アメリカ人女性と結婚する前に。

国際結婚なんてやめなさいと言いたいところだが、好きになってしまったものは仕方が無い。
アドバイスとまではいわないが若干話しておきたいものだ。
人間美しいものには惹かれるものだ、金色の髪の毛、透き通るような白い肌、つぶらな青い目などもし相手が白人であるならこんな感じだろう、アフリカンなら褐色に輝く肌、大きな黒い瞳、鍛えられた筋肉、たくましい背中、太い二の腕、これならまるで工事現場のオヤジか。。。
人種に関わり無く同じアメリカという文化習慣の中で生まれ育ったなら価値観は肌の色に関係なくよく似ている、残念ながら日本人男性とアメリカ人女性のカップルというのはあまり多くなく、しかしその逆のカップルは本当に多い。
結論から言ってしまえばアメリカ人の女性の中にも『おとなしい』『控えめ』な人が多くいる、そのような女性と結婚するのであれば離婚は無いはずだろう、これは

義父の死を通じー延命治療のないアメリカと、この男の生き様

人は生まれることよりも死ぬことのほうが美しいと感じる、人一倍働き、多くの苦労、経験をして世の中で切磋琢磨し、この世を去った人の顔ほど美しいものは無いだろう。

義理のオヤジを皆でこんなに連れ回したらすぐに死んでしまうだろうな、と思っていたがその女房の父の死の日は来た。
長い昼寝をしていると思い、その後に晩飯の時間が来て呼びにいったら目を開けて喘息スプレーを抱えたまま死んでいた、ユタに住むアメリカ親父のラス。喘息による呼吸困難だろう。
遠く離れた多くの娘の家、クルーズ旅行、また会員リゾートホテルと老体を妻に連れまわされ、私は持病があるのにあんなにどこでも連れて行くと疲れて思ったより早く死んでしまうよ。と常々自分の女房に言ってきた。
しかしそれは当たりだった、彼の孫の結婚式の一週間前に他界しやがって。

しかし驚くのはアメリカでは医療保険が高額なために滅多なことが無い限り延命治療をしないのである。
発見当事はまだ温かく、呼吸はしていないものの、妻が助けを求めに行った近所の住人による人工呼吸や、駆け付けた救急車で人口呼吸器を取り付けられまた心臓は何とか動きだした、しかしいわゆる脳死である。
州外にいる姉妹や病院にいる兄夫婦のチェーンメールが女房の携帯に届き、一番下の医者の妹は『もう、父ちゃん行っちゃった』と言うが他の兄弟は何とかなる、まだわからない状態だと希望を残す、数時間にわたり女房の携帯は鳴りっぱなし。
女房は人工呼吸器を取り付けられても脳死だからどうなるの?と大粒の涙を流し私の目の前で取り乱している、私にもわからないがこの状態なら数日は生きるだろうと言う。しかしその後シカゴに住む長女が「確か親父は延命治療はしないで欲しいと言っていたョ」と病院の長男家族に知らせると、その後すぐに人工呼吸器は取り外され親父は永遠の旅立ち、信じられないくらい急な幕切れ。
医者は安定した良い状態だと言っていたらしいが、当然その後家族で揉める(そりゃそうだろう)。
かかりつけの病院の転送に100万円、延命治療に一日当たりに換算しても目を疑うほどの高額となれば延命どころではないということである。後で聞いたが延命治療に一日、円換算で60万円ほどらしい。
アメリカでは日本のような全身がむくみ死臭がするまで延命などしない実に合理的である。脳死と判明すればほとんどは即切開し臓器移植にまわされるか、完全な呼吸停止そして死を受け入れるかである、親父の場合は発見当時すでに意識が無いので当然何らかの処置をしても回復する可能性は低い。83という年齢も年齢で臓器移植などできるわけもない。
しかし第一発見からあきらめて葬儀屋に電話するまでの時間も短く、何とかならないものかという心の葛藤は日本人より遥かに少ない感じさえする。どうしてもどうにもならない、という所の諦めは世界で一番早いかもしれない。

その後は葬儀の日程やプログラムなどの準備と実家には各州から兄妹や私たちも集まる。しかも悲しい雰囲気もなく大声で騒ぎわめき、挙句の果てにはラスの妻は孫たちと台所ではしゃいでいる、家族の死を悼むということがないのか? 私は女房に静かにさせろと怒鳴るが、そういったところで一向に変わりない。
アメリカ人というのはとにかくガサツで日本人の想像の枠を超えているのはいうまでもない。
しかし、実はラスの妻は夜な夜なベットの中で涙を流していたらしい。なぜなら彼らは寝る前にベットの中で『おやすみ』の代わりにお互いの手を軽く握ってから眠りに就いていた。しかしそんな些細なことができなくなるというのとがこの上なく寂しく感じるものらしい。ならば昼間の喧騒は逆を装っていたものなのだろうか。

