私と一緒にアメリカに来てくれてありがとうと言う、女房。

 正直、101回言われても多くはないだろう、そんな言葉いわれても。でも、それが女房の精一杯の今の私に対する言葉なのだろうと感じる。日本で暮らし、日本の安全さと暮らしやすさを実感した彼女だったのだろう。朝の浜辺の散歩も買い物に行く一人での運転も、英会話スクールでのバイトも特に嫌がらせも無く全てが無難に終えた二年間だった。彼女がアメリカ国籍とか関係なく自分と結婚したのではないということも十分知っている。
 国際結婚の場合はどちらかの国に住むということになる。それが発展した国、そうでない国など、いろんなカップルのケースがあるだろうが、興味は無くても常に相手の国はリスペクト(尊重)しなくてはならない。戦争している国の相手もいるかもしれないが、戦争をやめるべきだと言っても仕方がない。それと結婚生活は別問題だから絶対に相手の国をけなしてはならない。それは自分が生まれる国を選んで生まれて来ていないのだから、あるいはそう思うべきだろう。相手の両親や兄弟も然りだろう。決して馬鹿にしてはいけない。私は心底女房の国が好きなわけでもないが、特に物凄く嫌いなわけでもない。要するにどうでもいいのだ。しかし、彼女がおいしい食べ物が多い国の生まれならば料理も少しは期待できたかもしれない。
 女房の得意なのはバイトの経験からピザの生地を作るのが上手なぐらいだ。あとは何だろうか? 小さなロールパンを焼くのも上手だ。言わば粉系だ。まるで大阪のお好み焼きか、お祭りの露天商か? しかし何を隠そう女房は性格が純粋なのだ。生まれて私が知っている女性の中で一番性格が『清い』かもしれない。悪く言えば『スレていない』これは私がおそらく全ての英語を理解していないのもあるだろう……。また彼女は同性から非常にモテるがこれは結婚相手を選ぶ基準としては非常に重要な点であるらしい。しかし私はいい意味で女房に何も期待はしていない。

 ――読者への助言。日本人でもどこの国籍であっても性格の悪い女性(男性)とは距離を置け、あるいは別れてしまえ! ルックスや学歴、家柄で選んではならない。人生は限られた時間だから。自分を大切にしろ!――

重曹ガン療法

前立腺ガンの重曹療法を家で始める筆者 (一日目)

 ご存じのように、私は今前立腺ガンステージ2である。もっと具体的に言えば1と2の間らしいが医者はとりあず2と言っている。ここコロラドでの自営であるメディカルマッサージの仕事もボチボチ入ってきて以前のクライアント(顧客)も約束を入れてくれてきている。しかし、そんなことより私はガンのことしか頭にない。

 前置きはいいとして実の姉から日本の家にいた頃送ってもらったイタリアのドクターが実践している重曹療法を始めることにした。自分が実験台となりうまく行けば人にも勧められると言うわけだ。タイトルは『ガンの新しい治療法』そのまんまであるが、サブタイトルは重曹殺菌と真・抗酸化食事療法で多くのガンは自分で治せる。
 ————やってみようじゃないの、中医学(漢方)には緩和はあるけど決定的なオールマイティーなガンの治療法も特にないから。そんな気持である。中医学は身体の証(しょう)を診て始めるが、このイタリア人医師のようにこれやればどんなガンでも何でも行ける的なものは初めてなので、私自身興味がある。ちょっとぐらい中医学から外れてもイイかという具合だ。

 今日は初日であるが、まず10%の重曹溶液を作るために180㏄の水に20グラムの重曹(正式名:炭酸水素ナトリウム、英名:ベーキングパウダー)を溶かし(すべては溶けないが)朝数回ゴクリ、数時間ごとに飲み昼前には飲み干した。
 味は塩辛く正に海で溺れ塩水をゴクリゴクリ飲んでいる感覚だ、正直パニックになるほど塩辛く、コップ一杯ほどの溶液を一気に飲み干せばおそらく吐き出すだろう。これはチビチビやるしかない。腎臓・膀胱が悲鳴を上げ血圧も上がるかと思ったが、今朝から始め夜になっても今のところ身体に異常はない。
 興味のある人は本を買って読んでいただきたい。『ガンの新しい治療法』著者:世古口裕司

