国際結婚最初の一年で大切なこと*

国際結婚生活、始めの 一年は非常に大切でありその一年でその夫婦の生涯のスタンスは決まるのではないだろうか、この時期に男として妻を甘やかすのは非常に危険であり、甘い新婚生活を送ってはならない。
しかしながら男の不甲斐なさや優柔不断さがあとでとんでもないしっぺ返しとなり返ってくる、男なるもの常に踏ん張りと毅然とした態度が大切だ。これは収入などの経済力の話ではなく男としての力量の話だ。

当然のことながら、今回の話は『男性』からの視点であることは言うまでもない。
実際、結婚を前提とした交際中でも自分の多くのことを隠せるのは事実だろう、最悪のシーンはお互いまだ見ていないはずだ。
体だけの欲求を満たすために付き合っているのなら、結婚と同時に二人に終止符が打たれることも多い、それは結婚ということによって現実と向き合うことが必要になり二人がシラけてしまうからだ。
よって結婚生活は本番であり外国人同士にとって習慣も文化も違う夫婦同士では黙っていて分かり合えることはありえないことで、初めのころは常に話し合い常にお互いの気持ちを確認する必要があるだろう。

国際結婚は、同じ国同士の結婚と違って最終的にどちらかが相手の国に住むことになるだろう、しかしそれには大きな『覚悟』が必要であるということだ、それは自分の国を捨てる意味もあるだろう、簡単には逃げられず親戚もいない当然ヒッチハイクで自分の家族の元にすら帰れない。
もしあなたが相手の国に行くのであれば、自分の持ち物は最低限にし、始めから自分の執着したものを持参しないことが大事だろう。
自分の楽しみや趣味は一度捨てて相手のことを一番に考えることが先決だ、自分を空っぽにし、異国で一からはじめる、今までの自分の趣味を考えている余裕はない。ギャンブル、タバコ、酒、読書、映画鑑賞、カラオケなど、すべてをやめて自分を一度捨てることからはじまるだろう。
留学で住んだことがあるにしても今回は相手があることだ、自分を完全に捨てるべし。

自分が少なからずの幸せを感じ、異国で暮らすことに対し不安を解消し居心地を良くするなら、自分の伴侶を愛する方法しかほかに道はない、相手を思い精一杯真心で相手のために仕えることが大事だ、なぜならほぼ100%それが自分に跳ね返ってくるからだ。これは相手を甘やかすことや細かいことに気がつくという意味ではなく、相手を愛することで男としての余裕を相手に感じさせ安心感を与える意味である、強い男は常に大らかで優しいのではないだろうか、『大丈夫?』、『がんばれ』、『お前と一緒になって良かったよ』、『ありがとういつも』など簡単な言葉からはじめれば良いだけのことだ。
しかしあなたがそのようなことはできるはずがないと感じる封建的な日本男児であればこの先は読まなくていいだろう。

女性は感性の生き物であり理性で物事を考える、男のように理屈や理論で物事を考えない、そのために男性は理解に苦しむのだがこれは世界中どの人種どこでも同じではないだろうか。
男性のあなたは始めの一年の間に妻に自分の大きな怒りを見せておく必要がある、例えばもし妻がそのときのその日の感情により態度や接し方まで変わるのであればそれは大きな問題で、あるいは気分や気ままでモノごとを言っている時は、厳しく怒り諭す必要があるだろう、(これは物を壊すことでも暴力を振るうことでもない)。
これを放っておいてやること全て彼女の好き勝手にさせておいては夫婦関係は長続きしないだろうし、男はやがて病気になるだろう。
また妻に対し力強く冷静に諭すことができないならば男として主人としての力量はないに等しいだろう。

どうしてもお互い意見が合わないときは始めに相手の気持ち・話を心が空になるまで十二分に聞くことが大切だ、そのあとで自分の考えを述べるべきだ、しかしそれが妻に受け入れられなくてもそのときは大きく反論しないで男として堪えるか引くべきだろう、どうしてかと思うかもしれないが女性は理性で物事を考えるために状況しだいで今の判断(意見)も変わるのである。
さっきはこう言ってたじゃないかと尋ねても、さっきはさっきということだ。
男がここで頑として自分のやり方や考えを夫婦間で通そうとしてしまえばあなたの点数は大きく減るだろうし、許容範囲が狭く度量の小さな人間となってしまう。あとで考えればそんなに大きな問題ではないと気付くことも少なくはない。このように意見が対立した場合に女性は常に男の考えではなく態度を見ているものだ。結局は男の考えが受け入れられないのではなく態度が気に食わないという意外な展開になってしまう、こうなると男は対処ができなくなってしまう。
日本人の男性は国際結婚でこの辺りが今後の大きな分かれ目になるだろうし、肝っ玉が小さければ男は離婚を考えるところだ、いやこれは日本人同士でもありえるかもしれない。

