男性が女性に代わり育児をするのは完全に間違い*

 

『イクメン』。誰が考えた言葉だろうか日本ではこんな言葉があると顧客から聞いたことがある、政府お役人の現実を知らない卓上で考えられたこの言葉がもてはやされている。
私は、脳腫瘍術後一ヶ月から4ヶ月の息子を育ててきた、その息子も今年で三歳になり少しは手間がかからなくなったと言いたいがそれでも育児は育児である。
正直なことを話したいが、結局のところ男が女房に変わり大部分の育児をするのは私個人の経験を通じても完全な間違いであると言わざる得ない。

現在、我が家は妻が勤めに出て私が週末と夜の間自分の治療家としての仕事をしている、当然日中の育児は私の仕事である、女房は6時半に家を出て夕方5時半頃に帰ってくるがその間の11時間は私と息子に与えられたある意味人生この上なく有意義な時間であると言いたい。
朝は食事を作りシリアルとバナナを与える、新生児のころは保存しておいた母乳である、10時にはスナックタイムと称しビスケットややミルクを与える。
昼は飯を一合炊き自分と息子の食事を作り与え、その後はしばらく昼寝そして3時のティータイムはまたお菓子を与える、そして遊んでくれとせがむ子供を足元に置き夕食を作り6時に家族で晩飯となる。
文章にすればわずか数行だがこれが凄まじい苦行なのである、実際子供は想像以上にいろいろなことを要求し自分の要求が通らなければ泣きわめき要するに育児とは大音量で泣きわめく道理を知らない小さな小さな人間との我慢くらべである、これらは限界まで達する人間としての忍耐力と凄まじい肉体的精神的疲労感との戦いである。
当然ほかにもオムツの交換や子供が汚した後の掃除、部屋の掃除、台所の後片付けなどの家事類、疲れて横になれば上に乗ってきて抱っこや高い高いをせがむ、昼寝の間に何か自分のことをしようと思っても疲れてしまい結局は天井を眺めているだけで、子供が起きて泣く声が部屋から聞こえればある種のパニックになる気持ちだ。

男という生き物は時として力でモノを制するということが本能的に備えついている、だから子どもに手を上げないというのは時として非常に難しい、私は息子を叩いたことはないが常にその衝動があった、幼いころ私は母親によく頭を叩かれそれを見ていた兄は母さんもうその辺でいいよ、と言ったのを子供ながらに憶えている、母は暴力的だったと言いたいが今の自分にしてみればその気持ちはよくわかる。。。。
しかしこれらをすべて女性に任せればそれで良いということではないが、生理学的に子供が泣く声を聞いて胸が張ったりすることは男性にはなく、母乳も無い。
息子が幼いころ泣きわめきながら、私の乳を母親の乳のように出ると勘違いし下着の上から吸いついたことがあったが、あのときの空しさは今でも忘れることができない。
私は子供が生まれるときにへその緒を金色のハサミで切り、女房が息子を出産するところを見守ったがそのとき子供と言うのは完全に母親の一所有物であり女房に所有権があることを悟った。
親父が育児をするのは聞いた感じ格好良く現代風であるが、究極を突き詰めれば残念ながら男には育児するだけの精神的ソフトさは無いようである。
今の世、女性の社会進出を大いに図ることが大切だと謳う、しかし子育てに関しては基本に忠実であるほうが賢明のようだ。

 

いわゆる人間的基本に近い生活をしている国では未だに男性は狩や漁に行くかあるいはほかの男たちと畑を耕す、女性は子供を籠に入れたり背中に抱いてあやしながら軽作業を行う、たとえば糸を紡いだり漁で得たものを加工したりする。
そのような状況では子供の世話を男ができるわけがなく、それでも普通に母親に育てられた子供は普通に成長するものだ。
今の時代男が育児をすると言うのはきれいごとでありそれができるのは限られた人間だろう、おそらく仕事が無くすることがない男性か、比較的自由な仕事をしている俳優や芸術家・作家または安心して休暇の取れる公務員などであるが、それなら数年間完全に仕事を辞めて母親の変わりに一日の大半を育児で過ごせと言われれば、大半の男性は音を上げるかもしれない。
出産後男性が母親に代わり育児をするのが日本ではイクメンであるならば、アメリカのように出産・育児で母親が会社を休みあるいは数週間後仕事に戻ってもまた全く同じ仕事ができるような職場環境にすることが大切である、会社は完全に育児する母親の立場を認めなければならないだろうし、また政府は育児をする女性の立場を認めない会社には厳しく違反罰則でも定めさせるべきであろう。
アメリカには寿退社や育児のために会社を辞める女性などほとんどいなく、会社が一時的にでも女性に休職を求めたり賃金を変えたり嫌がらせをすることになればこの国では訴えられるほどの大問題につながりうる。

