パンよりも米飯の方が身体に良いとか悪いとか、様々な意見が飛び交うけれど・・・どの様なパンやコメを比較対象にして言っているのかハッキリしない。特にパンは加工食品だけに千差万別なのだから。
そもそもパン屋さんに行ってナニを買うか?
デニッシュですか?
パンドミとかの食パンですか?
ワガハイはハード系のパンばかりですぅ~~~!
そして親しくなったパン屋さんと話し込むと、ワガハイの嗜好のようなお客様だけだと、正直なトコロ利益は薄いのだそ~だ。そりゃまあ、バゲットやバタールばかり買っていたらそうかもしれない。カンパーニュだってそうだ。やっぱりクロワッサンとか利益率は高そうな感じがする。
そしてナニよりも惣菜パンは、売れ残らなければ利益が出そうな気がする。とはいえ、素材に拘り過ぎると利が薄くなってしまうだろうが。
パン屋さんも商売だから、続いてくれなければ購入する側も困るし、もっともっと良質なパンを欲しはするものの、経営を圧迫するトコロまでは無理が言えない。
というワケで、良い客に恵まれないと良い商品は出来ないし、存続しない。そして逆もまた真なり。
両輪なのだよなぁ。
お互いの理解がないと成立しない。そして成立するトコロ・・・つまり折り合いが付くトコロで商品が決まる。だから、その街のパン屋さんを訪れるのはかなり興味深い。地域の食生活意識が垣間見られるから。
恐ろしかぁ~~~!
都市部ならまあ・・・限定的な地域に絞り込めないけれど、郊外になると結構顕著に感じられるコトもあったりする。それはまあ・・・チェーン展開のスーパーマーケットの売場の品揃えを見ていても、差異はあるけどねぇ。
そうした点からすると、神奈川県の小田原の街中っていうのは観光目的とジモティーが混在しているので、チト分かり辛い。平塚の街中の方が分かりやすい。茅ケ崎は小洒落ている店も多いけれど・・・案外ジモティーモードなのかもしれない。そしてサーファーは目的に対して直行直帰が多いと聞いた。だから商売に結び付くとは言い切れないらしい。
案外、バイクツーリングのお客の方が、沿道のカフェでまったりと休憩して金を落として行くのかもしれない。
カフェ・・・いや、道の駅か?
いや・・・「丹沢あんぱん(オギノパン)」か?
丹沢あんぱん・・・いや、フツ~~に「あんぱん」ですよ!
もっとも「あんぱん」だけでウケているワケじゃないだろうケド。
とにかく国道412号沿いの「オギノパン本社工場直売店」は、休日になると県外からの観光客のクルマとツーリングのバイクで大騒ぎ!出入りするための渋滞も発生するし、ワガハイのような比較的ジモティーモードの人間という動物的には、ハッキリ言って迷惑気味なのだった。
警備員さんを増員されたし!
平日のマヌケな時間帯でも、オギノパンを出入りする車両が飛び出してきたりするので、ココを通過する時は少し注意しているのだった。っていうか、休日は避けるルートだ。
そしてへそ曲がりなワガハイは、そのオギノパンの反対に位置する「ローソン相模原舟久保店」が立ち寄り所なのだった。だいたいココでゴマが使われていない(アレルギーだから)弁当を買って食べるのだった。
両輪が上手く回らなければならないのは、政治もそのはず。
で、なんでも3日程前になるだろうか?「命がけで頑張る・・・」みたいな発言をされた総裁選立候補者のTさんなのだった。
この「命がけ・・・」という発言の通りに、ホントウに命を懸けた人って見たコトある?
ワガハイは・・・ないね。
だいたい命を懸けるモンじゃない。特攻隊だって追い込まれたからなのだから。あらゆる圧力(特に国内事情)によって命を捧げるコトになってしまったのだから。
「国の為に死んでこい!」って追い込まれたんだからなぁ。絶対に否!とは言えない状況に追い込まれたのだ。国からも世間からも。
お隣のナンとかさんの息子さんも戦死・・・
従兄のあいつも・・・
親友のヤツも・・・
仇とるしかね~だろ!お前も行ってこい!
そうやって追い込まれた・・・というか、無言の圧力だったと、我が父は語ったコトがあった。そういう圧力が、今でも世界の何処かで起きている。
ソモソモ、ちと冷静に考えて見れば・・・「お前もお国の為に死んでこい!」で、その通りにドンドンと戦死していったら・・・最後には戦う人が居なくなるワなぁ。つまり、こりゃ明らかに負け戦だ、と分からなきゃ、アタマが悪すぎるのだ。
だが、完全に戦前教育は国民の多くを洗脳していたのだった。
やっぱり戦争であっても人命第一なのだ。人権に疎い戦争は、やっぱりダメの極致には違いない。
総裁選立候補者のTさんの発言は続いた・・・
- 不安を夢や希望に変える
- 直面するクライシスを克服する
- 強い政治
- 方向性
果たして共有出来る夢や希望なのだろうか?その夢や希望は自民党の問題に過ぎないのではないか?
クライシスと言って、不安を煽っているように思えるところが、なんとなくジワジワと恐怖政治的なニュアンスを感じてしまう。
強いとは、ナニを強いというのだろうか?
方向性・・・別にナニしても方向性はあるからなぁ。
老人はシラケて聞き流すのだった。
そんなの、AIに書いて貰ったんだろ?

アテにならんコトバが大量に流れるテレビを消して、コーヒーを淹れて一休み。コーヒーに合うか?微妙だけれど、食べかけの「醤油かき揚」を頂けば、気も落ち着くのだった。
こういう瞬間はAIには不必要なコトであり、人間という動物には必要なコトなのだった。おそらく同様な理由によって、「道の駅どうし」や「オギノパン」も必要なのだろう。
何らかの両輪が、そこでは回っているのだ。
永田町では、な~んか、どこかの車輪が空転しているか止まっているように感ずるのだった。