Into The FUTURE

未来はすべて次なる世代のためにある

【半導体戦記②】巨人の失墜とプラットフォームの興隆(Intel vs TSMC)

 かつて、半導体の世界には唯一絶対の王者が君臨していました。それはIntelインテル)です。 「Intel入ってる(Intel Inside)」というロゴは、PCの付加価値そのものを象徴し、彼らは設計から製造までを自社で完結させる「垂直統合」モデルで世界を支配しました。しかし今、時価総額でも技術的影響力でも、その座は台湾のTSMCに奪われてしまいました。

 この王者交代は、単なる微細化技術の成否によるものではありません。「自社製品のための工場」という内向きな論理が、「世界の設計図を形にするプラットフォーム」という物語に敗北したのです。

 

 

 Intelの敗北:自前主義という「見えない檻」

 Intelの強みは、設計と製造の密接な連携にありました。自社の設計に最適化した製造プロセスを磨き上げることで、他者の追随を許さない高性能CPUを量産する。このモデルは、PC市場が世界の中心であった時代には「最強の勝利の方程式」でした。

 しかし、スマホの台頭とAIの爆発的普及により、半導体に求められる「多様性」が激増しました。 自社製品の成功を最優先するIntelは、外部の革新的な設計(AppleNVIDIAなど)を自社工場で受託することに消極的でした。その結果、製造現場は「自社製品のスケジュール」という内向きな論理に縛られ、次第に市場の進化スピードから取り残されていったのです。

 シャープが「自社製品(テレビ)のために液晶工場を囲い込み、柔軟性を失った構造」と、驚くほど似通った景色がそこにはありました。

TSMCの興隆:「黒子」という最強の戦略

 対照的に、TSMC台湾積体電路製造の創業者モリス・チャン氏が描いたのは、**「自社ブランドを持たず、顧客と競合しない」**という徹底した黒子の物語でした。

  • 信認の獲得: 「あなたの設計図を盗まない、あなたのライバルにはならない」という宣言が、AppleNVIDIAAMDといったトップランナーたちの信認を勝ち取りました。
  • 知能の集積: 世界中の天才たちが描いた最先端の設計図がTSMCに集まることで、TSMCの製造現場には「世界で最も難易度の高い課題」が常に持ち込まれ、それが技術力をさらに研ぎ澄ますという究極の習熟サイクルが回りました。
  • 資本の暴力: 顧客からの圧倒的な信認は、安定した受注と巨額のキャッシュをもたらしました。その資本を再び次世代プロセスへ「先行投資」する。この循環が、他者が追いつけないほどの「規模と技術の壁」を築き上げたのです。
比較項目 Intel垂直統合/IDM TSMC(専業ファウンドリ)
ビジネスモデル 設計+製造の一致(自社で完結) 製造特化(設計は顧客に任せる)
戦略的キーワード Intel Inside」(自社ブランドの強化) 「Everyone’s Foundry」(黒子に徹する)
優先順位(物語)

自社製品の利益最大化

自社CPUの性能向上が工場の至上命令

顧客の成功の具現化

顧客の設計を「形」にすることが至上命令

技術進化の源泉

自社の研究開発

自社製品のロードマップに依存。

世界の設計知能の集積

Apple, NVIDIA等の難題が技術を磨く。

利益の源泉 製品の付加価値(高い粗利率) 製造インフラの希少性(高い稼働率
資本投下の論理

自社利益からの再投資

製品が売れないと投資が鈍る。

信認に基づく巨額の先行投資

市場の期待を背景に規模の壁を築く。

リスクの本質

在庫・市場予測リスク

自社製品が売れ残れば設備が負債化。

設備投資の継続リスク

常に最先端を走り続ける「止まれない」恐怖。

顧客との関係性

競合者になり得る

顧客がIntelのライバル製品を作る場合がある。

絶対的なパートナー

「顧客と競合しない」ことが信認の核。

現場からの視点:かつての「協業」との類似

 かつて日本のデバイスメーカーが、顧客と設計段階から深く入り込み、開発費の償却までを共に担った「運命共同体」の姿。TSMCが現在、グローバル規模で行っているのは、まさにその**「信頼をベースにしたエコシステム」の究極の拡大版**です。

