃないが、背景も詳細もわからないうちではどう反応もしようがない。そこに関わる人間が起こしているということは、誰より詳しいはずなのに。詳しくもない部外者が感情的に反応するのも違うのだろうか。

 これが今、外国人がこぞって来日し、コンビニにハマり日本食を食べ歩き、鹿にちょっかいをかけジャパンロスの動画もある、日本だ。一面かもしれないが、十分一面だ。美しく、災害でもパニックを起こさず列を守り復興する、日本だ。生産性を落とし格差が広がる日本だ。

ゆれ泣

しゅ゜ぉ゛しゅ゜ぉ゛しゅ゜ぉ゛ーーー

ぢゃんぢゃんぢゃんぢゃんぢゃんぢゃんーーー

…オフィスのスマホというスマホが一斉に警告音を鳴らした。1月6日、午前10時過ぎ。正月明け2日目、まだどこかぼおっとしていた頭を一気に恐怖と不安に陥れた。このビルで何度か地震にあったが一回り大きい感じ、高鳴る心臓、彷徨う視点。体の防御反応が起こりながらも、局長がラジオを付ける。続けざまにもう一回。少し弱いが普段感じる地震とは異なる揺れを2回体感した。

岡山市内で震度4。時間にして10秒位らしいが長く大きく感じた。振り返ればこんな、と言えるが揺れ始め収まるまではどこまで大きくなるかもわからない。女性社員の不安な声、古いビルは揺れも大きいのか。その4階。

震源島根県。今はまだ振り返る余裕もないが(情けない)、緊急地震速報が一斉になり身構えたあの感じ、そして気持ちの悪い揺れ。幸いにも何も倒れず何も割れず、その後の余震もなかったものの、長周期地震動とかでその高いレベルにあるらしい…。

 

急いで家族に連絡。家にいた娘、たまたま来ていたお義母さん、仕事に出た家内、実家の母。みな何とか落ち着いていて無事で安心し…とこれを書いている午後10時、また一瞬来た。2くらいか。

 

揺れる前に速報が来るとは言え、やはり不安が強くなると心身が硬直する。備えるも何もすくんでしまえば何も出来ない。それこそ阪神淡路、東日本、熊本、能登…どんな夜を過ごしどんな1年を過ごしたか。想像に絶する。

 

ウイルス、台風、大雨、地震…本当に要らない、が、逃げようもない。覚悟しようにも…そんな一日(はよおさまれ)。

思う。1月3日付山陽新聞より

能登地震2年」

 今も受け入れられない、心の整理がつかないー。ちょうど2年前の正月のことだったと思う。長引く仮設生活。先日も金沢から帰省した知人と会ったが、被害が大きかったのは半島の先の方、大学時代の友人も半島付け根辺りの小松市に住む。西日本豪雨時も同じ市内で天と地ほどの被害の差があった。

 地震が起こる可能性は日本中どこでもあるのだが、同じように復興するかどうかは大きな差があるように思う。阪神大震災は、その後の国内の防災に大きな影響を与えた。高速道・新幹線など大動脈に近く被害も大きかった反面、流通量も大きかった。それが北陸の能登半島の先端ともなると、状況は大きく異なる。災害に強いということは、復旧が早いことでもある。万全な備えというのは、普通に考えればそれは「想定できる震度に耐える住まいと充分な備蓄が可能であること」ではないか。それが出来ないのは意識ではなく、ただお金の問題。そう思えてならない。

 

広告「オーエムグループ」

 「ずっと、おもしろおかしく真面目に」ー挑戦とか共にとかは言わず、いろんなものを混ぜて…ということらしい。ただ何がおもしろおかしいのか、おもしろおかしいとどうなのかはわからないかもしれない。受け手にとってそのベネフィットはなんだろう。

 ついでに言えば、何を提供していくれる会社かは謳っていない。「ものづくり」と集約。姿勢がほとんどをしめる企業広告だ。自分なら「真面目に」がある分、バランスを取ろうとしている=面白おかしくというより、両面ちゃんとありますという「ちゃんと感」の担保を約束しているように見える。本当に面白おかしいのであれば、「真面目に」は入れないだろう。「ずっと、おもしろおかしく。」これをいい続け、定着すればすごい。

 

「AIどこに向かう」

 実は単純なことかもしれない。たくさんの情報がそれだけ蓄積されたからできるのではないか。で、人間だって「理解」の前はもっともらしいことを「覚えて」使っているだけに過ぎない。予測と組み合わせ。