私は母親と言う女性に敬服する、しかし女性には本来育児をするといった基本的能力があるようである、それより子供に対する忍耐力は男性よりはるかに高いであろう、どんなに男親が多くの時間子供と時を過ごし育てても結局は泣けば『母ちゃん』とわめき散らし父ちゃんは嫌だ、というものだ。
しかしこれだけは言えるが、女性がこれだけの育児と言う重労働をしているならイクメンなどと生易しい言葉を使わず積極的に子守をし家事をすべきである。週三回は晩飯を用意し(スーパーものでいい)部屋の掃除、オムツの洗濯、帰宅後から寝るまでの子供の世話、夫婦喧嘩を避け女房には優しい言葉と感謝を忘れない、また食事後は女房を家から出し自分の時間を30分で良いから過ごさせる、本屋の立ち読みでも良い、また親父は週末は子供の世話を十二分にする。
また日本の会社はせめて小さな子供のいる父親には残業させないことが大切だろう(もし父親が協力的ならば)。
本来イクメンなどいう言葉を作らず父親が母親を精力的に助けることがもっと基本的に大切なのではないだろうか、要するに完全に育児をシェアするというものである、しかし育児権は母親が持つ。また、なおさらのこと育児の母親に優しい社会作りを真剣にしなければならないし、父子家庭にももっと社会は気を配るべきと感じる、父親が幼児を痛めつけ時には命まで奪うのは父親がイカれているのではなく、それは父親が育児をするという矛盾から生じたことだ。
ちなみにアメリカの男は全く育児をしないか、軍の指揮官のよな徹底振りの両極端が多い。

 

アメリカ中古住宅修繕その一*

最近、中医の仕事がないときは主に家の修繕を行っている、しかしこれは趣味の範囲ではなくある意味修行である、要するに自分からやりたいとは思っていない、育児や料理、家の手入れなどできるならば一日も早く『お役御免』になりたいと感じる。
私はクリスチャンであるが時折日本の禅寺の修業的な生活に憧れることがある、早起きし座禅を組み簡素な食事に庭の手入れや寺の手入れ、また座禅そしてお経を読み飯を食い、座禅そして掃除、庭の手入れなど。ある意味修行僧の暮らしや修道士の暮らしなどに嫉妬のような気も感じるがしかし実際はこの世から離れ多くの実益的な社会経験をする機会を失っている気がする、確かにその宗教を極めることは凄いことかも知れないが、この世に生まれてきたからにはこの世でしか味わえないある程度の辛い経験をしてからこそ生まれてきた意味があるのではないだろうか。仕事のストレス、家族の問題、夫婦のゴタゴタ、人生の絶えられない苦難など禅寺や修道院で暮らしていたなら経験できないだろう、私の集う教会はある意味この世(社会)で苦しい思いをし壁を乗り越え成長しなさいと教えているがまったくその通りかもしれない、幸い教会ではどのように人生を凌ぐかについて学ぶがいずれにせよ『渡る世間は厳しい』ものだ。

さて家の修繕であるが、まずはじめにこれからやること或いは既にやっていることを書き出したい。

地下住居の施工下準備として

  • タイル剥がし
  • 不要な釘やピン抜き
  • 壁を壊し新しい支柱設置
  • 古いペンキの除去
  • ヒーターの再設置(業者)
  • 電気湯沸し機の再設置(業者)
  • 上水・下水管の再設置
  • ガス管の再設置(業者)
  • 床の掘削50センチ以上(天井が低いため)(業者)
一階住居の改修として
  • ドアのペンキ剥がし(アメリカの古いペンキは鉛の含有率が異常に多く害がある)
  • 壁色塗り替えと素材工作(キャンバス地のような表面に変化をつける作業)
  • 照明の付け替え
  • ウッドフロアの張替え
  • ドア枠の塗り替え
  • 台所の食器棚の付け替え

今のところこんなところであるが、女親方の考え次第でどんどん増える可能性はある。
写真も見て頂きたいが、家が古いとそれだけ手間はかかるが自分の思い通りの部屋ができると思うと感慨深くなるものだ、しかし古い家でもすでに改装済みで売られている比較的安い家もありアメリカでは自分の選び次第でどのような家でも手に入れることができるが当然頭金が要る。
以下の写真は家の地下である。

ヒートガンというドライヤーのようなものを当てながら古い(鉛入り)ペンキを剥がすわけだが、これは根気の要る作業である、しかし古いペンキが剥げきれいな木目が見えるとある意味感動する。
ちなみにこの部屋の床タイルは剥がし済みだ。また壁は以前の主が途中まで作りそのままの状態である、しかしこの壁の後ろには断熱材が無いためにまったく意味のないアマチュア大工である、当然壊す予定だ。。。

3重4重にもなる油性ペンキを剥がすとそこには新品同様の木製ドアの表面が見えてくる、どうしてこのような古いドアの改修をわざわざするかというと、この手の木製ドア(純アメリカ産のオークやマホガニー或いはシダー)はもう売られてなくインターネットやホームセンターで買うとしても極めて高価であるからだ、また写真で見える緑色の塗料などは古く大量の鉛が含まれているため大変危険であり、一番表面のアクリル塗料が剥がれ落ち簡単に鉛塗料が顔を出してくる始末だ。

 

ランドリールームもアメリカの古い家独特の臭いがする、センスの悪い青色に腐りかけた壁は修繕する価値がありそうだが、ここに来ると見るとあまりの汚さにやる気も失せることがある。

 

 

改装後は友人や日本から訪れてきた親戚、あるいは留学生に貸そうとも考えている。
当然ベットルームやバスルームまたは小さなキッチンも造ろうと思う。

 

 

この築72年過ぎた床のタイルを剥がすことは並々ならぬ気力が要るのだが、
これを業者に任せるととんでもない金額を請求される。
ジャズを聴きながらコツコツと作業をすすめる、自分の仕事の終わった土曜日の夕方である。