5月の雪⊛

 

ここには街もあり多くの人も住んでいるが標高1600メートルの山間地である。
5月になっても雪が降る、必ずと言っていいほど5月に一回は積雪がある。
コロラドの農家の話では『母の日』を過ぎないと本格的な農作物のシーズンではないらしい、当然種まきも無理である、ようやく新芽の出た木々も時には折れてしまう。
しかし夕暮れは遅くサマータイムの影響もあり8時頃だろうか、しかし実際に辺りが真っ暗になるのは夜9時過ぎてからである。
今朝の温度は低いが、こんな時には体調を崩し風邪をひくものだが、私自身おかしな咳が出ている。
今日は休みだから濃いめのオルゾを飲み、その後眠くなればいつでも床に就くとしたい。

 

5月の雪。

ここには街もあり多くの人も住んでいるが標高1600メートルの山間地である。
5月になっても雪が降る、必ずと言っていいほど5月に一回は積雪がある。
コロラドの農家の話では『母の日』を過ぎないと本格的な農作物のシーズンではないらしい、当然種まきも無理である、ようやく新芽の出た木々も時には折れてしまう。
しかし夕暮れは遅くサマータイムの影響もあり8時頃だろうか、しかし実際に辺りが真っ暗になるのは夜9時過ぎてからである。
今朝の温度は低いが、こんな時には体調を崩し風邪をひくものだが、私自身おかしな咳が出ている。
今日は休みだから濃いめのオルゾを飲み、その後眠くなればいつでも床に就くとしたい。

末日聖徒イエス・キリスト教会の断食法?

最近よくプチ断食やファスティングなどと言い何も食べないことを勧めている記事をよく見かけるが、断食というものは宗教の『教え』の上から言えば珍しいことでもなく、精神を統一させることと腹を空にすることはセットのような感じである、それでいて自分を見つめなおし信仰を増し健康になるにはなおさら良いことかも知れない。当然ではあるが子供は行わない。
モルモン教は毎月初めの安息日(日曜)に断食をしほぼ24時間飲まず食べずである。
土曜日の夜6時半に食事が終われば次の日の日曜6時半に夕食を始めるこれでほぼ24時間であるが別に時間は短くても例えば一食だけ食べないのでも構わないが基本は2食分食べないことである、また断食をしたその後は2食分を思われる金額を教会に寄付し教会はそれを震災などの援助資金に使っている(世界規模)。
またキリストは断食をしても頭には油を塗りなさいと教えているがその一節を記しておきたい。
さらにあなたがたは、断食をするときには、偽善者のように悲しげな顔つきをしてはならない。かれらは断食をしていることを人に知らせようとして、自分の顔を見苦しくする。まことに、あなたがたに言う。かれらはその報いを受けてしまっている。
あなたがたは断食をするときには、頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
それは断食をしていることを人に知られないで、隠れたところにおられるあなたの父に知っていただくためである。そうすれば、ひそかに見ておられるあなたの父は、公に報いてくださるであろう。(モルモン書記述)
少しだけ説明するとすれば、偽善者とはその気も無いのに注目してもらいが為に断食をする者であってもう何も神からの恵みは無いということ。次のあなたの父とは神ということであるがその神があなたをサポートし見守るというようなニュアンスだろうか、またキリストは中東の地で生き返っただけでなくその姿は古代アメリカ大陸にも登場したというのがモルモン教の信ずるところで聖典にも記述がある、この言葉は古代アメリカ人、インディアンやインディオに対しての言葉である。
話を元に戻すが、月一回の断食を行っても身体に良いことは私自身実証しているそれは自分の気持ちが穏やかになりおまけに宿便も出る、そう考えればまるで食べ物で体が汚染されていたようにも感じる、ただ気を付けないとならないのは一日の断食でもかなりの空腹感を感じるために次の日の日曜は食べ過ぎることがある、それで大いに食べて下痢をすれば『本末転倒』ではないだろうか。
また断食の前には多くの水を飲むことが大切である、これは当然断食中の喉の渇きを避けるためであるが、断食を始めるときに胃に食物があればそれを消化する時の喉の渇きを抑える水が要るのである、また断食を終えるときもまず水を飲むことから始めるようにすると良い、間違ってもいきなりスナック菓子を食べ始めたり残った昨夜のてんぷらを食べ始めたりすれば、いまだかってない人生最大の胸焼けを体験するだろう、食事は軽めのあっさりしたものを食べるべきだろう。
断食が良いことだと理解できるのは精神面だけでなく色と質の違う排便があるときだ。
ただしこれらはダイエット目的ではないので体重計に乗る必要はない。

  1. 基本は24時間
  2. 始めるときには多くの水を飲む(1リットル)ほど
  3. 終了後にも水を飲む
  4. 断食中は激しいな運動や労働はしないこと(汗をかかない)
  5. クリスチャンならばお祈りではじめてお祈りで終わる(でなくとも自分の信じる神に話かけること)