 Intelが「自社の力」を信じすぎた一方で、TSMCは「顧客の成功を支える仕組み」という物語に賭けました。この差こそが、今日の時価総額の差となって表れているのです。

 

 

ラピダスが向き合うべき「鏡」

 Intelの苦境は、ラピダスにとっても他人事ではありません。 最先端の装置を揃えることはスタートラインに過ぎません。「誰のために、どのような信認を持って作るのか」という物語が、TSMC並みに冷徹かつ一貫していなければ、市場は振り向いてくれないでしょう。

 次回は、半導体製造の「裏の支配者」とも言える、日本の素材・部材・製造装置メーカーにスポットを当てます。なぜ日本は「完成品」で負けても、なお「急所」を握り続けられているのか。その強さの本質に迫ります。

 

「参考文書」

インテルの問題、大きすぎて解決不能か | WSJ PickUp | ダイヤモンド・オンライン

沈むインテル株、投資家に広がる諦めムード-経営再建は視界不良 | TBS CROSS DIG with Bloomberg

米インテル、新製造技術導入が失敗すれば製造部門を売却も | ロイター

インテル、半導体設計の株式売却 ファンドに6400億円 - 日本経済新聞

 

 

「半導体戦記:ラピダスはTSMCという巨象を越えられるか」~半導体はなぜ再び「産業のコメ」となったのか

新連載の開始にあたって

 今日から新連載、**「半導体戦記:ラピダスはTSMCという巨像を越えられるか」**を始めます。 本シリーズでは、いまや国家の運命を左右する存在となった半導体産業を、単なるマクロ経済の視点ではなく、「現場の論理」と「資本の理」の両面から多角的に分析していきます。

 かつて日本の製造業において、世界トップシェアを誇る基幹デバイスの設計・購買・製造の経験を持つ筆者の視点から、今さらながら動き出した国家戦略、そして「ラピダス」が目指すべき真の地平について提言を試みたいと思います。

 

 

2026年、世界を動かす「小さなチップ」

 いま、世界中のビッグテックが血眼になって追い求めているのは、かつての石油でも金でもなく、わずか数センチ角のシリコンの欠片です。

 ソフトバンク孫正義氏がAI半導体への巨額投資を打ち出し、AppleGoogleが自社製チップによる垂直統合を誇示する。なぜ、今さら「半導体」がこれほどまでに騒がれるのでしょうか。それは、AI端末、EV、そして現実世界で動く「フィジカルAI」という新しい時代のデバイスにおいて、**半導体の性能がそのまま製品の「命」であり「コストの正体」**となったからです。

 かつては「中身」に過ぎなかったチップが、今や製品の「輪郭」そのものを決定づけています。

「産業のコメ」の再定義:実体から「急所」へ

 かつて半導体は、どこでも買える汎用品としての側面が強調され「産業のコメ」と呼ばれました。しかし現在は、**「抑えた者がサプライチェーン生殺与奪の権を握る」**という、戦略的急所(チョークポイント)へと変質しています。

 かつて、日本の光デバイス産業が圧倒的な世界シェアを誇り、年間数千万台という膨大な出荷を支えていた頃、「チップの設計変更が、そのまま製品全体のコストと供給力を決める」という冷徹な計算を日々行っていました。

 単なる価格交渉ではなく、災害や地政学リスクを共に乗り越え、開発費を何台で償却するかという緻密な合意形成。そこには、**技術と信頼を核とした「強固な協業体制」が実在していました。この経験から言えるのは、半導体を制することは、単に「部品を買う」ことではなく、「サプライチェーンという物語そのものを支配する」**ことに他ならないということなのです。