最後に毎日妻に感謝し、嘘でもいいから少しでもほめる事が大切だろう、美人であるとかきれいであるといった褒め言葉は体内ホルモンの分泌を促しエステやビタミンより相手をきれいにする良薬だろう。

日本人女性にモテなくてもそれは問題ではない、日本ではマスコミや一般論によりほとんどの女性は残念ながら似たような価値観を持っている、高学歴・高収入・高身長などしかし外国に目を向ければそうではない、日本男児は日本という細長い島に死ぬまでいる必要もないのだ。
国際結婚はエキセントリックではなく本当に楽しいものだ。

脳腫瘍術後1年*

早いもので昨年2月3日の『脳腫瘍髄膜種』手術から一年が過ぎた。
日本にも脳腫瘍を患い苦しんでいる人も多くいるだろう、10万人に3人の割合というが私はその中の一人という幸運に恵まれた、この経験ができるということで幸運なのだろう。
今日は頭が痛く、手術した右側の後頭部が締め上げられるのである、まるで雑巾を絞られているかのようだ。しかし痛みにも客観的になり、またか。。。といった感じだ。
このような頭痛は一週間に一回起こるか起こらないかだが、金曜日は仕事が一杯で疲れきってしまったのがダメなのだろう。医者にはくれぐれも疲れすぎないようにと言われている、疲れることは癲癇発作ににつながるらしい。
腫瘍を取り除いても『脳』はダメージを受けていてMRIは問題なくとも、癲癇が起きる可能性が大きい、実際に術後数回小発作があったのを自分では知っているがこれは今ここで初めて言ったことだ、なぜなら医者から一生抗癲癇剤を飲まなくてはならないと言われているし、もしそうなったら働くことさえできない状態になってしまう、それほど副作用が大きいのだ。

体は手術前の半分の体力になっただろう、簡単に疲れ回復には2日かかる。

残念ながら性格は少し変わってしまい、繊細さが取り柄の性格だったがその部分を失ってしまったような気がする。細かいことは特にどうでもよい、そんな感じだ。
人との付き合いも『ラフ』になってしまい、自分の気分が一番大切と感じてしまう。
今年の1月から薬の服用も止めているが、止めたころから本当の自分に戻ったという気がする。
しかし本当の自分ってどんな感じだっただろうか、それさえ覚えていない。

自分のいま興味のあることは、英語と仕事(中医学)の勉強とクラシック音楽のショパンのピアノ曲をネットからダウンロードすることだろうか。
昔好きだったアントニオカルロスジョビンなどのボサノバも興味がなくなり、ボサノバギターでも始めようと思っていたのだが、いろいろなことに興味が沸くが一瞬に消え去り、結局はダークココアを飲んで夕焼けを眺めている。

私は術後一ヶ月から上海の大学の恩師の処方した漢方薬を飲み始め、ミミズ(地竜など)の乾燥したものなど15種類以上の生薬ブレンドしを煎じて飲んでいた。おかげで治りも早まり3ヵ月後で仕事復帰できたのだろう。
老師には本当に心から感謝している。

自分が少し良くなったからといってそれで良いわけでもない、この経験を通じて病床にいる人の気持ちが理解できたがこれは私にとって重要なことだろう。
しかし病人に対し簡単に『ガンバレきっと良くなる』などと病気のこともあまり分からず励ますのは、本当に良いことではないということを痛切に感じる。
悪性脳腫瘍で苦しんでいる日本で暮らす患者の方々には心から同情し、その日一日の苦しみが少しでも減ることを心から望む。
そして希望むなしく脳腫瘍により家族を失った方々には心から哀悼の意を捧げる。

術後一年5ヶ月

私の仕事日

 
 
