奥穂高温泉の旅と、せつな過ぎる旅館

 2023年。今年の夏も終わりに近づいている。ここで少し今年の旅の話をしたいものだ。しかしこの旅が終わった後の、虚しさと切なさと今すぐにでも戻りたいこの感覚は何だろうか?

 福井から油坂峠を通り、岐阜県高山市でラーメンと飛騨牛の小さな丼のセット1300円だった。今回は奥飛騨にある新穂高温泉に一泊二日の旅である。

 今週訪れた温泉旅館は久しぶりに『また、行きたい』と感じるものだった。しかし、また行きたいとは言うものの、そこに豪華な料理も落ち着いて眠れるベッドがあるといった類の旅館でなく、寂れた、そして経営する老女将とその息子の人間模様。この人たちの旅館の経営を見て、また女将の話を聞いて久しぶりに虚しさと切なさを感じてしまった次第だ。

 旅館に着くなり、女将さんは深々と私たちに礼をしているが、既に腰は若干曲がってしまっている。他の従業員の気配すらしない。実際この人が料理も全て一人でこなしているのだが、本当に一人で出来るのかと感じた。しかし建物の半分以上の部屋は閉めて、旅館右側の廊下に面した左右の部屋だけ使い経営しているのである。4.5畳と6畳の部屋が3部屋と、10畳が2部屋ぐらいだろうか。内湯は源泉かけ流し、向かいの道を挟んだ下にある露天風呂も源泉かけ流しである。建物は古いは掃除は行き届いている。その掃除は女将でなくおそらく住居兼旅館に住んでいる息子がしているのだろう。見た感じ年は30代後半、頭は禿げあがりだがロン毛である。いわゆる落武者の類だ。いかにも奥飛騨らしい。そして薄鼠色のつなぎを着ている、足元は何故か白い油耐の長靴だ。そう、女将は母ちゃんなのである。

 トイレの水も洗面所の水も流しっぱなしで、チョロチョロと音を立てているが、それは冬の間の凍結を防止するためのものだそうだが、この暑い8月もそのままであることを見れば、息子兼設備管理人の力量が見て取れてしまう。遊戯室もあるのだが、使われていないアップライトピアノとピンポン台があるのみだった。内湯は家族風呂、紳士、婦人と3つあり、50年ほど改装がされていない感じだが、たわし掛けはきちんとされている。

 正面の道を挟んだ下側にある露天風呂は一つのみだった。朽ちたバーベキュー小屋も使われていない。しかし旅館の外の大きな看板を見ると昔の隆盛が感じ取られる。昔はさぞ賑わったことだろう。せめてガレージの上にある看板だけでも白黒でもいいから描き直せばかなり綺麗になるだろうと感じる。本当にこの旅館は無くなってしまいそうで心が痛い限りだ。露天風呂の伝統のスイッチがあるガレージの中には軽自動車が二台。こんな山奥で母と息子の軽自動車で冬は乗り切れるのだろうかとさえ感じる。この何もない旅館内のチョロチョロと水道の水がしたたり落ちる音を聞くだけでなぜか癒される。古い旅館の古い匂い。まるで木製の出前の岡持ちの中のような匂いである。丼もの屋のである。そうか、食事で出される食事の匂いが厨房を通じて館内に染み込んでいるのだろう。それと畳の匂いで完全に日本の匂いだ。

 夕食前に大広間を開けると女将がガムテープで畳の上を拭いている。「最近、蟻が多くて」と言う。どういうことかと聞けば、最近小さな蟻が座布団の下に隠れて『悪さ』をするらしい。客人を噛むのだ。私が見たときには一匹も見なかったが、羽蟻でないことを祈りたい。私は業者を呼んで縁の下に殺虫剤を撒くしかないと話しておいた次第だ。夕食も申し分なく、川魚の刺身と飛騨牛の蒸し焼きだった。甘い飛騨の朴葉味噌を肉につけて頂く。これが旨い。晩飯までついて一人1万円以下とは嬉しい限りである。これがおふくろの味と言うものだろうか。この味を噛みしめながら、さっきの女将との話でいつまで続けれれるか分からないとから。という言葉が心に染みわたり本当に空しくなってしまった。伴侶が亡くなった後は自分一人で旅館を切り盛りし、結局息子と自分とでここまで商売をしてきたがここ最近は先細りなのだろうか。彼女は辞め時を考えているようにしか見えない。

 隣の大きなホテルは台湾人に買い取られたらしいが、新しいオーナーもコロナで最近は一向に姿を見せないらしい。しかし、この旅館はこのまま経営を続けて欲しいと願うばかりだ。誰かに買われ改装し、高級旅館になり一泊お一人様3万5千円ほどの値が付けばそれはそれでいいかもしれないが、私は逆に何週間も安く泊まれる『湯治場』的な旅館にして、岩手花巻市にある大沢温泉のようなインスタントラーメンなども造れる自炊部も造ったらいいような気がする。なぜなら、ここのお湯が本当に体に染み、期待以上の温泉治療となるからである。