 問い:10兆円のラピダスは「物語」を語れるか

 日本政府が10兆円規模の支援を打ち出し、次世代半導体メーカー「ラピダス」を設立しました。しかし、技術的なスペック(2nm)を追うだけで、世界を納得させる「物語」は完成しません。

 TSMCという巨象は、単に「細かいものを作れる」から強いのではありません。世界中の顧客に「彼らなしでは明日から製品が作れない」と思わせるほどの信認を積み上げてきたから強いのです。ラピダスがこの巨像を超えるためには、かつての日本が現場で当たり前に行っていた、あの「顧客の痛みを理解し、共にリスクを負う協業の物語」を、21世紀の水平分業モデルの中でどう再定義するかが問われています。

 

 

💡今回の視点

 半導体はもはや、メカや電気、ソフトウェアと同列の「一構成要素」ではありません。それらすべてを繋ぎ、制御し、価値を最大化するための**「ハブ(中心軸)」**です。

 ラピダスがTSMCという巨像を越えるためには、最先端の「製造装置」を揃えるだけでなく、かつての日本が持っていた「顧客の痛みを理解し、共にリスクを負う協業の物語」を、デジタル時代のスピード感で再定義する必要があります。

 次回は、かつての絶対王者Intelはなぜ敗北し、TSMCが「製造プラットフォーム」という無敵の地位を築けたのか。そのストーリーの差を解剖します。

🌟 編集後記

 本シリーズでは、最先端半導体から、日本の強みである素材・パワー半導体までを多角的に分析していきます。かつての「世界トップシェアの現場」から見た景色を、現代の戦略にどう繋げるか。ご期待ください。

 

 

 

【エネルギー価格はどうなるか】米国のベネズエラ介入が突きつける地政学のリアリティ

 2026年の幕開けは、世界の景色を一変させる衝撃でした。トランプ米政権によるベネズエラへの電撃的な軍事介入とマドゥロ氏の拘束。国際社会は再び「力による現状変更」という剥き出しの現実に直面しています。

トランプ米政権はなぜ今ベネズエラを攻撃するのか? エネルギーと力からの読み解き | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

 今回の事案は、単なる一国の政権交代ではありません。私たちの生活、そして日本の国家理念を揺さぶる巨大な転換点です。

 

 

サプライチェーンとエネルギー:米国の「石油覇権」再定義

 まず直視すべきは、世界経済の動脈であるエネルギーとサプライチェーンへの影響です。

  • 短期的な混乱: 市場再開とともに原油価格には地政学プレミアムが乗り、一時的な高騰を見せるかもしれません。米海軍による封鎖は、中国やインドへの供給ルートを断絶させ、物流網に深刻な目詰まりを引き起こす可能性が指摘されます。
  • 長期的なシナリオ: しかし、トランプ氏の狙いは明確です。米系資本によるベネズエラ再開発が進めば、長期的には原油価格の押し下げ要因となり、米国主導の「米州資源経済圏」が確立されます。

 

世界の石油確認埋蔵量(2020年末)(グラフ:資源エネルギー庁

 これは「自由貿易」ではなく、物理的な力で資源供給網を組み替える、極めてドラスチックなサプライチェーンの再編です。

米中ロの地政学:加速する3極の分断

 この事案は大国関係の均衡を根底から破壊していきそうです。

  • 対中国: 南米から中国の影響力を暴力的に排除したことで、米中対立はもはや貿易摩擦の域を超え、生存圏をかけた「資源争奪戦」へと激化していきそうです。
  • 対ロシア: 一方で、ウクライナを巡るロシアとの「ビッグ・ディール(取引)」の影がちらつきます。「ベネズエラでの米国の権益」と「ウクライナでのロシアの権益」を相互に容認し合う、国際法を無視した大国間の闇の合意が行われるリスクが浮上します。
平和と愚かさ