ともかくこの義理のアメリカオヤジの私の印象は、怒りもせず叱りもせずただおとなしく、父親の威厳なるものは全く無いオヤジだった。そもそも私が結婚した時からの付き合いだからかれこれ6年ほどしかなかったのだが。
自分の持ち物もさほど持たず、使っていたものは安物の古ぼけたものばかりで遺品分けなどというものもない、しかし私が一番彼のものをもらっただろうか。古い電気シェーバー、壊れた香港製の腕時計、キャップの無い万年筆、それから数枚の夏物シャツ。
この時私が感じたのは死後に少しでもレア物としてでもいいから家族に重宝されるものを残しておくべきだろうと感じた、それは手描きの絵でも手作りのボトルシップでもいいだろう、あるいは少し年季の入った手巻きの腕時計や鼈甲のめがねでも良いかもしれない。
おそらくモノに執着しない生き方はおそらく彼の仕事も影響していたのだろう。米軍関係のミサイル事業に関する仕事に長年携わり、迎撃ミサイルや大陸弾道弾ミサイルそして巡航ミサイル開発や研究任務に就いていたらしい、どおりで日本人の私には仕事の話などする訳がない。
任務で世界各国で暮らした男は持ち物や身の回りのことなどどうでもよかったのだろう、自分よりも家族や仕事を最優先し自分のことはその次の次あたりだったのだろう。
彼は合衆国のために全精力で働いてくれた。と言いたいが、日本で日本のために精一杯働いたというとどうも胡散臭く感じ、まるで右翼のように感じるのは私だけだろうか、日本は残念ながら敗戦後『愛国心』というのをどこかに置き忘れたか誰かに取り去られてしまったのだろう。

葬儀が終わればすぐに遺品の始末ナリ

話を元に戻すが、確かにおとなしい旦那というものは妻には好都合の存在かもしれないが、それが原因で妻は十二分すぎるほど生意気になり、ラスの娘たちはそんな母親を見ていて当然大人になるころは親父をやりこめるほどの生意気で頑固な性格に出来上がってしまう、だから『やさしい父親』と『おとなしい父親』は全く違う次元である。三女は10代で駆け落ちまでして強引に結婚するがあえなく離婚しその子供は残念ながら賢くはない、父親としてもっと早くから娘を諭すべきだったのではないかとも感じる、どうして厳しくできなかったのだろうか。
しかしラスの場合はすでに新婚当時にきちんと妻を教育しなかったのが間違いだ、クリスチャンでもただ相手を甘やかすばかりではなく『間違いは正し』『おかしいところは諭し』ながら、しっかり新妻を精錬しなくてはならないのは言うまでも無い。
当然だが、これは女性側にも言えることであり新婚当時から旦那に常に『ツッコミ』を入れなくては将来伴侶に対し何の意見を言えない気弱な妻になってしまう、子供に対し『私はもうこれでいい』としか言えないのでは人生も諦めたのと同然ではないだろうか。

以下、墓場でのセレモニーの様子。

墓場に着いたときはまだ墓穴の作業中
棺おけの入る床を最終仕上げ中だが実はこの男が穴のふちで滑り自ら墓穴に落ちてしまう
孫達の手により棺おけを搬送する(通例)
星条旗をかけられるが日本で棺おけに日の丸を掛ければ右翼だろうか、悲しいが。。。
軍関係の仕事ということもあり制服を着た者が丁重に星条旗を片付ける(これは葬儀屋のオプション)
丁寧に畳まれた星条旗がラスの妻に渡され合衆国から感謝の意が伝えられた
ラス、短い時間だったが本当にありがとう
この話はこれで終わりとさせて頂く。

アメリカでの車の買い方・考え方

アメリカ大陸。日本で暮らしていたなら想像しがたいこの広大な土地の上で暮らすには車という道具抜きに考えられないだろう、大都会の真ん中で暮らす以外アメリカで暮らす以上この雄大な自然を車を使い見に行かずにいるのはもったいない話だろう。

さて車を買うには大まかに二通りの考え方がある。まず普通にディーラーに行き新車を購入する。現金で買うから値引きしてくれないかと交渉するのが一般的だろう。あるいは0パーセントローンを選ぶのも悪くはない。
新しい車で旅行するには文句は出ない、しかしローンを毎月2-3万払うのは意外と苦でありローンを払うその分で何かほかの事に使えないかと考えてしまうものだ、二か月分のローンでクルーズ旅行が行けるだろう、ジャマイカやカリブの海の青さを見れば生きている実感が湧き地球は本当は美しいところなんだとも感じるだろう、ローンさえ無ければ。
旅行や趣味、飲み食いに金を使いたいなら新車を買うことはよくよく考えるべきだろう。私は当然後者である。

