日本公開時、見に行こうと思えば見に行けたのだけれど、なんか見るのに抵抗を感じて今まで見るのを延ばして来た本作。英題は「Wicked: Part I」で、11月21日から公開されている「Wicked: Part Ⅱ」で完結されるから、この作品単品ではきっちりとした感想にはならないんでしょう。
私、本作を見るにあたっては1939年の「オズの魔法使(以下オズ)」を見てちゃんと予習はしています。
で、本作の筋立てはオズで悪役としてドロシーに水をかけられて殺される「西の悪い魔女」が、その殺されるまでの前日譚(ギリシャ的結末)。西の悪い魔女にはちゃんとした名前があり、彼女の名は「エルファバ・スロップ(シンシア・エリヴォ)」。彼女の出自が気の毒で、母親の不義によって生まれた子で、その行為の相手の男が飲んでいた緑の薬の為に彼女の肌は緑色になったという説明がある。
緑色の体で生まれてきた彼女を見た父親によってエルファバは忌み嫌われるも、熊の乳母(!)によって彼女はひねくれずに包摂された子供時代を送れている。そして優れた頭脳とかなりの魔法の才能があるとシズ大学の学長マダム・モリブル(ミシェル・ヨー)に見いだされ、車椅子に乗っている身体障害者の妹と共に魔法を学ぶことになる。
そこで、オズ本編で西に善き魔女として出て来る若き日のグリンダ(アリアナ・グランデ=ブテーラ)登場。ちなみにアリアナ・グランデさんだけど、ルックだけなら私の勤めている会社の指導的立場の人によく似ているので、若干微妙な気持ちになるw。
ここらへんの展開ってモロにアメリカの学園もので、スクールカーストの話でしょこれ。グリンダはカーストの上層で、その恋人フィエロ・ティゲラール(ジョナサン・ベイリー)はジョックス。パーティーでグリンダの策謀によってエルファバは惨めな目に遭う。で、ここで2か所胸糞が悪いシーンがあってさ、惨めな気分にさせたグリンダが罪悪感からか何故かエルファバに踊りの調子を合わせるのはなんか欺瞞を感じる。
そして、もっとも欺瞞を感じ、なんなら今作で最も胸糞が悪いシーンがグリンダに恋するボック・ウッドスマン(イーサン・スレイター)が、グリンダに想い届かず恋敗れたと見るや、エルファバの妹ネッサローズ・スロップ(マリッサ・ボーディ)にあっさりと乗り換えるこの軽薄さ!
このダンスパーティーが中盤で、ここでエルファバとグリンダの間に友情が芽生えましたみたいになっているけど、極めて不自然じゃないの?それは私が男だからそう思うんだろうか?
で、学力や魔力、人間的にもたいへん優れたエルファバはオズの魔法使い(ジェフ・ゴールドブラム)に会えることになるのが終盤。
ここも私的には不自然で、何故彼女はグリンダを「一緒に来て」と誘うのかまったくわからない。どこに友情を感じたのよあんたは!
そしてオズの魔法使いに会い、今までほとんどの人が読めなかった呪文の書をエルファバはスラスラと読み上げるところから物語は一気に不穏になる。本作の中でなんと魔法が使えるのはエルファバだけであるのがわかり、偉大な存在とされたオズの魔法使いも魔法がまったく使えず、エルファバの魔法によって背中に羽が生えた猿を使って人々を監視し支配しようと企てたりする。
伏線はあって、ヤギの先生ディラモンド教授や檻に入れられた子ライオン(「オズの魔法使い」本編のあのキャラクター」が追放されたり虐げられたりしているのは、もちろん現実世界で虐げられているマイノリティの象徴で、エルファバとグリンダは今まで自分たちが見て来た世界はまがい物であったと気づかされ、不可逆に傷つき現実に対する認識が変容する。
ラストシーンだけど、正直痺れたと言わざるを得なくて、そんな世界に対して私は断固抗いますよという決意(美徳)を見せたが故にエルファバは「西の悪い魔女」とみなされ追われる身になってPartⅠが終わり「To be continued」と表示され続く。
まだPartⅡが残っているけど、本作の寓意は明確で、「悪だと思っていた存在が実は善なる者だった」。そしておそらく真相を知るグリンダ(実は魔法が使えない!)が、善き者が勝利したという「フィクション」を語る役回りになるんだろうけど、なんかここまで書いて来てひどくないか?と思わざるを得ない。
元のミュージカルをいっさい知らないし、知らなくても理解できる様に作らているからなおさらモヤモヤしますね。