重曹ガン療法(二日目)
 この療法は6日をワンクールにその後6日また休んでから始めるらしいが、いつ終わりにするかどう決めるの分からないので、とりあえず6日やってみて体の変化があるかどうか様子見することとする。
 二日目で既に飲むのには慣れてきたが、朝起きたばかりの空きっ腹に飲んだために食後のあと吐き気を感じ吐いてしまうが、唾だけで終わる。今日はなぜか生検をした針刺した部位の前立腺辺りが痛く仕事は終えたが午後は横になってしまう。昼食後の後には下痢もして緑色の便が出る。そう思えば尿も黄緑から緑っぽく感じ怖くなるがこれも重曹と因果関係があるのだろうか。体内のPHの値が変化でもしたのか。しかし180㏄という溶液なのでこのぐらいの量で本当に身体に効果があるのかと感じてしまう。自分にガンがあることは顧客には黙っていることにする。これで遠慮して治療をあきらめては申し訳ないからだ。
 夜は皆でピザを注文して食べるが食欲はあった。その後の食料品の買い物後、値段の高さと駐車場で殺気を感じ疲れてしまい家に着いてテーブルで座りながら寝てしまう。アメリカ暮らし何とかやっている。

重曹ガン療法(三日目)
 私のような治療家が言うのもなんだが、気功(手かざしも含め)はガン治療には直接効果はない、しかし行えば治癒を目指すうえでの励ましと自信にはつながるが、肝心の療法ではない。だから気功をしながらメインの療法なり、治療を受けなくてはならない。気功だけで乳腺の腫瘍が消えたり、脳腫瘍が無くなったりは決してない。断言する。
 今日は三日目だったが、朝早くから仕事があったので作り置きはしていたものの、飲んだのは午後からだった。この重曹療法もまだ半信半疑であり、長い臨床の結果の上での治療法でなく、イタリアの医師が見つけた彼なりの理論に合ったモノなので判断は難しい。しかし私の人間の体の調子は体内のPH値で決まるだろう。という考えと、彼のアルカリ物質が体内のガンを消滅させるという考えが合致したので行っている次第である。彼の言うほぼすべてのガンの原因はガンジダ菌と言うことも面白い。それでこの菌をアルカリ性のど真ん中を行くベーキングパウダー(重曹)でやっつけるということだ。
 とにかく今日は下痢も無く副作用も無い一日であったが、いくらシェーカーで一生懸命振っても完全に重曹は無くならず、飲んだ後舌にザラザラした感覚も残りまだまだ慣れない。とにかく塩辛く、腎臓に負担が掛からないか心配であるが、漬物も明太子もラーメンも日本食は塩辛いものが多かったのでこれぐらいは普段の食事の塩分を減らせばいいかと思うが、私は泌尿器科の医師でもなく私に不安が無いと言ったら嘘になる。しかし女房と子供のためにやるだけである。今日で三日目、とりあえず折り返しに入る。
 もし私が独身ならば放射線治療も、こんな重曹療法も初めからやらず、医者が言った前立腺ガンステージ2の推定寿命後五年を有意義に暮らし、カウントダウンしたいものだ。独身なら日本にいるだろうから、ほぼやりたいことは財布が許す限りできるだろう。いや、そっちの暮らしの方が今より魅力的にも感じてしまう。

重曹ガン療法(四日目)

 日曜ということもあってゆっくりしていたが、昼頃溶液を作り昼食の後から飲みだす。一口で五分の一ほど飲めてしまうので、五口で終わりなのだが塩辛いので閉口していた。しかしそれも今日の四日目でほとんど慣れた。昨夜はトイレにも起きずに朝まで熟睡したがコロラドは既に朝かなり寒い。身体の変化はないが、前立腺の生検検査後は約6週間は何らかの痛みがあるらしいと言われている。そう考えれば、そろそろ私のこの痛みの治まる時期かもしれない。多少だが体が軽くなった気もする。特にいままで感じていた陰部の重さが消えている気もする。若干だが。