基本的人権とクレイジーの尊重。

言葉は悪いが人は基本的に『クレイジー』、要するに気違いがベースとなっているように感じる。
4年前の脳腫瘍という病を経験し私は人を見る目が少し変わってしまったようだ、この病気を経験すると何故だかわからないが気が変になっている人間を簡単に見極めることができる、おそらく一度私自身が発作を起こす頃、要するに脳腫瘍が発覚する前に気違い(以下キチ)になったのが原因かもしれない。
そう考えて生きていくと私の周りやこの社会では実に多くの人間がキチであることがわかる。人間はモラルや常識などと言う人間が作り出した世界で生きているために実は非常に堅苦しい世界で生きているのだが、実際はそれらの世界にうまく存在できないキチが多い。
しかし驚くことにこの世界のほとんどの人間は実はキチであり、平常心を何とか自分なりに繕っているのが実状であると感じるが、時々激高したり、意味もなく悲しんだりして会話すらできない人間さえいるが実はそれが人間の真の姿であり、日ごろ常識やモラルを身にまとっていること自体が緊張を強いられることかもしれないと感じる。
だからこの世界の人と人は皆キチ同士だから悪口も言えば、大きく人を傷つけたり怒鳴ったり、泣きながら人を叩いたり、事件になるようなことまで起こるのだろうと感じる。
ならばどうすれば良いのだろうか?
一人ひとりがうまく自分のキチを客観的に十分に理解しなくてはならないだろう、また他の人間から自分のキチ具合を指摘されれば何ら反抗することなく素直に認めなければならないと感じる、しかし強いてそれを矯正しなくても良いだろう、実際できないだろうから。
それでも自分のキチ度が極端に度を越えているのであれば他人に危害を加えないようにし、そして自分を制しできるだけ多くの人がいる所からから遠く離れて静かに生きるしかないだろうと感じる。
たとえと言うなら原子力発電がすでに間違っているのにまた再稼動しようとしている行為、あるいはその考えはキチであろうし、それをに対して血を流してまで反対行動を起こすことも立派なキチであろうと感じる。
アメリカを例に挙げれば、威圧的な警官に対し攻撃的な態度を示すのはキチだろう、またその態度の悪い人間を絞めてしまうのはキチの行為としか考えられない。
要するにこの世界では基本的人権はお互いのキチ度を理解することから始まるのだろう。

愚か過ぎる、ネットワークビジネスというアメリカ発祥の商売。

アメリカには大きく分けてダイレクトセールとネットワークビジネス(マルチレベルマーケティング)以後MLMが存在する。

ダイレクトセールで名高いのは化粧品販売のマーリーケイや今ではスーパーでも普通に手に入る食品保存容器コンテナーも元祖はアメリカ発のダイレクトセールビジネスである(商標名タッパーウェアー)、またネットワークビジネスでは当然ニュースキンやアムウェイーだろう。
これらの違いは簡単でダイレクトセールは特に商品価値に注目し、品数が多く商品の開発に特に力を入れている。ではどうやってダイレクトセールで多くの売り上げを得るかと言えば単に次から次えと自分の紹介した購入者達が商品を買えばその購入者達の購入額の数%が仲介料として自分に利益が生まれる、こちらは欲のある人間はMLMに比べ多い気はしない。
一方のMLMと言えば、商品を売ることももちろんそうであるが、重視しているは何といってもチームである、多くのコネクションを使い知人友人を『会員』させて商品を購入してもらう、野望のある活きのいい人間を使うことが大切だろう。MLMは特に横のつながりが大切なのであるが当然自分のチームに良く働く会員あるいはよく購入する会員がいて、もし自分がその人間を会員にさせた経緯があれば本社からボーナスが支給される、MLMは商品を購入させるよりも会員にさせて商品を買わせ一緒に夢を叶えるのが目標であるがその目標は要するに不労所得である、簡単に言えば何もしなくとも収入がもたらされる(下々の働きにより)。
しかし考えてみれば、株にしてもFXにしても経済に敏感でなくてはならないし、投資家にしても資産家にしても自分の資産をどう使うか或いはどこの不動産が値が上がるかなど考えなくてはならないが、MLMの場合は誰かこの話に乗ってくる人間はいないか、いかに商品をうまく買わせるかである。
しかしこのようなアメリカ流のビジネスをしていれば必然的に経済的な犠牲者もでるだろう(実際自らが商品を買わなければ要するに会社に対して金を使い続けなくては会員権が失効するMLMも多く存在する)。
現地のアメリカ人でこれらのビジネスを始める多くの動機は、自分も会社勤めではなく何か自分がオーナーとなり自分の賄いで高収入を得たいと考えてはじめるのだがどうやら本末転倒であるような感じがする、しかし本当にこのようなことで収入を得たいと感じるのであれば自らが上に登り詰めてMLM会社の現地法人の幹部となるか自分からMLM会社を立ち上げるほか無いだろうと感じる、MLMの会員の一部になり歯車となって誰かを紹介しなければならないとか、自分も商品を買い続けなくてはならないようならそれはかなりの精神的なストレスがあるだろう、しかしこれから始めようかと考え話を聞くにしても勧誘する会員の口車は巧みで話を聞くだけで既に不労所得者になって高収入を得ているような気分になる。
私の義理のいとこはイケメン医師でありながらネットワークビジネスに燃えに燃えている、女房が言うには金のことしか頭に無いというが多くの不動産資産を抱え給料にも不満はないだろうと感じる暮らしをしてなぜこれほどまでにマネーゲームが好きなのか。

