高市新首相が国会で、所信表明演説しました。それを政治としてではなく、経営学・社会論の視点から分析し、その構造的な強みと、社会にもたらしうる「対立と分断」の懸念を考えてみます。
「日本再起」力強いその宣言
高市新首相の初めての所信表明演説は「強い経済」「日本再起」「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」といった言葉が頻繁に使われ、力強さが強調され、積極財政路線と保守色を強く打ち出した内容となっていました。現代社会の構造的な問題に対する危うさが潜んでいるのではないのでしょうか?
「事を論ずるには、まさに己れの地、己れの身より見を起こすべし、すなわち着実と為す」、「事ひとり断(さだ)むべからず。必ず衆(もろとも)とともによろしく論(あげつら)ふべし」、長州藩の吉田松陰や聖徳太子の17条憲法からの引用がありました。日本の伝統や歴史を重んじる姿勢を明確にし、内閣の根幹となる理念なのでしょうか。保守的な価値観の強調のようにも聞こえます。
その「強い」というメッセージは、裏を返せば「現状はまだ十分強くない」「再起が必要な状況にある」「外交的地位が低下している」という現状認識が根底にあることを示唆しています。この演説を単なる政治的な主張としてではなく、ヘンリー・ミンツバーグと山口周という二人の著作を通して分析し、その功罪を考察してます。
演説の核心:トップダウンの「国策」が目指すもの
経済・安全保障の「力」の強化
「強い経済」の構築を目指し、責任ある積極財政の考えの下、戦略的に財政出動すると表明しました。物価高対策を最優先に掲げ、ガソリン税の暫定税率廃止法案の成立や軽油引取税の暫定税率の早期廃止を目指すとしています。戦略的財政出動により所得を増やし、消費喚起を通じて税収を増加させ、政府債務残高の対GDP比を引き下げ、市場の信認を確保すると説明しました。「日本成長戦略会議」の創設や中堅企業支援など、「日本再起」を目指すとしています。市場への強力なテコ入れを施すようです。
国家の安全保障体制については、防衛力の抜本的な強化を推し進め、防衛費増額の対GDP比2%目標を2025年度中という前倒しで達成すると強いコミットメントを主張しました。外交については、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」と述べていました。
力強い言葉が示す現状認識
「日本再起」「世界の真ん中で」という表現は、現在の日本の地位や活力が停滞しているという現状への強い不満と批判の表れではないでしょうか。「現状のままではダメだ」という強い問題意識が根底にありそうです。「強い経済」の構築や「安全保障の強化」といった「国家の力」の回復に主眼が置かれており、企業や個人に対し、「日本と日本人の底力」を信じるという言葉で、企業や国民全体の「国家再建」への協力を期待していると解釈できます。
ヘンリー・ミンツバーグの警鐘:欠落した「第3の柱」
ヘンリー・ミンツバーグの著書『私たちはどこまで資本主義に従うのか』は、行き過ぎた資本主義と、政府と市場という二元論的な社会構造の限界に警鐘を鳴らし、社会を安定させるための「第3の柱」の重要性を提唱しています。
セクター論から見た高市構造
ミンツバーグは、社会が健全に機能するためには、権力が特定のセクターに偏ることなく、「政府」「市場」「多元セクター」の3つのセクターがバランスを保つことが不可欠だと主張しています。特にアメリカなどの社会では、企業や市場の論理が過度に優先され、バランスを失った状態にあると指摘しています。企業利益の最大化が社会の目的となり、社会全体が企業セクターに奉仕するようになっているといいます。短期的な利益や株主価値の最大化ばかりを追求し、地球の資源や人々の生活、コミュニティの活力を搾取しているとします。経済的な動機が優先されることで、社会的な不公平や格差が拡大していると主張します。
高市さんの演説は、政府と市場の二大セクターの強化に集中し、多元セクター(市民社会・中間集団)への言及がほぼありませんでした。一方、 ミンツバーグは、バランスを回復するために、コミュニティを基盤とする多元セクター(第3の柱)の役割を再評価し、強化する必要があると説いています。労働組合やNPOなどの「中間集団」が、企業(市場)と政府の間に立ち、現場の知恵を活かしながら社会的な公正さやコミュニティのニーズを代弁することで、社会に柔軟性と安定性をもたらすといいます。資源をしぼり取るのではなく、多元セクターの連携を通じて、持続可能で公平な「知恵をしぼる」社会へと転換することを目指すべきといいます。
「独裁」批判とバランスの喪失