重曹ガン療法(五日目)
 昼食前と後と夕食前に飲む。もうほとんど嫌気もないし苦も無いが、本当にこれが効くのかと疑いの気持ちが現われてくる。体調の変化なし。おそらく体表や症状の激しいガンであればおそらく症状に変化があるだろうが、前立腺という分かりにくい部位のステージ2と言うこともあり私自身は変化を感じられない。

重曹ガン療法(最終日六日目)

 1セット6日間ということで、今日が最終日である。ここで変わったことも無いが前立腺の生検から6週間以上過ぎたこともあり身体も股間も楽になってはいるが、この療法がどう効いてるかは甚だ分からない。性欲も出てきたかもしれないが現れては一瞬で消え去っていく。それがこの年齢の特徴である。身体上の悪い変化、例えば吐き気や下痢、尿のつまりも下腹部の違和感もほとんどない。そう考えればこの炭酸水素ナトリウム(確か元素記号Cl-)が体に必要なものだと感じる。
 さて、ルールの6日間の休息の後また1セットやってみるとする。

その後、懲りずに重曹療法を続けている。
数週間後には日本に戻り放射線治療を行うがそれまで続けるだろう。

詳細は直接ドクターのサイトへ訪問してください(英語)

https://simoncinicancertherapy.com/en-us/

以下、前立腺がんが寛解したケース(アメリカ人英語)

https://youtu.be/Gyea8IRbrcA?si=OSaesMsJvojqmyt3

この世界自体が夢の中だろうか?

 9月27日、アメリカに戻ってきてしまった。名残惜しいことも無くすべてが無味乾燥である。
 最後は上野(東京)に泊まり羽田からロスまで飛ぶ。羽田からロスは9時間少し。これは高速バスで八重洲から福井までの時間よりも短い。ロスに住んでいるならば高速バス感覚で移動できるのか。ロスからデンバーまでのサウスウエスト航空の機内で私はアフリカンアメリカン二人組の隣にギューギュー詰めで座り、二時間身動きが取れなかった。私の隣の彼は肩をすぼめたまま、私に体がつかないようにしている。何という気の使い方だろうか。
 私は昔テレビで観たアフリカからアメリカまでの奴隷船の船内の再現図を思い出した。何層にもなった上下35センチぐらいの木造の棚に奴隷が横たわり、隣の奴隷と繋がれたまま狭い船内で動けないま何日も航海する。そんなことを急に思い出して、こんなことを考えること自体が不謹慎だろうと反省してしまうが、その奴隷をを支配する人間はさらに怖い生き物だとさえ感じる。そんな過去に壮絶な奴隷制度が実際にあった国に行く自分は日本で大人しく暮らしていればいいものの、一体何を考えているのだろうかと感じるが、これも国際結婚の顛末だ。

 空港で車を借りて女房の甥に貸していた家に戻り、玄関のドアを開けた途端に嗅いだことのない掃除洗剤の臭いをかいで気が滅入ってしまう。「あ、思い出した、この臭いだ」私の一番嫌いなアメリカの安っぽい合成洗剤の臭いである。しかし、それと同時に日本で暮らしていたことがまるで幻のように感じ、自分は二年間ただ夢を見ていたのだろうかという錯覚に陥る。きのこと白菜の鍋も、冷やし中華も、ゲンキーでの買い物も、青いクルマも、37度の二階の部屋も、兄の飼っている黒猫も、傾いた家も、最後の診断結果も。脳の後遺症により印象が残らない自分の頭にあるのはそれぐらいのことだ。それらは極めてリアルスティックな夢か映画でも見ていたのだろう。そんな感じだ。

 おそらく、人は亡くなった時に「あー、そう、そう、そうだった」と地球上で生きてきたころのことと、自分の生命が地球上に存在した意味を思い出して、自分が本来戻るべき『真の世界』に帰っていくことだろう。そこがこぐま座かアンドロメダ星雲か、いて座の辺りかは知らないが。