日本のハロウィンは止めるべき?

海外から来た文化は日本に少なからず存在する。クリスマス、バレンタインデー、そして最近増えだしたハロウィンだろう。元々ハロウィンは紀元前から続く欧州(ケルト)のキリスト教風習である。もっと厳密に言えば悪魔に関わる風習である。これは旧約聖書外伝のエノク書に書かれているので興味がある方は読んで頂きたい。

この外伝の中には、実際に人間に化粧を教えたのは天から堕ちた天使であるとも書かれている。説明は難しいが悪魔に惑わされた天使たちがこの地上で神から離れ、その後色々人に教えたなど記述されている。この場合の化粧とは例えば唇を紅くする口紅の始まりなどである。またタンバリンなどの振動させる打楽器も天使から教えられたとも言われている。この堕ちた天使たちは現代の人間にまで続いているような基本的な習慣も教えていた。このようにハロウィンの元をたどれば「カルト的」であると言われる所以も否定できないのである。厳しく言えば神道などがある日本には場違いのような気がしてならないし、ギリシャ正教会などはハロウィンを完全に無視している。

アメリカでは完全に、完全にと断言できるが、これは小学生のイベントである。もっと厳密に言えば14歳ぐらいまでだろうか。両親とともに子供が仮装し、近所の家を周りドアベルを鳴らし家人がドアを開けたなら、Trick or Treatと言うのだ。お菓子か呪い(まじない)だ!そんな感じであろうか。子供は定番のお菓子をもらい家に帰り数日のうちに食べつくす。お菓子はスーパーで袋に入っているスニッカーズやキットカット、飴玉などだ。しかしここ10年ほどで若い人たちでも仮装パーティーなどを都市部でもするが、彼らも基本これは子供の習慣と知っているために割り切ったところがあり、朝まで飲み明かすと言う様な大晦日的な雰囲気ではない。あくまでもその場のイベントでそそくさと終了している感がある。

 残念ながら、日本では自分の相手を見つけるために仮装し街に繰り出し、公衆で酒を飲み暴れるようなことが多い。挙句の果てには公共交通機関での犯罪だろう。警察が出なくてはいけないような、的外れのイベントであるならば即刻この文化の浸透を日本は防ぐべきだろう。初詣やお盆の時期に暴れる輩は少ないはずである。他の文化を取り入れるのはその文化を十分に熟知し経験した人間や移民でも始めない限り、正しい形での浸透は難しい。これは海外に普及しているご飯をマンゴーに詰めて寿司だと言う様な、間違った寿司文化に,酷似している。

マスコミが取り上げるのを止め、企業やスーパーや量販店がハロウィン関連の企画やデザインをしなければ衰退していくだろう。毎年わが家では子供のお菓子の類は数個食べたのち、ホームレスに渡している。

冗談ではない、既に北方領土はロシア?

冗談じゃない。アメリカで地図があるたびに日本を見るのだが、全てとは言えないが、多くの地図で北方領土がロシア化しているのだ。なぜなのだろうか?アメリカは暗にロシア領と認めているのか、日本側の訴えが足りないのか。北方領土は第二次世界大戦終了と同時に非公式に略奪されたことをもっと世界に発信するべきだろう。しかし、彼には何を言っても無駄かも知れない、ここはじっと時間共に策略を練るべきかもしれない。

私が辛いとき考えること

私個人の話だが、そりゃ自分だって辛い時はある。日本に帰りたいというよりも、自分というもの自体をやめたい時がある。それは鬱とか精神的な前触れでなく、何もかもやめてしまいたい時だろう。こんなことを精神科医の友人に話すと、必ずと言っていいほど帰国するように促される。よって連絡も取ってはいない。

非常に奇妙に思えるかもしれないが、そんな時はロシア共和国の暮らしを考えることにしている。8か月にも及ぶ暗い冬。水道の水もそのままでは飲めず、公共アパートの質素な暮らし。自由にモノも買えず、楽しみは飲むことか、食うことか、寝る事か。アメリカとは対照的だがアメリカには無い何かがそこにあるもの確かであろう。ロシアの若者の70%は海外への移住を常に考えているそうだ。そんなことを考えていると、こんな自分の暮らしでもアメリカの質素な暮らしに感謝し、自分は眠りに就くのである。

グ―グルマップでロシアを見れば、どうしてこんなところで暮らしているのかと思う海岸に沿った町もある。例えばLavrentiya Лаврентия だろう。地図 https://www.google.co.jp/maps/place/Lavrentiya,+Chukotka+Autonomous+Okrug,+Russia,+689300/@65.5825879,-171.0190266,1893m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x57495ff420b9e953:0x42301c9aab617014!8m2!3d65.5834494!4d-171.0379028