平和と愚かさ

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日本外交の試練

 日本政府の姿勢が問われます。 日本はこれまで、ロシアや中国に対して「力による現状変更は容認できない」「法の支配を守れ」と、国際社会の倫理をリードしてきました。

 また、高市首相は「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を掲げます。もし、相手が米国だからといって今回の武力行使を安易に追認すれば、それはこれまでの日本の主張を自ら全否定する「論理的な矛盾」に陥るのではないでしょうか。たとえ同盟国であっても、正義と理念に基づいた直言を辞さない覚悟が問われています。 

 

エピローグ:国家の「正義」から、私たちの「穏やかな日常」へ

 しかし、同時に私たちは一つの残酷な真実に気づかざるを得ません。それは、国際秩序の「力による現状変更」が常態化し、国際法よりも「力」が優先される時代へと完全に移ろってしまったという現実です。常任理事国である米国が国連安保理の決議なしに軍事行動を強行した事実は、国連の形骸化を決定づけました。

 米国第一主義を掲げるトランプ政権に対し、中ロが「グローバル・サウス」を巻き込んで結束を強める。世界が完全に2つのブロックに分断されるリスクが高まる中、これは単なる新冷戦の到来ではなく、人類が積み上げてきた進歩の「退化」にも見えます。

 平和が奪われ、国家というシステムが暴走し、その結果として私たちの実生活が犠牲になる。

「政治について語りすぎること」が平和を遠ざける現代、私たちはあえて一度、国家が振りかざす「正義」や「危機感」から距離を置き、自分たちの「穏やかな日常」をどうハックし、守り抜くかを考えるべき時なのかもしれません。

 

 

「参考文書」

トランプ政権、国際法より国益優先 ベネズエラに武力行使 - 日本経済新聞

トランプ氏、ベネズエラ石油利権に照準 埋蔵量は世界最大 - 日本経済新聞

米国のマドゥロ大統領拘束に国際社会が懸念 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

米国が当面ベネズエラ「運営」、トランプ氏会見で表明 地上部隊派遣も | ロイター

ベネズエラ大統領夫妻をニューヨークで起訴-ボンディ米司法長官(ブルームバーグ)

ベネズエラ債、上昇観測強まる-マドゥロ大統領拘束で体制転換を意識(ブルームバーグ)

 

 

なぜFOXCONNになれなかったのか?シャープ買収の教訓と、製造業プラットフォームへの回帰

 一つの時代が終わった、2016年。 日本の液晶の象徴であったシャープが、台湾のFOXCONN鴻海精密工業)に買収されたニュースは、日本の製造業における「戦後モデルの終焉」を告げるものでした。 世界を席巻した日本の技術の結晶が、海外の「組み立て屋」に飲み込まれる。この皮肉な光景は、日本がFOXCONNになれなかったことの結末であると同時に、私たちが直面すべき「冷徹な資本の現実」を突きつけていました。

 

 

シャープが証明した「技術だけでは守れない」現実

 シャープの敗因は、まさに本連載で議論してきた「日本型製造業の宿痾」の集大成でした。

  • 過剰な設備投資と市場の読み違い: 「液晶のシャープ」というプライドから、巨額の資本を特定の技術(堺工場など)に集中させましたが、そこにはFOXCONNのような「多角的な受託プラットフォーム」としての柔軟性はありませんでした。
  • 資本効率の無視: 稼働率を維持するために、赤字でもパネルを作り続ける。この「自前主義」の暴走が、自己資本を食いつぶし、結果として「資本の論理」を持つ外部勢力に依存せざるを得ない状況を招いたのです。

 買収後、郭台銘(テリー・ゴウ)氏がまず着手したのは、徹底した**「コストの可視化」と「意思決定の高速化」**でした。日本企業が「会議」に費やしていた時間を「利益」に変える。そのシンプルな改革こそが、シャープを一時的な黒字へと回帰させることになりました。

