「丙午(ひのえうま)のこの年を、勢いある良い年にしていこう」、「疾風に勁草(けいそう)を知る」、 新たな年を迎え、各界の代表が公表した所感からは、そんな前向きな活気が伝わってきます。
*「疾風に勁草(けいそう)を知る」:激しい風が吹くことで初めて丈夫な草が見分けられるように、困難や逆境に直面して初めてその人の真の強さや意志の固さ、人間としての値打ちがわかるとの意味です。
経済界に目を向ければ、経団連の筒井会長は「賃金引き上げの先導役を果たす」と決意を述べ、日商の小林会頭は「緩やかな成長」への期待とともに、中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)投資が加速するとの見通しを示しました。また、経済同友会の山口明夫代表幹事は、「課題解決だけでなく、こういう世界になったらいいなという姿を実現したい」と語り、AIの社会実装という具体的な行動への転換を予感させます。
政界でも、高市首相が「変化を恐れず、必要な改革を断行する」と強調。「日本列島を強く豊かにすることを通じ、希望を生み出す」ことを国民への誓いとしました。
しかし、これらの力強い「前進」の言葉が響く一方で、心に静かに、けれど深く染み入るのは天皇陛下のお言葉です。
陛下は「新年の感想」で、昨今の地震や豪雨などの激甚災害、そして物価高に触れ、「苦労された方も多かったことと思います」と人々の痛みを案じられました。その上で、「平和な世界を築いていくために、人々が対話を重ねながらお互いの理解に努め、協力していくことの大切さを感じます」と述べられています。
天皇陛下:新年のご感想の要点
2026年(令和8年)の元日にあたり、陛下は文書で以下のようにつづられました。
- 「平和の尊さ」を語り継ぐ: 昨年、戦後80年の節目を終えたことに触れ、「平和の尊さに改めて思いを致した」と振り返られました。悲惨な戦争の歴史を風化させず、次世代へ語り継いでいくことの大切さを改めて強調されています。
- 「対話」による理解と協力: 世界各地で続く紛争や戦争で多くの命が失われていることに深い悲しみを示されました。その上で、「人々が対話を重ねながらお互いの理解に努め、協力していくことの大切さ」を切実に訴えられています。
- 国民への寄り添い: 相次ぐ自然災害や物価高騰によって苦労している人々を案じ、「お互いに慈しみ、支え合いながら、困難な状況を乗り越えていくように」と、国民一人ひとりの歩みに寄り添う言葉を寄せられました。
ここに、現代の世相が鮮明に現れています。 DXや経済成長、改革という「力」で未来を切り拓こうとする政財界の論理。それに対し、紛争や災害、物価高という現実に翻弄される人々の営みに寄り添い、対話と協力を説く象徴の倫理。
『「あの戦争」は何だったのか』の視点(特にプロパガンダや政治宣伝の歴史分析)を用いると、今の世相は非常に危うい「言葉の乖離」が浮き彫りになります。
1. 政治レトリックとしての「昭和」と「強い日本」
高市首相が記者会見や年頭所感で「昭和の活力」や「強い日本」を強調するのは、辻田氏が分析するような**「ノスタルジーを用いた国民動員」**の典型と捉えることができます。
- 「物語」の接収: 辻田氏は、政治が歴史を「都合の良い物語」として利用する危うさを指摘します。高市氏が語る「昭和」は、高度経済成長期の成功体験という明るい部分を抽出したレトリックであり、国民に「かつての栄光の再来」を予感させる強力なプロパガンダとして機能します。
2. 「不戦」の象徴と「決断」の政治のズレ
『「あの戦争」は何だったのか』においては「戦争」を美化する言葉がどのように社会に浸透していったかを検証しています。
- 陛下の言葉: 陛下が「平和の尊さ」や「対話」を強調されるのは、戦後日本の「平和憲法と象徴天皇制」という枠組みにおける**「不戦の誓い」の体現**です。
- 首相の言葉: 一方で高市首相が「安保3文書の改定」や「一刻を争う」と述べるのは、辻田氏の視点で見れば、象徴が守ってきた「平和のレトリック」を、現実政治の「決断(戦える国への回帰)」というレトリックが塗り替えようとしている局面といえます。
これでは、両者が「協奏」しそうにありません。むしろ**「戦後民主主義の象徴的言語」と「新国家主義的な実利言語」の衝突**が起きていると見えます。
3. 「支え合い」と「国益」の二重構造