今回自分たちは家の修繕用をかねてミニバンを買った1997年製32万キロ走行マツダ社製である値段は2400ドル(24万円)ほどだろうか、しかし購入後の修理に11万は使う要するに合計35万ほどである。しかし私は基本的にローンをしないという信念があるのでこの程度の車で十分であり当然キャッシュで購入する。このような車を売るほうも売るほうだが買うほうも買うほうである。しかしホームセンターと家の往復ができれば十二分であり、時々行く温泉と時々来る親戚を乗せるには申し分ない上等の品だ。
しかし案の定エンジンにはひびが入っていて(これは非常にまれな壊れ方らしい)購入後二ヶ月で1500キロ走ってみればウォーターポンプは悲鳴をあげタイミングベルトはキューキューと泣き出す始末、この分の修理代は5万円(工賃・部品代込み500ドル)そして今ひびが入っているエンジンカバーはカリフォルニアから送られてくる交換部品待ちである。この修理代は6万はかかるだろう。しかし日本と比べるとアメリカの修理代は安く日本の3分の2あるいは半値だろう。当然友人や知人の紹介であればディスカウント価格も期待できるしクレームも言いやすい。なぜなら悪い評判が立てば多くの顧客を失うからだ。アメリカ人の修理根性に関してはなかなか関心する点もある。
私のような飽き性は新車など購入しても半年で飽きてしまい愛着など湧かなくなる、これは車でなくともすべてに言えるのだが。また多少ぶつけても気にならないものだ、なぜならどれが自分が当てたものかわからないのだから。

さて、中古車を買うにはまず地元のスーパーなどにおいてある中古車情報誌、あるいはクレッグリストなどのウェブサイトを使う。しかし購入時に売る側はあまり中古車の欠点を言わないような業者よりも初めから悪いところや、修理した箇所あるいは修理が必要なところを言ってくる親切な売り手を見つけるべきだろう。また無免許の自動車販売業者もクレッグリストには存在するが、そのようなところは看板も無いような倉庫で客に車を見せる。このような売り手には利点と欠点があるのは言うまでも無い。要するに車両価格も驚くほど安く、購入手続きも先方でしてくれるのだが、多くのドッキリ隠れ故障車も存在する。その故障レベルが到底理解しがたいレベルである。例えばトランスミッションが完全に壊れているような。今回購入した店はそんなところだった。この車も買った後で深く後悔したのだが、買う際に店員同士で私の目前でひそひそ話をしたり。今考えればどう見ても映画に出てくる悪徳業者であるのだが、ウブな私はそんなことには気づかなかったのだ。と言うよりこの件に関して何の援助をしない米国人女房も、旦那に対してかなりの放任主義であることは言うまでもない。と今になって感じる。しかしこれも長い目で見ればいい勉強だが、アメリカは車の国でありながらお粗末な点が多く、開いた口が塞がらない。

良い修理店はそれなりのプライドがあるし時に親切だ
極めて珍しいエンジンのひび割れ、こんなことで感心しても仕方がない

中古車を買う手順を残しておく。(安上がり例)

クレッグリストで自分の好きな車をみつけたなら、電話し車を見るための約束を作る。
craigslist.

また見に行く前にその車のおおよその現在の中古車相場価値をケリーブルーブックで確認する(重要)。
ケリーブルーブック

出来るならば初めに見る際に車に事故歴が無いかを調べることは極めて重要である、なぜなら事故車はバランスが悪く意外なところが急に故障する。即答即買いは100%お勧めしない。売れてしまってもそれはそれでその車とは相性が無かったと感じよう。
アメリカで車体番号は VIN number ビンナンバーと称し、多くの事故車確認ウェブサイトがある。ウェブサイト上で車体番号を打ち込めば事故車かそうでないかが判断できる(車体番号はフロントグラスの下やボンネット内にある)。
当然、車を見に行った際に車体番号を確認することは大切であり、売り側の了解した上で書き取るべきだ。これは購入前の最終確認ともいえるだろう。家に帰り多少のサイト代を支払ってでもビンナンバーから車の修理歴などを調べる価値はある。

今言えることは、財布の中身が厳しいならば年数の経ったトヨタカローラ、ホンダアコード等の平凡な車種を探し、直しながら乗るのが安上がりではあるだろう。当然新車に越したことはないが、登録するだけで走行距離0マイルでも市価の25%値が下がるのを覚えておくべきだろう。新古車や距離数の少ない新車に近い車を探し丁寧に乗るべきだろう。アメリカ人は飽き性であり、新車のローンを払えない人も多いので、程度の良い新しめの中古車は意外と出てくるかもしれない。どんなことがあってもプラ部品の多いアメ車は敬遠するべきだ。アメ車のディーラーは詐欺に近いということを、心の片隅に刻んでおくように。