 旅館の奥には家族風呂、男性女性用と3つの湯舟があり、かけ流しの蛇口の横の水道水を開ければ自分で加水でき、好きな温度にできる(当然温泉は減るが)。ここの泉質は風呂上り後、汗が止まらなくなるほど体が温まり、その爽快感は書き表せない。今回は幸い宿泊客が少なかったのでほとんど貸し切りだったが、朝飯を多めに食べて何回も湯舟に浸かり、昼飯にリンゴでもかじり昼寝でもしてまた浸かり、晩飯を終えてまた浸かれば身体はかなり癒されるだろう。うるさいBGMも騒音もない、そこにあるのは廊下を歩く客人の音とドアを閉める音、風の音と蛇口から流れる水の音。この旅館は色んな意味で癒される。WIFIもあるが感度は悪く、自分のお気に入りの分厚い本だけ持参すればそれだけでいいだろう。歩ける範囲の周りには何もない。車があれば小銭で入れる新穂高の公共露天風呂(混浴)はある。その近くには食事のできるところもある。また旅館に来る途中にはゴリラというコンビニ酒屋もあり、軽食を買っておけばここで数日は凌げるはずだ。

 蒲田川の前にある古い看板の旅館。素直にお勧めしたいものだ。

質問

文のお題 (日替わり)
常に持ち歩いている大切なものは何ですか ?

私は、脳腫瘍の後から発作が起きて倒れても誰だか分かるように、首に自分の名前と生年月日、国籍、血液型を型押しした円い真鍮をぶら下げたネックレスをしている。いわゆる犬の首輪用のものである。これを持ち歩いてはいないが、首から下げている。

その他は、財布として100均の革製カード入れにクレカ類、免許証、事務所の鍵、極小スマホ入れて持ち歩いている。

以上である。

ジャニーズの案件をアメリカの視点で考える?

 一人の地位あるロス生まれのアメリカナイズされた男性の性癖によって、数人或いは多数の若者の人生が泡に消えた。そう言っても過言ではない。

 このブログでエンターテインメント関連の話など元来しないのだが、この案件はあまりにも酷いので少しだけ話をしたい。

 一番の元凶は当時の社長であることは言うまでもない。しかしそれとおそらく同等ぐらい反省しないといけないのは、犠牲となった当時10代の若者の親である。若者というべきか、アイドルの卵というべきか。このようなことがアメリカ起きれば、あるいは既に過去に起きていれば、当事者は今ほぼ100%獄中で過ごしていることだろう。アメリカはこの手の事件については神経質なほど厳しいものだ、なぜならこのよーなーケースで簡単に被害者の人生が変わってしまうからである。いわゆる『トラウマ』が出来上がってしまうからである。

 人間の性癖など簡単に変わることはない、それを変えたいならば、まず自分は変か? という自問と、このままではいけないのでは? という、自責の念が初めになければ永遠に自分の性癖の堂々巡りしかない。彼にはそんなもの無かっただろう。たとえ、獄中に1000年いても反省しない輩の類だろう。

 さて、ここで肝心な役割は未成年の10代の見習いアイドルの親だろう。おそらく彼らが実家に帰れば、自分はもう社長のところには帰りたくない、彼はとんでもないことをしている、耐えられないことが時々起きる、と事務所の状況を親に話しただろうと想像できる。しかし今まで排出された人気アイドルのようにエンターテインメントの世界で活躍したいから、あるいは子供にさせたいから我慢しろ。いや、もうちょっとで、もっと人気が出るからと自分の子供を説得させたのかもしれない。そうであれば、それは親の『エゴ』であろう。

 しかし正義感の強い道理をわきまえている親ならば、その話を聞いた時点でこの問題がどう展開しようとも『即、警察に通報』しただろう。いくら息子の強い望みで事務所に入っていたとしてもだ。付け加えるとすれば、事務所の仲間同士で同僚意識が芽生え、社長の性癖に悩みながらも、頑張っていこうと励ましあったのかもしれない。しかしながら、通報されれば結果として彼のショービジネスにもピリオドが付いたのだろうし、そうするべきだったろう。推測できるとすれば、もしかしたら、親が望んだ子供の名声と、アイドルとしての息子の収入がこの案件の第二の元凶になったのかもしれないと感じる。

 アメリカでは地位ある大人がその性癖や変態により訴えられるケースが後を絶たないのは事実だ。アメリカ人は闇のタブーにメスを入れることが好きである。それが権力者であれば尚更だ。俳優ケビン・スペイシーを訴えたのも映画に出た子役の少年の母親たちである。未成年者と社会のために日本人も権力者に忖度しないことを学ぶべきだろう。これは仕事や今までの恩や情けと言うことでは覆いきれない、人間としての、人間の根本的な人格や性といった部分に対する暴力である。このような事が二度とあってはならない、被害者の長い人生が変質者の性癖で変えられてしまう前に、親や周りは口を開いて訴えるべきだった。