公明党の斉藤代表が、「政権の基本方針と矛盾しない限り、各党からの政策提案を受ける」という部分について、「独裁ではないか」と批判していました。 政権の方針に合わない意見や批判を最初から排除しようとする態度は、民主主義的な議論を軽視し、政権による一方的な運営「独裁」につながりかねないという強い警戒感を示しました。これは、 ミンツバーグが主張する「多元セクターの無視」に対する懸念と本質的に一致し、中間集団の力が弱まれば、短期的な経済合理性によって社会のバランスが失われるリスクがありそうです。
「パーパス」と「分断」の二面性
「日本再起」というパーパス
独立研究家の山口周氏は「クリティカル・ビジネス」を提唱しています。これは、現状に批判を持ち、顧客を啓蒙し社会規範をアップデートしようとするものです。企業が自らの高い理想や実現したい未来(パーパス)を明確に掲げ、顧客の現行の要求に迎合するのではなく、顧客を先導して新しい価値観へと導くべきだと主張します。
高市首相の「日本再起」は、国政レベルの「パーパス」なのかもしれません。それは極めて強い意志を持っていることの表れてといってもよさそうです。
企業ではなく「国家」主導の危うさ
山口氏は、企業や市民に自律的な変革を求めるのに対し、高市さんの所信表明演説は「国家」への協力と依存を求めているように受け取れます。このトップダウン的な価値観の押し出し方が、共感しない層との間に思想的な対立と分断を生み出す懸念がありそうです。
高市首相は、「日本再起」という極めて高いパーパスを掲げていますが、その実現手法は、企業が社会運動の主体となる山口氏のモデルとは異なり、国家主導の強い政策と経済の活性化を核としています。「現状は危機的である」という認識のもと、「強い国家と経済」を通じて一気呵成に課題を解決しようとするトップダウン的なアプローチであると言えそうです。このアプローチは、「第3の柱」の力を借りて社会のバランスを回復するミンツバーグや、草の根から価値観を転換していく山口氏のアプローチとは異なっており、社会の多様性や公正さの担保という点で、野党や市民社会からの批判に晒されやすい構造を持っているのではないでしょうか。
分断のリスクを乗り越えるために
高市さんは所信表明演説で強い意志を示しました。しかし、一方で、「バランスの欠如」と「対立助長のリスク」を内包していそうです。「強い日本」を実現するためには、政府と市場の力だけでなく、多元セクターの声を積極的に聴き、多様な価値観を尊重する民主的なプロセスこそが不可欠ではないでしょうか。
私たちは、トップダウンの「力」に頼るのか、それとも市民社会とビジネスの「知恵」を活かしたバランスの取れた社会を目指すのかということでもあるのかもしれません。
論語でまとめ
過ちて改めざる、是を過ちと謂う「衛霊公第十五」30」
人間は誰でも間違いを犯すものですが、本当の過ちとは、その間違いを間違いだと知りながら、改めようとしないことです。過ちそのものよりも、それを放置して反省しない姿勢こそが問題だ、孔子はいいます。
失敗や過ちから学び、原因を追求して次に活かすことが、人間的な成長につながります。過ちを認め、言い訳をせず、素直に改める勇気と謙虚さが重要といわれます。
高市さんが所信表明演説で発した「強い」というメッセージは、「現状はまだ十分強くない」「再起が必要な状況にある」との裏返しです。それは長年にわたって政権を担ってきた自民党政治の失敗を表明したようにも聞こえます。なぜ失敗したのか?その原因追及があって、それを裏がしたところに「日本再起」の道がありそうな気がしてなりません。
今回には演説には「政治とカネ」についての言及がなかったようです。それが問題の本質ということを、暗に表明していそうな気もします。
(今日の中国の歌:「藍雨」張学友(Jacky Cheung)。徳永英明さんの「Rainy Blue」のカバーです。 香港の歌手ですが、今では中国の国民的歌手といわれているようです。初めてマレーシア ジョホールバルへ出張した当時にJackyの歌を聴き、CDを購入しました。それに収録されていました。この他にもサザンの「真夏の果実」のカバーも収録されています。あちらではけっこう日本の歌がカバーで歌われていますね。)
「参考文書」
高市早苗首相「強い経済つくる」 危機管理うたい財政出動、所信表明演説 - 日本経済新聞
「独裁ではないか」連立離脱の公明・斉藤代表が高市総理の所信表明演説に反発 | TBS NEWS DIG (1ページ)
高市早苗首相、所信表明演説で吉田松陰・聖徳太子を引用 - 日本経済新聞
片山財務相「一般投資家の環境損なわず」 金融所得課税巡り言及 - 日本経済新聞
「参考文献」
ヘンリー・ミンツバーグ著『私たちはどこまでも資本主義に従うのか』
社会イノベーションの最先端の教養 第一回:社会イノベーションとは何か | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
山口周著『クリティカル・ビジネス・パラダイム―社会運動とビジネスの交わるところ』
日本の社会からクリティカル・ビジネスを生み出していくために|山口周