他にはイングリッシュロシアというサイトにも紹介があるPevekというところだ。https://englishrussia.com/2021/10/23/pevek-the-northernmost-city-of-russia/

地図 https://www.google.co.jp/maps/place/Pevek,+Chukotka+Autonomous+Okrug,+Russia,+689400/@69.5459007,171.047488,3491m/data=!3m1!1e3!4m5!3m4!1s0x5a1a3b87f16af54d:0xe956f8df74406ef5!8m2!3d69.7029321!4d170.307033

ここは海上交通しかないらしく、海に浮いた原子力発電所があるところらしい。写真でも見えるがこんなに多くのアパートを造ってもそれだけの人が住むインフラが無いように見える。歯が痛い時どうするのだろうか? 一年のほとんどが氷の海に囲まれているそうだ。

ロシアの目的は世界制覇である。(話が横にそれたが)

ロシアの田舎写真 https://englishrussia.com/2008/10/01/russian-countryside-assorted/

モルドバ共和国の田舎写真 https://englishrussia.com/2015/04/11/life-in-amoldavian-countryside/

このような写真を見て、些細なことにこだわる我がアメリカ女房を見ると、時に腹立たしく感じる時もある。

しかし、ものは考えようである。

歯医者も医者も近くにはいず、自分の月の収入は家畜から得る3-4万円でも、前歯の抜けた妻と数人の子供たちと、畑があり、井戸があり大きな家族がいて、家畜がいて、自家製のワインがありチーズがあり、笑いがあり、年老いた情け深い両親がいて、冗談好きのいとこが近くに住んで、夜な夜な他愛無い話をしてトランプをして週末を過ごすような、そんな暮らしの方がよほど幸せであろうと感じる。

価値観とは何で満足するかという意味だろうか。田舎の家が数軒買えるほどの車をもって、マンションの最上階に住み夜景を見て、高価な酒を飲み、明日は誰か女になるかもしれないような軽薄な女を抱き、二日酔いで自分の会社に行く。週末は自分の船で社員と共にクルージング。盛り上がるのはギャンブル話。。。

いわゆるキリスト教的な清貧を生活のモットーとする私は、豊かな国で育った女房とは違い、今現在でも極力質素倹約を努めているが、このアメリカ式消費文化の中で暮らすのは、新しいものを手に入れないと許されない雰囲気があるかのようである。周りを見ていると時代に追いつこう、流行り物を手に入れよう、多くのカッコいいモノとすごく多くのお金が欲しい、アメリカの理想はこれで完結するのである。自分のこの辛い空虚な疲れの原因は実はそこにある気が最近してならない。理想と現実の環境のギャップだろうか・・・

もう一皮剝く時か。。

人は何回も脱皮しなくてはならない。死ぬまでに何回も。

1月生まれの自分は同級生の中でも一回り小さく、身体も弱かった。泣かされることの方が多く、誰かをいじめたこともない。いじめられる前に体を強くすることもできず、いじめられないためにも自分を防御するには面白いことを言い人を笑湧かせることっだった。そんな面白いことを言う性格も自然と自分に馴染みそれが自分の味になってきたのだが、ここアメリカではそんなジョークは聞いてる側にはどうでもよく。聞いている側ではバカにされているのかという反応さえあるのは事実だ。アメリカ人というのは実はジョークのセンスが良いわけでもなく、実際はつまらない人間が実は多いのも確かで、これはピューリタンなどの欧州から持ち込んできた宗教も関与しているのだろう。アメリカ映画やドラマで観るジョークのセンスは実はあまり一般的ではない。実際付き合えば面白くない人間の方が多くいるのに気づくだろう。

私のジョーク好きセンスは奏功せず、かえって不評だろう。大学院の特定の生徒には舐められ、女房にもバカにされるときもあり、10代の子供が私をバカにして舐めだすのも時間の問題だろう。舐めるとは対等に向き合ってくれない、真摯に向き合ってくれないそんな意味だ。だからと言ってカチコチの真面目になっても舐められ方は変わらない。要するに、もっとシンプルにタフに強くならなくてはならないのだ。道化/ピエロを演じる時はもう終わりなのだ。脇を閉め首に力を入れるかのように、周りを注意しもう一皮剥き、ジョークも飛ばさず間違っていることは強く正し、ハードに生きて行かなくてはいけない時が来たのだ。

今の若者の言葉で言えば「ココはガチの世界」である、冗談やまやかし、甘えは通じない。実力を見せ合い、本物だけが生き残り他はどうなっても誰も関知しない世界である。これは悪い意味での個人主義、生産主義だろう。このような国で精神的に健康で行くには本気でかなり強くならなくてはいけない、覚悟を決め地を踏ん張り生きていこうではないか。