こんにちは! DITinoueです!
さて、今日はある恐竜について解説していきます。
それではどうぞ。
今回の恐竜
今回解説する恐竜について紹介しましょう。
その名も、ニッポノサウルス・サハリネンシスです。

はい、こんな恐竜です。いわゆるハドロサウルス類の恐竜となります。
エドモントサウルスとか、パラサウロロフスとか、そういう恐竜が属しているグループです。
この恐竜、名前の通り、堂々と名前にニッポンという国名を冠しています。
ここで、ニッポノサウルスについての概要を紹介しましょう。
……みなさん、違和感に気付きましたでしょうか。
そうなんです。
ニッポノサウルスと、堂々とニッポンを冠しているにも関わらず、発掘地はロシアなんです。
一体なぜ?
ニッポノサウルスの生態
まず、その前にニッポノサウルスについてもう少し、詳しく書いておきましょう。
ニッポノサウルスの分類はランベオサウルス亜科です。
ランベオサウルスとはどんな恐竜かというと、こんな恐竜です。

こういう感じのトサカがある恐竜ですね。

こちらのパラサウロロフスなんかも同じ仲間です。
この種類は大きなトサカが付いていることが特徴で、トサカを使って大きな鳴き声(どうやらかなりの轟音だったらしい)を上げて、求愛などをしていたと考えられています。
しかし、ニッポノサウルスには目立ったトサカは見られませんね。
ですが、発見された個体はまだ幼体のものと考えられているため、成長していくにつれてトサカが大きくなっている可能性も否定できません。
主食は植物で、デンタルバッテリーと呼ばれる歯の構造を用いて、硬い植物をすり潰し、効率よく栄養を摂取していたようです。
また、骨の特徴から、移動スピードが速く、頻繁に移動をしていたのではないかと考えられています。
ニッポノサウルスの発掘
次に、ニッポノサウルスが発掘された時のことを書いておきましょう。
発見は、一九三四年(昭和九年)のこと。かなり昔ですね。
産出層は、白亜紀後期に生成された海成層(海で出来た地層)です。そこは、炭鉱の中の場所でした。
そこから、頭骨の一部、骨盤、腰椎、後ろ足など、全体の約四十パーセントの化石が見つかっています。
わりと、保存状態の良い恐竜だったんですね。
なぜ、陸上で生活していたはずの恐竜が海で見つかったかというと、恐らく死後、何らかの原因で死体が海岸に移動したか(恐らく雨などの影響で)、そもそも砂浜で命を落としたか、という可能性が考えられます。

模式標本は北海道大学に保管され、一九三六年に長尾氏によりニッポノサウルスと命名。
日本人に初めて記載された恐竜、並びに日本で初めて学名が登録された恐竜となりました。
ちなみにこの長尾さん、哺乳類の研究などもされていて、昭和天皇に絶滅哺乳類である、デスモスチルスの化石について講義したこともあるそうですよ。
歴史の波の呑まれ、ロシア産に
晴れて日本初の恐竜になったニッポノサウルスですが、ほどなく戦争の影が忍び寄り、第二次世界大戦勃発。
化石は何とか守られたようなのですが、終戦間際の旧ソ連の侵攻により、日本は千島列島やサハリン(当時樺太)を失ってしまうのです。
……はい、そうなんです。
ニッポノサウルスの種小名は、サハリネンシスです。
実は、ニッポノサウルスが発掘された場所は、当時日本領だったサハリン、日本名の樺太(からふと)。

だったのですが、旧ソ連に侵攻されてしまったため、ニッポノサウルスの故郷は旧ソ連になってしまったのです。
ご存じの通り、ソ連はその後崩壊、サハリンはロシア領となってしまったため、ニッポンの名を冠する恐竜はロシア産のものになってしまったのでした……。
しかし、それでも化石は北海道大学にあったため、現在は国立科学博物館と北海道大学総合博物館で、“ロシア産の日本竜”の御姿を拝むことが出来ます。
福井県立恐竜博物館でも、ニッポノサウルスについて学ぶことが出来るので、ぜひ、そんなてんやわんやな恐竜について知ってみてください。
さいごに
というわけで、今日は人間の諍いに巻き込まれて出身地が変わってしまった元祖日本竜、ニッポノサウルスについて紹介しました。
やはり、人間が起こす戦いは、本当に様々なことに影響を与えることが良く分かりますね。
現在はロシア産ではありますが、それでもニッポノサウルスは「日本のトカゲ」なので、みなさんぜひ、ニッポノサウルスをよろしくお願いいたします。
それでは今日はこの辺で! 次回もよろしくお願いします! 最後まで読んでくださりありがとうございました!
