義父の“ラス”*

私の自宅療養のために妻の両親がユタ州から妻の家事・育児の手伝いに来てくれている。
今回は、アメリカのおやじ『ラス』の話をしたい。
いわゆる昭和5年生まれ、80歳。
性格は非常におとなしい、私の妻は父親が3回キレたのを憶えている。
喘息持ちで耳が遠い 、寝るときは補聴器を外し完全熟睡できる。
喘息のスプレーを片時も離さず猫背で歩く、杖は使わず車の運転もこなすが危ない蛇行運転だ、アメリカの道が広いことを感謝すべきだろう。
政府関係のコンピュータ技師として海外の米国軍事関連施設で長年働き定年を迎える、それで私の妻もオランダ生まれなわけである。本人曰く、耳が遠いのはドイツの工場でコンピュータ技師として働いていたときに耳栓をしなかったからという、他の技師は耳栓をしていたが自分だけしなかったから、らしい。
数年前に前立腺癌の手術を受けそのため小便は10分以上かかる。
6人いる最後の娘(私の妻)が結婚した後から髪を染めるのをやめて今は白髪である。
口癖は、“What?” 『何?』、耳が遠いために聞き返すのが習慣になっている。
趣味は、読書、昼寝、昨年までガーデニングを行う。
真面目なクリスチャンとして人生を全うしようとしている、彼を見ると『堅気』とはこんな人のこと をいうのだろうかと感じる、しかし酒が好きで書道が趣味だったお人よしの自分の父との想いでも捨てがたい。
男として毎日どんな考えをもって日々を送るかは非常に大切だ、自分のスタンスは自分の人生を左右する。人生は陶芸と同じで柔らかい時にうまく形作らないと、後になっては形を変えようともヒビが入ってしまう。
上の写真は、食後のデザートとしてあんこと餅を混ぜその上にホイップクリームをかけたものを食べる、しかし味の感覚があまりないようだ。

2014年5月 永眠。

コロラド冬の天気*

コロラドは冬寒く乾燥している、湿っていないから寒いといっても骨身にしみる寒さではない。
二月の寒いときはマイナス25℃、暖かい日で15℃。
わかるように温度の差が激しい、これが1日おきの週もあるから体がついていけないと言いたいが、湿度が10-30%であるために意外と平気である。私自身、革ジャンはあるがセーターなどのニットは持っていない、セントラルヒーターと二重サッシ、完全なる断熱材で家の中で寒さで困ることはほとんどない。私の日本の実家ではトイレで3度くらいしかなく家族がコタツ族だった、とにかく寒かった。またコロラドは夜中に雪が降っても日中はほとんど晴れており路面の雪は溶けてしまう。また街中のデンバーでスノータイヤを履いていない車は意外と多い。
もしあなたが北海道や長野や群馬などの海無し県で生まれ過ごし山が好きで、スノーボードやスキーの熱狂的な愛好者なら是非ユタ州やコロラド州で暮らすことをお勧めする。

さて上の画の説明だが、アメリカ西部、中西部上空にはジェット気流がワシントン州から南のカリフォルニア州を通り東へぐるりと流れている、そのために天気は西から変わるわけではなく海岸北側から南それから東へと変わるとでも言えようか。 コロラド州の晴天日が300日以上と言うもの納得がいく、ここは気流の影響があまりない日ごとに変わりやすい天気では無い。しかしニューヨーク・ボストンなどの東部は東部でジェット気流があり冬の天気はかなり忍耐が必要だ。
東京で暮らしていた日本人がニューヨークで暮らすとなると雪に対することや冬の暗さ、雨の多さなどは肝に銘じておかないと痛い目にあうだろう。
私も色んな所で暮らしてきた日本人の知人が多くいるが、ニューヨークやロサンゼルスは長年住まないとわからないが日本人が思っているような良いところではない、それよりアメリカで家族で住むなら少しこじんまりした都会(シアトルやデンバー、ポートランドなど)が良いようだ。

脳腫瘍=NO腫瘍*

薬の副作用がなかなか手ごわく、被害妄想と鬱に悩まされている。
病のことをブログに書こうと思ったが、タイトルどおりに頑固にアメリカの話のみをこれからも書いていきたい、なぜなら日本語検索で脳腫瘍のことを探してみたが、暗いサイトばかりで余命何年とか、障害者何級であるとかなど、とかく暗すぎる。そんなサイトを見ていては正常人でも脳腫瘍になってしまうだろう。
で、脳腫瘍の話はNO腫瘍といきたい。
もし私の病の話を期待している読者の方がいれば、私が脳腫瘍の本でも出版したら買って頂きたい、とにかくアメリカの病院は人間模様にあふれ超カジュアルであった。
まあ相手にしてくれる出版社などいないと思うが。。。