FOXCONNが手に入れた「最後のピース」

 FOXCONNにとってのシャープ買収は、単なる救済ではありませんでした。それは、彼らがプラットフォームとして完成するために欠けていた**「ブランド」と「上流の知財」**を手に入れるための戦略的な略奪でした。

 そのテリー・ゴウが率いるFOXCONNの真の強みは、単なる工場の規模ではなく、市場に対する**「圧倒的な信認の獲得」**にありました。「利益を配当せず再投資し、世界中のデバイスを飲み込む製造インフラになる」という物語が、投資家や銀行に「この物語に乗れば未来がある」と確信させたのです。その信認こそが、さらなる巨額投資を可能にする低コストな資本を呼び込み、物語を現実のものにする原動力となりました。

処方箋:物語を欠いた「不作為」の代償

 一方で、強みの再定義を怠り、物語を欠いた日本企業は、市場からの信認を失っていきました。未来への筋道が見えない経営に対し、資本は冷淡です。信認を失えば、資金調達のコストは上がり、銀行との交渉力も低下し、いざという時の投資判断はさらに消極的になるという負のスパイラルに陥ります。

「財務の弱体化」は単なる数字の問題ではなく、「市場を納得させる物語を描けなかった経営の不作為」の結果なのです。

 

 

敗戦を受け入れ、強みを「物語」に変換せよ

 シャープ、そして船井電機の事例が私たちに突きつけているのは、技術の敗北ではなく、「自らの強みを、市場の信認へと変換する物語」を構築できなかったという事実です。

 もし彼らが自らの強みを再定義し、それを「世界を支配するインフラ」や「不可欠な知財の源泉」として、一貫した物語として語ることができたのなら――。市場は彼らを信じ、必要な資本を惜しみなく投下し、今日の製造業の景色は全く異なるものになっていたはずです。

「いいものを作る」という文化から、その強みを「どのような物語で競争力あるものへとアップデートするか」という経営の意志へ昇華させること。自らを「愛でる」のではなく、強みを「武器」として、世界を納得させるストーリーを語り始めなければならないのです。

 資本の価値が剥き出しになる今この時代において、私たちが取り戻すべきは技術力を磨き続けるとともに、市場を、そして世界を納得させる**「物語の構想力」**に他なりません。これこそが、世界のサプライチェーンの急所を握る未来の日本の製造業への道筋なのです。

 

💬 編集後記

 本連載を通じて、日本の製造業がなぜ「規模とスピード」の競争から脱落したのかを考察してきました。技術を過信し、資本を軽視した30年のツケは小さくありません。しかし、その構造を理解し、外科手術を断行する覚悟さえあれば、日本は再び世界に求められるはずです。

 今求められているのは「物語」です。「物語」とは単なる精神論ではありません。市場(資本)を味方につけ、さらなる成長の原動力を手に入れることができる「戦略(ストーリー)」そのものです。これこそが、経営のダイナミズムなのです。

 

 

なぜFOXCONNになれなかったのか? 投資のスピードと「資本の論理」 — 郭台銘 vs 日本型ガバナンス

 2010年代、AppleiPhoneの増産を求めた際、FOXCONNの創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)は即座に数千億円規模の設備投資を断行し、瞬く間に中国の荒野に巨大な「iPhoneシティ」を出現させました。

 一方、同じ時期にAppleからの打診を受けた日本の電子部品メーカーや組み立て企業の多くは、「リスクが大きすぎる」「減損の懸念がある」と、社内会議と検討を重ねました。

 この**「決断のスピード」と「リスクの取り方」の差**こそが、世界的な受託製造(EMS/ODM)の覇権を分けた決定的な要因です。今回は、属人的な「独裁」と組織的な「合議」の裏側にある、資本効率の思想の違いを解剖します。

 

 