 が、本当に人間の補助するためなのか。パソコンやスマホ、インターネットも使い方を誤れば毒にしかならない。いや世の中のすべてはそうだ。人間力を磨けとあるが、AIで「稼いでいる」人の人間力を客観的に否定でもしない限り、もはや正しさも正確ではない。パソコンもスマホもインターネットも、頼りすぎずというより頼らなければ稼げない時代。生み出しておいてコントロールが効かなくなるのは、時代を変えるような発明共通のシナリオのように思う。

思う。1月1日付山陽新聞より

※今年は言葉(コピー)についてもう少し考えよう。遅

 

広告両備システムズ

 ともに挑む、ともに創るー。コピーを学び始めたとき、企業が言いたいことなんか、大体誰かが言ったことがある。企業が大きくなればなるほど「いいこと」はほとんど言い尽くされている。それでもまだ誰も言ってないことを言う、言うやつがいる。賞を獲るのはそういうものだ、と教わった。

 でも最近、逆にどんどん似通っているように思う。何屋さんかどんなビジョンかそんなことより、”いい感じを大きく言う”傾向が強い気がする。どこかで聞いたようなこと、どこの会社でも言えることを言う方が「いい」時代。寄せる良さ、その正しさ、みたいな。

 広告の役割も変わったからかもしれない。そんな表現一つで付いたり離れたりしないからだろうか。

 

「冬季五輪開幕まで1カ月」

 ミラノ・コルティナ冬季五輪。岡山出身の選手が3名、メダルの獲得が期待される。ショートトラックの中島選手、スノーボードの木村選手、フィギュアの吉田選手。若い才能が、この西日本の地方都市から生まれている。

 環境と言えば冬季国スポが岡山で開かれたが、通年使用可能なスケートリンクが複数ある岡山は西日本では稀。そういう物理的な環境なくしては冬季スポーツは不可能。ただ何より、「やってみたい」という子どもの気持ちが育ち、選手になるまで継続できたことが素晴らしい。

 メジャーだろうがマイナーだろうが、好きなことが見つかり、やりたいことができる世の中であってほしいとつくづく思う。いろいろやって違うと思えばやめていける…それがいいと思う反面、継続は力であるということもあり、この見極めが難しいところ。

 ひとつ言えるのは、好きなら続けること。好きをやめてしまうことの後悔は、後から大きくなってやってくるのだ。

 次の面「年男年女」に小学5年生の女子ボクシング選手が出ている。兄に憧れ始めたボクシングで世界を目指す…本当に好きなこと・やりたいこと・なりたい姿に向かっていること、これが大事だと思う。そしてその目標も明確。こんな歳になって、地元の小学生から生き方を学ばなければならない…。

 

「希望育む人材育成」

 その「年男年女」に知人のNPO法人代表が出ていた。彼がUターンする直前に、とある地域創生のイベントで一緒になった。代表となった今、感慨深いものもあるが、それでもやりたいことが見つからなかった学生時代、とある。案外きっかけはそういうものかもしれない。

 実は近い業界にいたこともあり、まったく年齢が違うのに仲良く話をさせてもらった。その自分の感想は「こんな優秀な人間は会ったことがない」。あの時、出会った方々と経験はその後の自分にも影響を与えていき、しばらくNPOの活動にも参加を続けた。やはり出会い、だな。

 

広告「はるやま」

 紳士服の初売り広告、全15段。広告デザインも手法もまったく変わらないので、70周年を迎える周年スローガンを見る。

 ここのところ企業の周年によく関わるが、ここも70周年。「科学で、着るを変えていく。」が紙面の左上と右下に、周年ロゴとともにあるが、周年独自のものでもなさそうだ。サイトを見ても企業理念には出てこない。タグラインというべきものか。

 この広告紙面からは科学感はあまり感じられないのと、スローガンに紳士服感を強調していないようだが、「科学」「変える」が正月紙面にも反映されても?

 ただ、文字がぎっしり詰まった金と赤のおめでたい広告が、2026年に生き残っているのが嬉しい気もする。

 

自治体の課題 調査研究」

 やはり大学というのはそういうためにある。人と時間とビジョンがある学生が、地域の課題に取り組む。特に調査などフィールドワークが出来るのが大きいはず。

 我々のような企業と自治体との間に、もしくは自治体と大学が組んで(そもそも産学官連携組織)と思うが、その際「若者視点で解決策」がカギ。その解決を誰がするのか、解決策までなのか解決なのか。とても興味がある反面、本当に機能すると一つの業種がなくなるか特化する気がする。その後のシナリオは誰が描くのだろう。Win-Win-Loseではいけない。

 