 
ドーナッツとダークココアで目を覚ますつもりだったが、
朝からドーナッツは無理のようだ。
 
 
結局、シリアルで朝は済ませることとなる。多種類をまぜ合わせた我が家オリジナルのシリアル。
 

 

抗てんかん薬の服用を中止してから3ヶ月の間は運転も止められているため、
妻の運転で駅に向かう。今日は寒い。

 

 

標高が1700メートル以上あるここは山と雲の距離が近い。
中央に見えるビル群は『ロッキード・マーティン』あの有名な軍需企業であり、
自然の地形を生かし隠れたところにその会社はある。

 

 

この道の左右の景色が下の2枚である。

 

 

私の自宅は右側の山麓にある。
この牧場も広大な私有地であり中に入ることはできない。
 

 

デンバーダウンタウンが遥か彼方に見えるが、近いようで遠く40キロ以上はある。

 

自宅から15キロ先のハイウェイー『サンタフェ85号線』と合流する。左側にロッキー山脈が見えるが北はアラスカ州南はニューメキシコ州まで永遠と山々が連なる。ここは中西部のロッキー山脈東側の外れ、東に続くいわゆるアメリカの一番肥沃な大地であるグレートプレーンズの始発点になる。

 

ある程度までダウンタウンに近づくが今日は電車で通勤となる。
 
一番近い駅『ミネラルステーション』。南の終点駅である、通称ライトレイルと呼ばれいわゆるチンチン電車とでも言うべきか、車体はドイツ・シーメンス製で非常に乗りにくく老人には不親切な電車だ。
 
ダウンタウンまで電車で30分ぐらいだろうか、だんだんと近づいてくる。
今日は本当に珍しく曇っている。
 
この小さな街がアメリカ中西部で一番大きなビジネスシティーということは、いかにアメリカの真ん中が大きく穴が開いたように人口も産業も無いことを意味している。
アメリカの盛んな地域は東西両側だけである。デンバーは地方出身者が多くノース・サウスダコタ州、ワイオミング、モンタナ、ネブラスカ、カンザス、などの若い人たちが働きに来ている、彼らはこのデンバーに来るだけでドキドキするらしく、いかに田舎者かがわかるがアメリカ人同士はそのような日本人が日本でするように他人を田舎者扱いはせず、国が広すぎるためにアメリカ人は都会に対してのコンプレックスはない。
今の時代はわからないが、日本のような長細い小さな国で東京や京都出身、それに対する地方出身などというくだらない偏見は捨てて頂きたい。まったく小さな器の中の話だ。
ダウンタウン16thストリートモールの無料バスで自分のオフィス近くまで行く。
ストリートモールとはいえ、見て歩くところは数えるほどしかなく観光客はがっかりする。

 

昼食はサブウェーのハムサンドイッチと決まっている。

 

オフィスはラリマー通りにあるが、ここはダウンタウンでも昔からの建物がある歴史的通りらしい。
左のビルは1800年代の建物であるが内部はきれいに改装されている。
このビルで一ヶ月の賃貸は650ドルほどだ。
 
このビルの中に私の賃貸オフィスがある。

 

この通りにはお洒落なブティックやレストランがある、小さな小さな原宿の表参道だろうか。

 

301号室を心理カウンセラーやセラピストなど数人で借りている。

 

 オフィスに入ると窓の外には雪がちらついてきた。
今日約束がある顧客が無事にここまでたどり着くことを願う。

 

 
眠気も無くなり仕事開始だ、白衣に着替え準備をすることとしよう。
 

約束時間前にカルテにある顧客の前回の体の様子を読み、もう一度今日の施術方針を確認する。
『推拿手技療法』は衣類を脱がないためにアメリカではリラックスマッサージではなく、理学療法を目的としてここに来る人のほうが多い。 当然ながら民間の保険料が異常に高いことが関与している。

午後になり昼食も食べて仕事も終わりホッとする一瞬だ、しかしまたあの山のふもとの自宅に帰ることを考えると本当に通勤が面倒である、そのため家を貸し出しダウンタウン近くに家族で住む賃貸住居を今探している。そういえばこの壁のレンガは建築当時1800年代のままである。

 

