2015年を振り返り⊛

本来であれば、40歳代というのは仕事も家庭もアブラがのって人生の中でも良い時期らしい。
本当か?

今までの過去を振り返ってもそれなりの経験を味わい、今後を考えても定年時期の後も視野に入れた思考ができる40代は良い時期らしい。
本当なのか?

30代のデザイナー時代に会社を辞めるとき、今業界を離れれば40代頃とんでもない路頭に迷っているだろうと上司に嫌味を言われたが今現在路頭に迷いってはいない。
将来すら分からない人間が他人に対してそのようなことを言うのは今考えれば愚かとしか言いようがない、部下の将来についてまで小言をいう事は極めて愚かであるが、しかし今になればそんなことに対しても私は怒りすら感じず逆にその頃が恋しく懐かしく感じる。

私は20代で世間が全く怖くなくなり、30代で世界が怖くなくなった。
そして40代で死が怖くなくなった、とそう自分に言い聞かせたいものだ。
ならば50代は女房か病気かそれとも聞き取れない英語?。。。

今年は懸命に働いた、一回の施術の値段も下げて多くの人の助けになることができるようにと必死だった、しかし他人も大切だが自分の人生も味わうことが大切とも感じる、と言いたいのだが、しかし女房がいて子供が要れば男というのは、特に人生を味わい楽しもうと願わなくともまた趣味が全く無くとも、実は食うことと寝ることと多少笑うことだけで人生十分のような気がする、細かいことに心を使い労力を使い中年のオヤジが趣味仲間だの、定番の服だの、車だの、お洒落だの、金で買える目に見える価値しかないものにこだわっても後で考えれば実に空しいものであるし、そう感じる。
この生きている世界で一番価値があるものは目には見えず金でも買えず触れる事さえできないものであると気づくまで40年と少しかかってしまった。

要するにこの世的に考えれば、例えば中年オヤジとしてのそれ相当の中身のある男にならなければならないだろう、要するに何事に対してもビビらないような、嫌なことや嫌な人から逃げ出さないガツンと腰を据えたドンと来いオヤジになるほうが重要だろう。

 

楽しみなんて言うものは例えば、このポテトチップスを味わうだけで十分かも知れない