この言葉は、過去の自分という「最も無能な投資判断者」に対して、今の自分がマウントを取るための最高に贅沢な娯楽だ。私の投資人生は、まさにこの言葉を噛みしめるための壮大な前振りのようなものだった。
嵐の前の、見当違いなスタート
私が株に触れ始めたのは2006年。今思えば、わざわざ地獄の入り口をノックしたようなものだ。
案の定、2008年のリーマン・ショックという巨大な鉄槌が下り、私は50万円の損失を出して市場から退場した。当時は投資信託といっても、信託報酬が今の10倍以上するボッタクリ商品が8割。まともな人間なら「二度とやるか」と唾を吐いて去るのが正解の時代だった。
「セゾン」への不信と、画面を閉じたあの日

数年後、傷が癒えた私がネットで見つけたのは、当時人気絶頂の「セゾン・バンガード」だった。
株式と債券が半分ずつで、世界に分散……個別株で死にかけた身には、その安心感は毒のように甘く響いた。しかし、画面に表示された信託報酬「0.5%」という数字を見た瞬間、私のケチな合理性が悲鳴を上げた。
「……高ッ!! 0.5%も抜かれたら、何のためにリスクを取ってるんだ?」
私は目玉が飛び出る思いで、静かに、しかし力強くブラウザの画面を閉じた。そして始まったのが、低コストな投信を組み合わせて、自分なりの「擬似セゾン」を構築するという、涙ぐましい「自作」の道のりだった。1円でも手数料を削ることに心血を注いだあの頃、私は確かに、孤独で偏屈な開拓者だった。
月5000円の「決死の偵察部隊」
本格的に投資信託(既製品)を買い始めたのは2016年頃。ようやく手数料革命が始まり、自作する手間すらアホらしくなった頃だ。だが、まだ私は市場を疑っていた。
設定した積立額は、月5000円。
「これなら、もし明日また世界経済が崩壊しても、飲み代一回分を損するだけで済む」
そう自分に言い聞かせながら、石橋を叩き割る勢いで慎重に歩みを進めたのだ。
結論:もしタイムマシンがあったなら
今の私は、新NISAの枠を秒速で埋めている。かつてリーマンで50万溶かして震えていた人間とは思えない変貌ぶりだ。
もし今、タイムマシンが完成したなら。私は2016年の自分に会いに行き、月5000円の設定画面を指差して「とりあえずそこから始めな」なんて、優しい言葉をかけるつもりは毛頭ない。
私は当時の自分の肩を激しく揺さぶり、耳元でこう叫ぶだろう。
「いいか、今すぐ小銭を数えるのをやめて、全速力で突っ込め!!」
5000円という「ランチ数回分」の保険をかけて安心している過去の自分に、未来の絶景を見せてやりたい。そして「慎重であること」と「機会を逃すこと」の、紙一重の差を全力で説教してやりたいのだ。