しばらく前に、これから日本で開始される予定のネットワーク健康食品PRのために私は忙しい時間を割いて英語から日本語への翻訳をしていた、この健康食品はパック詰めされ多くの栄養を備えた完全に近い食べ物らしいが名前はYから始まりOで終わる短い名前だ、この会社の多くの経営陣はプロタンダムというサプリメント会社(ライフバンテージ)からの移動で成り立っているが、おそらくプロタンダムの先行きが悪くなると経営を他の人間に任せ自分はさっさと鞍替えしたのだろうと感じる、私は幹部社員やCEOの紹介ページを時間を費やし翻訳していたのだがあまりの中身の無さと肩書きだけのアピールに嫌気を感じたがアメリカのこの手の商売にはくれぐれも日本人は注意して頂きたいものだ。
内容を話せばこのMLMは朝食用オートミール(麦の粥)を一食分茶碗一杯500円ほどで販売している、家族4人で食べれば2000円を朝食で費やすことになる信じられない価格だ。また日に2回この商品を(他のメニューもある)を食べることを勧めているがそうすれば一日で4000円分の食費は要ることになる。月にすれば12万円である。健康のためにはそれでも良いのだろうか?ちなみにこれらの一食分のパッケージには一日の栄養素の約半分が含まれている。
義理のいとこは私が日本人として一番最初にこのMLMのディストリビューターを始めないかと女房を通じ話を持ちかけたが、残念ではあるが毛頭興味は無いと言えよう。
『ネットーワークビジネス』、実に面白い発想の商売であるがそこにある根本は一体なんだろうかと感じる、当然これらの商売の経営陣は巨額の富を手に入れ決して一人の人間が普通に暮らしても使いこなせないほどの収入を毎月得ている、ある意味彼らがスーツを着込んで質の良いネクタイをしハンカチをポケットから出しているのはそれを暗示しているかのようだ。
MLMの場合は信じられないくらい実際の原価は安く多くの利益は会社(特にリーダーと呼ばれる幹部)へ渡る。要するにこの商売は100円のチョコを知り合いや友人に売ってまずその100円は会社に一度吸収され20円は生産コストや配送料、管理費などになり20円は自分の紹介者またその紹介者の元へ渡る、そして50円は会社の収益にそしてやっとその残りが自分に10円分としての収入がもたらされる、説明しなくても読者の皆様はご存知であろうかと思うが自分の下の紹介者が多くいなければ意味もないし既に人気のあるMLMにこれから会員として加わる時点でもう遅いのだ。
冒頭でも話したが自分から紹介した人達が売れば売るほど自分と自分から上層の人には売上金の数パーセントが入り最終的には全く何もしなくても金が舞い込んでくる(予定だ)。
ある意味極めて理想的な仕組みだが、そんなに良い商品であるならこの仲介手数料の数パーセントを使い貧困で苦しんでいる国や人々に利益の一部を使い無償で配布することはできないのだろうか或いはもっと安く通常ルートで売れないのだろうかとさえ感じる、日清カップヌードルやネスレミロあるいはコカコーラはネットワークビジネスで世界に広がったわけではないように。
しかしそこには商品を売るということ以外に、これを行う多くの人々のとてつもない金銭への欲求と執着が見え隠れしているのが感じられるのは私だけだろうか、ある意味これがアメリカ流資本主義の側面かもしれない。
表現が悪いがこれは昔から伝わる日本の『やくざ』の手口と似ている、まるで人の手を通じない組長への『上納金』システムのようであるが、MLMの場合は金銭は実際目にも見えず間違っているようにも感じず極めて巧みだ。
残念ではあるがこれらに関わる多くの人間は自分が高ランクが欲しいがために懸命でそれを手に入れれば高慢と自惚れに酔ってしまっているかのようにも見える、もっとその上のランクが欲しければ彼ら売り手の勧誘は呆れるほど巧妙でしつこい。
しかし考え方によっては、病気の後遺症や何らかの理由で仕事ができない人にとってはこれらのネットワークビジネスを他の人に対し親切丁寧に扱うことでわずかながらでも収入に恵まれるのであれば良い事かも知れないと感じる、しかし残念だがそのような弱者を思いやる『情(なさけ)』のあるディストリビューターは少ないように見える世界だ。
いくらトップが潤っても底辺の人々が自己破産などのトラブルに見舞われるならば商売としてはアウトだろう。
これからこの商売をはじめようかと真剣に考えている方は一考していただきたいものである。
ネットワークビジネスは廃れないであろうが不労所得で潤うのは全体のたった0.数パーセントらしい、アメリカの資本主義は結局のところトップの利己主義であることを本場アメリカでは誰もが知りつつあるのが悲しい現実である。