数千億円の投資を「数分」で決める男 郭台銘の「資本の論理」 利益はすべて再投資へ

 郭台銘氏の経営哲学は、冷徹なまでに「資本の増殖」に忠実でした。

  • 野性的な再投資: 鴻海(FOXCONN)は、稼ぎ出した利益の大部分を、配当として配るのではなく、次なる巨大投資(工場の自動化、部品メーカーの買収、垂直統合の強化)へ注ぎ込みました。金利が低かった時代、彼はレバレッジを最大限に活用し、「競合が追いつけない規模」を暴力的なスピードで構築したのです。
  • 「成長」こそが最大の防衛: 彼にとってのガバナンスとは、株主に配当することではなく、圧倒的な成長によって株主価値を長期的に高めることでした。

日本型ガバナンス — 「NOと言えない」が「YESも言えない」

 対照的に、日本の大手家電メーカーのガバナンスは、**「失敗しないこと」**を最優先するシステムに変質していました。

  • サラリーマン社長の限界: 任期4〜6年の社長にとって、数千億円の巨額投資は、自分の任期中に「減損」という汚点を残すリスクでしかありません。結果として、投資判断は保守的になり、「確実に儲かる領域」にしか手が出せなくなりました。
  • 合議制というブレーキ: 取締役会、経営会議、企画部……。幾重にも重なる承認プロセスは、一見「慎重」に見えますが、激変するグローバル市場では単なる「停滞」を意味しました。
  • 「資本コスト」への無知: これまでの連載でも指摘した通り、当時の日本企業は「株主から預かった資本にはコストがかかる」という意識が希薄でした。低収益な事業をダラダラと続け、成長投資に回すべき資金を内部に滞留させたのです。

金利ある世界で露呈する「機会損失」の代償

 金利がゼロであった時代、この「決断の遅れ」による機会損失は見えにくいものでした。しかし、今、金利ある世界へと引き戻された日本が直面しているのは、**「投資をサボった30年のツケ」**です。

  • FOXCONNの資産: 彼らがスピード投資で築き上げた「巨大な製造インフラ」と「サプライチェーン」は、今や他社の追随を許さない圧倒的な参入障壁となっています。
  • 日本の資産: 投資を渋り、守りに入った日本の工場は、老朽化し、最先端のエコシステムから取り残されました。船井電機の倒産は、スピードと規模の競争から脱落した企業の、文字通りの終着駅と言えるでしょう。

 

 

トップダウンか、停滞か

 郭台銘氏のような強引なトップダウン経営には、当然リスクもあります。しかし、製造プラットフォームという「勝者総取り」の世界において、日本型の「誰も責任を取らない合議制」は、戦わずして負けるための仕組みでしかありませんでした。

 日本企業がFOXCONNになれなかったのは、技術者の腕が悪かったからではなく、「資本という武器を、いつ、どこで、どれだけのスピードで投入すべきか」を判断できるガバナンスを持ち合わせていなかったからです。

 

 

 次回、最終回では、かつての日本の雄・シャープを飲み込んだFOXCONNの姿を振り返りながら、日本の製造業が再起するための「最後の処方箋」を提言します。

 

 

💬 次回予告
「なぜ日本企業はFOXCONNになれなかったのか?」最終回:シャープ買収の教訓と、製造業プラットフォームへの回帰

 

なぜFOXCONNになれなかったのか? :自前主義の呪縛 — なぜ「ブランド」と「製造」を切り離せなかったのか

 かつて、日本の大手家電メーカーにとって、自社工場を持つことは「一流の証」であり、ブランドの信頼性を担保する聖域でした。ソニーパナソニック、日立――彼らの成長を支えたのは、開発から製造までを一貫して自社で行う**「垂直統合モデル」**です。

 しかし、1990年代後半から世界は**「水平分業」**へと急激に舵を切りました。ブランドを売る者(Appleなど)と、作る者(FOXCONNなど)への分離です。日本企業はこの「製造とブランドの分離」という時代のうねりに、なぜ上手に乗ることができなかったのでしょうか。

 

 

