本物のインディアン工芸品*

 

インディアン(今回はそう言わせて頂く)が作る工芸品といえば何を想像するだろうか。
彼らは生計の糧として雑貨やお土産品をよく作っている、しかし実際は気をつけないと居留地の土産物屋へ行っても中国製を掴まされることもある。
今回のアイダホへの旅で結局インディアンの雰囲気を感じたのは土産物屋しかなかった、少しミーハー過ぎるだろうか。
彼らが作る民芸品はやはり土臭さがあり本物であればそれなりに値も張りよい記念品となるのは言うまでも無い。
さて、資料館が閉まっていたこの日は、町で一軒の土産物屋に行ってみた。

この店の中では店長の白人女性とインディアン女性が店を切り盛りしている(アメリカの縮図だ)。しかし実際、お土産屋といっても地元のタバコ屋であるのはいうまでもない、なぜなら多くの観光客がここを訪れるとはいいがたいところにあるからである。
店に入ると、インディアン、インディアン、インディアン一色である。
この写真の赤いベストや白いドレスでも見えるが、ときどきハーレーに乗っている男が着ているようなバックスキンの革ジャンにフリンジがついているがあれはインディアン由来である。
フリンジとは、ひもや織物の端の糸や幅の狭い布をかがったり束ねたりした房飾りのことである。
ではまず始めに過去の痛い歴史から、移住者とインディアンの戦いのタペストリー。
皮と植物で作られている。
これは小物入れであるが、ビーズと『イ草』のような植物を天然の顔料で染めて細工をしている。
これは、何か腰に吊り下げる財布のようなものである。
これは、腕輪のようである。
隣にあるのはミサンガであるが、おそらくミサンガはインディアン由来の可能性が高い。
ドリームキャッチャーというのは本来10センチぐらいと大きく、くもの巣のような感じのものであるがこれは子供部屋の窓に吊るし夜中に子供がうなされないようにするという働きがある。
これらはドリームキャッチャーを模したブレスレット。

彼らインディアンたちは天然由来の植物のものを工芸品に使ってきたが、アメリカにビーズが入ってくると(ビーズ細工というのはヨーロッパ系のもの)彼らの工芸品に使われるようになった、それは加工が簡単で表現力が優れているからだそうだ。

いろいろな種類のビーズ細工イヤリングがある。

女性という生き物は『おしゃれする』という特権があるのがうらやましい、しかし女性に生まれ変わりたいとは感じないのはどうしてだろうか。。。

さて、極めつけは『キティちゃんビーズイヤリング、原住民インディアン作』。
ここまで日本の波が押し寄せるとは、サンリオもなかなかやるな。。。
しかしよく見るとこれでは猫のヒゲではなく、目の横の小じわにしか見えない。
アメリカでストレスを受けて老けてしまったのか。。。

モカシンというのは完全にインディアンルーツの履物である、アメリカではよく自分で作るモカシンセットも売られているが、モカシンは意外と作るのは簡単で室内履きに良い。
これは燻した動物の皮にビーズと植物で細工をしている、いい感じだ。

ベービー用モカシンはここでしか見たことが無い。
モカシンとバックスキンのブーツはインディアンそのものである。

 

冒頭の歌にもあったがインディアン人形はこんな感じなのだろうか。

こちらのインディアン人形はもっと野性味を感じる。

 

このような儀式をモチーフにした人形セットも売られているが大変ユニークだ。

 

これらはインディアンシルバーアクセサリーの本物であるが、日本に売られているものと比べると、シルバーは黒く変色し決してきれいな作りではないところが本物の味を出しているといえよう。

 

タートルはどういうわけかインディアンでは神聖なモチーフとされる、インディアンシルバーアクセサリー好きなら、亀を手に入れるべきだろう。これらは野性味溢れる本物のアクセサリーであるが日本で売られているものは綺麗で加工がうますぎる。

 

手にとって見たかったが私には興味が無い。日本で購入する場合はくれぐれも本物かどうかしっかり見極めて頂きたいものだ。

 

 

これは儀式用のモヒカンとでもいえようか、後ろに見えるのがドリームキャッチャーである。

 

 

これらは儀式用の燻す薬草のようなものだ。

 

これらは顔に塗る顔料、左はどこにでも売られているインディアンスピリット(煙草)
インディアンの話はひとまずこれで終了だが、過去の多くの殺害された(1億人とも言える)ネイティブアメリカンの魂と霊に哀悼の意を捧げる、今後アメリカ大陸の上で以前のような残忍な極めて動物的ともいえる人種間の殺戮が二度と決して起こらないことを心から願いたい。
残念ながらこの星を支配している人間といわれる生き物は極めて愚かで未熟ある、私もその一人ではあるが。。。

期待を裏切るインディアン居留区*

日本人にとってはあまり馴染みの少ないインディアンという存在ではあるが、アメリカはもともとインディアンの土地であり、移住してきたヨーロッパの人間が彼らを排除したのは言うまでもない。
今回久しぶりの夏の休暇にアイダホ州の温泉を訪れたとき、近くのフォートヒルインディアンテリトリーに行ってみたのだが。。。
私はインディアンといえば荒野に上る焚き火の煙の下でティピー(インディアンテント)暮らしをするようなイメージでいた、もっとも少なからずの人間はいわゆる過去にあったインディアンの特徴的な暮らしをしていると想像していたのだが、現実は国のガサツな保護政策と彼らは自分たちのアイデンティティの模索をするような極めて難しく厳しい状況にあるようだ。