広告東芝デジタルソリューションズ

 東芝で、「世界にまだない、あたりまえ」をつくろう。ーこれも…その説明(ボディコピー)も大きな級数で12行。ここにも「ともに」「つくる」がある。さっきの両備システムズと競合関係にあるはずだが、使われる言葉は似る。結局ブランドの印象、か。

 

広告「SUENAGA Group」

 正月らしい。15段広告が続く。

 こちらは「挑戦は、この地域を、ここに暮らす人たちを楽しくしていく。」ー両備システムズの「挑む」同様、挑戦・Challengeという言葉。つまり各企業はそれぞれの持場ではあるが、ベクトルは同じと映る。「世界」と付く東芝デジタルソリューションズと「地域」と付くSUENAGA Groupの対比は鮮明だが。

 

広告ヤマト運輸

 こちらは50周年。グループとしては100周年だが、宅急便が50周年のようだ。この業態名称とCM、クロネコヤマト(昭和51年にはすでに猫がいる)の語感が、これほど定着し耐久性を持っているのに驚く。

 「人と、歩む。町と、歩む。絆で、歩む。」ーボディコピーも薄っぺらい理念を繰り返すのではなく、真実のストーリーを描いている。厚み、面白みがまったく違う。そしてなにより「歩む」の繰り返しは、配達員の汗をかき人手で運ぶ姿にも通ずる。絆もこのストーリーから、本当のことだとわかる。町も、決して「街」じゃない。個人的には素晴らしいコピー。

 

広告「RYOBI GROUP」

 今度はグループ全体の広告。「想像もつかない世界へ。」ーグループとなると俄然元気のある広告になり、Rがキャラクターとして大きく存在している。SUENAGA Groupもグループ広告だったが、岡山でも増えてきた。

 ボディコピーは、やはり「挑戦」そして「ともに」。未来とか変化とか課題とか新しいとか、どうしても企業メッセージは今はそうなる。そうなるからこそ、どう表現するかで印象が変わると思うのだが、考えが古いか。

 

広告「CENTURY」

 驚いた。広告主(社名)などない、当然連絡先、所在地、二次元コード、検索窓、URL…など一切ない。初めて見たとき、CENTURYが何を表すのかわからなかった。中央にクルマはあるが、まさかあの「トヨタ」センチュリーだとは思わず、ボディコピーに「走り出す」とあるから自動車かもと思ったが、紙面のどこにもトヨタTOYOTAの文字はない。これぞ、ブランド広告。どんな層にどう届けばいいか。その計算のもとで成り立っている。

 広告・販促でカーディーラーをいくつか担当していたことがあるが、これは驚いた。

2026年、はじまる。

父親が昨年3月に亡くなり、父親のいない初めての正月。

午後から実家で(近い)、母親と久々に少しゆっくり話を。

 

自分が進学する時の話や、母が50年以上続けている油絵の話など、まったく元気な母に色々と。

時間が経って記憶が混ざりもしたけれど、大学にしても就職にしても本当に好きなことだったか疑問だったとか、受験自体させるのさえ苦労したとか、それでも安い仕送りでよくやったとか、合格発表から入学まで日がなく遠い鹿児島の部屋を決めるのに急がされたとか、まあそんな話を聞けたのは貴重だった。

 

今年は息子が大学受験。自分比、考えられないくらいちゃんと勉強してる姿勢は、本当に頭が下がる。夜遅くまで塾がある上、土日も高確率で模試。勉強しろなんてほとんど言わず、重い荷物背負って、遠い高校まで毎日通ってるだけでもやっぱりえらい。

 

それでも。

簡単に学力が上がり、余裕で志望判定が万全、てことにならないのが辛い。母曰く、自分のときなど進学自体相当渋ったらしい(記憶にない;)。さして多くもなかった中学までの”貯金”を使い果たし、陸上は続けたもののやりたい分野を見つけられず、集中力を続かなかった3年間だった。センター試験の結果から、後付けした選択だった。

 

高校受験も県立のみ、大学受験も国立のみ、入社試験も1社のみ…そんな姿勢、確かに良くなかったかもしれない。(これが今になって尾を引くとは)しかも氷河期の始まりだった。

 

今回息子の第一志望は実際厳しい(これだけやってても)。そして確率の高い県外、私立とも経済的に厳しい。諦めず奇跡を信じているのだがー。

 

しかも実家に寄る前にアレを確かめ、落ち込んだ。落ち込む暇も無いのだが、かと言って伸びしろもない。続けても駄目なものは駄目だと同時に、じゃあ今さら何が出来るんだ俺はという思いで、早速現実に押され流されている2026年スタート(泣)。