「自社製品しか作れない」工場の限界

 日本企業の多くにとって、工場は「自社製品に魂を込める場所」でした。この**「自前主義」**が、戦略的な柔軟性を奪いました。

  • 「黒子」への心理的抵抗: 日本のメーカーにとって、他社のロゴが入った製品を自社工場で作ることは、プライドが許さない「格下げ」のように捉えられていました。
  • 汎用性の欠如: 自社製品の最適化を突き詰めた日本の工場は、FOXCONNのような「あらゆるメーカーの設計に即座に対応する柔軟性」を持ち合わせていませんでした。

 FOXCONNは、自らを「製造サービス業」と定義しました。一方で日本企業は、最後まで「メーカー(製造元)」という自尊心から脱却できず、自社工場の稼働率を下げるくらいなら、赤字を出してでも自社ブランドを売り続けるという、本末転倒な経営に陥ったのです。

雇用維持という「聖域」が招いた硬直化

 自前主義を語る上で避けて通れないのが、日本独自の雇用慣行です。

  • 「工場=地域雇用」の責任: 日本の大手メーカーにとって、工場を閉鎖したり、EMS(受託製造)へと大胆に業態転換したりすることは、数千人規模の雇用を揺るがす重大事でした。
  • 固定費としての人間: FOXCONNは需要の波に合わせて数万人規模の労働力をダイナミックに動かしますが、終身雇用を前提とする日本企業にとって、従業員は「変動費」ではなく「固定費」でした。

 この**「痛みを伴う改革(拠点の再編や人員整理)」を回避し続けたこと**が、まさに本連載の通底テーマである「構造改革のギャップ」そのものです。雇用を守るための「現状維持」が、結果として企業全体の競争力を削ぎ、船井電機のような悲劇的な結末を招くという皮肉な結果となりました。

系列と「和」の文化が阻んだ決断

 さらに、日本特有の**「系列(Keiretsu)」**構造も、FOXCONNのような巨人の誕生を阻みました。

 FOXCONNは、世界中から最も安く、最も優れた部品をかき集める「資本の論理」で動きます。しかし、日本企業には、長年付き合いのあるサプライヤーや関連会社との「義理」や「和」がありました。

  • しがらみのコスト: 非効率な取引先を切ることができず、サプライチェーン全体のコスト構造が硬直化しました。
  • 内向きの最適化: 船井電機が唯一、この系列のしがらみを排して北米市場で戦えたのは「異端」だったからです。しかし、その船井でさえ、FOXCONNが構築した「世界規模の水平分業」という巨大なプラットフォームに抗うことはできませんでした。

 

 

自尊心が「資産」から「負債」に変わる時

 日本企業がFOXCONNになれなかったのは、ブランドへの愛着と、社員の生活を守ろうとした「善意」の結果かもしれません。しかし、資本市場という冷徹な戦場において、その善意は「経営の硬直化」という負債に変わりました。

「いいものを作る」という職人の自負が、「どう作るのが最も効率的か」というプラットフォームの論理に敗北した。これが日本の製造業が直面した真実です。

次回は、この「スピードの差」を決定づけた、郭台銘(テリー・ゴウ)氏の投資哲学と、日本型ガバナンスの決定的な違いについて掘り下げます。

💬 次回予告
「なぜ日本企業はFOXCONNになれなかったのか?」第4回:投資のスピードと「資本の論理」 — 郭台銘 vs 日本型ガバナンス

 

 

なぜFOXCONNになれなかったのか? :規模の暴力と、サプライチェーンの『心臓部』を支配した知略

FOXCONNを「組み立て屋」と呼ぶ誤解

FOXCONN(鴻海)は、大量の労働力を投入してAppleの製品を組み立てているだけだ」 もしあなたがそう思っているなら、それこそが日本の製造業が彼らに敗北した根本的な理由かもしれません。

 創業者テリー・ゴウが率いた鴻海の本質は、組み立ての「下流」ではなく、サプライチェーンの**「中流」を支配したこと**にあります。彼らは、製品の組み立てに不可欠な「地味だが重要な部品」を制することで、世界最強の製造プラットフォームへと登り詰めたのです。