陛下が「お互いを思いやり、支え合う」と述べ、首相が「国家、国民のため結果を出す」と述べる。しかし、その「支え合い」という陛下の言葉が、政治的な「自己責任」や「動員」の隠れ蓑にされるとき、言葉は空洞化し、かつての戦争へ向かった時代のような「空気」が醸成されるリスクを辻田氏は示唆します。
結論としての世相
「歴史の教訓(戦争の反省)を語り続ける象徴」の言葉が、日常の「苦労(災害・物価高)」への共感に留まり、一方で「歴史を力に変える政治」の言葉が、社会を新しい方向へ力強く、しかしある種の危うさを持って牽引しようとしている状態にみえます。このように「言葉が持つ政治的な機能」というフィルターを通して、陛下と首相の言葉を対比すると、「戦後という時代の終わらせ方」を巡る静かな闘争のようにも見えてきます。
このように辻田氏の言葉を借りれば、今の社会は「強いレトリック(言葉)」で溢れていますが、その言葉の裏にある「誠実な実行」が枯渇しています。 陛下の言葉を単なる「正月の挨拶」として聞き流すのか、それとも社会を律する「倫理的な指針」として受け止めるのか。そのギャップに、現代日本の精神的な空虚さが現れているように感じます。
本来の「仕事」の価値への問い直し
陛下が新年の感想で述べられた「お互いを思いやり、支え合う」という言葉は、抽象的な道徳ではなく、この過酷な現実に対する**実質的な「生存戦略」**として提示されているようにも思えます。
- 誰のための仕事か: 政治や経済のリーダーたちが「国益」や「企業の利益」という言葉を使って動くとき、その視線はしばしば「数字」に向かっています。しかし、本来の「仕事」とは、目の前で物価高に苦しむ人や、災害で家を失った人の**「痛み」を具体的に取り除くこと**であるはずです。
- 「解決」という仕事の不在: 政治家が「決断」を語り、経営者が「賃上げ」を語っても、それが一部の層だけに留まり、社会の底辺で苦しむ人々にまで届かないのであれば、それは「仕事」の半分も果たせていないことになります。
「希望」を「仕事」にするということ
今の社会に「誰かの苦しみを解決すること」を第一義とする本質的な営みはあるのでしょうか。
- 政治の仕事: 紛争を防ぐための「対話」を、レトリックではなく粘り強い実務として積み上げること。
- 経済の仕事: 単なる利益追求ではなく、物価高に負けない供給網と、誰もが取り残されない分配の仕組みを「形」にすること。
- 私たちの仕事: 陛下が言われる「支え合い」を、制度や他人に任せきりにせず、自らの足元から具体的に実践すること。
紛争を止め、激甚化する災害から命を守り、物価高に喘ぐ暮らしを支える。これこそが、本来私たちが「仕事」として取り組むべき地続きの課題ではないでしょうか。
真に希望ある年にしていくためには、政界の「決断」や経済界の「実装」が、陛下の願われる「慈しみと対話」という精神と、幸福な「協奏」を奏でなければなりません。それぞれの思惑で動くのではなく、一人ひとりの痛みを解決するために、官民、そして私たちが共に働く。
2026年。言葉を飾る年ではなく、言葉を「誠実な実行」へと変えていく。そんな一年になることを願ってやみません。
論語でまとめ
詩に興(おこ)り、礼に立ち、楽(がく)に成る。(「泰伯第八」8)
美しい言葉や理想に触れて心を奮い立たせ(詩に興り)、次に社会の規範や人間としての節度を身につけて自立し(礼に立ち)、調和の中にすべてを完成させる(楽に成る)という意味です。
今の日本を振り返れば、新年の所感に溢れる力強い「詩(レトリック)」には事欠きません。しかし、その言葉が地に足のついた「礼(誠実な実行)」として立っているでしょうか。そして、それらは真に、人々の痛みを癒やす調和の取れた「楽(協奏)」へと昇華されているでしょうか。

言葉を飾り、特定の物語に動員されるだけの時代はもう終わりにしなければなりません。 政治が、経済が、そして私たち一人ひと りが、陛下の説かれる「慈しみと対話」を、理想の「詩」から具体的な「仕事(礼)」へと落とし込んでいく。その実働が重なり合ったとき、初めてこの国に、誰もが希望を持って歩める調和の取れた「楽」が響き渡るはずです。
2026年。この「丙午」の年が、単なる言葉の乱舞に終わるのか、それとも真の「協奏」への第一歩となるのか。その答えは、私たちがいかに「誠実な実行」を積み上げられるかにかかっているはずです。
「参考文書」
首相「変化恐れず改革」 年頭所感、人口減など課題 | NEWSjp
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