今日は仕事も早く終わり、ちょっと本屋で雑誌の立ち読みでもして帰ることとするが、お気に入りのサーフィン雑誌は既に売れていて残念だった、波乗りのことを考えるものそろそろやめることにしたほうがいいのだろうか、しかし海が恋しい。これからは音楽の趣味を復活させるべきだろうか。
しかし、とにかく今日は寒い。

また、ライトレイルで帰路に着く。
雪雲はいま去ろうとしている、遠くロッキー山脈の山並みがきれいだ。

 

連絡しておいた妻は迎えに来ているだろうか、気温0度の外で待つのは辛すぎる。

 

 

案の定、青い目の母ちゃんは来ていない、この寒さの中でいったいどれだけ待てばいいのだろうか。男の体の一番大切なところが冷たくなればそれは我慢の限界という意味であろう。

電車も次の発車を待っているが、私も妻を待っているしかし一向に車は見えてこない。

 

気温0度の中で30分待ってようやく妻の車が見える、『おーい待たせたな!』と手を振っているがこのとき私の頭の中は長時間待たされた怒りで煮えたぎっている。 頭の中は熱い。

遅い。

 

帰りは違う道で家に向かうが、夕食がまだであるためスーパーに寄り道し晩御飯を買うことにする。
ちなみにコロラド州の電柱のほとんどがいまだに木製である。

 

キングスーパーは飾らないところが好きだが、美味しいものがあるとは言えない。

 

チキンの丸焼き、見切り品のパン、バナナ、惣菜のポテトサラダ、子供の朝飯とゼリーなどを買う。計1500円ぐらいだろうか。

 

陽も落ちて今日も終わりとなるが、まだ体は寒いこれはまた風邪を引いたのかもしれない。
 
夕食後、体が温まらないことを話すと妻はジンジャーティーを作ってくれたが、
これは風呂にでも入らないとダメだろう。

 

自分は一風呂浴びた後に最後にもう一仕事、子供に『小児推拿』をするいわゆるベービーマッサージであるがこれによって夜鳴きも無くなり夕方6時半から朝5時半頃まで寝てくれる、 この小児推拿は2000年以上の歴史がある。

おでこは人間の陰と陽が交わるところでありここをマッサージすることで陰陽のバランスが改善される。乳幼児が夕方4時や5時ごろ泣くのは体の中の陽が陰の部分に入りにくいために泣くのである。幼児は純陽と言い基本的に陽の体質が強い、ちなみに老人は陰である。また、陰陽マークを思い出して頂きたいが人間の体は一日の中で陰陽に分かれている。
『たそがれ症候群』も当然陰陽が関与していて、陽が減っていくために落ち着きがなくなるのである。

子供が寝た後は洗濯をすることにする。
洗濯が終わるまで妻が楽しみに見ているドラマ『チャック』最終回を少し見るが、結局興味がわかない、今の時代のアメリカのドラマは幼稚でアクションが多く内容が極めて薄い。
 
 

やっと今日の顧客の情報や内容を整理する時間がきた、妻が机を使っているために今夜はベッドが私の机だ。
私の場合、難しい症状には留学時代の病院での臨床ノートを開いたり、教科書を調べたりする。
しかしほとんどの体の不調の場合多くの問題は些細なことや生活のストレスから始まっている、また日ごろの生活習慣、例えば仕事中の姿勢や、寝具の悪さ、長期間体の一部分を冷やす、あるいは昔の交通事故やスポーツ傷害などのあとに十分なケアがされていないことなど。

今日はこれで終わりとする、妻はまだ仕事をしている。
早起きの自分達にとって10時はかなり遅い時間だ。
日本の皆様おやすみなさい。

 

 
私は毎週金曜日と土曜日に働いている、子供ができてから託児所に預けることも考えたが月に15万(アメリカでは1600ドル)以上払うことは家計に大きな痛手であり、私自身が昨年脳腫瘍を患ったことにより十二分に働けなくなり、夫婦で話し合い週に4日は私が自宅で一日中子守をして夕食を作っているのが現状だ、いわゆる『育メン』とでもいえようか。
しかし子供は父親(私)と過ごすことにより表情も豊かでどことなく毎日楽しそうである。
しかし一番良いところは、育児を体験することにより自分を育ててくれたの母親の気持ちを十分理解でき、また世の女性ことさら母親の育児の気持ちが理解できたことだろう。
世の男性に言うが乳幼児の育児はかなりの重労働であり、ストレスが大きい。