その居留区入り口に差し掛かってもここのどこがインディアンテリトリーなのかさっぱりわからない、といった感じである、というよりはむしろアメリカらしいアメリカといった感じ意外、何も感じられない。

女房はこの辺はインディアンしかいないと言うが、そういわれない限り全く見分けがつかない。
要するに連邦政府は特別にインディアンだからといって彼ら独自の文化や表現までも受け継がせようとはしていないのだ、要するにアメリカ国民として生活しない限りそんなこと許されないぞ、といった感じなのである。

アイダホ特産のジャガイモ畑が永遠と続くがこれらの畑の所有者はインディアンである。

そこから北に少し進んでも全くインディアンらしきものは発見できず、町の農道が続く。
では一体どこに居留区とそうでないところの差があるのだろうかと思ったのだが、それらは単に観光客として来たのではわからないところにあった。。。

話を戻したいが、彼らインディアン(以後ネイティブアメリカンと称する)はある程度の先祖からの領地を政府によって確立・保護されそこで生活するようにてきた、しかし年を移るにつれその領地は開発のために狭まれ彼らのテリトリーはほんの猫の額ほどになってしまったのが実情である。新しく開発された土地には白人などのアメリカ人が普通に暮らし始めるのだが彼らのフラストレーションは想像できないほど酷だろう。
このテリトリーも大きさで言えば小さいがやはりネイティブが住んでいるのは言うまでもない。
彼らは畑を持ちジャガイモを作り生計を立てるなどしているが、この場所にはハイウェー沿いに大きなホテルは建てられネイティブたちはそこで働いたりしている。
このホテルは彼らの雇用の場であり他の人種は働いてはいない、しかしどう見ても人気のある観光地のホテルとは言い難く、これは政府が彼らのために建てたというのが一目瞭然だ。

 

大きなホテルだが閑古鳥が鳴いていた。

 

ネイティブは移住者から迫害され嫌われてきた、しかしここは彼らの土地であると声を大にして叫びたいものだ。

このホテルには宿泊者以外のためにみやげ物屋やカフェがある、ここでのみやげ物とはいわゆるインディアングッズであるのだがこれらは彼らへの寄付も兼ねていて値段は決して安くはない、しかしお人好しの女房は是非みやげを買ってあげようというが、しかしその『買ってやろう』というのがすでに『白人の上から目線』であり私は気に食わないが、渋々モカシンの自動車用飾りを購入する、これがおおよそ4000円である。

馬や動物の飾りにはローズマリーが入っていて香ばしい匂いがする、モカシンタイプは靴の中に乾燥したローズマリーを入れて車の芳香剤として使う、もちろん匂いがなくなればまた新しい乾燥ローズマリーをスーパーで買って入れればいいだけのことだ。

この高いモカシンはその皮を燻してあり持つだけでスモークの香りが漂う、ブログでは匂いが届かないので残念であるが、ネイティブアメリカンの生活には常に燻した『スモーク』の匂いが漂う。
彼らネイティブは私のクレジットカードの名前からどこから来たのかと尋ねたのだが、私が日本だというと妙に好意的に接し始め、もしかして私たちにはよく似たDNAがあるのかもしれない、私にも彼らには決して敵意は抱かず、むしろ同情の念さえ感じるのが事実だ。

そして、ホテルの隣にはカジノがありプレハブで建てられたかのような施設にはネイティブたちが仕事をし生活の糧を立てている。

 

州の法律は適用外のために昔ながらのタバコの自販機も存在するがアメリカではタバコの自販機は遠い昔に無くなっている。

彼らはここで働きここで暮らしているのだが、その暮らしには常に平凡と気だるさがつきまとうかもしれない。

ホテルの隣のガソリンスタンドにある郵便局もネイティブ風のデザインをしている。

働く人、住む人すべてがネイティブインディアンである、この女性も黒人ともヒスパニックとも違う。

彼らの家もアメリカ人大工が建てるようで他の地区のアメリカ人住居となんら変わりはない。

 

しかし、政府が援助しているかどうかはわからないがこの地区には同じような家が多く存在する、これらは日本の昭和時代に多くあった一戸建ての『文化住宅』を想像させる。

これはおそらく100年は過ぎているだろうと思われる木造の家であるが、どのような目的で建てられ誰が住んでいたかなど知る由も無い。。。

『ネイティブファイアーワークス』原住民の消防署だょ〜ん、とでも言い換えることができるだろうか。

しかし今では悲しいことばかりではなく、多くのネイティブアメリカンインディアンはアメリカ社会に融和し(とりあえずこう言っておく)、多くの雇用の場で活躍しているが大きな額や長い髪、赤茶けた皮膚などで彼らも一見しネイティブとわかってしまう。一応言っておくがアメリカ連邦政府はネイティブのための連邦公務員雇用の斡旋や教育奨学金なども提供している。
さて、私の義理の甥も100パーセントネイティブの女性(宅配トラック運転手)と付き合っているが、二人でアリゾナの彼女の実家に訪問した際にはなぜ白人男を連れてきたなどと、散々だったらしい、しかしそれも私のような外人から考えれば当然のことだろう。
これがアメリカなのである。

次回は『日本では見られないレアなインディアン工芸品』とでも言うべきか(仮題)