 

 

コネクタという「心臓部」から始まった垂直統合

 鴻海のルーツは、テレビのチャンネルつまみや、コンピューターの**「コネクタ」**の製造にあります。ここに彼らの勝利の定石(方程式)が隠されています。

  • 急所の内製化: コネクタや筐体(ケース)といった部品は、製品の設計変更に柔軟に対応しなければならない「急所」です。鴻海はこれらを自社で金型から設計・製造することで、圧倒的なスピードと低コストを実現しました。
  • eCMMSモデルの確立: 鴻海が提唱した「eCMMS(e-Component, Modules, Moves & Services)」は、単なる受託製造を超え、部品(Component)から物流(Moves)までを垂直統合する概念です。

「組み立て」という利益率の低い仕事を引き受ける代わりに、自社で作った「部品」を大量にその製品に組み込む。この**「組み立てを餌に、部品で稼ぐ」**という知略こそが、彼らの高収益の源泉でした。

🔪 日本が陥った「高付加価値という幻想」

 一方で、同じ時期の日本企業はどう動いていたでしょうか。 多くのメーカーは「組み立ては付加価値が低いから海外へ」と切り出し、自らは「高付加価値なキーデバイス半導体や液晶パネル)」に特化しようとしました。

 しかし、ここに大きな誤算がありました。

  • 孤立したキーデバイス: 日本企業が心血を注いだ「高性能デバイス」は、最終製品(プラットフォーム)を握る企業によって買い叩かれ、コモディティ化の波に飲まれました。
  • 現場知覚の喪失: 組み立てという「泥臭い現場」を切り離したことで、日本企業は**「製品全体がいかに安く、効率的に作られるか」というサプライチェーン全体の最適化能力**を失ってしまったのです。

 鴻海は「規模の暴力(圧倒的な購買力)」を背景に、世界中の部品メーカーに価格交渉を仕掛けました。日本企業が「技術の高さ」を競っている間に、鴻海は**「資本と規模による市場支配」**を完了させていたのです。

💰 「資本の論理」と投資のダイナミズム

 ここで再び、本連載の通底テーマである**「資本の論理」**が登場します。

 鴻海の強さは、その異常なまでの投資スピードにあります。利益が出れば即座に、次の巨大工場の建設や、周辺部品メーカーの買収に注ぎ込む。金利が低かった時代、彼らは「レバレッジ」を最大限に効かせ、**「ライバルが追いつけない規模」**を最短距離で作り上げました。

これに対し、日本の製造業は、第4回でも議論した「NOと言えぬガバナンス」の下、保守的な投資判断に終始しました。

  • FOXCONN: 失敗を恐れず、Appleの要求に応えるために数千億円の投資を即決する。
  • 日本企業: 減損リスクを恐れ、会議を重ねている間に、市場の窓が閉まってしまう。

 

 

💡「いいもの」を作るだけでは勝てない世界

 日本がFOXCONNになれなかったのは、技術力がなかったからではありません。**「製造という行為を、資本を増殖させるための巨大なシステム(プラットフォーム)」**として設計する構想力がなかったからです。

 鴻海は、自らを「黒子」と定義しながらも、その黒子がいなければ世界中のスマートフォンが止まってしまうほどの「不可欠な存在」になりました。

 

 次回は、なぜ日本の総合家電メーカーは「ブランド」というプライドを捨てきれず、**「受託製造の巨人」への道(自前主義からの脱却)**を選べなかったのか。その内なる障壁を浮き彫りにします。

💬 次回予告
「なぜ日本企業はFOXCONNになれなかったのか?」第3回:自前主義の呪縛 — なぜ「ブランド」と「製造」を切り離せなかったのか

 

「参考文書」

台湾の巨人「鴻海精密工業」の恐るべき潜在力:Foresight | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト