カウンセリングという言葉は最近日本でも聞かれるようになったが、私自身、実のところ何をするのかは知らなかった。離婚カウンセラー、DVカウンセラーなどと日本ではカウンセラーを分類分けするような感じだ。
アメリカではカウンセリングという職業は古くからあるようで、大学の単位を取得すればなれるようである。彼女(シンシアさん)はニューメキシコ州立大学で学んだ。当然、社会人でもその仕事に就きたいと思えば大学に行けば良いだけの事である、ここがこの国の良いところだろう。しかしこれらはいま流行の通信教育では学べないだろう。
この国のカウンセリングは分類わけはされず、カウンセラーという一つの職業で ある、一人が何でもカウンセリングするようだ、しかしこの分野は強いということもあるだろう。彼女は夫婦関係のカウンセリングも行なうとも言っていたが、根掘り葉掘り自分達の夜の生活のことを聞かれても仕方がない。
合併症としての躁鬱?
このところ、頭の病巣を取り除いて以来、自分では気持ちをコントロールできないことが現れ、自身を悩ませていた、多くのことは些細な問題であり、一日中気分を一定に保つことができず鬱か躁かであった。
僅かなことで怒り狂い、次の日は一日中寝ているそして自殺願望、いわゆる躁鬱であった。
私は好きなクラシックを聞いて過ごしていたが、家族とのコミュニケーションをしないわけにはいかない。結局、私より妻が心配し、と言うか彼女の忍耐も極限に達し脳神経の担当看護師に相談したところ、精神科に行く前にとりあえず同じ保険でカバーされるカウンセリング(一回$25)を受けて様子を見よう、ということになる。アメリカでは簡単に精神科の強い薬は手にできない、ここは麻薬大国である。日本ではさぞかし薬漬けだろうがそれは製薬会社の利益も関係しているという話だ。
初めてのカウンセリングを受けるという経験。
カウンセラーの小部屋に入った私は簡単な自己紹介を聞き、少しづつ彼女に自分の症状を話し始めた、『生きる意志がない』、 『もうどうでもよい』、『死ねるならそれを選びたい』、どうせなら最後に寿司を死ぬほど食べたい、など色々と話すが彼女は的確に私の気持ちをくみ取りそれらをまた自分の解釈で言い返す、当然はじめの頃は口が重く会話にならなかった。
彼女は私を励ますことなく、見下すこともなく 、淡々と笑顔で、おそらく傍から聞いたらあくまでも一般論ではあるのだが彼女の言葉は私の心に染み入った、まるで心の中の石ころをほうきで掃くような感じでアドバイスする、これはプロの仕事だと、感じた。
日本を思い出す、食事がまずい、浜辺を歩きたい、仕事に行けない、私は外人だ、などなど今の気持ちを話し、彼女はコロラドも良いところよ、でも食事はダメね、仕事は何とかなる大きな手術をしたんだから、などと私から全ての気持ちを聞き出し心を空っぽにさせるかのようだった。そんな感じの会話を毎回45分ぐらい。残念ながら英語のために家に帰るとさっぱり覚えていないところも多かったが、一応手帳にメモしている。初回に言われたことは毎日起きたととき、感謝する5つのことをノートに書くようにいわれた、それから日光浴。しかし朝は体がだるく両方ともできなかった。
正直、会いたくないときもあったがこんな感じのカウンセリングを月に2−3回繰り返し4ヶ月通う、私の気持ちも落ち着き彼女の提案で毎晩服用する抗癲癇薬の種類も変え 、自分の漢方薬も効いたのかもしれないが妻の気持ちも私のムードも平静になり、彼女から今回で最後でも良いのでは、ということになり結局、躁鬱薬のお世話にはならなかった。
彼女は忙しいときは日に10人ほどと話をするらしい。
カウンセラーから最後に言われた躁鬱の最良薬。。。
・フィッシュオイルサプリメントの摂取
・日光浴(朝の光が一番大切)
・運動
・十分な睡眠
・楽しくできる何か

妻の運転で40キロ離れたカウンセリングオフィスへハイウェーを120キロで飛ばす。
アメリカに来た頃は中西部の雄大な景色に感動していたが 毎回感動していると疲れてしまい、いずれ景色はどうでもよくなる。

